加えて沢山の高評価と感想ありがとうございます!
今回も投下しますのでお付き合いください……。
理事長室を出ると、律儀にも乃咲は待っていてくれた。
少し意外だ。他人をどうでも良く思ってそう、なんて印象はないけれど、だからと言って必要のない他人の為に時間を使うタイプには見えなかったから。少なくとも今の彼は。
「んで?お前はやるのか?」
開口一番に出てきたのはそんな問い掛け。何の前振りもない言葉だが、何を言っているのか理解するのは容易い。
僕は手に持ったスピーチの原稿を見下ろしながら口を開く。
「……分からない」
言葉は驚く程に重々しかった。家族に認められる、強者になれる。それは本当に魅力的な言葉だった。少なくとも、E組に落ちたばかりの僕が聞いたら喜び勇んで飛び付いただろう。こんな風に悩むことなく2つ返事で、やらせてくれと懇願しただろう。
なのに、今の僕は悩んでいる。家族に認められる為に本校舎に戻って来た。だと言うのに、家族に認められる絶好の機会を与えられた僕は悩んでしまっている。
「分からないんだ。僕は、何を学びに戻って来たんだっけ」
「……お前が分からないことを俺が知るかよ」
答えを求めたわけじゃない呟きに彼はぶっきらぼうに答える。
答えて、カバンを持ち上げ、歩き出そうとしたところで動きを止め、ため息を吐き、居心地悪そうに頭を掻いて、口を開いた。
「この校舎で学べることはあくまで勉強だけだ。まあ、その勉強もE組に比べたら低品質だったけど」
「…………確かにね」
「お前がここに何を学びに来たのか、なんて問いに対する答えを俺は持ち合わせてない。持ち合わせてはいないが……。お前が学べること、学びたいことはこの校舎にはないんじゃないか」
乃咲は窓の外、E組のある裏山を眺め、指差しながら言葉を続ける。彼なりの不器用な言葉で。
「あそこには怪物がいる。勉強を凄まじい精度で教えてくれるし、聞けば何でも答えてくれる担任が。身を守る術を教えてくれる国の工作員が。各国を渡り歩き、何ヶ国語も学んだ努力の暗殺者。同じ境遇で逆境の中で努力する色んな才能を持った仲間が」
「……………」
「たぶん、世界のどこを探してもあそこ以上に成長できる環境はないんじゃないかな。お前は医者になりたいんだろう?なら、殺せんせーの知識は利用できる。それだけじゃない。奥田さんは科学と化学に強い。医療では必要な知識だろ?俺たちの歳でそんな分野で話しが合う同級生は中々いないと思うけど」
「キミは…………」
乃咲は、何を思っているのだろう?今の彼は何を考えているのだろう?ここで学べることはない、E組の方が学ぶ環境としては優れていると断言した彼は何を思ってここにいるのだろう?
E組の教師たちを、同級生たちをここまで高く評価しておきながら。僕らから見たら比較的に強者の部類にいる彼はどうしてこんなところにいるのだろう。
ここまでE組にいる方が成長できると言う彼は何を学びにここにいるんだろう?何だか彼の言葉は矛盾している気がした。
「まあ、お前が何を重んじるかによるけどさ。親に認められることを取るのか、自分の将来に向けた成長を取るのか、あるいは自分にとって居心地の良い場所を取るのか。お前次第だ」
「……そうだね。結局のところ、そこだ」
彼の言葉に頷く。結局はそこに行き着く。
彼らを捨て、強者への道を選ぶのか。
彼らと共に強者の首を狙う日々に戻るのか。
「帰ろう。こんなところで長々する話しじゃないだろ」
「あぁ。そうしよう」
これ以上、ここで話していても答えは出ないだろうと思い始めた頃に乃咲が帰り支度を再開したので頷く。
頷き、彼に倣って下駄箱へ一歩踏み出そうとしたその時、不意に僕の僅か前にいた乃咲は足を踏み出すと共に膝が不自然に曲げて崩れ落ちるように体勢を崩した。
「乃咲っ!?」
慌てて支える。咄嗟に触れた体は制服越しだと言うのにはっきり分かるほどに熱を帯びていた。
酷い熱だ。関節が痛み、真っ直ぐ立つのもしんどいだろう。こんな状態で顔色一つ変えることなく過ごしていたのか?
