暗殺教室 不良児は認められたい   作:ZWAARD

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加えて、沢山の感想と高評価、誤字修正ありがとうございます……!

いや、ほんと、誤字が……誤字が……!
許してくれぇ……、許してくれぇ……!


73話 吐露の時間

 

「ふむ……」

 

 殺せんせーの声にみんなが固唾を飲む。

 朝、登校してきた僕らを迎えたのは、慌ただしく動く殺せんせーと、瞳に涙を一杯に溜めた倉橋さん。そして、保健室のベッドの上で苦しそうに眠る乃咲の姿だった。

 

「どうなんですか、殺せんせー」

 

「南の島で出会った殺し屋……スモッグさんの想定する最悪の状況ではありません。暗殺から離れ、訓練などで体を酷使していなかったことに救われましたね」

 

 殺せんせーの言葉に、その場の全員がほっと胸を撫で下ろした。どうやら最悪の事態には至らなかったらしい。

 しかし、みんなの顔は決して明るくない。最悪の事態でなかっただけで、乃咲がまた倒れてしまったことに変わりはない。

 

「……なぁ、殺せんせー。親に認められるってそんなに大事なことなのかな。俺、わかんねぇよ……。倒れるくらいまで努力する気持ちも、その努力も認められねぇ親の理由も……!」

 

 前原くんが吐き出す様に言った。それは、僕らの大半の意見の代弁だったと思う。

 そう、僕らは分からない。親に認められたいって気持ちなら分かる。でも、健康を害してまで走り続ける理由も、そんな頑張りを認めない人の気持ちも、理解できない。

 

 殺せんせーは困った様に顔を俯かせた。

 流石の殺せんせーも、何を言えばいいのか分からないみたいだった。困った様に俯いて、触手で頬の辺りを掻いて、口を開く。

 

「……乃咲くんは、きっと見て欲しかったんだと思います。お父さんに、自分のことを」

 

「見て欲しいって……?」

 

 殺せんせーの言葉に首を傾げた。見て欲しい。その言葉の真意が僕らには分からなかったから。

 

「人を見る、と言うのはただ相手を正面から物理的に見据えるだけではありません。目の前の人物がどんな思いでそこにいるのか、どんなことを考えてきたのか、どんなことを頑張ってきたのか、どんなことをしたいのか、そして、自分はそんな相手に何をしてあげられるのか。それを考えることこそが、"人を見る"と言うことなのでしょう」

 

「たったそれだけのことの為にここまでやるの……?」

 

「……誰かに自分を見てもらえる、これ以上に嬉しいことはありません。皆さんも覚えておいて下さい。人を育てるには、なにより、自分が育つには、目の前の相手と真摯に向き合って、互いのことを見てあげなければなりません」

 

 殺せんせーはしみじみと何かを思い出す様に言った。

 彼は今、何を思っているのだろう。顔はいつもの黄色に三日月を横にした様な口をしているけど、雰囲気は暗い。

 ただ、殺せんせーの言葉はなんとなく、実感に満ちていた様に思う。それがなんでなのかは、誰も知らない。

 

「ぐっ……ぅぅ…」

 

 乃咲が呻き声を上げる。苦しそうに顔を歪めて、汗をかいて、もともと安らかとは言えなかった寝顔を歪める。  

 その顔はやつれていた。目の下にはクマもある。寝息は安定しているとは言えない。うなされてる様にも見える。

 

「昨日、様子を見に行った時はこんなじゃなかった。帰った後、何があったんだ、圭一……?」

 

 磯貝くんが暗い表情のまま呟く。

 そう、僕らが昨日の帰りに様子を覗いた感じだと、確かに健康とは言えないけど、こんなに酷くはなかった。浅野くんと軽口叩き合ってる様子はいつも通りだった。

 

 僕らが見てない間に何があったんだろう……?

 

「昨日の晩、先生は乃咲くんと話しました。週末までは持つだろう、そんな見積もりでしたが、甘かった様です。もっと早く行動を起こすべきでした」

 

「殺せんせーがそんなこと思っても仕方ないでしょ。家庭の事情に干渉するなんて普通出来ないもん」

 

「ですが、もっと出来ることはあったのも事実です。甘く見ていました。彼は、私の思う以上に追い詰められていた。見て欲しい相手に見てもらえない者が……どんな風になってしまうのか、どんな考えに至るのか、誰よりも知っていた筈なのに」

 

 珍しく殺せんせーは悩んでいた。

 普段、今日のおやつは何にしよう、とかそんなくだらないことでしか悩む素振りを見せなかった殺せんせーが見て分かるくらい、明らかに動揺し、後悔し、悩んでいる。

 

 乃咲はなんでこんな風になったんだろう?

 殺せんせーは何を思い詰めてるんだろう?

