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ツイスターゲームやら、天井から吊るされた見え見えのコンニャクゾーンを越えると今度は頭に角を生やした丸顔のシルエットが包丁を研いでいた。シュッ、シュッ、シュッと無駄に響く研音。音だけ聞くなら不気味だが、殺せんせーのシルエットが見えている所為で色々と台無しである。
「血が見たい……」
「ッ……!」
「っと……」
殺せんせーの低い声に肩を振るわせた倉橋さんが握っていた手を腕ごと抱き寄せる。彼女はどうやら、シチュエーションに対してビビるタイプらしいことが分かった。
慣れたとは言い難いが、何となく予測は出来ていたし、何だかんだ手を握られっぱなしだったので最初ほど驚きはしなかった。
「同胞を殺されたこの恨み……。血を見ねばおさまらぬ……。血ぃ……もしくはイチャイチャするカップルが見たい……。具体的には濃厚な圭ヒナが見たい……。どっちか見れればワシ満足」
「やっすい恨みだなぁ……。そも、うちの教室にカップルはいないだろ。つか、なんだよ、圭ヒナって。殺せんせーまで前原達みたいなこと言わないでくんさい」
ツッコミ虚しく、俺の言葉を聞き届けたのか、聞いていないのか、殺せんせーは喋り終えるとシルエットごと姿を消した。
「び、びっくりしたぁ……。この薄暗い中で包丁を研ぐ音が聞こえるって結構怖いね」
「殺せんせーのシルエットさえ無ければな」
倉橋さんはほんと、感情豊かと言うか、何と言うか。
小さいことでも割と素直に驚いてくれるし、少しオーバー気味なことはあるが、一つ一つに反応してくれる。表情もコロコロ変わるし、見ていて飽きない娘だよな。
前原たちの会話に感化された訳じゃないけど、もし、倉橋さんと付き合ったら退屈しなさそう。
まあ、そんな未来はないだろうけどさ。そもそも女子と付き合っている未来と言うのが一切想像できないし。
「にしても、殺せんせー。魂胆見え見えだよな」
「だね、最初は音と血が見たいって発言に驚いてたけど、イチャイチャするカップルが〜って所でなんだかね」
さしもの倉橋さんも冷静になったようだ。
「て言うか、考えてみればうちの教室ってそう言うスキャンダラスな話しあんまり聞かないよな。吊り橋効果じゃないけどさ、こんな特殊な環境だとそういう感情芽生えやすいらしいし、実は水面下ではカップルできてたり?」
「うーん。カップルが出来たって話は全然、これっぽっちも聞かないけど、恋バナ系なら女子は結構あるよ?修学旅行では気になる男子いる〜?って話もしたし」
「……それは男子もやったな。『気になる女子ランキング』」
「あはは、なんて言うか考えることは同じなんだね?」
「だな。ランキングが完成した所で殺せんせーが覗き見てるのに気付いて暗殺に切り替わったけど」
「あ〜。アレってそう言う流れだったんだ?」
「そ。最後に俺が投票した段階で殺せんせーに気付いてさ。あん時は焦ったよな〜。あのゴシップダコに聞かれてたんだもの」
なんだかんだ、あれから3ヶ月か。早いもんだ。
時間の流れの無情さに打ちのめされてみる。
「………」
「……?倉橋さん、どうかした?」
遠くを見ていると倉橋さんが沈黙していた。
何事かと心配すると同時にまた無意識に意識の波長が視界に現れる。彼女の波長は乱れていると言う程ではないが、激しいものになっていた。小刻みに大きく波打ち、波長に引っ張られて聞こえて来る心音はトクトクと早い。
息遣いは言うほど乱れていないが、もしかして具合でも悪い?
