暗殺教室 不良児は認められたい   作:ZWAARD

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加えて、たくさんの感想と高評価ありがとうございます!

今回も投下しますのでお付き合いください……!


72話 転倒の時間

 

 なんでだろう、学校が楽しくない。

 横でグチグチと小言を言いながら俺を送ってくれた浅野と別れて数十分。鞄を放り投げて、ベットの上に身体を投げ出す。

 

「………」

 

 別に、元々学校が楽しくて仕方ない!とか、そんな前向きなことを考えたことはない。むしろ、学校に行くのは憂鬱だった。

 だと言うのに、普通に学校に行って、授業を受けて、帰ってくる、この日々を退屈だと感じてしまっている。

 

 理由は分かっている。

 

「のーざーきーくん!」

 

 窓の外に張り付いている、この音速のタコの所為だ。

 

「毎日毎日、よく飽きないですね」

 

「ヌルフフフ、君は確かにE組を抜けましたが、先生の生徒であることに変わりはありません。生徒との触れ合いに飽きてしまう教師がいるでしょうか?いいえ!いるわけがありません!」

 

 そうだ。このタコの所為だ。

 E組のみんなとコイツを殺そうと足掻く日々が楽しかったんだ。この4ヶ月で、凡そ普通に生きてる人間が人生で遭遇する筈のない機会に何度出会したことか。

 

 今までの日常、父に認められないこと以外に大した不満はなかった。退屈なんてこともなかった。変わったことなんてない。それが当たり前で、それが日常だったから。

 なのに、コイツが来てから、俺たちの日常は世間から見たら非日常に変わってしまった。

 

 ある日、突然に地球爆破を企む怪物が現れた。そんな怪物を殺す依頼を国家から任された。仲間たちと画策し、協力する日々が始まった。国のエージェントから訓練をうけて。同じ標的を狙う殺し屋に狙われ、命懸けの戦いをした。

 

 俺の日常は、たった4ヶ月の間に非日常に変わり、それを俺は受けいれて、楽しんでいたのだろう。

 

「帰って下さい。話せることなんて何もないし、俺はもう、暗殺にもノータッチです。もはやただの一般人になったんです。国家機密と密会とか、烏間先生以外にバレたら洒落になりませんよ」

 

「まぁまぁ、そう邪険にせずに。先生イチオシのシュークリームを買って来ました。お茶でもしましょう。終わったら、今日のところはお暇させて頂きますので」

 

 でも、俺はそんな非日常から日常に戻ることを選んだ。

 自分のやるべきことを優先した。理由を聞きに来た仲間を足蹴にして、もっと頼って欲しかったと仲間を泣かせ、それでも一度決めた心は動かなかった。

 そんな俺には、かつての非日常を思う権利も、戻りたいと思う資格もないだろう。だから、殺せんせーにはこれ以上、俺とは関わらないで欲しかった。様子を見に来てくれるのは嬉しいけど、これでは最低限のケジメもつけられないだろ。

 

「乃咲くん。キミに一つアドバイスです」

 

「……なんですか」

 

 シュークリームを頬張りながらご機嫌に触手をうねらせる恩師に視線を向ける。万年金欠でこんなスイーツ買ってる余裕は無いくせに。俺と話す為だけに2つも買ってくる。

 

「キミはまだ子供だ。もう少し正直になっても良いんですよ」

 

「………俺は充分に正直ものだと思いますけどね」

 

「いいえ。キミは嘘吐きです。周りの誰かに対する嘘吐きではなく、自分自身に対する嘘吐きです」

 

 何を言うかと思えば、急になんの話だろう。

 

「乃咲くん。キミはやらなきゃいけないことやその場に置いて最善になる選択肢を正当化しすぎている」

 

「……いや、やらなきゃいけないこと、その場に置いて最善になる選択肢は正当性があるから選んでるだけなんですが」

 