「っと、悪い。ちょっとドジったわ」
「ちょっとドジったじゃないだろう。酷い熱だ。咳とか鼻水は?風邪じゃないのか?」
「どうってことはない。夏休み前から割とこんな体調だ」
夏休みの前から。確かに彼はその頃からふらついたりなど兆候はあった。過労はその頃からだったのだろう。
旅行で倒れ、今日までしばらく安静にしていたことで良くなったとばかり思っていたが………。
「乃咲。まだ過労から抜け切れていないだろ。このままだとまた倒れるぞ。しばらく休め」
「そんな訳にもいかない。これが最後のチャンスかもしれないんだ。休んでいる暇なんてない」
言いながらフラフラと歩く乃咲。数歩だけ歩いて調子を戻したのか、何事もなかったみたいにスタスタ歩く。
一体、なにがそんなに彼を突き動かすのか。E組に入ってから僕は、彼にシンパシーを感じていた。優秀な家族を持ち、彼らと常に比べられ、評価される苦難。
感じているものは同じだと思っていたのに、彼と僕には決定的にスタンスの違いがある。僕には彼ほどの必死さはない。身体を壊してまで努力する程の必死さは分からない。
何となく思った。ここで僕が強者になる為の道を歩んだ先にあるのは彼のようなボロボロな姿なんじゃないのかと。
家族に認められる為に、手段を選ばず、努力を惜しまず、自分を顧みずに進む乃咲の姿が僕のありえるかもしれない可能性だと思うと友人ではあるが、他人事のように思えなかった。
僕が帰路に着く頃。辺りはすっかり暗くなっていた。
流石にあの様子の乃咲を放置する訳にもいかず、拒む彼を無視して自宅まで付き添い、歩く帰り道。ふと、気配を感じる。
正面、街灯を背に曲がり角から顔を覗かせる真っ黒のツヤツヤした物体がこちらを盗み見るように立っていた。
「………警察呼びますよ、殺せんせー」
「にゅやッ!な、なぜ闇に紛れた先生を!?」
「隠れるの下手すぎるでしょう……毎回毎回。メイド喫茶の時も、今日の昼間も、流石にバレバレです」
「にゅぅ……。乃咲くんは騙せていたようですが……」
「……はぁ……。今の彼には余裕がないだけです。E組にいた頃の乃咲なら絶対に見破りますよ。それで、わざわざどうしたんですか、殺せんせー。もう殺しとは無縁の僕に」
あれで本気で隠れていたつもりなのかと少し呆れながら、少し位置のズレているメガネをいつもの癖で押し上げようとしたその時。顔からメガネの気配が消えた。
理由はすぐ分かる。僕の目の前でメガネを持った黒焦げの触手が得意げにうねっていたから。
「返してください。それ僕の本体なんです。外れたら56秒後にシャットダウンしますがいいですか?」
「にゅやっ!?そんなベタな設定ありました!?そそそ、そんなこと言わずにまずはこちらを見てください!」
雑な設定を作って脅してみると驚きながら殺せんせーは鏡を見せつけてくる。目の前に出された鏡に映るのはメガネを外され、髪型を変えられ、やたら丁寧にメイクを施されて別人のようになった僕だった。ものの見事に僕らしさが失われている。
「……こんなの僕じゃないよ」
「ビジュアル系メイクです。キミのオタク個性を殺してみました。ふむ、似合ってはいますが、コレジャナイ感がありますね」
「じゃあ、なんでやったんですか」
「キミにはキミの良さがある。それを殺さないでほしい。それを伝えたかったんですよ。先生はね」
「………どう言う意味ですか」
「竹林くん。キミが先生を殺さないのは自由です。でもね、『殺す』とは日常に溢れている行為です。現にキミは……キミ達は家族に認められる為だけに自由な自分を殺そうとしている」
自由な自分を殺そうとしている。
その一言を「なにを馬鹿なことを。僕は選んでここにいる」って切り捨てるのは簡単だっただろう。
