加えてたくさんの感想や高評価などなどありがとうございます!
休みは凄まじいですね、話のストックが5話ほど作れました。
もしかしたらお盆中に投下2話ほど投下するやも知れません。13日と15日くらいに落とすかも知れません。
とりあえず今回もお付き合いください!
身体が復活した殺せんせーとはしゃぐ仲間たちを尻目に部下達へ撤収指示を出していた烏間先生に声を掛ける。
殺せんせーとは夏休みの最終日まで会う可能性があるだろうけど、烏間先生は今回の後始末とか報告関係で忙しくなり、顔を合わせる機会がなくなるだろうと思ったから、今のうちに伝えないといけないだろう。
「乃咲くんか、おはよう。体調はどうだ?」
「だいぶ良くなりました。その節は心配とご迷惑をおかけしました。申し訳ありません」
「謝らなきゃならないのは俺の方だ。身内が迷惑をかけてしまった。本当にすまなかった」
声をかける前にこちらに気付いた烏間先生から声をかけられ、軽く言葉を交わし、そのまま互いに謝り合う。
向き合ったまま頭を下げ合う俺たちは側から見るとおかしなことをしているだろう。ある程度のところで顔を上げて、折衷案を出す。烏間先生に下げられる頭なんて俺にはない。
「互いに謝り合うのはここまでにしましょう。このやりとりはホテルでもうやりましたから」
「……分かった」
彼も顔を上げてくれたことで一安心。
さて、いよいよ本題に入ろうと思い、口を開こうとするが、うまく言葉が出てこない。流石に単刀直入が過ぎると思ってしまう自分がいるからか、何か話題はないかと言葉を選んでみる。けれど、うまい話題が出てきてくれない。
「実はキミに聞きたいことがあったんだ」
困っていると彼の方から話題を振ってきた。
少し安心し、首を傾げて見せると口を開く。
「昨日、鷹岡が投げた薬を受け止めた時の話だ」
「……あー」
やっぱりそこは気になるか。当然の疑問に納得する。多分、昨日一緒に居たメンバーも気になってはいるだろう。ただ、聞くタイミングがなかったから誰も聞いてこなかっただけ。
こうして2人で話している以上、これ以上良好なタイミングはないだろう。今度はなんて答えたものかと考え出す。
「俺は都合3回、キミが瞬間移動染みた速度で動くのを見ている。1度目は堀部イトナによる暗殺。2度目は鷹岡赴任の初日。そして3度目が昨日の晩だ」
「そうですね、無意識のうちに何度か使ってるみたいですが、俺も印象に残ってるのはその3回です」
「初めは俺が意識していない場所から誰よりも素早く行動しただけかと思った。2度目は油断している鷹岡や俺の意表を突いた結果だと後で納得させた。だが、昨日見て確信した。アレは素早く行動したとか意表を突いたとかそんなちゃちな領域ではないと」
「…………」
「あの瞬間のキミはあの超生物に匹敵する速度を発揮していた。だが、それは本来ありえないことだ。とてもじゃないが人間が踏み込める領域ではない。ここまで言えば流石に聞きたいことは分かるだろう。教えて欲しい、キミは何者だ?」
烏間先生からの問いかけに俯きながら口を噤む。それは俺にも分からないことだからだ。
無論、烏間先生からの問い掛けだ。しっかり答えるのが俺なりの誠意になると思うし、そうしたいのは山々だ。
「すみません。実は俺も良く分かってないんです」
「……分からない?」
「はい。初めて使ったのはイトナの時。トリガーになったのは……"声"でした。殺せんせーへの怒りで暴走するアイツがみんなにも危害を加えるんじゃないかって思った時になんて言うか、変な話なんですけどね?自分の内側というか、頭の中から声が聞こえたんです。"何が欲しい?"って」
「内側から聞こえる声……」
「はい。その時に思ったんです。"速くなりたい"って。速く動けばみんなを助けられるって思って。そしたら周りから見たら瞬間移動染みた速度で動けるようになったみたいです」
