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本日分、投下いたします。
よろしければ最後までお付き合いください……!
意識が覚醒する。睡眠という深い深い水底からゆっくり、ゆっくりと浮上するように、自己を認識し、意識が落ちる直前を思い出し、自分がどうなってしまったのか、現在はどんな状況なのか、ほぼ反射的に考察が始まる。
自分が何をしていたのかは覚えているし、意識を失う寸前の記憶も思い出した。だが、どうにも思考がまとまらない。
視界は目を閉じているからか、どこまでも広がる暗闇で、海辺だからか、波の音が耳に流れる。けれど、その音が邪魔だとかは思わない。いつもどこかで肩肘張る様に入っていた力が身体から抜け落ち、なんだか妙に安らいでいる。
体調は昨日に比べると比較にならない程に良くなった。スモッグのくれた栄養剤がしっかり機能してくれたと言うことだろう。
それでも完全回復といかないあたり、彼の言う通り、俺は過労状態なんだろうな。体の調子はこの島に来た時と同じくらいに戻った程度だろう。全快とまではいかないが、充分回復した。
「………」
それはそれとして、この安らぎはなんだろう?
この柔らかい感触と頭の上を何度も往復する感触、そして夏だと言うのに寝かされているであろう布団から伝わってくる熱が心地いい。安堵感というのだろうか、なんだか心底落ち着くし、安心できる温もりが近くにある。
湯たんぽだろうか?風邪を引いた時に湯たんぽを抱いて寝れば体温が上がり、早くウィルスを殺せるとかそんな話をどこかで聞いたことがあった気がする。
別にこれまでの人生で自分は不幸だとか考えたことはない。けど、明確に幸福を感じたことがなかった。なのに、幸せとはこう言う感覚を指すのだろう、だなんて漠然と考えてしまう。
それをもっと感じていたくてようやく動かすことができると思い至った腕でその温もりを抱き寄せる。
「あっ……。ふふふ、案外甘えんぼさんなんだねぇ」
柔らかい声がする。抱き寄せた分だけ身体で感じる温かさと柔らかさが増して行く。
そんな居心地の良さにまどろみながら、現実にあるしがらみの全てを忘れ去り、頭の中を空っぽにしてその幸せな感触に身を任せることしばらく。ふと、思う。今の声、なーんか聞き覚えがあるぞ?と。というか、気を失う寸前に聞いた声そのものだと。
「………ぁ」
まだこのままでいたいと泣き叫ぶ瞼を無理矢理こじ開け、ぼやける視界になんとかピントを合わせてようやく現実と向き合う。
ゆっくりと輪郭を帯びていく視界にまず映ったのは薄い水色の布地だった。その質感と色から見慣れ、着慣れたうちの学校の体育着のシャツだと理解するのに時間は掛からなかった。
流れる様に自分の状況を把握する。
俺が今、抱き寄せたのはこの人物で、間違いないだろう。同じ布団にいるのもこの子であることは間違いない。
と、なってくると、次に問題になってくるのは今の俺がどんな状態なのかだ。場合によっては事案になるかもしれない。
頭を往復する温かい感触と、二の腕あたりから背中に添えられているこの手から察するに、俺が抱き寄せただけではなく、この人物も、もともと寝ていた俺を抱き、なにやら慈悲深い手つきで頭を撫で続けていたということになる。
そこまでは良い。いや、ぶっちゃけ動揺はしているが。目が覚めたら同級生に抱かれて頭を撫でられているなんて状況で一切の動揺なくあるがままを受け入れられるほど俺の精神は屈強ではない。だが、そこは一旦置いておくとしよう。
俺が気にしなきゃいけないのは、この顔にあたる柔らかな2つの感触と寝ぼけていたとは言え、その温もりを抱き寄せてしまったことの方だ。間違いなく。
いま、目の前に広がる水色から推察するに俺の頭は目の前の人物の胴体部分に当たっていると考えて間違いない。間違いないが、問題はこの柔らかい物体の正体である。
「まだ寝てても良いんだよ〜。昨日は大変だったもんね。頑張ってくれてありがとうね、圭ちゃん」
寝ている赤ん坊をあやすみたいな声音と共に撫でられ続ける頭。心なしか、背中に回された手の力が強まった気がする。
それを心地よいと感じてしまう反面、俺はかつてないほどに焦りだしていた。今、聞こえて来た声は間違いなく女子のもので、そして、うちの学校で俺のことを"圭ちゃん"と呼ぶ人物で心当たりはたった1人しかいない。
……えっ!?もしかしなくてもこの柔らかいのはπ!!?