だが、何故か出来なかった。何故か?いや、理由は分かっている。僕は今日、何を学びに本校舎に戻って来たのか見失ってしまった。E組の先生に、授業に、仲間達に、その居心地の良さに未練があった。未練があったことを知ってしまった。
本当に納得しているのなら、未練なんて出来ないだろう。本当に心から望んでいるのなら、あの居心地の良さに後ろ髪を引かれたりしないだろう。思えば、授業中は殺せんせー達の授業を思い出して、休み時間に話しかけてくれるA組のクラスメイトたちといる間も何処かでE組の仲間のことを考えていた。
なるほど。未練を覚え、後ろ髪を引かれながら家族に認められる為にA組にいる。確かに自分を殺しているのかもしれない。
「何事にも真面目に打ち込み、真剣に学ぼうとする姿勢はキミの美点です。でもね、それはキミが"そうしたい"と思っているからこそ価値がある。"そうしなければいけない"という強迫観念であって欲しくないのです。自主的に握るペンでなら勉強は捗るでしょうが、握らされたペンは進みません。何となく、キミの良さが死んでしまうような気がしたものですから」
「でも僕は………」
「ご家族の期待に応えたい。無論、その気持ちを否定する気もありません。それがキミの努力の普遍的な意味でしょう。でもね、その思いに縛られてはいけません。それに縛られて、自分のやりたいこと、譲れないことを見失うのは本末転倒だ」
殺せんせーは僕に施したメイクを落としながら目を逸らすことなく、真っ直ぐに視線を合わせながら言葉を続ける。
「"認められる為の努力"ではなく、"努力したから認められた"。"そうした方がいいからやる"ではなく、"そうしたいからやる"。先生はキミたちにそうあって欲しい」
「それが出来れば苦労は……!」
「しないでしょう。でも、キミならいつか、キミの中の呪縛された自分を殺せる日が来ます。それだけの力がキミにはある」
メイクを落とし終えたのか、殺せんせーは最後に僕のメガネをかけ直すと触手でポンと肩を叩いて歩き出す。
「焦らずじっくり殺すチャンスを狙ってください。相談があれば闇に紛れていつでも来ます」
殺せんせーはそんな言葉を残して去って行く。
家族という呪縛に絡め取られた自分を、僕はいつか殺せる。その言葉が頭の中に残り続ける。
家族に認められたい。その根底は変わらないけど、僕は手段を選んでいいのか?A組に戻れる、その報告でやっと振り向いてくれた父。だから、A組で頑張ろうと思った。それが認められる為の近道だと思ったから。
僕はしていいのか?家族に認められる為だけの努力ではない、自分が本当にしたい事に対する努力を。あの教室で、あの先生たちと、あの仲間たちと努力し、強者の首を狙う日々。
そうしたいからする、目的を果たす為の努力を。彼らは、家族は見てくれるだろうか。認められる為の努力をやめ、やりたい事の為の努力をして結果を出せた時、彼らは笑ってくれるだろうか?僕のことを見てくれるだろうか?
わからない。僕はここで希望的な観測が出来るほど前向きじゃないし、彼らの考えてることを理解できない。
では、逆に考えよう。僕がA組に戻れることで彼らは認めてくれた。なんで?どうしてA組に戻れたら認めてもらえた?
それはA組が成績優秀者の集まるクラスだからだ。出来ることが当たり前の家族の中で落ちこぼれだった僕がトップクラスの成績を出したことを学校が認めたからだ。
彼らが認めてくれた理由。それは僕だってトップクラスの成績を取れると証明することが出来たからだ。
——ならば、A組である必要はあるのか?
答えは……どちらかといえば否だろう。僕にも出来ることを証明したから認められた。なら、これからも証明し続けることができれば、何処にいても同じことじゃないのか?
これからも努力を続けて結果を出し続ければ、彼らも僕のことを認めてくれるかもしれない。
じゃあ、E組に、元の生活に戻るメリットは?