そんな仮説を思考の片隅に置き、彼女に声をかけようとした時、先んじて倉橋さんの口が動いた。
「圭ちゃんは誰に入れたの?」
投げられたのは予想外の質問。正直、そんなことに踏み込んでくるとは思っていなかったので面食らった。
いや、そういえば修学旅行の夜、殺せんせーを追っかけて女子と遭遇した時も似たような会話をしたっけ。あの時は気になる女子ランキングについてすら教えなかったけど、今は何気なく溢してしまっている。
——俺、想像以上に気を許してたんだなぁ。
改めて思う。E組が始まった頃の俺に今の俺を見せたらどんな反応するだろう?クラスメイトの為とか言って無茶を通すことになるだなんて信じないだろうな、絶対に。
修学旅行の晩を思い出す。気になる女子について聞かれた時、俺は何となくその日一緒にいて楽しかったと言うか、基本女子と至近距離で接することがなくドギマギする機会が少ないからと言う理由で数少ない女子の友人である倉橋さんの名前を挙げた。
あの時は何となく選んだだけ。それでもそう言う候補に彼女の名前を挙げたことが照れ臭くて気になる女子ランキングの存在すらはぐらかした。
その気持ちは今も変わらないが、あの時と明確に違うのは倉橋さんへの印象を磯貝たちに語る時に明確に好きだと言えるようになったことだろう。
恋愛的な意味では無いけど、そう言えるようになった。
そう思ったら、ついはぐらかしてしまったけど、何故だか妙に吃ることもなく、彼女にヒントを出していた。
「Kさんかな」
「………烏間先生っ!?」
「女子の話だったよなッ!?」
返ってきたトンチンカンな答えに思わずツッコミ。天然と言うか、少しアホの子気質というか、割とツッコミどころが多い。
本人に対してイニシャルを伝えると言う遠回しな告白みたいな事をした俺の勇気と羞恥心を返して欲しいものである。
「うちの女子Kさんが多いよ……。有希子ちゃんとか、カエデちゃんとか、メグちゃんとか……」
「さぁ〜て、誰だろうねぇ」
「メグちゃん」
「……イケメンは対象外で」
「カエデちゃん」
「……嫌いではないけど、0だからなぁ」
「有希子ちゃん」
「……まあ、圧倒的人気ではあったな」
これ、正解引くまで続く奴?と言うか、残るKさんはもう目の前の本人しかいないわけだけど。
本人の名前が出てきたらどうしよう。なんて反応すればいいんだろう?今までに感じたことのない種類の動悸に襲われる。
「もしかして——綺羅々ちゃん」
「……そう言えば狭間さんもイニシャルKか。ごめん、流石にそこはノーマークだった」
そう言えば狭間さんの下の名前は綺羅々だったな。完璧に意識の外にいた所為で完全にノーマーク。なんなら忘れていた。
「この中にいないの……?」
「どう思う?」
「質問に質問で返さないでよ……。本当にこの中にいないなら、あとイニシャルがKの女子って————私しかいないよ……?」
本人からの明確な問いかけ。本人を前にして肯定するのは恥ずかしく、かと言って動揺するのは情けないし、ダサい。
でも、なんか、倉橋さんから伝わって来る明らかな緊張の波長と聞こえる心音、薄暗がりの中でも見える赤みの差した頬を見ていると、もうそう言うことでいいような気がして来る。
おずおずと問いかけて来る彼女。俯き、顔は赤く染まり、さまざまな様子から緊張が伝わって来る。
こう言う反応見せられると勘違いしそうになるよな。でも、流石にここで何も答えないのは不自然か。
少し考えて結論を出す。
「ナイショ」
「えぇっ……!?ここに来てそれはないよ!?」
「まあ、そうかっかしなさんな。ヒントあげるから。最後に質問して正解したら素直に答えてあげる」
「ぅぅぅぅ……ほんと?」
「ほんとほんと。ケイイチ、ウソ、ツカナイ」
「既に嘘っぽい」
「ヒント1、割といつも元気」
倉橋さんの失礼な反応は一旦置いておく。
何となく、意地悪したくなった。
「ヒント2、天然気味かな」
「天然……メグちゃんとか有希子ちゃんではなさそう」
「ヒント3、烏間先生が好き」
「えっ……」
「ヒント4、よく笑う。何の含みもない純真で屈託のない笑顔で楽しそうに『あはは』って。俺はあの笑い方が好きだ」
「ッッ……!」
「ヒント5、誰にでも平等。壁がないって言うか、感じさせないって言うかさ。いい意味で態度を変えないの見ててすげーなって思う。それは俺にはできないから。そう言う意味では尊敬してるって言っていいのかもしれない」
「ッッッ〜〜」
「ヒント6、感情表現が豊か。コロコロ変わる表情とか見てて飽きない。感情に素直っていうのかな、俺は見てて可愛いと思う」
