暗殺教室 不良児は認められたい   作:ZWAARD

85 / 224
UA244500件、お気に入り2350件!
加えてたくさんの感想ありがとうございます!

今回も投下いたします。
最後までお付き合いください……。


68話 竹林の時間

 

 今日も始業のチャイムは鳴る。でも、僕らの視線はやはりこれから授業が始まる教壇でも、黒板でもなく、今日も主がいなくなった2つの空白の席に向けられていた。

 彼らの言葉は理解した。その気持ちも理解できる。だからもう、無理に引き止めることはしない。

 

 口には出さないけど、各々がそう心に決めて、暗殺や勉強に集中しようと試みるけど、それでもやっぱり気になるものは気になるし、心配なことにはなんら変わりなくて。

 

「……………」

 

 昨日、誰より2人を見守ろうと主張していた倉橋さんですら、その視線はやっぱり律の隣の空白に向いていた。

 心配なんだろうって手に取るようにわかった。誰よりも乃咲を見ていた彼女はやっぱり昨日の態度や様子が気になるんだろう。僕らでも彼の言動には違和感を覚えたのだから。

 

「おはようございます」

 

 考えても答えの出ない時間を過ごしていると、全身真っ黒に日焼けした殺せんせーが挨拶しながら現れる。

 夏休みの時と同じくらいの真っ黒。ほんと、一体何をしたらそんな歯まで真っ黒焦げになるのか。

 

「なんで急に真っ黒なんだよ、殺せんせー」

 

「急きょアフリカに行って日焼けしてきました。ついでにマサイ族とドライブしてメアド交換も」

 

「ローテクかハイテクか分からん旅行だ……!」

 

「これで先生は完全に忍者!人混みで行動しても目立つ事は決してありはしないでしょう」

 

「恐ろしく目立つわ!!」

 

 前原くんのツッコミが炸裂する。少しだけ沈んでいた空気が元気になるのを感じていると岡野さんが口を開く。

 

「て言うか、そもそも何のために?そんだけ日焼けしたらまた脱皮して戻すしかないじゃん」

 

 至極もっともな指摘。このままだと夏休み中の様にどっちが前か背中かわからないからどうにかしてくれって言われて泣く泣く脱皮するところまで想像できる筈なのに、何で急に?

 気になって首を傾げていると殺せんせーは勿体ぶることも、躊躇うこともなく、当たり前の様に言った。

 

「もちろん、竹林くんと乃咲くんのアフターケアです」

 

「……アフターケア?」

 

「自分の意思で出て行った2人を引き止める事は出来ません。ですが、彼らが新しい環境に馴染めているかどうか。先生にはしばし見守る義務がある。もちろん、これは先生の仕事です。みなさんはいつも通りに過ごして下さい。暗殺希望者はスマホで連絡をしてくれればいつでも駆け付けますので」

 

「…………」

 

 彼らが新しい環境に馴染めているかどうか。確かに気になるところではある。竹林くんはコミュニケーションが下手なわけじゃないけど、口数は少ない方だし、乃咲はお世辞にもお喋り上手ではない。彼は人見知りするタイプだろうし。

 そんな風に考えていると、確かに心配になる。乃咲に関してはあんなスピーチをした後だ。孤立してるのは容易に想像できる。

 

「……俺等もちょっと様子見に行ってやっか。暗殺も含めて危なっかしいんだよ、あのオタクは。乃咲の奴も人見知りで教室でATフィールド張ってそうだし」

 

「だね。仮にコミュニケーション取れたとしても、あいつ等の場合、口を開けばメイドか触手の話題しか出ないし」

 

「何だかんだ、同じ相手を殺しに行った仲間だしな。ここは一肌脱いでやっか」

 

「…………うん。それなら私も着いてくよ。2人が抜けるのはしょーがないけど、圭ちゃんと竹ちゃんが理事長の洗脳でヤな奴になっちゃうのは嫌だもんね」

 

「………そうだね」

 