まて。クールになれ、乃咲圭一。これが倉橋さんだとは限らない。シャツの中にタオルを突っ込んだ寺坂である可能性も捨てきれない。そうだ、胸にタオルを突っ込んだ寺坂が俺を抱き締め、倉橋さんがアテレコしてる可能性だってゼロじゃない。
いや、これが寺坂ならそれはそれで地獄というか、どんなプレイなんだ?とツッコまなきゃならんのだが。
しかし、これが倉橋さんだと思うと心なしか良い匂いがする気が……。いやいや、思い止まれ!女子だと思うや否や匂いを嗅ぎにいくとか変態じみてるぞ俺ぇ……!!
落ち着け、本当にクールになるんだ、乃咲圭一ぃ!ひとまず本当に倉橋さんなら早急に離れないと気不味いことになる!
職務放棄し、本能を野放しにしている理性を無理矢理呼び戻し、欲望に忠実な本能から身体の主導権を取り戻す。
思いの外、結構ぴったり身体がくっついている所為で思う様に身動きが取れない。離れようにもこのままじゃ何もできないので、まずは顔だけ動かす。
「んふぅ……ぁ、圭ちゃん、起きたんだ?」
何やらけしからん吐息が聞こえた気がしたが、あえてそれはスルー。気にしたら今度こそ理性がぶっ飛びそうなので、気にしないったら気にしない。胸から顔を離し、初めて吸った空気は味気ないとか思ってない。本当だよ?
「……おはよう、倉橋さん」
「うん、おっは〜」
そして、顔を上げるとそこにいたのは幸いにも、寺坂の野郎ではなく、倉橋さんだった。まずは一安心。
しかし、倉橋さんは俺が起きたのだと理解したにも関わらず、相変わらず、背中に回した手も、頭を撫でることを止めない。
「……どういう状況?」
「うんとねぇ、まず、圭ちゃんは帰って来て直ぐに気を失って、そのまま寝かされてたの。みんなも動けないくらいに疲れてたみたいだから男女関係なく雑魚寝することになったんだよ」
「ふむ」
みんなで雑魚寝。そう言う理由なら倉橋さんが同じ寝床にいるのは説明つくだろう。もっとも、思春期の男女を並べて寝かせるか?という疑問を放り投げて考えた場合の話だが。
「んで、なんだかんだ全員熟睡。磯貝くんが私らの中で一番早く起きたんだけど、その時点でもうお昼過ぎ。磯貝くんが起きたのを皮切りにみんなもそれぞれ起きだして、それぞれシャワー浴びたり、着替えたりしてたんだよ」
「ふむふむ」
なるほど、気を失う前に見た倉橋さんは私服だったのに、今は体育着なのはそう言う理由だったか。
「それで圭ちゃん以外のみんなが起きて、さっぱりして、着替え終わってここに集合。昨日の経緯を磯貝くんとか薬を奪いに行ったみんなから聞かされて、一段落したと」
「うん」
そうか、昨日のことはもう知ってるんだな。そりゃあ、なんであんな目に遭ったのかとか、気になるか。
「こんな所かな?」
「………いや、あの、そこも気になるよ?気になるけどさ、一番気になるのはそこじゃなくて……」
一通り説明し、話を締め括った倉橋さんに控えめにツッコミ。
確かにあの後、どうなったのかは気になるし、俺が聞いた『どんな状況?』という問いに対しては答えにはなっている。
けど、一番聞きたい部分が抜け落ちている。
「俺が知りたいのは……なんで、倉橋さんと同じ布団にいるのか、なんだけども……。もしかしてアレですか、たまたま近くにいた倉橋さんに抱き付いて俺が離さなかった的な奴ですか」
「え?そうだけど」
「マジで………ッ!!!?」
え、なにそれ死にたい。めちゃくちゃ恥ずかしいやつじゃん。
「って言うのは冗談で」
「マジで心臓に悪いからやめてくれ……」
「ごめんごめん。みんなは起きたけど圭ちゃんだけはちっとも起きないからさ、カルマくんが『乃咲クンに落書きしようよ』とか言い出して、学級委員2人がそれを止めて、でも何かイタズラしたいよねぇ〜って話になって、今に至る感じかなぁ」
これはイタズラなのか。いや、分かっていたとも。別にこれが男女のアレやコレじゃないことくらい理解してましたとも。
いや、仮にイタズラなんだとしたら倉橋さん、身体張りすぎじゃない?男抱き締めるなんて嫌じゃない?体の割といろんなところが当たってるって気持ち悪くてないのかなぁ……?