「そうですね。確かにそうなんでしょうが、自分の我や本音を覆い隠す為に、その正当性を重視しすぎていると言うべきなんでしょうか。キミは自分に言い聞かせ、『こう言う理由があるからやらなきゃいけない』と自分を騙している様に見えるのです」

 

「………」

 

 そんなことはない、と言いたかったが、言えなかった。

 思い返してみると、確かに自分にはその気がある。

 

「キミのそれは素晴らしいものです。周囲の為にやらなきゃいけないこと、期待に応える為にやらなきゃいけないことを選ぶことの出来る思考はとても大切です。普久間島の時の無茶はそれに起因するものでしょう。現にその考え方に我々は助けられ、窮地を脱することが出来ました。でもね、やるべき事のために自分自身の思いを無視してはいけません」

 

 俺は別に自分自身の思いを無視なんかしていない。

 普久間島で無茶をしたのはそうするべきだと自分の意思で判断したからだ。A組に来たのだって、そうすることが父に認められると言う自分の願いに直結すると思ったからだ。

 

 俺は、全て、自分の意思で選んでいる。

 

「今、こう思っているでしょう。『自分の意思で選んでいる』と。確かにそうです。キミは自分の意思で行動している。けれど先生には『〇〇だから、こうしなきゃいけない』とそんな強迫観念の様なものに突き動かされている様に見えます」

 

 殺せんせーの言葉が妙に刺さる。

 確かにそう言う節はあるから否定はしない。

 

「普久間島の無茶はまさにそれが出ています。『体調が悪いから早く休みたい、動きたくない。でも、今動かないとみんなが危ない』そんな考えから動いた。違いますか?」

 

「否定はしません。でも、それの何が悪いんですか。自分が我慢すれば、周りは助かる。社会ってのはそうやって回るでしょ」

 

「その通りですが、キミの場合は抱え込みすぎなんです。乃咲くんは基本的に周りを頼らない。頼りにならないからではなく、自分の持っているものを他人に押し付けるのが無責任だと感じているから。『自分の進路を選ぶのに、他人を頼るなんてできない』という言葉がまさにその考え方の現れだ」

 

 それの何が間違っているのだろう?

 

 もし、相談した結果、進んだ先に待っているのがどうしようもない末路だったら?相談した相手は多少の罪悪感というか、責任を感じるかもしれない。

 

 だったら、自己責任という言葉で片付く様に動いた方が自分も、相談されたかもしれない相手にとっても楽だ。

 

「責任感が強いのは良いことです。自分に起因する責任を他人に押し付けないのは素晴らしいことです。でもね、もう少しだけ、周りにも分けてあげて下さい」

 

「それって結局は責任転嫁だろ」

 

「いいえ。そうではないのです。先日、クラスの皆さんとお話ししてましたよね。特に倉橋さんは『一緒に考えてあげたかった』と。頼ることを責任転嫁とは言いません。仮に責任が発生する様な事態になったとしても、その一部でも良いから一緒に背負ってあげたい。彼女はそんな風に考えていたはずです。責任を押し付け合うのではく、互いを思い、尊重して手助けし合う関係のことを支え合いというのです」

 

「……………………」

 

「キミはいつの間にか皆さんに頼られる存在になっていました。であれば、今度はキミが皆さんを頼って下さい。意見を求めるだけでも、自分の考えを伝えるだけでも良いんです。キミ自身のことをもっと周りにぶつけてみて下さい」

 

 殺せんせーはいつの間にかシュークリームを食べ終わっていたらしく、触手についたクリームをペロリと舐めると、ヌルヌルと滑る様に移動して、窓の縁に手を掛けた。

 

「キミが周りを頼ることが出来たのなら、いずれ気付くことが出来るでしょう。いかに周りがキミのことを見ていてくれたのか」

 

 殺せんせーは飛び去って行く。言いたいことだけを言って、飛行機雲を作りながら空の彼方に。

 明日も学校なのに、そんな海を越えそうな速度でどこ行くの?と疑問はあるが、まあ、あの規格外に対して考えを巡らせるのは半ば無駄なことか。うん、諦めよう。

 