そう、これが俺の知る全てだ。
考えてみれば、当たり前のように使っている"ゾーン"だってどうして使えるのか分からない。
高すぎる集中力で時間が止まっているように見えるのはまだ理解できないわけではない。漫画で稀に見る描写だからある意味で親しみやすいし、スポーツ選手なんかも入れる人はいると言う。
だが、問題はその世界が止まった状態で身体を動かせることにある。これは多分、誰にでも出来ることではないだろうし、ゾーン由来のものとも思えない。だって、もしもこれがゾーンの一種ならスポーツ界は今頃はテニヌや超次元サッカー選手だらけになっているはずなのだから。
正直、俺がゾーンと呼んでいるこの力も本当に世間的に知られているソレと同じものなのかすら怪しい。そもそも俺の集中力を知った殺せんせーがそう言う推測を立てただけなのだから。
「それに、無意識で使うことがほとんどで、実を言うと意図的に使ったのは昨日が初めてなんです」
口にして情けなく思う。俺は自分のことすら完全に理解していないのだ。こんな奴に他人を真っ直ぐ見てやれるはずがない。
「……分かった。この話題はここまでにしよう。俺も問い詰めたい訳じゃない。その力のおかげで昨日の勝利があるのは純然たる事実だ。なにより、ソレもキミの力であることに変わりはない」
「そうして貰えると助かります」
「………それと、もう一つ、答えてほしい。キミは今まで大きな病気とかの理由で長期間の入院をしたことは?」
今度はどう言う意図の質問だろう?思いながら記憶を探り、可能な限りの過去を思い出し、口を開いた。
「なかった筈です。中1の頃に倒れた事はありましたが、あの時は点滴打ってすぐに帰りましたし、入院は俺の記憶が確かなら、この前、鷹岡に殴られて気を失った時のが初めてです」
「…………そうか。分かった」
俺の言葉を反芻するように俯くと、何かを切り替えたのか、烏間先生がいつもの調子で言う。
「しばらくは訓練も無しだ。今日まで訓練漬けで大して休めていないだろう。過労状態にあると気付かなくてすまなかったな。折角の夏休みだ。これを機にゆっくりと羽を伸ばしてくれ。今日までの約4ヶ月、キミたちは充分すぎるくらいに頑張ってくれた。残りの休みは学生らしく過ごして欲しい」
教官からの嬉しい評価だ。きっと、休みを明けたらこれまでよりもハードで高度な訓練が待っているのだろう。
「休み明けはより高度な訓練をしてもらう事になるが、君たちならば必ずものに出来るはずだ。期待しているぞ、乃咲くん」
それは地球の未来の為でもあるが、俺たちならこなせるし、習得できると言う期待があってのことだろう。
それ故に心苦しい。その期待に応えられないことが。
「烏間先生、実はその事で俺もお話ししないといけないことがあるんです。俺の夏休み明けの身の振り方について」
「身の振り方……?」
「俺は————E組を抜けます」
烏間先生が息を呑んだ。
「第一回、チキチキ暗殺教室肝試し大会ぃぃぃ!!」
すっかり日も沈み、そろそろお開きして夕食まで自由行動かな〜なんて空気が流れ始め、海ではしゃいでいた女子たちも着替えて戻って来た頃、唐突にタコが騒ぎ出した。
なんつーか、テンションが異様に高い。多分、昨日と今日の昼間にかけて身体がなくて遊べなかった分の鬱憤でも溜まっているのだろう。無駄にプラカードまで作ってやたらと乗り気。
「肝試し大会?」
「はい、昨日の暗殺に対するお礼として用意したイベントです。やはり真夏の夜にやることは一つですよねぇ……。ニュルフフフフフ………。男女でペアを組んで下さい、ルールを説明します」