あそこには、化け物がいる。凡ゆる分野に才覚を持つ賞金首、国から派遣されたエリート工作員、世界各国を渡り歩いた殺し屋、そして、それぞれが特化した才能を持つ仲間たちが。
そんな彼らと過ごす日々と、本校舎の生徒を慮ることのない授業と常に余裕なく、忙しなく教材を広げ続けるしかない同級生たちと勉強する日々。一方引いた視点から見てもどちらが良い経験となるのかは火を見るより明らかだ。
無論、残ることにメリットが無いわけじゃない。A組にいた方が外面はいいから家族も継続して認めてくれるだろうし、浅野くんを筆頭とした5英傑はきっと将来大物になる。そんな彼らとパイプを持てるのはきっと良いことだ。それに今の僕なら理事長から強者になる為の教育も受けられることだろう。
でも、僕は彼らとのパイプ、強者になる為の教育を受ける為だけにA組に居たいのか?居心地の良い場所を捨ててまで、学ぶべき、学びたいことなのか?理事長の指示通りにE組のみんなを踏み付けてまで学びたいことがあって僕は戻って来たのか?
————答えはNoだ。
「呪縛された自分を殺す………か」
殺せんせーの去って行った方を見て呟く。
彼は言った。いつか、呪縛された自分を殺せる日が来ると。
仮に、そんなことができるなら。そんな日が訪れるのなら、それは今であるべきなんじゃないだろうか。
自由な僕のまま、みんなに認められる様に努力する。そんな気概があるのなら、それは今であるべきだろう。
こんな僕をずっと気に掛けてくれる先生、わざわざ様子まで見に来る同級生。もはや、理事長に従ってまで彼らを扱き下ろす必要性を僕は見出せなくなってしまった。
そうなると決心が着くのは早かった。
何をするべきか、頭の中で考えながら、十数分前に別れた友人に電話をかける。連絡先だけ交換して一度も使ったことのなかったその番号は2コール以内に応答した。
『……珍しいな、お前がかけてくるなんて』
「悪いね。少し話しておきたいことが出来た。体調が悪くないなら、このまま付き合ってくれないか、乃咲」
ついさっき家に送ったばかりの相手に電話をかけるのは何だか変な気分だが、一緒にあの教室を抜けた者として、僕の考えを伝えておきたい。伝えておくべきだと思ったから。
『まあ、いいぞ。送ってくれたお礼だ。んで?』
「乃咲。僕はE組に戻ろうと思う」
案外すんなり出た言葉。もっと伝えるのに苦労すると思っていた。側から見たら僕がやろうとしているのは出戻り。何しに行ったの?何しに戻って来たの?と拒絶されても仕方ない行為。
加えて、彼がそう思っているのかは分からないが、一緒にE組を出て来た仲間である彼を置き去りにする裏切りだ。
だと言うのに言葉はあっさりと出た。それはきっと、僕なりにこの選択を納得していると言うことなんだろう。
『……そうか』
彼の言葉は短かった。短い嘆息の様な言葉。
そこだけ聞くとこちらに無関心で、何か特別思うこともない。そんな風に捉えられないこともない言葉。
でも、これまで彼と接して来て、この短い言葉の中に入っているのは決してそんな無関心ではないと僕は知ってる。
何か、言葉をまとめるような息遣いが電話から聞こえる。彼が沈黙して数拍子。相手のことを知らない奴だったら気まずくてたまらないだろう数秒を耐えると彼は口を開いた。
『戻る為の具体的な方法は?』
「………まだ」
彼は引き留めなかった。かと言って直接的な肯定もない。だが、方法を聞いて来るのは遠回しな肯定だと思った。
僕の応えにまた彼は沈黙する。彼が否定するなら、こんな沈黙を置かずに真っ先に言葉を続けただろう。理事長の様に合理的な言葉を並べ、最後に感情を揺さぶる様な言葉を選んだ筈だ。
『お前は理事長からスピーチの原稿を受け取った。受け取った以上はスピーチはやるしかない。そんで、E組に戻るのであればその原稿の内容を壇上で否定しなきゃ駄目だ。だが、E組に戻る算段がない中でやってしまえば本校舎で理事長の圧力とか周りからの白い目で見られる悲惨な日々に身を置くことになる。つまり、明日の集会までにE組に戻る手段を準備しなくちゃならない』