 みんなも同じ結論に至ったのか、口々に殺せんせーに同行することを決めて、表情が柔らかくなる。

 乃咲がATフィールドを張ってる〜の件で何人かその情景を想像したのか吹き出してる奴も居たし。

 

 抜けた2人を心配してみんなが一致団結する。余計なお世話と言えばそうなのかもしれないけど、でも、仲間の事を思って団結できるのはこのクラス独特の強みだと思う。そしてきっとみんなそんなE組が好きだ。

 

「うんうん。暗殺が結ぶ絆ですねぇ」

 

 そんな僕らを殺せんせーは満足そうに眺めていた。

 

⬛︎

 

⬜︎

 

⬛︎

 

 E組を抜け、いよいよ始まる本格的な本校舎での授業。筆記用具などを机の上に出し、多少の緊張を感じながらチャイムと先生を待っていると新しいクラスメイト達が早速話しかけてくれた。

 

「授業の準備は出来てるか、竹林?」

 

「E組の先生は適当だったと思うけどな」

 

「A組の先生は進みが早いから取り残されんなよ〜」

 

「………はは、緊張するな」

 

 彼らの言葉に素直に頷く。事実、多少怖気付いているから。少なくとも殺せんせーの様な一人一人に寄り添った授業は絶対に有り得ないだろう。だから不安は勿論ある。

 しかし、そんな僕に新しいリーダーが声を掛けてくる。いつになく爽やかな笑みに期待を讃えて。

 

「劣悪なE組からせっかく表舞台に戻って来れたんだ。竹林くんならついてこれるさ。大変だろうが一緒に頑張ろう。ね」

 

「……ありがとう、浅野くん」

 

 クラスのリーダーとして僕に声を掛けた彼は頷くと、颯爽と今度は乃咲の元に向かった。

 2、3言交わして笑顔の浅野くんが席に戻ると同時に始業を知らせるチャイムが鳴り、授業が始まる。

 

 ペンを握り、かつてない緊張を覚える授業に臨む。

 しかし、僕を迎えたのは成績優秀クラスの洗礼ではなかった。

 

「…………」

 

 進む授業、忙しなく動く教師のチョークと口。ひとしきり捲し立てるとさっさと板書を消して行く光景に呆然とする。

 予想の斜め上……いや、この場合は斜め下と言うべきか。僕のイメージしていたのは極限まで無駄を切り詰めた合理的で効率的な授業。合理的かつ効率的でスピーディーであるが故に喰らいつくのが困難。ここで見るのはそんな景色だと思ったのに。

 

(やたらと非効率的だ。E組では1学期でやったところだぞ……!?三角関数は要点を絞った方が分かりやすいのに)

 

 驚愕というより、困惑と言った方が近いかもしれない。教師はやたらと早口で黒板に書いては消し、書いては消し。生徒の都合は一切無視。着いて来れない奴をふるい落とす為の授業だ。

 

 思わず、殺せんせーの放課後補講を思い出す。僕の好きな萌えアニメのオープニングの歌詞を替え歌にして覚えやすい様に手を変え品を変え、必死に教えてくれた彼の授業には遠く及ばない。

 一言で言えば酷い。マッハ20のモンスターと比較することは間違っているのかもしれないが、それでも殺せんせー程の教師としての熱意を感じる事は出来やしない。

 

 乃咲はどうしているだろうか。あまりに予想を裏切る酷い展開に、ついこれまで同じ教室で学んで来た仲間をつい盗み見る。

 少し離れた席に座る彼の手は凄いスピードで動いていた。教師の板書を書く速度よりも遥かに素早く、一心不乱にノートに向かってペンを動かし続けている彼は、黒板はおろか、教師すら見ていない。前方をチラ見することすらせずに左手で教科書を捲り、右手でノートに何かを書き綴り続けている。

 

 おそらく、彼も早い段階でこの授業に見切りをつけたのだろう。となると、乃咲が今やっているのは自習か。

 彼の隣に座る生徒がその異様なスピードの勉強に呆気に取られ、授業に集中できていない。

 