「……周りを頼る、ね」

 

 再び体を投げ出す。殺せんせーの残した言葉を考える。

 別に頼ってない訳ではないつもりだ。みんなに指示を出したりしたのも、そいつなら出来るだろうって信頼があったからだし、俺だけでは手が足りないから助けて欲しいという考えだってあったのだ。これは、頼ってると言わないのかな。

 

 考える。仮に自分が周りを頼ってなかったとして、なんでそんな風になってしまったのか。

 俺だって、生まれた頃からお喋りや読み書きができた訳じゃない。1人じゃ立てない時期もあったし、転んでも立ち上がれない時期もあった。あった筈なのだ。

 だと言うのに、いつから、こんなことになったのだろう?

 

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 小さな頃から、俺は期待されていた。

 乃咲新一という、テレビでも雑誌でも取り上げられる天才科学者。そんな男の一人息子として生まれたのが乃咲圭一だった。

 

 父をテレビで見るのは誇らしかった。幼稚園で自慢したこともある。家政婦のトメさんが父が載ってる雑誌を見せてくれた時も嬉しかった。憧れだったんだ。そんな父が。

 思えば、俺にとって父とは、親というより、画面の向こうの芸能人の様な存在だったのかもしれない。

 

 よく言ったものだ。仕事から帰ってきた父に、『いつかお父さんみたいになりたい』『カッコいい学者さんになりたい』と。

 乃咲圭一の父に認められたいと言う承認欲求はここから始まったのだろう。いつか父の様になりたくて、俺は頑張り始めた。

 

 よく夢として語った。いつかお父さんの様になりたい。幼稚園の先生にも、小学校の先生にも。

 みんな、それを笑って応援してくれていた様に思う。でも、思えば、この一言が原因だったのかもしれない。乃咲圭一という個人を誰も褒めてくれなくなったのは。

 

 転んでも泣かない様にした、1人で絵本を読める様になった、簡単な計算もできる様になったし、分からないクイズも解ける様に頑張った、誰よりも速く走れる様になったし、同じ学年の誰よりも絵を上手く描いた、友達も沢山作った。

 一度だけ、分からないクイズがあった。でも、俺には分からなかったけど、出来る奴もいた様で、答えを間違えた時、そいつに言われた。『天才の子供の癖にこんなのもわかんないんだ〜』と。なんとも幼稚な煽りが泣くほど悔しかった。

 

 だから、人一倍頑張る様にした。その日のうちにクイズと言うクイズを漁るように調べて、その日のクイズ番組も見た。翌日には煽って来た相手に幼稚園児では到底解けない様な問題を出してマウントを取り返し、煽って泣かせることもあった。

 流石にその時は怒られたが、同時に言われた。『こんな難しいクイズ解けて凄いね、流石、乃咲先生のお子さんね』と。

 

 当時はそうやって褒められるのが嬉しかった。自分は父の子として恥ずかしくない人間に慣れているのだと。父の子供に相応しい能力があるのだと認められている様で嬉しくて、褒められる度に父に喜び勇んで報告した。

 

 思えば、これが呪いの始まりだった。

 

 その日から俺は、自分自身を褒めてもらえなくなった。

 その日から俺は、問題を自分の力で解決する様になった。

 

 何度も頑張った。数え切れないくらいに知恵熱を出して、勉強して、体育で好成績を出す為にも身体を動かした。

 何度も頑張った。もう2度と、天才の子供の癖に、こんなのも分からないのか。とバカにされない様に出来るだけ沢山のことを、出来るだけ自分の力で出来る様に努力した。

 

 努力した。頑張って来たつもり、ではなく、胸を張って言える。俺は頑張った。乃咲新一の子供として恥ずかしくないように。同級生の誰よりも頑張った。結果も出し続けた。

 

 だからだろうか、俺は周りに比べると多少は賢かった。

 あれはしちゃダメ、これはして良い、これはやったほうが良い、これはやらなくても良い。そんなことも分かる様になった。

 