 

 そんな疑問が溢れて来た時。ベットで苦しそうに眠っていた乃咲が気怠そうに薄らと目を開けた。

 

「……律さん、お願いがあります————」

 

『………はい、分かりました』

 

⬛︎

 

⬜︎

 

⬛︎

 

「分かっていると思うが、暗殺のことは他言無用だ。キミを信頼し、記憶操作の手術は見送るが、くれぐれも忘れないでくれ」

 

「はい、分かってます。そもそも、誰に話しても信じてもらえないでしょうけどね。ただ、もしも、殺せんせーの存在が世間に露呈し、椚ヶ丘中学校の3年E組が暗殺教室だってのがバレた時はどうすればいいです?マスコミはともかく、学校の生徒はほぼ全員俺がE組出身だって知ってますよ?」

 

「そんな時が来ないことを願う他ないが、その時は……キミの判断に委ねる。露呈したとしたら、もはやそれは国家機密とは言えない。概要や奴との日々くらいなら話しても問題ないだろう」

 

「分かりました。もしもその時が訪れたら、概要を話す程度に留めておきます。政府の派遣した工作員の1人が一学級まるまる毒殺しかけた、とかそんなこと話すつもりはありません」

 

「…………すまん」

 

「いいえ。こちらこそ半端な真似をしてすみません。折角、沢山訓練つけて貰ったのに、無駄になっちゃいますね」

 

「そんなことはない。キミには可能性を見せて貰った。奴は決して殺せない存在ではないと証明してくれた。俺としても学ぶことはあった。4ヶ月間、ご苦労だったな。ありがとう」

 

「………はい、ありがとうございました」

 

「もしも、彼らが暗殺の相談をして来ることがあったら、話くらい聞いてやってくれ。それじゃあ、勉強、頑張れよ」

 

 夏休み明け初日。全校集会の30分前、烏間先生とそんな会話をした。しかし、その実態は暗殺教室での日々に対する口止めに見せかけた世間話だった様にも思う。

 応接室を出ていく烏間先生の背中を見送って、あぁ、本当に俺は暗殺者じゃなくなったんだな、としみじみ思った。

 

 いつか、もしも、なんかの間違いで、誰かと結婚して、子供とか出来た時に『パパは暗殺者だったんだぞ〜』とか語る日が来るのだろうか?そんな世界線もあるんだろうか?

 まあ、もっとも。E組のみんなが殺せんせーを殺してくれないとそんな未来は訪れないだろうけどね。

 

 思考を弄びながら歩く。本校舎はやっぱりE組の校舎に比べて綺麗だ。木製との違いもあるのだろうが、清潔感がある。

 学舎が綺麗なのは良いことだ。E組が汚い訳じゃないけど、汚れてる場所よりも綺麗な場所の方がいいと思うのは人情だろう。

 

 と、集会が始まる前の俺は比較的上機嫌だった。

 E組への未練はあるし、やり残したことは沢山ある。でも、やりたいこととやるべきことは必ずしもイコールで結び付かない。

 だったら、せめて、選んだ道で頑張り、いつか彼らに胸を張れる様になりたい。そんな結果を残したい。

 今後も父に俺のことを認めさせて、いつか、みんなに誇れる結果を。そんなある種のモチベーションで支えられてた。

 

「さあ、圭一。話して来い。逆境を跳ね除けたヒーローの言葉をみんなが待ってるぞ」

 

 浅野に背中を押されて、あのステージの上に立つまでは。

 

 全校集会はなんのアクシデントに見舞われることなく進み、遂に俺と竹林のスピーチを残すのみになった。

 A組行きを許諾した時点でこのスピーチは企画されてたし、その時点で読む原稿も渡されていた。

 原稿の内容は酷いものだったので読む気は無かったが、この時はまだ、多少憂鬱だな〜程度だった。

 

 竹林のスピーチが終わり、俺にお鉢が回ってくる。

 彼と入れ替わる様に壇上に姿を現すと、大歓声が起きた。

 

 そりゃあ、最初は心地よかった。自分が承認欲求の塊だと流石に自覚しているから、認められるのが心地よくない訳がない。

 でも、長くは続かなかった。向けられる羨望の眼差し、褒め称える声、煩い程に伝わる波長からは、彼らはみんな心の底から賞賛していることが雪崩のように伝わって来る。

 

 そんな中、ふと全校生徒の顔を見てしまった。 

 

 俺が優秀だった頃、入学して間もなかった頃、たくさんの友人がいた頃。勉強を教えてやった奴がいた。成績が落ちてからは手のひら返した様にいなくなり、E組に落ちた頃には後ろ指差して差別する側に回った奴がいた。