 いや、眺めている場合ではないか。僕も見習わないと。この授業では復習すら難しい。

 そう考えながら今日の授業はほぼずっと自習に近い状態で僕も乃咲も受けることになった。

 

 ただ自習しているだけの時間は長く感じる。終業のチャイムを聞くと思わずため息が出る。

 疲れた。勉強についていけないと感じる要素はなかったけど、E組との落差に一々驚いてしまった所為だろう。

 

 迎えた放課後は開放感があった。

 思わず伸びをしたくなる所を抑えて、ふと思い付く。折角環境が変わったんだ。僕なりに馴染める様に動いてみるか。

 

「なあ、放課後。何処かでお茶でもしないか?」

 

 手頃な場所にいた2人。朝、僕を気遣ってくれたクラスメイトに何気なく声を掛けてみるが、返って来た答えはNoだった。

 

「悪い、馴染もうとして気ィ遣わなくていいぜ、竹林!」

 

「俺等、すぐ塾だからよ。お前もそうだろ?明日からも頑張ろうぜ。じゃーな!」

 

 2人はそう言うと忙しそうに走って行く。

 彼らに頷き、教室を眺める。ほとんどの生徒がいそいそと帰り支度をして、参考書や教科書を読みながら帰る。

 

 みんな口々にE組から来た僕にも分け隔てなく声を掛けて、教室を出た。A組のクラスメイト達は勉強ができてE組じゃない人間にはごく普通に接してくれる。だけど、昔の僕みたいにいつも時間と勉強に追われてる。

 余裕があるのは本当に出来る数人だけ。5英傑と新しく来た乃咲くらい。E組とはえらい違いだ。

 

「…………?」

 

 あれ、そう言えば乃咲は何処だ?帰りのホームルームが終わった直後辺りから姿を見ていない気がする。

 

「あん?どーしたよ、竹林」

 

 5英傑の1人がキョロキョロしていた僕に声をかける。

 

「乃咲、見てないか?」

 

「ギシシシ、アイツなら浅野くんに拉致られたぜ」

 

「…………そうか、ありがとう」

 

 少し苦手意識を覚えながら一応の感謝。しかし、乃咲と浅野くんはどう言う関係だ?もともと互いにライバル視してたのは知っているつもりだったが、浅野くんがどうして乃咲に固執するのかその理由までは知らない。

 ……知らない、か。そう言えば夏休みの頭に寺坂の奴が僕らのことを知りたいからってあちこちに連れましたことがあったっけ。殺せんせーに盗撮されるってオチ付きで。

 

 やたら貪欲に生徒の情報を学ぼうとする教師。思えば寺坂もそう。アイツなりに僕らのことを知ろうとしてくれたんだな。

 元クラスメイトと担任のことを考えながら、そろそろ帰ろうと腰を上げたその時、ふと視界に映った窓の外。茂みの奥で何かが動いていることに気がつく。

 

「……………」

 

 顔は動かさず、視線だけ横にずらして窓の外を見てみると、なんかいることに気が付く。

 人影が20人近く。頭にE組付近に生息している植物の葉を装備して生垣の奥から覗き込む。

 

 あれは烏間先生から教わったカモフラージュ技術だ。でも、見ようによっては意味のない使い方をしている。E組と本校舎じゃ植物が違うんだから見る人が見りゃあの余計に怪しい。

 特に生垣からはみ出している黒いツヤツヤの物体は悪目立ちし過ぎていて気付かない方が難しい……!

 

「……………………」

 

 何でだ?何で彼らはまだ、僕のことを知ろうとする?

 僕らは彼らを裏切ってここに来た。そもそもE組での暗殺に僕は役に立っていない。この本校舎で言えば勉強が出来ないのと同じ。落ちこぼれのエンド。必要とする価値がない。

 

 ましてや、A組(他人)になった僕を見に来てまで何を学ぶ?何を知る事がある?何の必要がある?学ぶ価値なんてあるのか?