 分かる様になってしまったから、父の顔色を窺うようになった。ある日、仕事から帰って来た父の顔色を見て、こんなことを思ってしまった。

 

『お父さんも疲れてるんだ。お話はまた今度にしよう』

 

 その日から、俺は父に話しかける機会を探す様になった。

 今までの様に、褒められる度に報告することは無くなった。いつになったら話しかけて良いかな、いつならお父さんは忙しくないかな。そんな風に考える様になると、いつの間にか父と話すことは自然と少なくなった。

 

 父は忙しい人だった。テレビでも、雑誌でも引っ張りだこで、もはや学者なのか芸能人なのか分からないくらいに多忙を極めていた。家にいる事の方が少ない。

 俺は、父と同じ部屋で寝たことがない。物心ついた頃から子供部屋があったし、寝かしつけてくれるのもトメさんだったから。そもそも父も仕事先に泊まることが多かったし。

 

 偶にしか帰ってこない父の顔色を窺って、偶にしか話しかけられなくなって。父にあったことを報告出来るのは1ヶ月に一度あれば多い方だったかな。

 それでも良かった。この頃はまだ、父の『……あぁ』『……そうか』も大して気にならなかった。父は俺の頑張りを納得して、認めてくれてるんだと、そう思っていた。

 

 でも、不満がなかった訳じゃない。あの人はただの一度も褒めてくれなかった。それだけが当時の自分の中にあったモヤモヤで。そんな言い知れない不満が俺の猜疑心を育てた。

 

 いつからだったろうか。周りが自分のことを、俺自身のことを褒めてないと感じる様になったのは。

 いつからだったろうか。誰も自分の努力を認めてくれないんだと、考える様になってしまったのは。

 

 どうしてだろう。『流石、乃咲先生のお子さんね』という聞き慣れた言葉が、俺に付きまとう呪縛に思えたのは。

 

「……なんで、誰も僕を(・・)見てくれないの?」

 

 小さい頃、俺の中の何かが破綻するきっかけになった疑問が頭の中に何度も、何度も響いた。

 

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「っ……!」

 

 目が覚める。窓から差し込む光が否応なくガンガンと痛む頭を刺激する様に視界に飛び込んで来る。

 どうやら、殺せんせーが帰った後、横になって考えているうちに眠ってしまったらしい。

 時間はいつもの起床時間に比べると30分ほど早い。でも、最悪な夢を見たせいか、二度寝する気にはならなかった。

 

 体を起こして、制服に着替える。なんだか、怠い。体の動きが普段より鈍い気がするし、痛みを覚える頭に関しては、なんか、右側頭部がぼんやりとモヤの掛かったような違和感もある。

 ただ、咳もくしゃみも鼻水もない。恐らくは風邪ではないだろう。体も寒いと言うより、熱い。

 

「おはよう」

 

 手すりに体重を預けてノロノロと階段を降りると、祖父母がギョッとした顔で俺を見た。

 なんだ?人を見るなり顔を歪めるなんて。挨拶を返してくれない祖父母は俺と視線を合わせる。

 

「圭一、今日は休みなさい」

 

「……え?」

 

 祖父が心配そうにそんな指示を出す。

 珍しい。不良やってた頃は、這ってでも学校に行け!と怒鳴られたもんだが、休めなんて言われるとは。

 

「大丈夫だよ、何ともないって」

 

「そうは見えないから言ってるんだ。酷い顔色をしてるぞ、昨日は眠れたのか?」

 

「ちゃんと寝たよ。あ、ばあちゃん。朝飯は俺いいわ、夜にでも食べるから冷蔵庫入れといて」

 

 言い残して、風呂場に向かう。昨日はシャワーも浴びずに寝てしまったし、まあ、エチケットだ。

 ……あれ?これからシャワー浴びようと思ったのに、なんでわざわざ制服に着替えたんだろ、俺。

 つーか、着替えも準備してなかったし。

 