 学年が変わって、E組になった頃。入学式の直後、広い敷地で迷ってる新入生がいた。見て見ぬ振りをするのも忍びなかったので、簡単に校内を案内してやった。その時は普通だったのに、それから少し後、俺がE組だと知ったのか、ギャルギャルしい連中と一緒に俺を笑いものにした奴がいた。

 

 色んな奴らがいた。そんな奴らが今、思い思いに賞賛の言葉を投げながら喝采を送る。

 それが打算も、悪意もない。心からの賞賛だと言うのは、意識の波長から簡単に感じ取れた。

 

————それが、たまらなく気持ち悪かった。

 

 これが悪意と欺瞞で爛れた賞賛だったら、内心で悪態を吐くだけで良かったかもしれない。表情を取り繕って、E組を扱き下ろさない程度の皮肉を吐いて終わりだっただろう。

 だが、困惑はあれど、曇りはない賞賛の嵐に俺は表情を作ることすら出来なかった。

 

 気持ち悪い。あっさり切っておいて、笑いものにしておいて、嘲笑し、嫌厭し、見下しておいて、あっさりと囃し立てるコイツらが、気持ち悪くて仕方なかった。

 

 気が付けば、言葉を選ばず、彼らに現実を叩き付けていた。気が付けば、向けられる視線は畏怖で溢れていた。

 でも、まあ、自分には関係ない。むしろ、持て囃されるより、そっちの方が心地よかったくらいだ。

 

 俺は孤立した。いや、浅野がいるから本当の意味での孤立ではないが、本校舎の生徒にとって俺は完全な異物になった。

 向けられるのは畏怖の目。人混みを歩けば勝手に道が開け、人集りに寄れば人口密度は著しく低下した。

 

 うん、浅野みたいに強者になりたいとか、支配者になりたいとか、そんなことは思わないけど、自分を恐れてる奴らが勝手に道を開けてくれるのは存外に気分が良いな。

 まあ、一緒に歩いている竹林には申し訳ないことをしているが。本人は気にしないと言ってるが、本校舎で俺と一緒にいたら少なからず浮くというか、奇異の目で見られるだろうに。

 

 そんなことを思いながら竹林と帰っていると、裏山の方から磯貝たちが現れ、声をかけて来た。

 なんでも、俺や竹林がE組を抜けたことについて聞きたいらしい。まあ、気になるよな、と納得した。

 俺だって唐突に渚あたりがA組に行きました、とか言われても理解できないし、どうして?と疑問に思う。

 

 少し歩いて、人気のない公園で俺と竹林はE組を抜けた理由を語った。みんな、納得いかないと言うより、心配が勝っている顔をしていたのがすごく印象に残ってる。

 あぁ、やっぱりみんなはいい奴だ。急に何も言わずに出て行った奴らなんて放っておけばいいのに、わざわざこうして会いに来て、理由を聞いてくれた。こう言う時、あまり参加しなさそうな寺坂や狭間さんまでいたのだから、俺たちは恵まれてる。

 

 だから話した。嘘を吐く気にはなれなかったし、吐きたくなかったから、俺たちの悲願を。

 そしたら、倉橋さんを泣かせてしまった。泣かれるだなんて思ってなかった。もっと頼って欲しかったと、そんな風に泣かれるだなんて思っても見なかった。

 

 E組のみんなはいい奴らだ。俺がE組に思い入れがあるだけで、実は他のクラスも大して変わらないのかもしれないけど、でも、やっぱり俺はE組にいる時間が好きだったと自覚した。

 だから、突き放した。夏休みの最終日、竹林に語ったことを実行する為に。『裏切り者の乃咲なんかに負けない』そんな風にみんなが奮起してくれるのであれば、嬉しかった。事実、裏切った俺に出来るのはもう、これくらいしかなかったから。

 

「気持ちは嬉しいけどさ、人生とか生き方を決める選択肢を決めるのに他人は巻き込めない。そんな無責任なことはしたくない」

 

 伝えた。突き放す言い方をした。

 倉橋さんは、傷付いた様な顔をした。明らかにショックを受けていた。そんな顔をさせたい訳ではなかった、思わず手を伸ばしそうになってしまった。でも、それを押し留めて、俺は彼らに背を向けて、その場を後にした。

 

「乃咲。僕はE組に戻ろうと思う」

 

 後日、竹林からそんな言葉を投げられた。

 それは、相談なのか、それとも報告なのか、分からなかったが、特に反対はしなかった。

 彼は見つけたのだろう。自分を納得させられるだけの理由。やりたいことをやって、結果を出して、親に認めさせるという結論を。竹林はその答えを出すことが出来たんだろう。

 

 俺は、彼のE組への蜻蛉返りに協力した。

 その時、どうして自分がそんなことをしたのかは理解出来なかったし、考えようともしなかったが、なんとなく、今は分かる。

 E組に帰る竹林に、頭の中でE組に戻りたいと思う自分の姿を投影したのだろう。そう思うと妙に納得した。

 