 

 ——逆に僕は、何を学びに本校舎に戻って来たんだっけ……?

 

 脳裏に過った疑問。家族に認められる事ばかり追いかけてやって来たA組。ただ、僕は家族に認められたくてここに来た。その結果はどうだ?何か、ここに来て学べることはあったのか……?

 

「やあ、どうだい?竹林くん。A組には馴染めたかな?」

 

「……!ま、まあ」

 

 気配すら感じさせずにヌッと現れた浅野くんに驚く。あの理事長の息子なだけあって彼も底が知れない。E組にいたら天然で成績上位者に名を連ねることも出来るだろう。

 

「突然だけど、理事長が君を呼んでるよ。逆境に打ち勝ったヒーローのキミを必要としている様だ」

 

 底を悟らせない笑顔で言う彼に理事長室まで案内される。きっとまた何かあるのだろう。抵抗しても意味はなさそうなので黙って着いていくと、先客がいた。

 

「…………」

 

 乃咲だ。床に鞄を置き、突っ立ったまま読書でもするかの様に参考書を開いていた。よほど暇だったんだろうか。

 

「乃咲」

 

「…………ぁ、ん?あぁ、竹林。お前も来たのか」

 

 何だろう、少し妙だ。僕が声を掛けると本気でこっちに気付いていなかったかの様な表情で僕を見た。

 どうしたんだ?何と言うか、らしくない。普段、E組にいた頃から誰も気付かない部分にも洞察力を向けていた彼が僕の気配にすら気付かないと言うのに少しばかりの違和感を覚えた。

 

「あぁ。理事長に呼ばれてると聞いてね」

 

「こっちもだ。帰ろうとしたらそこのパリピにヘッドロック掛けられて半ば引き摺られるように連れて来られた」

 

「パリピとは失敬な。プライベートを自分なりのやり方で楽しんでいるだけだと言うのに」

 

「その楽しみ方に悪意なく、楽しいからって理由で他人を巻き込む時点で充分すぎるくらいにパリピ適性あるよ、お前」

 

 げんなりした様に言う乃咲に苦笑を浮かべて同意する。夏祭りのあの様子は確かに、パーリーピーポーだろう。

 乃咲もいることを確認すると、今度は部屋の中が気になる。初めて入った訳ではないが、相変わらず凄い部屋だ。棚にはびっしりと優秀な教育者を表彰する盾やトロフィーが飾られている。

 

「そこら辺のものにはあまり……と言うか、絶対に触れない方がいい。以前、ここで理事長の私物を壊した奴がいた。そいつは問答無用でE組行きになったらしいよ」

 

「……君くらいだったら少しぐらい大丈夫なんじゃ?」

 

「ははは、まさか。理事長(あの人)は例え相手が息子であっても容赦はしないよ。油断ならない毎日さ」

 

 浅野学秀。彼のこともやっぱりよく分からない。親子で同じ学校にいながら、仲良く話すのを見た事がない。彼は今の自分に満足していないのだろうか、理事長はここまで優秀な息子に満足してないんだろうか。僕が彼くらい優秀だったなら、うちの家族は喜んで認めてくれるだろうに。

 

「…………」

 

「ん?どうした、圭一」

 

「いや、ちょっと引っかかってただけ。この理事長室で浅野先生の私物を壊すって一般の生徒には無理な話だよなって」

 

「確かにな。あの人は戸締りを怠るタイプではないし、誰にも気付かれずに入れる場所でもない。戸締りは完璧で監視カメラも着いてる他人のまして、無人の部屋に無断で入ると言うのは不法侵入に当たる。その上で器物破損を働いたとなればE組行きとか停学を飛び越えて退学コースだろう」

 

「だろうな。なのに、E組行きで済むってのがちょっと釈然としない。一番難易度が高いこの部屋への不法侵入を常人には無理だと想定すると、実行者は理事長に招かれて入ったとかになるだろうが……。あの魔王に招待くらって目の前で器物破損とかそんな命知らずがこの学校にいるのかなってさ」