ルールは簡単。この島の全長300メートルの海底洞窟を男女のペアで抜けるだけ。ただし、お化け役の殺せんせーは殺してOK。言うならばお化けを殺すことが許された、暗殺肝試し。
「どうです?暗殺旅行の締め括りにはピッタリなイベントでしょう。殺って良し!恐怖を楽しむも良し!各々で思い思いの方法で好きなように楽しんで行ってください」
口元を緩め、笑みを見せる殺せんせー。
結構楽しそうなこのイベントにみんな乗り気のようだが、意識の波長が見えている俺だけは知っている。このタコが単純に俺たちを楽しませる為だけに動いているわけではないことを。
殺せんせー、絶対に何か企んでる。何を考えてるかまでは知らないが、ロクでもないことを計画してるに違いない。
まあ、別にいいか。どうせいつもみたいに勝手に企てて、勝手に動いて、勝手に自爆するのがオチだろう。
……いや、待て。なんで俺は今、ナチュラルに意識の波長なんてものを観測したんだ?アレはゾーンに入るか、集中してないと見れなかった筈なのに。
……考えてもしょうもないし、俺も相手を探そう。
ただ、アレだな。こう言う状況でいざ相手を誘ったとしても断られたらダメージ大きそうだよな。
「律——」
『お断りします♪』
「あ、はい……。ごめんなさい…………」
律を誘おうとしたらフラれた。しかも全部言い終わる前に。なんか、めちゃくちゃ傷付いた。最後まで聞いてくれてもいいじゃないか。律さん、もしかして昨日のことまだ怒ってる?
「ヌルフフフ、フラれてしまいましたね、乃咲くん。ですがいけませんよ、本命でもないのになんとなくで女の子を誘ったりしたら。律さんも断るに決まっています。さぁ、切り替えましょう、勇気を出して本命の倉橋さんに————」
「やかましいぞ、下世話教師ッ!」
さっきの磯貝たちとの会話の所為で妙に意識してしまって誘い辛くなっているところに耳打ちで追い討ちしてくるタコ。なんとなく頭に来たので、反射的に回し蹴りを繰り出してしまった。
「にゃッ………!!?」
どうせ当たらないだろう。そう思った蹴りは殺せんせーの顔面を薙ぎ、彼を地面に叩き付けてしまった。
バフッ!と砂埃を立てて顔面から着地する殺せんせーとまさか当たると思っていなかったので困惑する俺。そんな俺たちを周りが唖然とした様子で眺めていた。
「こ、殺せんせー……!?」
まさか当たるとは思わなかった。たぶん、みんなそうだろう。居心地の悪い沈黙が訪れ、耐え切れなくなったので、倒れた殺せんせーの顔を覗き込む。
「すみません……。つい反射的に。でも、まさか当たると思わなくて。えっと、その、ごめんなさい」
「……いえ。すみません。砂浜だと思いの外に踏ん張りが効かず、回避が間に合いませんでした。情けないところを見せてしまいましたね。それはそれとして無駄な力みのないしなやかで素晴らしい上段回し蹴りでした。ですが、それを人に使ってはいけませんよ?大怪我では済まないでしょうから」
「はい、すみません」
「……ははは!殺せんせー。実は体調でも悪いんじゃねぇの?まともに攻撃喰らうとからしくないぜ?」
「だ、だよな!いつもなら乃咲の靴にでも手入れしてる場面だろうに。こりゃあ暗殺肝試しも楽勝かな?」
「て言うか今の凄く勿体無くない?あんなに無防備に喰らうなら乃咲の靴にナイフでも付けとけば良かった」
「あ〜!それやれてたら100億だったじゃんか!」
微妙な空気になりかけたところで前原が声を出し、流れを変えようと試みて、杉野がそれに乗っかってくれる。
ありがたいことにみんなも口々にそれに合わせて話題を変え、時間を掛けずに空気を切り替えてくれた。
「………」
俺は何をやってるんだろう。こんな空気にしたかった訳じゃないのに。それに殺せんせーも殺せんせーだ。彼の所為にするわけではないが、まさか当たるとは思わなかったんだ。本当に。