 ポリポリと頭を掻いて、着替えを準備、ささっとシャワーを済ませて、今度こそ着替えて、鞄を持ち、家を出る。

 家を出る前に、祖父に何度か止められたが、近々小テストがあることと、本当に何ともないことを伝えて家を出た。

 

 歩く度に頭の中が軋むように痛むが、小テストで点を落としてE組戻りとか洒落にならないので意地で歩く。

 別に、今日くらいは休んでも良かったのかもしれない。テストと言うくらいだからやるのはこれまでやって来た事の理解度を試す試験になるだろうが、試験範囲がズレる可能性はいくらでもあるのだから明日のテストまでの範囲は確認しないと。

 

 一年の頃から今日に至るまでの範囲は全て復習したし、教科書も今授業でやってる範囲の少し先までは理解している。多少のことでは点を落とすことはないだろうが、念の為だ。

 

 自分に言い聞かせるように歩いていると、不味いことに、頭痛が少しずつ増して来ていることに気付く。

 この感じ、覚えがある。普久間島でウィルスを盛られた時のアレに似てる。このまま次第に体に力が入らなくなり、頭が回らなくなり、そして倒れるのだ。

 

 念の為とか言わず、素直に休んだ方が良かったか?

 いや、でも、いま、努力を放り出す訳にはいかない。

 

 幸いと言うべきが、もう家に戻るよりも学校に行った方が近い場所に来る。E組の校舎ならまだしも、今の俺は本校舎の生徒だ。あの冬はクソ寒く、夏はクソ暑い山を登る必要はない。

 学校に着いたら、少しだけ保健室で休ませて貰おう。

 

 とりあえずの目標を定めて、足を進める。

 後少しで学校だ。もう少しだけ頑張ろう。

 

「……ぁ」

 

 壁に手をついてフラフラと歩いていると、聞き慣れた声が少し先の曲がり角から聞こえて来た。

 何かに気付き、あるいは見つけ、思わず溢してしまった様な声。か細く、そして、予想外の出来事に驚いたかの様な小さな声。何処かで聞き覚えがある。果たして何処だったか。

 

 少し考えてみるが、徐々に思考も回らなくなって来ているのか、思い出すことが出来ない。

 

「圭ちゃん……?」

 

 その呼び名で思考がようやく該当する人物を引っ張り出してくる。この学校で俺をそんな風に呼ぶのは1人だけだ。

 

「おはよう……倉橋さん」

 

 挨拶する。だが、正直、会いたくなかった。倉橋さんに会いたくないとかじゃなく、誰にも遭遇したくなかった。

 何故か?面倒だからだ。ただでさえ、頭が回らない現状において、誰かと一緒に行動すると言うのは、その相手に対して思考のリソースを割くことに通じてしまう。

 

 平常時なら、軽い挨拶して、世間話をする程度の余裕はあるのだろうが、今はそんな余裕はない。

 だが、そんな俺の心情なんて知るはずのない倉橋さんはわざわざ、学校とは反対方向のこっちに駆けて来る。たかが数メートルとはいえ、逆走するのは非効率的だろうに。

 

「大丈夫!?顔色酷いし、真っ直ぐ立ててないじゃん!?」

 

「大丈夫、大丈夫。生まれつきこんな顔色だし、根性が歪んでるから真っ直ぐ立てないんだわ」

 

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょっ!!」

 

 戯けてみたら怒られた。割と本気で怒鳴られた。

 初めて聞いた倉橋さんの怒鳴り声に思わず怯む。これまで喧嘩してきた不良の殺すぞ!とかそんな脅しよりも、よっぽど迫力と言うか、本気の凄みがあった。

 

 怯んでいると、彼女の手が伸びて来る。

 

「……酷い熱だよ。なんでこんな状態で学校に来ようとするの!?なんで誰も止めなかったの!!」

 

「止められたけど、断ったんだよ。大丈夫だって」

 

「じゃあ、壁から手を離して真っ直ぐ立ってみてよ」

 