「……………分かっている」
正直、流石だと思う。この一瞬でそこまで見通すなんて離れ業は僕には出来ないだろう。
それでも頷いた。僕は呪縛された自分を殺すと決めたから。
『……なら協力してやる。明日の朝、6時に学校に来い』
その申し出は意外だった。策を一緒に考えるくらいはしてくれそうとは思ったが、直接協力してもらえるとは思わなかった。
だが、気になることもある。乃咲の体調を考えればあんまり早起きが過ぎるのは良くない。睡眠はしっかり取るべきだ。
「………気持ちは嬉しいが、体調のこともあるだろう。キミがそんなことをする必要は————」
『明日6時。学校で』
プツっと電話は切れた。
こう言うところ、結構強引だな。嬉しい反面、無理するなと言ってるのに何だかんだで頼りにしている申し訳なさがある。
僕が彼にしてやれることは何かないだろうか?考えて見るが、答えは出て来てくれない。
結局そのまま帰途に着き、思考を巡らせながらも明日、待ち合わせに遅れない様に寝ることにした。
「時間通りに来たな」
『おはようございます、竹林さん!』
「……おはよう。何だか久しぶりに見た気がするな。キミらがそうして対面しているのは」
学校の手前に着くと既に乃咲が居た。彼が手に持つスマホの中に映る律と共に声をかけて来る。
夏休み前までは割と乃咲がスマホの中の律と話している姿を見ることが多かったが、夏休み辺りから見なくなってた。
「てっきり仲違いしたのかと」
『いえ、絶賛冷戦中ですよ?ホテル潜入作戦のあとくらいから。私はずっと怒ってますとも』
「だからあの時はあぁするしか思い付かなかったんだって。律だって協力してくれたじゃんか」
『可能性があったと言うのは事実です。でも、それ以上に私が協力しないと1人で更に無茶すると思ったからですよ!』
「結果的に何とかなったろ?」
『結果論です!それに怒ってるのはそれだけじゃないんですからねっ!乃咲さんはいつもいつも……!』
「他に俺が何したよ?」
『いっつも1人で抱え込んでるじゃないですか!E組を抜けるのも、ご家族のことで悩んでるのもそう!それに、昨日のことだってまだ許した訳じゃないんですからね!』
「律をここまで怒らせるとか……何やったんだ、乃咲」
『聞いてくださいよ、竹林さん!昨日、夜に乃咲さんから連絡があったんです。最初は嬉しかったんですよ?何か話す気になってくれたのかって。実際に竹林さんの為の手伝いを頼まれたので、やっと頼って貰えたと思って嬉しくなったのに……。彼がなんて言ったと思います!?』
「な、なんて言ったんだ?」
乃咲、律の口調まで荒ぶってるぞ。何したんだお前。
一応、聞き返してみると、律は怒り心頭、超絶不機嫌をアピールする様に腕を組み、乃咲のいる方から顔をそっぽ向いてかつてないほど荒れた口調で語る。
『「やってくれたら無理のない範囲で言うこと聞いてやる」って何なんですか!?やっと頼って貰えたと思ったら、私、まだメリットがないと動かない子だと思われてたんですか!?』
あー、うん。乃咲が悪い。流石に庇い切れない。
『いつもの指示して、指示されてと言う関係ではなく、頼って貰えればお友達として力を貸したかったのに、ようやく頼ってくれたと思ったらこれですよ!乃咲さんの中で私はお友達カテゴリーじゃなかったんですね!?』
「だから悪かったって。何事もメリット提示した方が話が円滑に進むと思ったんだよ。メリットがないと人って離れてくもんだろ?だから先手を打ったつもりだったんだ」
「さ、冷めてる。流石にそれは卑屈すぎやしないか?」
「そうか?割と芯を食ってると思うんだけど。現に俺もお前もE組に落ちる前にいた友達なんて本校舎に残ってるか?殆どいないだろ。俺も浅野くらいしかいないしな。他の奴らは全員いなくなった。勉強を教えてくれるってメリットがなくなったら途端に居なくなる。体験談としては充分だろ」
何気なく、けれど、どこかうんざりと吐き捨てる様に言い放った乃咲に僕と律は思わず口を閉じた。