「〜〜〜〜ッッッっ!?」
「ヒント7、努力家。好きなこととか目標に対して直向きだよな。ターゲットがずっと夢中になる罠を作れる知識とそれを活かす為の研究と情熱とか、烏間先生に褒められる為に頑張ってナイフ術上位3位に入ったりさ」
「や、やめっ………」
「ヒント8、生き物が好き。虫とかだけじゃなく、色んな生物に対する知識があってさ。前に一緒に猫撫でたけど、猫を撫でてる私可愛い〜じゃなくて、しっかり動物を可愛がれるところとか好感持てるよ。動物に好かれやすいのは生来の気質って言うか、動物にはそう言う優しさみたいなの分かるんだろうな」
「け、圭ちゃん……ッッッ」
「ヒント9、感性が豊か。人の幸福というか喜びを自分の事みたいに喜んでくれるっていうかさ。俺が総合一位取った時に磯貝と並んで一番最初に喜んでくれたんだよ。口には出さなかったけど実は嬉しかったんだ。俺が良い成績とっても本心から喜んで、笑ってくれる人って今までいたことがなかったからさ」
「も、もうっほんとに……だめぇ………」
「ヒント10、俺のことをあだ名で呼ぶ。初めは戸惑ったんだけどな、急にあだ名で呼ばれるようになって。でも、なんつーか意外とすんなり受け入れられたって言うか。今まで俺につけられてたのって秀才とかの小っ恥ずかしいヤツだったり、死神とかの物騒なものばっかりだったから。これも嬉しかったんだろうな。元気に、楽しそうに、嬉しそうに呼んでくれる声が好きだ」
「————————ッ」
意地悪心を出してこれでもかと言うくらい持ち上げまくった。ただし、全部お世辞ではなく、本心だ。
最近、褒められることが増えたけど、誰かを褒めたことはほとんどなかったから、良い機会なので褒めてみた。
倉橋さんに関して意外とすらすらと褒め言葉が出てきたことに自分でも驚く。俺は本当に自分が思っている以上に倉橋さんのことを友人として好いているのかもしれないな。
「あと13コくらいヒントあるけどいる?」
「も、もう大丈夫っ、わ、私の負けっ……!」
口をあわあわと動かし、茹でられたタコのように真っ赤になった顔を見て勝利を確信する。
「さて、じゃあ質問。俺が投票したのは誰でしょうか?」
「し、知らないっ。圭ちゃんのバカ」
最後の質問に倉橋さんは手を離し、少し離れた場所までずんずん歩き、そのままそっぽ向いてしまう。
だが、懐中電灯で照らした彼女の後ろ姿、髪の間から見える耳は先まで真っ赤に染まり切り、見える波長と聞こえる心音は今にも爆発しそうな程に激しいものになっていた。
あぁ、照れてるのか。
その理由に思い当たり、何だか感慨深くなる。倉橋さんがこんな風に照れてくれるようになるだなんて思ってもなかった。
「にゅ、にゅる、ニュルフフフフフ……!!」
照れてる女子への対処法は存じ上げない為、どうしたものかと考えていると殺せんせーが何とも奇妙な笑い声を出しながら現れ、俺たちの行手を阻んでいた扉を開けて、もう一度だけ奇妙な奇声にも似た声を漏らすと去って行った。
「……んだぁ、あれ?」
流石に奇声の意図が理解できず、思わず呟き、まあ、考えても仕方ないことがあると自分を納得させて、歩き出す。
「…………」
「ん?どうした、倉橋さん」
足を前に出そうとするその寸前、こっちに顔を見せないように俯いた倉橋さんに半袖の裾をクイクイと引かれる。
あんまり見ない新鮮な様子に首を傾げると、蚊の鳴くような消え入りそうな声で、何とも今更なことを口走る。
「……手、繋ぎたい……」
「そんなにここ怖いかなぁ……?」
さっきまで特に躊躇いもなく手を握ってましたやん、というツッコミを遥か彼方へと投げ捨てる。
倉橋さん、本当に結構な怖がり屋さんみたいだ。殺せんせーの所為で楽しめる恐怖要素が綺麗さっぱり無くなったような気がしていたので、この状況でも楽しめる彼女が羨ましいな。
「まあ、別に良いか。ほら、早く抜けるぞ」
「うんっ……!」
今度はこっちから手を差し出し、彼女が握り返す。
さっさとこの洞窟を抜けてしまおう。そうした方が俺と倉橋さんの精神衛生に優しい気がする。
手を握り、進む俺たちの間にさっきまでの様な会話はない。ただ、だからと言って気まずくなるような沈黙と言うわけでもない。不思議なことに、その沈黙が居心地良いと感じてしまう。
以前の俺なら話題に困って天気の話をするか、気まずくて逃げ出していたことだろう。俺も成長したもんだ。
「立てこもり、飢えた我々は……ついには一本の骨を奪い合って喰らうまでに落魄れた……。お前たちにも同じ事をして貰うぞ」