 

「まあ、普通はいないだろうな。僕ですら出来ないし」

 

「やらかした奴、シベリア分校に飛ばされてたりして」

 

 乃咲と浅野くんが予想外の部分で盛り上がり出した。やっぱりこの2人、実は仲が良いのかも知れない。

 

「シベリア分校に送るのはE組行きですら生温いと判断した者だけさ。今のところ両手で数えられるくらいしか彼方には在校生はいないよ。ところで乃咲くん。先生を魔王呼ばわりするとは感心しないなぁ。ネクロゴンド行き、手配してあげようか?」

 

 そうこうしていると理事長がヌッと入ってくる。気配も音もなく。やっぱりこの人も大概やばい人だ。

 人類最強は烏間先生だと思っていたが、案外、この人も最強候補なのかも知れない。椚ヶ丘は人外魔境かも。

 

「どうも、理事長先生」

 

「こんにちは。待たせてしまったね。まあ、かけなさい」

 

 理事長に勧められるがままに僕と乃咲は立派なソファーに腰掛け、浅野くんは理事長の傍へと移動する。

 ふむ、どうやら彼も仕掛け人側らしい。みんなが所定の位置で落ち着いたのを見計らうと理事長が語りだす。

 

「明日は、私がこの学校の前身である私塾を開いた日なんだ。椚ヶ丘ではその日を創立記念日として集会を行うのが通例でね。君たちのどちらかにそこでもう一度スピーチをして欲しいんだ」

 

「……スピーチ?」

 

「そう。私の教育の大きな成果としてキミたちを推したい。ご家族もお喜びになるだろうね」

 

 徐に語り出した理事長の言葉は魅力的だった。家族が喜ぶ、たったその一言でも僕らには代え難い原動力なんだから。

 

「浅野くん、原稿は出来ているかな?」

 

「……はい」

 

「どれ……。まあ、こんなものだろう。君たちも読んでみて」

 

 渡された原稿をまず乃咲が受け取る。一瞬だけ原稿に視線を落としたと思ったらあからさまなため息を吐いて僕に回してくる。

 流石に理事長相手にその態度は不味いだろうというツッコミを内心で禁じ得なかったが、ひとまずは原稿に目を通す。

 

 僕は、E組でクラスメイト達の腐敗を見て来ました。不特定多数の異性との不純異性交遊に夢中な生徒、食べる事にしか生き甲斐を感じない肥満生徒、暴力生徒、コミュニケーション能力に多大な問題を抱える生徒。

 彼らは本校舎に戻る能力はありませんが、同じ椚ヶ丘の生徒として少しでも彼らを更生させてあげたいと思いました。

 そこで皆さんにお願いがあります。どうか僕が彼らの生活の全てを監視・再教育する為に"E組管理委員会"を立ち上げる賛同を下さい。僕の元級友達に更生のチャンスを与える賛同を下さい。

 

 一通り目を通して絶句する。酷い内容だ。誹謗中傷も良いところ。これを、こんな内容をみんなの前で……?

 乃咲の態度も理解できる。確かに昨日は理事長に渡された原稿をそのまま読んだ。内容に思うところがなかった訳じゃないけど、それでもE組が地獄であるという部分を除いては嘘は殆どないように感じたから。

 でも、これはない。前原は確かにタラシだったけど彼なりに真面目に付き合っていたようだし、暴力を振るったとされるカルマも乃咲もきっと彼らならに理由があってのことで、肥満生徒が原さんを指すのであれば、彼女は確か良い母親になりたいという夢があった。決して自暴自棄な人間ではないし、職人気質な奴らも必要ならコミュニケーションを取るし多大な問題なんて言われるべき点は一つもない。

 

「さて、どうする?」

 

「俺はお断りします」

 

「理由を聞いても?」

 

「俺はE組のみんなを扱き下ろす為にここに来た訳じゃありません。貶めるなんてのはもっての外です」

 