倉橋さんは下ネタ耐性高いけど、こんなことするタイプだったかなぁ。性的な話題に寛容ではあるけど、自分からはそう言う匂わせ的なことはしない清楚系とまではいかなくとも、はしたなさはない子だと思ってたんだけど。
つか、なんでそもそも倉橋さんなんだよ。イタズラだったら、さっき考えた実は寺坂でしたってオチの方が面白いだろうが。
「……あれ?」
「どーしたの?」
何故かどう弄られる方が面白いとか考えてしまったあと、何気なく倉橋さんとの一連の会話を思い出して違和感。
「俺以外は起きたんだよな?」
「だね」
「昨日の事件の真相を磯貝たちから聞いたんだよな?」
「そだよ」
「んで、俺がいつまで経っても起きないって話になったと」
「うん。案外寝顔可愛いなぁ〜って話も出たんだよ?」
「それから俺にイタズラする話が出て、何故か添い寝ドッキリが決行され、倉橋さんが実行犯になった」
「うんうん。誰かと同じ布団に入るのなんて小さい頃以来だけど、気持ちいいって言うか、なんか幸せな感じだよね」
……まて。イタズラする話が出て、倉橋さんが現在進行形で実行しているのなら、計画犯は……!!
最悪の可能性に思い至り、即座に周りに意識を集中。そして、俺と倉橋さん以外にも無数の気配があることに気付き、思わず倉橋さんごとガバッと音を立てながら体を持ち上げる。
そこには、案の定というか、ニマニマとゲスい笑みを浮かべたクラスメイトたちが楽しそうにこっちを見てた。
「あ、気付いた」
「え〜。ってことは賭けは磯貝とカルマの勝ち?」
「ちぇ〜。朝起きたら女子と添い寝してるシチュなら絶対ヤラシイ展開になると思ったんだけどなぁ。乃咲って枯れてる?」
『これが朝チュンという奴なんですか?片岡さん』
「いやぁ……?違うんじゃないかなぁ」
「ほらほら、みんな。そこまでにしてやろうぜ。圭一だって疲れてたんだし、誰かに甘えたくなることくらいあるって」
「とか言いつつ、しっかり賭けに参加して、ちゃっかり勝ち分持っていってるのを俺は見逃してないぜ、磯貝よ」
「ま、昨日も結構ふにゃふにゃだったもんな」
「むしろあのふにゃふにゃが乃咲の素なんじゃない?」
「確かに。乃咲って気取ってるとまではいかないけど少し、演技くさい所あるよな。本当はツッコミ入れたい癖になーんか我慢してる時があるって言うかさ」
クラスメイトたちが口々に好き勝手に感想を言い合う。
なんだろう、みんな元気になって良かったと思うべきか、まだ寝てなくて大丈夫か、と心配するべきなのか。
でも、ただ一つ。言わなきゃいけないことがある。
「見せもんじゃねぇぞゴラァァァァァッ!!」
未だマイペースに頭を撫でてくる倉橋さんに身体を預けながら力一杯主張しましたとさ。
俺も起きたということで、昨日から不眠不休で指揮をとり、殺せんせーが動かないうちに抹殺する準備を整えている烏間先生の元へ向かい、作戦の顛末を見守る。
「むっすぅぅぅ………」
「悪かったって。いい加減機嫌直してくれよ、圭一」
「磯貝くん嫌ぁい……」
「ちなみに添い寝ドッキリを企画したのは俺だぜ!」
「前原くんも嫌ぁい……」
「凄いキレ方だったよな、怒鳴ってる癖に倉橋には大人しくヨシヨシされてやがんの。よくあんなんで迫力出せるよな」
「木村くんも嫌ぁ……」
あの後、シャワーを浴び、着替えた俺は絶賛不貞腐れながら磯貝たちに宥められていた。
前原は戦犯として、黙って見ていた木村も、なんだかんだきっちり儲けていた磯貝もみんな同罪である。
「……でもさ、倉橋と寝るの嫌ではなかったんだろ?」
「うっせ、勘違いされるからその言い方やめろ」
だが事実、見せものにされたことには思うところはあるものの、倉橋さんと同じ布団にいることは嫌ではなかった。むしろ、生まれて初めて幸せとはこういうことを言うんだろう、みたいなことすら考えてしまったほどだ。
「……でもさ、乃咲。俺は添い寝ドッキリは企画したけど、流石に女子にやらせるつもりはなかったんだぜ?」
「だな、最初は寺坂とか渚でって話だったんだ」
「その案は絶対にカルマ発だろ」
「お前のカルマへの理解度も高いよな」
「んで、まあ、女装させた渚をって話でまとまりかけたんだけど、女子連中から倉橋を推す声が出てさ」
いや、女装した渚とかむしろご褒美だろ。倉橋さんが嫌だったわけじゃないけど何してくれてんだうちの女子連中。
精神衛生的には渚でやってくれた方が何百倍も良かったわ。倉橋さんの感触とか匂いとか頭から離れてくれないんだけど、本当にどうしてくれるんだ。マジで変態終末期になるぞ、俺。
「倉橋も最初は照れてたけど、『ヒナノがやらないなら私が〜』ってビッチ先生が面白半分で名乗り出たらさ、血相変えて『私がやるっ!』ってお前の布団に突入していくし」
「いや、ビッチ先生もいたのかよ」
「挙句に、倉橋は倉橋で周りに俺たちがいるのを忘れたみたいに自分の世界に入ってさ、寝てるお前を甘やかし始めるし。見てて砂糖吐きたくなったわ。死ね」
「待て、お前らの弁明聞いてる筈なのになんでいつの間にか俺が責められる流れになってんだよ!?」
「うっせぇ!俺が計画したドッキリが発端とは言えあんな妬ましい光景があるか!なに羨ましいことしてんだテメェ!」
「逆ギレしてんじゃねぇぞゴラァ!そんなに添い寝して欲しいなら俺がしたるわこの野郎!布団行くぞオラァァァ!」
前原と戯れあって取っ組み合いになる。
別に本気で言ってるわけじゃないことは分かってるつもりなのでおふざけ半分なのだが、こんな理不尽なキレ方あるか?