「その立て篭もった状況で奪い合った骨の出所考えるとそっちの方が怖いよな。家畜とか連れ込める訳もないだろうし、どっから出て来たんだろうな、その骨ってやつは」
「怖いこと言わないでよぉ……」
殺せんせーの設定に何気なくぼやく。隣の少女と言えば案の定空気に当てられて怯えモードに入っていた。
プルプルと小動物のように震えて怖がる姿も流石に見慣れたもので、何気なく頭を撫でて落ち着かせてやる程度の余裕もいい加減に生まれたし、この肝試しで色々鍛えられた気がする。
しみじみ自分の成長に感心していると目の前に天井から何かが吊り下げられた。全体の8割が黒に近い茶色、残りの2割がクッキー色のその物体の名前はポッキー。市販のお菓子である。
「さあ……。両端から喰っていけ」
また妙な指示が来たと思い、ポッキーを見ていると吊り下げられた紐にはポッキーゲームをしている男女の写真。
魂胆を隠さなくなったと思ったら、まさかこんな強行策を用意しているとはな。流石に予想外。
「……やろっか」
「倉橋さんも妙にノリ気だよな!?」
倉橋さん。雰囲気に当てられて怯えてる癖に殺せんせーの用意しているアトラクションには妙にノリ気だ。
もしかして新手の現実逃避か?怖い現実から目を逸らす為にあえてこんなトンチンカンな遊びするつもりか?
やべぇ、倉橋さん追い詰められ過ぎだろ……!
「落ち着け、ポッキーゲームの最後を知らない訳じゃないだろ。ぶちゅっといくんだぞ?やめておけ、唇の安売りは良くない。倉橋さんは女の子な訳だし、気軽にやるべきじゃない。そう言うのは本当に好きになった奴の為にとっておけ。なにより、こんなパリピの遊び、俺は好かん!」
「最後の方が本音だよね?」
「いや、前半も本音だけどな?なんつーか、こんな俗世に塗れた遊びが嫌いというか、縁がないというか。バレンタイン、ホワイトデー、ハロウィン、クリスマスとかさ、嫌いって訳じゃないんだけど毎年毎年、蚊帳の外って言うか」
「そんな寂しいこと言わないでよ、今年はチョコあげるから」
「勘弁してくれ。あんなパリピの祭りに参加してたまるか。バレンタイン?はっ、虫歯になるだろ。ホワイトデー?はっ、金の無駄だろ。ハロウィン?はっ、かぼちゃは被られる為に育った訳じゃねぇだろ。クリスマス?はっ、寒いだけだろ。あ〜、ほんと、リア充ども全員滅びねぇかなぁ……!」
「ひ、非リアの僻み怖ぁ……。大丈夫だよ、そこまで気にしなくても。圭ちゃんならリア充なれるって。ここはそのパリピになりきってリア充の心理を学ぶ為にやってみようよ、何事も形から。まず真似してみるのが手っ取り早いよ!」
いつになくグイグイくる倉橋さんに押され気味。
と言うか、なんでこんなにやる気なの、この子。付き合ってもない男子とポッキーゲームとか普通嫌じゃない?
……まさか、倉橋さんって俺が知らないだけでかなりイケイケなパリピだったりするのかしら。
なんか、それはショックだなぁ……。いや、楽しい場所で素直に笑いながら楽しんでる彼女はさぞかし可愛らしいのだろうが、そっち方面には進んで欲しくないと思ってしまう友心。
パリピは浅野1人で充分である。あの野郎、夏祭りの度にめちゃくちゃ絡んでくるからな。マジでパリピだ。
「ほらほら、早くしないと後ろがつっかえちゃうよ」
「後ろの組を便利に使うようになったなぁ……」
薄ら顔が赤いあたり、羞恥心がない訳ではないのだろうが、それでも本当に何故か、妙にノリ気。
恥ずかしいならやらなきゃいいのにと言いたくなる気持ちを抑えながら渋々、ポッキーを挟んで彼女の対面に立つ。
「……ほんとにやるの?」
「圭ちゃんはやりたくない?」
「嫌って言うほどじゃないけど抵抗あるだろ。最後にはキスになるんだぞ?女子的にそれはどうなのさ」
「でもさ、キスなんて今更じゃない?私たちほぼ毎日、ビッチ先生にディープなのかまされてるんだよ?なんなら圭ちゃんにディープなのした直後のビッチ先生にされた事もあるし、私は圭ちゃんと間接ディープキスしたことあるもん」
「すげーパワーワード出たぞ。間接ディープキスってなに!?つか、だったら尚更嫌がれよ!?ディープまで行かなくてもキスだぞキス!マウストゥーマウス!嫌だろ!?」
「————嫌じゃないよ……?」
「だから何で!?」
分からない。倉橋さんの思考回路が見えない。もしかしてあの年増に汚染されて『キスごとき何でもありませんわ、おーっほっほっほ!』みたいなイカれた思考回路になっちったとか?