やるせないと言うか、申し訳ないというか、なんとも言えない感覚に苛まれているといつものメンバーがこっちに来ていたらしい。前原に背中を軽く小突かれてようやく存在に気がつく。
「切り替えようぜ?乃咲。そんな気にすることないって。お前が無意味に暴力を振るった訳じゃないってのはみんな分かってるからよ。どうせあのタコが余計なこと言ったんだろ?」
「前原……」
「それより凄い回し蹴りだったよね、今度わたしにもやり方教えてよ。技のレパートリー増やしたいしさ」
「びっくりしたよな、まさか殺せんせーを蹴り倒すなんて思わなかったし。俺、何が起きたのか分からなかった」
「だよね、乃咲くんが一瞬跳んだと思ったら次の瞬間には殺せんせーが倒れてるし。2度見しちゃったよ」
「音も凄かったよな、ブゥォン!って」
みんなが口々にさっきの出来事をフォローしてくれる。
コイツらはいい奴だ。それ故に罪悪感のようなものが沸く。これから……いや、俺はもう既に彼らを裏切っているのだから。
「ね、圭ちゃん」
思わずみんなから焦点を逸らすと倉橋さんが声を掛けてきたので、いつも通りの自分を作り、演じ、向き合う。
「どうした?」
少しだけ気まずい。さっきまでの磯貝たちとの会話や烏間先生にA組行きを告げる直前、彼女の声を聞こえないフリして半ば無視したような形になってしまっていたから。
「良かったらさ、肝試しでペア組もうよ」
彼女はさっきのことなんか気にしてないみたいにいつも通りの純真な笑みでそう言ってくれる。
なんとなく、彼女のその様子に救われた気がして、二つ返事でペアを組もうと思ったその時、違和感が訪れた。
……まただ。意識の波長が見えた。集中なんてしてないし、もちろんゾーンなんかにも入っていない。
今の俺は完璧に素の状態だったのに。何故だか、昨日使った時よりも鮮明に倉橋さんの波長が分かる。
意識の波が激しく感覚が短い。倉橋さん、もしかして緊張してるのか?しかも、感じ取れる情報はそれだけじゃない。意識を意図的に集中させてみた時、再び今までになかったことが起きる。
——トクン、トクン。
一定のリズムと言うにはやや早いペースで脈打つ音が倉橋さんから聞こえてくる。トクン、トクンと俺が口を開かずにいる時間の分だけその音は激しくなり、ペースが早まり、大きくなる。
……これは、倉橋さんの心音か………?
いや、まて、流石におかしいぞ。今までこんなことはなかった。彼女とは別に密着しているわけではない。まだ、抱き合っていて心音が聞こえると言うのなら理解できるが、この距離で聞こえるのは絶対にあり得ないはずだ。
「乃咲くん!」
「うわっ……!?」
矢田さんの声で色んなものが弾け飛ぶ。考えていた内容が頭の中から消し飛び、なんなら意識もぶっ飛びそうになった。
別に大した声量ではなかった筈だ。そもそも矢田さんは人の耳元で大声を出すような人じゃない。だと言うのに、彼女の今の声は鼓膜を突き破り、脳を振るわさるような轟音に聞こえた。
思わず耳を塞ぎ、歯を食い縛り、目を閉じる。
「圭一っ!?」
ぐわんぐわんと音が反響する耳が辛うじて磯貝の声を捉える。側から見ると突然耳を塞ぎ、俯いたようにしか見えなかっただろう。呼吸を整え、気を取り直す。
深く呼吸するとようやく調子が戻る。見えていた波長も異様に過敏になっていた聴力も落ち着きを取り戻した。
「ご、ごめんなさい!そんなに声大きかったかな?」
「いや、矢田さんの所為じゃないよ。まだ本調子じゃないからかな。少しぼーっとしてた。磯貝も心配かけて悪かったな。もう大丈夫だ。いろいろあった所為でちょっと敏感になってるみたい」
そう言ってもう一度深く呼吸して、心を落ち着ける。うん、大丈夫だ。波長の類は完全に消えた。
死ぬかもしれない恐怖、仲間が危ないという重圧、命を懸けた撃ち合い、悪意と狂気と憎悪を向けられた負担が今だに神経を過敏に尖らせているだけだろう。