「ほらほら、そこまでにしとけって。みんな見てるぞ」
磯貝の優等生な言葉で取っ組み合いを止める。
確かにみんながこっちを見てた。
「なんかさ、乃咲って感情豊かになったよな、最近は」
「だよな。なんつーか、話しかければ会話もするし、噂で聞いてたほど喧嘩っ早くないし、磯貝がよく話しかけてたからさ、流れで俺も話すようになったけど、少し前までこんな風に戯れ合うようになるなんて思わなかったもん」
「だな、飄々としてたって言うか、周りに興味なさそうだったって言うか。別にそんなことないのはバイトの件で助けて貰った時から分かってたつもりなんだけどさ、あんまり表情に出さないタイプだったな。あの頃はまだやる気もなかったし」
こんな風に昔のことを語られると少しむず痒い。
まだ『昔は俺も悪だった』みたいな話をするには若いと思うんだけど、俺以外の3人はそう言う気分らしい。
「それが今じゃ、女子と添い寝だもんなぁ」
「原因はお前だけどな、前原」
「倉橋がやることになるなんて思わなかったんだって。マジで。俺だって驚いてたんだよ、最初は」
「……でもよ、乃咲と倉橋って仲良いし、何か一緒にいること多くないか?修学旅行の清水寺の後くらいからふと見ると並んでるって言うかさ?本格的にあれ?って思ったのはプール爆破事件の辺りからかなぁ……?倉橋の距離感近くなったよな?」
「だな。あの辺りから圭一の呼び方が変わったり、みんなで一緒にいる時なんかはさり気なく隣をキープしてたり」
「そう言えば、杉野たちとムシ取り行った時も一緒にいたよな?あれ、俺たちが居なかったら2人きりだったろ?」
「烏間先生好きって共通点があるからな。それに彼女は誰にでも優しいし、いつも天真爛漫な笑顔でいるだろ。確かに好きか嫌いかなら好きだし、好きか普通かでも好きだと答えるけど、likeか loveならlikeだよ。倉橋さんもそうなんじゃないか」
なんだろう。以前似たようなことを1人で考えたことがあったな。つか、なんでこんなこと話してるんだろう、俺。
「気のない男をあんな風に甘やかすもんかね。同じ布団に入って抱きしめてまで。普通はしないだろ。確かにアイツは誰にでも平等だけどさ、きっちり線引きはしてると思うぞ?」
「倉橋はアレでガード固いイメージはあるな。下ネタにも対応してくれるけど基本的にはそう言う話題の時はのらりくらりしてる、みたいなイメージは結構強めにあるかも」
「そうだなぁ……。確かにそんな感じはある。けど、言われてみると確かに圭一にはガードが甘いって言うか、スキンシップ多いよな。それに、よくお前のこと見てるぞ、倉橋。現に、ほら」
磯貝が視線を向けた先に目をやると、修学旅行の時に組んだ女子4人が固まっており、向こうもこっちを見ていた。
だからか、倉橋さんと何気なく目が合う。あ、目が合ったなぁ、なんて思った頃にはこちらに手を振られた。
他の3人に肘で小突かれ、手を振り返してみると、いつもの天真爛漫な笑顔になり、他の3人を連れてこっちに歩いて来る。
倉橋さんがああ言う風に笑っているのを見ると安心するな。昨日の1時間が異常な密度だったせいもあるだろうが、アレをみると日常に帰って来たという感じがする。