「ほう。昨日、大勢の生徒に向かって宣戦布告。自分以下の成績の者を等しく弱者に貶めたキミがそれを言うのかい?」

 

「事実、大体の奴が弱者だ。でも、俺は別に自分のことを強者だとも思ってません。俺も竹林も総合成績がトップクラスだっただけ。各教科のトップを見れば1位ではない。5教科のうち2つはそこにいる息子さんが首位ですが、それ以外の3つとついでに家庭科の首位はE組の生徒だ。成績のトップで鎬を削ったのはA組とE組。それ以外はほぼ外野に等しかった。その戦力外も良いところな外野共が騒ぎ立て、囃し立てるのが不快だっただけです」

 

「……なるほど。そういうことなら昨日のスピーチも筋は通っている。彼らを弱者と軽んじることが出来る生徒がいるのだとしたら、全教科と総合成績が首位である者だけ。そう言いたいのだね。分かった。そう言う事ならキミには頼むまい」

 

 理事長は頷く。こう言う時の乃咲はやっぱり強い。普久間島のホテルでの一連の出来事は記録を取っていた律から聞かされている。ウィルスに加えて過労の極限状態で鷹岡相手に啖呵を切っていたり、今回もそう。ここぞと言う時は誰が相手であっても臆さない胆力には驚かされる。

 

「どうしても俺にこの内容を言わせたいなら、相応の奴をE組に入れることですね。E組はエンド。勉強も素行も悪いと言うのなら、E組内で50位以内に入っている生徒とE組以外の最下位から数えた方が早い生徒を入れ替えた方が貴方の望む弱いE組をキープできるし、生徒達にもE組は弱者の集まりだと認知させることが出来るのでは?」

 

「ふむ。確かに的を射ている。今後の参考にさせて貰おう。では、キミは先に退出していなさい」

 

「はい、失礼します」

 

 乃咲を操ろうとすることを諦めたのか、それとも彼の言うことに本気で一理あると認めたのか、理事長は退出を促し、乃咲もまた特にリアクションを返すでもなく、鞄を持つとペコリと頭を下げて足早に出ていった。

 

「……さて、キミはどうかな。竹林くん」

 

「僕は………」

 

「強者になるんだ、竹林くん。弱者から強者へと生まれ変わる。ご家族もきっと認めてくれるだろう。全校集会でコレを読んだら、キミのために生徒会長新役"管理委員長"の席を用意しよう」

 

「"同級生をクラスごと更生した"その内申は中学どころか高校まで響く。一流大学への推薦まで見えてくるぞ!」

 

 理事長と浅野くんが甘い蜜を垂らす。あまりにも魅力的な美味しそうな蜜。迷わず飛び付きたくなる餌。

 それが彼らの掌で転がされる結果に繋がっていようとも、手を伸ばしたくなる魔力を秘めている媚薬。

 

「これはキミが強者に生まれ変わる為の儀式だ。かつての友を支配することで相応しい振る舞いを身につけるんだ」

 

 肩に手を置き、諭すように、陥れるように囁く。

 強者になれる、家族に認められる。それは何度も思うように魅力的だし、僕が何より欲しかった結果だ。

 

 でも、その為の手段としてみんなを貶めるのか?もう何の価値もない僕らの様子を見に来てくれた彼らを?

 それが強者としての在り方なのか?僕は、そんなことをする為に本校舎に戻って来たんだっけ……?

 

「………やります」

 

「よく言った、竹林くん。帰って原稿を入念に覚えなさい」

 

 乃咲が理事長を魔王と呼称する理由が分かった。

 僕は躊躇いながら、流されるように原稿を受け取り、昨日と今朝までの誇らしさを忘れた重い足取りで魔王の間を後にした。

 

 

 

 




あとがき

はい、あとがきです。
うちの椚ヶ丘学園には、シベリア分校とネクロゴンド分校があります。
いやはや、世紀末世紀末……。

はてさて、竹林と圭一はどうなってしまうのか!?

今回もご愛読ありがとうございます!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。