「倉橋さんもごめんな、焦らすみたいなことしちゃって。肝試しだったよな、俺なんかで良ければ付き合うよ」
「っ!ほんと!?」
「嘘なんか吐かないよ」
「そっかぁ〜。えへへ、勇気を出して誘ってみて良かったよ」
「良かったね、陽菜ちゃん」
「だから言ったでしょ?乃咲は断らないって」
「乃咲、良かったじゃんか。愛しの倉橋からのお誘いだぜ?喜べよ。虫取りの時になれなかった2人きりだぜ?」
「……前原。回し蹴り喰らいたいか」
「怖いって!?あんなの食らったら死ぬわ!」
残り少ないE組での日々。夏休みが明けたら縁もゆかりもなくなるかもしれないんだ。今のうちに思い出を作っておこう。
みんなの輪の中でいつも通りの自分を演じながら笑みを浮かべ、肝試しが始まるまでの間は何気ない話で盛り上がった。
仲間たちの輪の中でいつも通りに振る舞う銀髪の少年を遠目に眺め、その様子を観察する。仕草、視線の動き、笑い方、声のトーン、意識の波長。それら全てを観察して気付く。
何処かわざとらしい。有体に言えば演技くさい。何処かいつも通りの自分を意識して、演じているように見える。
「……いいのか、肝試しの準備は」
「えぇ。勿論、準備は万端です。手抜かりはありませんよ」
烏間先生が眉間に皺を寄せて歩いてくる。その顔にはいつもとは違った気難しさが滲み出ている。
4ヶ月ぽっちの付き合いだが、その顔付きから察するに何か問題でも起きたのだろう。険しい顔で件の少年たちへ視線を向ける彼に声を掛けようと思い、投げ掛ける言葉を選び始める。
「さっきの蹴り。まともに喰らったのは本当に足場が原因か?」
言葉を選んでいるうちに先んじて話題を振られた。さっきの乃咲くんの蹴りについて。言葉では私が避けられなかった原因を究明しようとしてる印象を受けるが、声音、視線から察するに別の要因があると確信しているように見えた。
「気付いていましたか」
「対先生物質を粉末にしたフィールドでも自由に動き回っていたお前だ。この程度の悪路に足を取られたとは考えられない」
「なるほど、ご明察の通りです」
やはり鋭い人物だ。たった一回、それもたった5秒間の作戦でしか使われていない手段だと言うのに瞬時に引き合いに出してくるとは。彼はやはり油断ならない相手だ。
誤魔化しは効かないだろうと判断し、素直に白状することを選ぶ。何故、あの蹴りをまともに喰らったのかを。
「あの時、回避運動が
「なに……?」
「貴方ほどの人物ならとっくに気付いているでしょう。私はマッハ20を誇示してはいますが、それはあくまで最高到達速度に過ぎず、初速からそんな速度が出せないことくらいは」
「………」
「私の触手の初速はマッハ1にすら及びません。そうですねぇ。具体的に言えば、すれ違う新幹線から隣の車両のターゲットを狙撃できる程度の動体視力があれば見切れない速度ではありません」
「それは本気で言っているのか?新幹線は時速300キロほど。すれ違う新幹線の件で必要な動体視力は単純計算で時速600キロを見切れるだけの能力ということになる。もしもお前の言葉通りなら、乃咲くんの蹴りは最低でも時速600キロで繰り出されたということになる。しかも、それと同等のスピードで動くお前を一方的に蹴り伏せたことを思えば、実際の蹴りはその比じゃない速さで放たれたということになる」
「……到底、人間に出せる技ではありません。仮にそれだけの速さを実現できたとしても、亜音速一歩手前の速度に身体が耐えられるわけがありません。下手をしたら脚が千切れてしまう」
「お前もそう思うか」
私の分析に烏間先生が俯く。その顔はますます険しいものになっていた。その考え方から察するに、懸念しているのは一つだけと言うわけではないらしい。