「どう、乃咲。体調の方は」
「ぼちぼち。良くもなく、悪くもなく。まあ、昨日に比べたら全然調子いいわ」
「確かに昨日より顔色は良いね」
「でも無理しちゃダメだよ?中学生で過労だなんて」
女子たちと合流し、軽く言葉を交わし、昨日ホテルに侵入したメンツからの心配半分、無茶しすぎと説教半分で会話が進む。
実はシャワーを浴びた後、律に話しかけて見たら元気になったようなのでお説教です!と口酸っぱく言われたばかりなので少しばかりうんざりしながら適当に頷く。
「圭ちゃん。圭ちゃんがみんなの為に頑張ってくれたの聞いて凄く嬉しかったし、仲間としてとっても頼もしいと思ったけど、もうこんな無茶しないでよ。キミが倒れたら悲しいし、心配だもん。例えそれがみんなの為だったとしてもさ」
「——うん、分かってる。もうやらないよ、と言うか、もうそんな機会もないだろうしな」
短く答えて海を見る。茜色に染まった空と海は綺麗で、みんなと揃って眺める風景もこれで見納めだと思うと切ないな。
倉橋さんの言葉に対する返答に嘘はない。ここから先、俺は暗殺にはノータッチだ。夏休み明けからA組に戻る自分にはもう、今回みたいな無茶をする機会なんて訪れることはないだろう。
「だなぁ……。こんなこと何度もあってたまるかっての」
「ねー。でもしばらくは安心なんじゃない?鷹岡はしばらく出てこれないらしいし、私らに恨み持ってそうな奴はもういないでしょ、多分。カルマと乃咲に拷問されてたグリップ?って殺し屋を除いたらの話だけどさ」
げんなりした様子の前原が俺の言葉を拾い、苦笑して同じく岡野が呟く。彼らは言葉をそのまま受け止めてくれたらしい。
「まあ、あの人たちは心配ないでしょ」
「だな。プロとしての一線を持ってたし。なんつーかさ、今回は大人についていろいろと考えさせられたよ」
磯貝がしみじみ言いながら、殺せんせー用監獄の建設指示を不眠不休で飛ばし続ける烏間先生と、彼とは対照的に貸し切ったビーチで際どい水着を披露しながら優雅にジュースを啜り続けるビッチ先生に視線を向けた。
「信じられるかよ。あの人、ゾウを失神させるガス食らったんだぜ?それでも俺らの倍は強かったし、誰よりも冷静で俺たちを先導してくれた。その上で一切休まずにあぁやって指揮を取ってる。あと10年であんな超人になれるのかなぁ、俺たち」
「ビッチ先生もアレで凄い人だよ。普段の言動が子供っぽくて、歳の近い姉みたいな距離感だけど私たちの想像ができない技術をたくさん持ってるんだろうなぁ……」
「ホテルで会った殺し屋たちもそうだった。長年の経験でスゲー技術持ってたり、仕事に対してしっかりした考えを持ってたり」
「……と思えばさ、鷹岡みたいに"あぁはなりたくない"って奴もいるんだよな。力の使い方を間違えて、自業自得を逆恨みして、責任を他人に押し付けて、ヒステリックに喚いてさ。かっこ悪いって言うかさ、情けなかったよな」
鷹岡のことを考えるとさ、なんとなく浅野理事長の教育方針は何も間違ってないし、合理的だと思う。
今回の暗殺旅行で俺たちは、これ以上ないくらい見事な反面教師を見た。本当に心底駄目な見本を見た。心底煮詰まった狂気と憎悪と悪意を見た。あんなのを見せられたら嫌でも考えさせられる。"あぁはなりたくない"と。