「ほら、そんなことよりさっさと済ませよう。理事長が通勤してきたら折角の作戦も台無しだ」
一瞬凍り付いた言葉を乃咲は気にも留めずに口を動かす。
『昨日、聞いた作戦では……私が監視カメラをハッキングして異常ない状態を演出。その間に乃咲さんと竹林さんで侵入、理事長の私物をくすねてくる……という流れでしたね』
「理事長の?」
「あぁ。昨日、浅野が言ってただろ。前、理事長の私物を壊した奴がいて、そいつは問答無用でE組行きになった。成績を落とさずにE組に戻るにはこれが手っ取り早い」
律に監視カメラをハッキングさせながら歩き出した乃咲は悪びれもせずにあっけらかんと言い放つ。
思わず絶句した。昨日あれだけ理事長室に忍び込んで彼の私物を壊すのは現実的じゃないとか訳知り顔で語り、浅野くんと絶対無理だとか結論を出しておいて実行するとか。
「……手助けしてもらってる僕が言うのもなんだけど、キミも無茶苦茶だな。そのおかげで助かってるんだけどさ」
「そうか?殺せんせーよりはマシだろ」
口を動かしながらも乃咲はテキパキと進む。校内に侵入し、下駄箱で靴を履き替えて、躊躇いなく理事長室の前まで僕を先導すると、ポケットから安全ピンを2取り出したと思えば徐にピンをまっすぐに伸ばし、ドアに付いてる鍵穴に差し込んだ。
鍵穴に差したピンをカチャカチャすること3秒足らず。ガチャリと鍵の開く音が聞こえた。
「ほら、さっさと盗って来い」
「…………鮮やかな手口だな」
「手口言うな」
いとも容易く行われる犯罪臭のする鮮やかな手口に思わず感嘆。夏休み最終日、E組の校舎を施錠する南京錠をピッキングするのを見ていたから、鍵開けが出来るのは知ってたけど、まさか理事長室まであっさり開けるとは……。
乃咲に促され、理事長室に入り、直ぐには無くなったことが気付かなそうな位置にあるガラス製の盾を手早くくすねる。
部屋を出ると開けた時と同じように手早くピンで鍵穴を弄り、開けた時と同じだけの時間で施錠してしまった。
「……ピッキングなんてどこで覚えたんだ?」
「不良時代にカルマから教わった」
「にしてもだ。よく数秒でやれる」
「3秒なんて俺にとっては3時間みたいなもんだよ」
最後の言葉については理解できなかったが、案外、乃咲の持つロクでもないスキルはカルマ由来なのかもしれないと思った。
そう思いながら盗ったばかりの盾を見る。これで後戻りは出来なくなった。進みたい道の為に僕は退路を自ら絶った。
「最後に聞いておく。後悔はないな?」
「それなりに。これだって不法侵入、窃盗、器物破損だし」
「それが問題にされそうなら、俺達にも切れるカードはある。あのスピーチの原稿は捉え様によっては普通にパワハラみたいなもんだ。こんな内容を全校集会で読ませようとしたなんて知られたら教育委員会の視察が来るだろうし、それが来たら学校中からいじめを受けてるに等しいE組制度もバレるだろう。そうなれば理事長は立場を失う。ゆする材料はいくらでもある」
「キミは敵に回しちゃいけないな」
「それほどでもない。それに、俺が聞きたいのはそこじゃねぇ。本当にE組に戻るって選択で悔いはないのか?それは努力してA組に戻ったって結果を棄てることに他ならない。成績優秀クラスから2日で特別強化クラスへ出戻り。家族はこれまで以上に呆れるかもしれないぞ」
「いいんだ。もう決めた事だ。家族に認められたい気持ちは変わらないが、それ以上にやりたいことが、メイド喫茶の次に居心地のいい場所がある。僕なりに自由に、やりたいから頑張って、その結果で認められる様な成果を出す。それが今の僕の目標だ」
「………そうか。なら頑張れよ」
乃咲は小さく呟く様に言うと律に任務達成を告げる。後のことは知らないと言う様に僕に背中を向けて歩き出す。そんな彼を僕は呼び止めた。聞きたいことがあるから。
「キミはどうする。このまま残るのか?」
問い掛けに一瞬だけ、ピタリと足を止めると乃咲はこちらに背中を向けたまま頭を掻きむしった。
「残る」