「……これは俺の独り言だが、彼の父親は現在某国某所で開催されている、とある会議に出席中だ」
彼にしては珍しい前置き。本来内密にしなければならないが、彼1人では整理しきれないのか、あるいは私に語ることで何か状況を変えようとしているのか、烏間先生は言葉を続けた。
「現在は遺伝子工学の権威として名を馳せている乃咲新一博士。彼が学生時代に研究していたテーマがとある理由で各国首脳たちの注目を集めている。そのテーマとは——人体の強化について」
「……!?」
思いもよらない単語に耳を疑う。だが、これはあくまで彼の独り言であると言う体である以上、横槍を投げるわけにはいかない。この体になってから我慢の効かなくなった叫び声を無理矢理飲み込み、耳を傾けて続ける。
「某国際機関に所属していた元主任研究員が生物の体内で反物質を生成するという研究を行っていたらしい。どうにも、学生時代に博士が組み立てた理論がその研究員の理論と酷似しているというのが招集の理由だそうだ」
「それは………」
我慢できず、思わず口を開く。烏間先生はそれでも独り言という体を貫くようで、相変わらず淡々と続けた。
「この二つの研究の目指す場所は違う。博士はとある難病の治療、研究員の方はエネルギー問題の解決。だが、2人の研究はあまりにも似通っていた。偶然の一言では片付けられないほどに」
「……」
「だが、乃咲くんがその研究の実験成果である手術を受けた可能性はほぼない。入院したという記録は1回。以前に鷹岡とのトラブルがあったあの時のものだけだった」
彼の言葉に私は1人の男を想起する。
この触手を創り出した男。常人には理解できない超理論を展開し、世界のエネルギー問題を解決しようとした科学者を。
その思考が間違っていないと言うように、私の考えを知ってか知らずが、烏間先生は最後に言った。
「さっき、乃咲くんと話したが、彼は何も知らないようだった。本人もそう言っていたし、様子からして嘘ではない。しかし、気になることも言っていた。身体の内側から声が聞こえたそうだ。"何が欲しい?"と問い掛ける声が」
「まさかっ……!?」
内側から聞こえる声。それには身に覚えがあった。私の知る問い掛けとは少しだけ内容が違う。けれど、その特徴は——。
「……我々は何も知らないのかもな。教え子のことや、超生物誕生に至るまでの経緯やその背後で動いていたかも知れない陰謀について、何も。本当に表面的なことしか理解していない可能性がある。一番の当事者である、お前自身ですらもな」
思わず自分の触手を見た。うねうねとうねる触手。まさか、この力を宿していると言うのか?あの子が。
「それから、もう一つ。お前にとってはショッキングなこと。そして我々にとってはかなりの痛手になることがある」
「……それは?」
「本人から聞け。彼の性格を考えれば、お前にも話をしに来るだろう。精々、今のうちに触れ合いを楽しんでおけ」
烏間先生はこう言うと歩き出してしまった。
残された私は、銀髪の教え子を遠目に見ながら釈然としない気分に襲われる。危機が去り、今回の事件を乗り越えて一回り大きくなったように感じる生徒たち。
だが、胸騒ぎがする。笑顔を作り続ける彼を見て、漠然とした嫌な予感だけが胸に去来した。
あとがき
はい、イチャコラ薄めでしたが、今回は圭一の秘密とその父親の研究内容に触れてみました。なんか本人の預かり知らないところで大人たちが深掘り始めてますね。
そんなことを知る由もない圭一は倉橋さんとのイチャコラ。仕方ないとはいえ、それでいいのかお前!?
次回、13日公開"予定"!(笑)
着実に異変が現れてる圭一は無事に倉橋さんとの関係を次のステップに進ませることは出来るのか!?乞うご期待!
今回もご愛読ありがとうございます!