「だな。多分さ、大人になるって言うのはそこら辺を見極めて、目標にする人を間違えないで進み続けることなんだよな。良いなって思った人は追いかけて、ダメだと思った奴は追い越して。これから先ずっとそれの繰り返しなんだろーな」
磯貝が綺麗にまとめるのとほぼ同時に烏間先生が建設させていた対先生監獄が凄まじい爆裂音を轟かせ、四散する。
さすが、来年には地球を爆破させると公言しているだけあって、コンクリを見事に粉砕している。恐らくはあの監獄から脱出するのに必要最低限な威力に留めているのだろうな。
「爆発したぞ!!?殺れたのか!?」
仲間たちが爆裂した監獄を見て反応を示すが、みんな口ではそう言う反応をしていても薄々分かっていただろう。国が仕掛けたこの暗殺計画がどんな結果で終わってしまうのかを。
だから俺もはなから失敗する前提で考えていた。結局、そんな想像は当たっていたようで。
「先生の不甲斐なさから苦労させてしまいました。ですが、敵と戦い、ウィルスと戦い、皆さんよく頑張りました」
うねうねとうねり、くねる黄色い触手が俺たち一人一人の頭を撫でて、通り過ぎて行く。
黒煙を上げる監獄、その手前で俺たちの方に視線を向けてあからさまに残念そうな顔をする烏間先生をバックに復活した殺せんせーがいつもの顔でニヤリと三日月の笑みを浮かべる。
「やっぱり、先生には触手がなくっちゃね」
「ヌルフフフフ、さて皆さん。旅行の続きを楽しみましょう!」
殺せんせーの声に女子連中が不敵な笑みを浮かべると、体育着を脱ぎ捨てる。その唐突すぎる行動に何事かと呆気に取られるが、どうやら下に水着を着ていたらしい。……そりゃそうか。
「ねぇ、圭ちゃん」
「……ん?」
倉橋さんはまだここに残ってたらしい。俺の隣に並び立ち、こっちに視線を向けていた。
彼女も下に水着着てんのかなぁ、なんて思っていると倉橋さんはどこか心配したみたいに、真剣な顔で俺に聞く。
「圭ちゃんはさ、どんな大人になりたい?」
「俺?」
「うん。圭ちゃんのこと、もっと知りたいんだ。烏間先生みたいに、じゃなくてキミの言葉で聞きたい。なんとなく、メグちゃんたちの話を聞いて思ったんだ」
俺の思う理想。烏間先生みたいな、という他人を目標としたものではなく、あくまで乃咲圭一が目指したい理想像か。
「俺はさ、認められたかった。乃咲圭一という個人をさ。んで、それを叶えてくれたのは烏間先生と殺せんせーだ。だから、もしも理想があるとしたらあの2人になるんだけど……」
口に出そうとすると難しい。烏間先生や殺せんせーは俺が望んだことをしてくれた。今まで誰もしてくれなかったことを。
真っ直ぐに俺を見て、努力を褒めてくれて、得た結果を俺自身が勝ち取ったものだと認めてくれた。
「俺は………」
どう、なりたいんだろう。
答えようと思った。やろうと思えば簡単だった、でも、口には出せなかった。『目の前の相手を見てやれる人になりたい』と。
けれど、きっと、俺から最も遠いのもソレだろう。だって俺は実の父親のことすら何も知らないのだから。
——俺に興味なんてなかったんだろ!?