その後も何だかんだごねて、言い訳並べて、抵抗しまくったが、痺れを切らしたらしい殺せんせーからの『早くしないと次のペアに見られますよ?』という脅しでようやく覚悟を決める。
次のペアに色々と見られるのは嫌だし、それがクラス内に広がるのも勘弁してほしい。『アイツ出て行く前にヤることヤって行きやがった』みたいな印象を抱かれるのはマジ勘弁。
「覚悟はできた?」
「何で倉橋さんはそんな強キャラ感出せるの?」
「ビッチ先生の弟子ですので」
「キスとかセックスとかの性的なことに関する話題で出てくると妙な説得力が出る名前だよな、ビッチ先生。女子中学生になにを仕込んでるんだ、あの人。そろそろ捕まらないか?」
「ナニでしょ?それにいざとなったら寸止め……っていうか、ポッキー折ればいいし。そんなに気負うことないんじゃない?」
「仕方ない…………………………………………………やるか」
たっぷり間を使って覚悟を再び決める。倉橋さんとするのが嫌な訳ではないのだが、この状況を殺せんせーに見られているのが最大の屈辱だ。それに、彼女がノリ気な意味も全く分からない。
ここまで来るとマジで俺に気があるのでは?なんて勘違い全開の思考を見せてしまいそうになる。
だが、ここでそれを理性で抑えられるのが乃咲くんである。長年培って来た勘違い回避能力。俺を褒めているように見せかけて親父を褒めてるという状況で希望を抱かない為に身につけて来た能力が今、遺憾無く発揮されていた。
覚悟を決めつつも、恐る恐るポッキーの端に口をつける。
天井から吊るされているだけあって高さ調節は難しいらしく、俺が少し屈み、倉橋さんが少し背伸びした辺りの高さに鎮座するポッキーに各々姿勢を調整しながら両端から喰らい付く。
ちょっと背伸びしながらポッキーをポリポリと食べ進める倉橋さんに言い知れない何かを駆り立てられながら半ばヤケクソ気味になりながらこっちも食べ始める。
しかし、案外中腰気味になりながらお菓子を貪るのはしんどいと言うか、普段やらない体勢なので腰に違和感がある。
足元に目を向けると、倉橋さんも倉橋さんで背伸びした足をプルプルと震えさせていた。
うん、やっぱりしんどいよな、とか思いながら視線を元に戻そうとした時、不意に正面から肌を撫でる程度の弱々しい風を感じた。少しくすぐったく思いながら風の発生源を探ろうと目を動かすと、すぐ目の前には倉橋さんの顔があった。
今のは彼女の吐息だったらしい。……なーんて、冷静ぶって考えているが、実を言うと今の俺は頭が沸騰しかけていた。
目と鼻の先には彼女の顔。かつてないほどに倉橋さんの顔が近くにあったので驚く。もうこんなに近づいていたのかと。
そりゃあ確かに倉橋さんに抱かれ、抱きつきをさっきまでしていたが、吐息が掛かるほどに接近したのは初めてのことで。
「…………」
窒息覚悟で息を止める。口呼吸はもちろん、鼻での呼吸すら放棄する。息が掛かるとか考えたら凄く恥ずかしくなって来た。
それは彼女も同様だったらしく、いつの間にか正面から来るくすぐったい風が止み、ますます近くなっていた。
「…………」
「………」
ふと、目が合う。あと数センチ前に出せば鼻の頭がぶつかるくらい近くにいた彼女と目があった直後、順調にポッキーを食べ進めながら倉橋さんは顔を僅かに傾け、目を閉じた。
いや待て、なんで目を閉じる。ポッキーを折るって話はどこにいった!?目を閉じたらどの位置で折るとか分からないだろ!?