「どうして?キミだって分かる筈だ。E組とA組、どちらにいる方が成長出来るのか。他ならないキミが僕に説いたんだ」
いつもの如く短すぎる返事に対して更に問いを重ねる。
分かっている。僕がこんな問いを投げるべき理由はない。彼は彼、僕は僕。選んだ道が違うってだけのこと。人生を分けるかもしれない問いを他人に対して安易と投げるべきではないことも。
でも聞かずにはいられなかった。似た様な境遇にいる彼がどんな思いでいるのか知りたかった。
彼が僕なら、僕が彼ならどうするか。友人ではあるけど、一他人として聞いておきたかった。
「……家族に認められたい。俺とお前の最大の共通点だ」
「そうだね。その通りだ」
「でも、違う部分がある。お前の家族は優秀なら認めてくれるってこと。俺の家族は優秀だった頃には何も言ってくれなかったこと。勉強できて、運動もできて、成績も良い。それでも父さんはどんなに努力しても何も言ってくれなかった」
乃咲は語る。一昨日、みんなに語った内容の更に奥。どうしてA組に来ることにしたのか。その訳を。
「『お前には期待している、これからも、これまでも。頑張れよ』ってさ。初めて言われたよ、初めて父さんと会話のキャッチボールが成立したよ。でも、俺は分からなかった。『なんで今更?』『なんで一番欲しい時に言ってくれなかったの?』『頑張れって何を頑張ったらいいの?』そんな疑問が尽きなかった」
声はそんなに大きくない。ポツポツと絞り出す様に、思いだす様に語る声は小さい。ほぼ誰もいない校舎でなければ雑踏に踏み潰されてしまいそうなくらいに。
「どうしてそんなこと言う気になったのか。なんでこのタイミングだったのか。真意は分からないけど状況証拠から判断したんだ。最下位から2回で頂点に返り咲いた。あの人は最底辺から這い上がったことを認めてくれたんだと思う。加えて、A組に戻れることに対しても頑張れって言ってた。俺がこれからも家族に認められ続けるにはA組で誰よりも努力を続けるしかないんだよ」
……そうか。彼の中には基準がないんだ。僕の様に『優秀なら認められる』、浅野くんの様に『強者であり続ければ良い』って明確な定規と努力の方向性を決める指針がないんだ。
父が認めてくれたから。その事実から遡って、なんで認められたのかを考えて、状況証拠と照らし合わせて、正解が分からない中で手探りで、自分の中で出た仮説を一個一個証明する様に努力するしかないんだ。家族の望む方向性を知らないから。
「これが俺がA組に来た理由の全容だ。満足か?」
「……あぁ。ありがとう」
A組に来た理由の全容ではあるのだろう。だが、きっと、それでも乃咲圭一という人間を形作る要素の一つに過ぎないのかもしれない。父親へのコンプレックスだけと言うには、彼が僕や浅野くん、E組以外の生徒に取る態度は説明が付かないと思った。
乃咲は何を思っているのだろう。何で周りを軽蔑する様な、目障りで、耳障り、鬱陶しそうに見ているのだろう。
「んじゃあ、ここまでだな。少し気は早いかもだが、今のうちに言っておくよ。E組に戻っても頑張ってくれ」
「…………キミも。無理して倒れない程度に頑張れ」
「善処するよ」
今度こそ乃咲は去って行く。その足取りはやはり何処か心許ない。見る奴が見れば気付くだろう。たまにふらつき、体の軸がブレている。今にも倒れそうって様子ではないが、身体が強張っているのは見ていて分かってしまう。
自分なりに自分の中の問題に限りをつけて余裕が出てきたからか、周りのことが気になり出す。似た様な境遇で、似た様な悩みを抱えていた彼に何かしてやれることはないだろうか?
僕は去って行く彼の背中を見送った。
あとがき
はい、後書きです。
E組に帰ることを決めた竹林とそれを見送る圭一。
現状は圭一より、竹林の方が圧倒的に精神面では大人ですね。うちの主人公が親父に出来なかったことを当たり前の様にこなしてます。
現状で圭一への理解度が一番高いのはクラハシエルでも、パリピ学秀でもなく、竹林なんだろうなぁ……。
今回もご愛読ありがとうございます!