かつて親父に拳と共に叩き付けた言葉が脳裏を掠める。
力の使い方を間違えて、自業自得を逆恨みして、責任を他人に押し付けて、ヒステリックに喚いて、かっこ悪くて、情けない。ほんと、どの口が言ってんだろうな。
それは全てかつての俺に言うべき言葉だ。
親父を理由に勉強して、体調崩して、落魄れて、それでも何も語らなかった親父に拳を向けた。
体調を崩したのは俺の自業自得だ。勉強なんてのは他人の為じゃなくて自分の為にするべきことだ。それを親父のせいにして拳を振るうのは明らかな逆恨みで、間違った力の使い方だった。
なのに俺はヒステリックに喚いた。本当にかっこ悪くて、心底情けない。
「……あぁ、なるほど」
「圭ちゃん?」
「ごめん、まだ自分の言葉で表現出来るほど固まってないわ」
「……そっか」
納得した。納得してしまった。
昨日、なんであんなにペラペラと鷹岡に対する罵倒が出てきたのか。腑に落ちた。なんであんなにあの男が感に触るのか。
——鷹岡は先生たちと出会う前の俺なんだ。
……あーあ。嫌なこと気付いちまったな。
「いつかさ、聞かせてよ。圭ちゃんの言葉で」
「……あぁ」
何気なく親父の口癖を真似て見る。彼はこの言葉にどんな思いを込めていたんだろう。"……そうか"という反応には何が詰まっていたのだろう?俺は……何も知らないんだな。
「……海、綺麗だね」
「……そうだな」
倉橋さんの言葉に釣られて視線を茜色の海に向ける。
ここにいるみんな、同じ景色を見ている。だと言うのに俺はみんなが何を思い、何を考えているのかを知らない。
仲良くなったと思ったのに、結局はその程度。
俺に誰かを見ることなんて出来ないんじゃないのか?
右手に温かくて柔らかい感触が当たる。顔は動かすことなく視線を向けると倉橋さんの手が当たっていた。
「……ぁ……」
きっと、たまたま当たっただけだ。そう言う風に切り捨てて、視線をずらして、歩き出した。
烏間先生に伝えなきゃいけないことがあるから。彼女の声も聞こえないフリをして。色んなことから背を向けた。
あとがき
はい、あとがきです。
圭一、そこ変われ。(真顔)
なにクラハシセラピーしてんだゴラァァァァッ!
はい、すみません。気が動転しました。
さて、気を取り乱しまして……。久しぶりにヒロインと絡みましたね。ホテル編が長過ぎた……。60話以上やってるのにまだ9巻ってマジですか?(全21巻)
それはそれとして、今回はちょっとだけ圭一の心境にも触れてみました。圭一が鷹岡に当たりが強かったのは同族嫌悪みたいなもんだったんですねぇ。
次回は次回でちょっとだけ圭一関係の秘密に触れたいと思います。
今回もご愛読ありがとうございます!