「いや、そんなことしなくても……」

 

「いいからっ!」

 

 かつてないほどに有無を言わさない様子の倉橋さんに迫られて、言われた通りに壁から手を離す。

 

「っと……!」

 

 瞬間、体の平衡感覚が崩れ、踏ん張りも効かずに膝から崩れ落ちた。真っ直ぐ立ってられないのは気付いていたが、まさかここまでとは。少しばかり、甘く見積もっていたかもしれない。

 

 こりゃあ、早退しないと駄目かな。

 そんな風に思いながら脚に力を入れて、立ちあがろうとするが、そこで違和感に気付く。脚に力が入らなかった。

 

「あれ……?」

 

 何度か試してみる。足だけじゃ駄目みたいだったので、手で踏ん張って立ち上がろうとするが、それでも失敗した。

 幸いにも壁が近くにあったので、体重を壁に預けて立ち上がろうと試みるが、それでもやっぱり、立てなかった。腰は浮いた、後少しで立てると言う段階で膝と壁に付いていた手の肘が勝手に折れて体勢を崩した。

 

 前に向かって倒れる寸前、倉橋さんに抱き止められた。

 

「全然大丈夫じゃないじゃん……ッ!!」

 

 悲鳴の様な、何処か嗚咽の混じった声が聞こえた。

 なんで?別に俺が倒れた所で、倉橋さんには関係ないはずなのに。一体、どうしてこんな声を出してるんだろう?

 

 考えてみるが、頭が回らない。

 

 と言うか、いつまでのこの体勢である訳にはいかないだろう。一旦、倉橋さんから離れよう。

 回らない思考を無理矢理回して彼女から離れようと手に力を入れるが、腕は持ち上がらない。

 

 ……いや、腕だけじゃない。身体に力が入らない。

 

「ぁ……れ………?」

 

 動かない。いくら体を動かそうとしても、体が動かない。糸が切れたみたいに力が入らない。

 なんで?俺はここまで疲労していたのか?いつもの癖で考えを巡らせようとするが、やはり頭は働かない。

 

 思考を回そうとすると、帰って来るのは、頭の中で響く、キーンという甲高い金属音の様な耳鳴り。

 

「圭ちゃん……!?」

 

 耳が変だ。倉橋さんの声が遠い。目の前にいる筈なのに、深い水底から聞いてる様にしか届かない。

 そう言えば、世界が静かな気がする。耳鳴りと彼女の遠い声以外は何も聞こえてこない。変だな、耳掻きはしてるのに。

 

 全ての音が遠い。気が付けば、音だけじゃなく、視界にも異変が現れる。目に映る景色の端から水で滲んだ絵の具の様にぼやけていく。薄く、モヤが掛かっていく。

 

 ……やばい。この感じ、覚えがある。普久間島でホテル潜入作戦が終わった直後の感覚に似てる。

 そんな既視感を覚えた頃には既に手遅れ。視界の端から侵食する様に広がった世界の滲みは、ほぼ目の前を覆い尽くしていた。目の前の景色が歪む。視界に映るあらゆる物の境目が分からなくなる。何処までが倉橋さんで、何処までが道路だっけ?

 

 キーンと耳鳴りが頭に響く。滲んだ世界が白んでゆく。力の入らない体はついに瞼すら上げてられなくなった。

 駄目だ、こんな所で気を失う訳にはいかない。ゆっくり、深呼吸して、身体に力を巡らせよう。

 

 一度瞬きをして気合いを入れ直そうと目を閉じたその瞬間、俺の意識は何処までも続く水底に落ちる様に途絶えた。

 

 

 

 

 




あとがき

はい、あとがきです。

悲報、圭一遂に倒れる。
いよいよ圭一の本音がぶちまけられます。しばらくは胃が痛い展開が続くかも……?
まさか、磯貝くんがあんなことをするなんて!?

次回、メンタル死す!
いや、ほんと、書いてて胃が痛い……!

ご愛読ありがとうございます!
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