止まるでも、ポッキーを折るでもなく、目を閉じた倉橋さんが迫る。まて、いや、本当に待って欲しい。なんでそんな受け入れ態勢なの、この人。確かにキスなんて今更かも知れないけど、ただのクラスメイトだよ、俺!?彼氏とかじゃないのよ!?
これはアレですか、していいヤツですか。倉橋さんとぶちゅっとイッていいヤツですか、この状況。
いやいやいやいやいや、待て待て待て待て待て!そう言うのはせめて告白とか踏むべき段階がいくつかあるんじゃないかい!?流石にコレはやりすぎなんじゃないかね?
あ、いや、でも、添い寝して、胸に顔埋めて、抱き合って、腕組んで、手繋いで。あれ?なんか今日一日で色々と段階すっ飛ばして色々と経験しすぎじゃないか、俺氏!
色々と検討に検討を重ねてこのまましても良いんじゃないのか、という結論が意識の水底から浮上する。
彼女も嫌じゃないって言ってるし、俺もしたくない訳じゃないし、一夏のアバンチュールしてもいいんじゃないか?
迫る倉橋さん、薄れゆく理性、崩れる良心、失われてゆく倫理観。しがらみの全てを見て見ぬふりをして、彼女とのキスを迎合してしまおうか、なんて思考が脳裏を掠めた刹那、思い出す。
——みんなを裏切る俺にそんな資格はないだろ。
自分のためにみんなを裏切り、E組を抜けようとしている現実。ここで彼女としたら追々、この記憶が足枷になるだろうと己を制止する合理的な自分が。ここから先、関わり合いになることがないだろう相手にそんな思考を割く余裕はないだろうと指摘する冷酷な部分が。俺の理性を繋ぎ止めた。
夢みがちな思考が合理性で固められた理性に殺される。不意に、昂っていた感情が冷めて行き、未練を断つように咥えていたポッキーを噛み砕く。パキッと乾いた音が洞窟と俺の耳の中でやけに響いた気がする。
「……むぅ。圭ちゃん?」
「ははは、やっぱりこう言うのはしっかり惚れた相手とするべきだよ。お互いに。キスに慣れてるからで誰かれ構わずキスして回ったら女優なんてスキャンダルだらけになっちゃうって。相手はしっかり選ぶべきだ」
拗ねるように唇を尖らせる倉橋さんにそれっぽい理屈を説き、さりげなく半歩下がって距離を取る。
さっきまでの浮ついた思考はもう欠片も残ってない。楽しもうなんて気持ちは完璧に冷め切った。残ったのは最後に思い出を〜なんて考えていた自分への嫌悪感。
身勝手にみんなを裏切るのであれば、その独りよがりは通すべきだ。それが最低限俺が通すべき筋ってヤツだろ。
透徹した思考を呼び戻す。元に戻る。烏間先生に憧れ、殺せんせーに見てもらったE組の乃咲圭一を殺し、斜に構え、一歩引いた位置から考察を巡らせていた頃の自分を呼び起こす。
「ほら、行こう。後ろが詰まるかもしれないんだろ」
「…………圭ちゃん?」
表には出さない。いつも通りの自分を作る。外装を繕い、中身を切り替える。自然と自分の表情が引き締まるのを感じた。
自分を使い分けることが出来たことに満足して歩き出す。今度こそこのメッキが剥がれないように気を付けないと。
歩き出した俺に置いていかれないようについて来る倉橋さんと出口を目指す。道中から殺せんせーのアトラクションはなくなり、味気ない暗闇だけが残り、そんな闇の中を沈黙が支配する。
さっきまでの居心地のいい沈黙ではない。とてもではないが雰囲気が良いとは言い難い無言の時間。
そんな俺たちを追うように、案の定自爆したのであろう殺せんせーの絶叫だけが洞窟の中を木霊していた。
あとがき
はい、あとがきです。
最後の最後で現実を思い出してしまった圭一。理性が強いのか、それとも単にチキンなのか。ちなみに幻の倉橋ヤンデレルートではここで倉橋さんが接吻を断行、「まっしろになった」状態の圭一は半強制的にA組ルートから外れます。
詳しくはそのうち公開予定の「なんかあった倉橋さん」ルートをお楽しみに!
今回もご愛読ありがとうございます!