 同時に別の事実に気付いた。 

 俺は、やっぱりE組に帰りたいのかもしれない。そんな風に思う自分に気付いてしまった。

 

 そんな俺の心情を知ってか、知らずか、殺せんせーは俺と竹林がE組を抜けたあの日以降、毎晩俺の所に来た。

 何か、説教をする訳でも、何かを促すでもなく、その日あったことを俺に語り続けていた。金に余裕が無いくせに、俺の分までお菓子を持参して、毎晩毎晩。

 

 でも、昨日、唐突に言われた。

 

「キミが周りを頼ることが出来たのなら、いずれ気付くことが出来るでしょう。いかに周りがキミのことを見ていてくれたのか」

 

 その言葉を受けて、考え込んでしまった。

 表面上、何を考えてるのかわからないポーズをしながら、その言葉の真意を俺はなんとなく理解していたと思う。

 

「周りを見ていないから、周りが見ていることに気付かない」

 

 そんな風に言われた気がした。

 殺せんせーにそんな意図があったのかは分からない。だが、誰に指摘されるでもなく、こんなことを考えてしまうと言うことは、少なくとも、自分にはその自覚があると言うことだろう。

 

 いや、あるのだと断言できるか。俺は確かに周りが見えていなかった。でも、だからこそ、頑張ろうと思ったのだ。だからこそ、俺が一番目を逸らしていた父さんといの一番で向き合うと思ったのだ。だからこそ、努力を続けたのだ。

 

 今度こそ、俺を見てもらうために。

 乃咲新一の子供と言う肩書ではなく、乃咲圭一という個人を見てもらう為に、もう一度、なりふり構わず出来ることを頑張ろうと普久間島の夕陽を眺めて思ったのだ。

 

 だと言うのに、俺は、また、何かを間違えたのだろうか?

 

 俺は、一体、何を間違えたのだろうか?

 

 気を失う寸前に見た、辛うじて捉えた倉橋さんの泣きそうな顔が何故だか鮮明に脳裏に浮かんでいた。

 

⬛︎

 

⬜︎

 

⬛︎

 

 たくさんの気配に揺すり起こされる様に目が覚めた。

 実際は誰も揺すってなんかいない。だが、思わず漏らした呻き声に視線が集まるのを感じた。

 気怠く、重たい瞼を開けると飛び込んで来たのは知ってる天井だ。古い今にも雨漏りしそうな程にボロい天井。

 

 目を覚まして秒で現在地を把握した。E組校舎の保健室だ。

 おそらく、俺が倒れた直後、倉橋さんが救急車よりも早く殺せんせーに連絡を取ったのだろう。

 

「おはようございます。目が覚めましたか、乃咲くん」

 

 身体を起こそうと肘を着き、上半身を浮かすが、やはり力は入らず、そのまま崩れ落ちた。だが、崩れ落ちる寸前に辛うじて保健室の全体は見渡せた。

 

「おはよう、殺せんせー」

 

 まずベットのすぐ横に殺せんせー。その少し後ろに渚、磯貝、竹林、倉橋さんを筆頭にしたみんながいた。出入り口の方をよく見れば、烏間先生やビッチ先生の姿もある。

 

「先生方、大事にしたみたいで、すみません。みんなにも心配かけたみたいだな、ごめん」

 

 とりあえず、謝る。相変わらず思考は回らないが、自分がまずやるべきなのは謝罪だと思ったから。

 俺の声にみんな苦々しい表情を浮かべた。うん、そりゃあそうだ。いくらみんなの人が良いとはいえ、裏切った上に体調管理を怠ってこんな大事にして、その上、時計を見てないから断定は出来ないけど、多分、授業も潰してしまった。

 

 そりゃあ、こんな顔にもなるわな。

 

 俺としても居心地が悪い。さっさとお暇しよう。

 

 もう一度、無理やり体を起こそうと試みる。

 

「駄目だよッ!」

 

 悲鳴の様な声を上げて、倉橋さんが起き上がろうとする俺の動きを押し倒す様に止めた。

 両肩一杯に彼女の体重が押し付けられ、ベットが軋む。少しだけ痛い。でも、倉橋さんは退いてくれるつもりは無いみたいだった。一切の身動きが取れなかった。

 

「大丈夫だよ」

 

「何処が!?何が大丈夫なのか、私はわからないよッ!!」

 

 倉橋さんが大声で止めてきた。いつもの元気なそれとは違う。明らかな怒気を持って怒鳴った。

 やはり、倉橋さんのこんな声は慣れない所為か、思わず怯んでしまう。不良同士の怒鳴り合いとは毛色の違う威圧感があった。

 

「身体に力が入らなくて、1人で立つこともできなくて、何かの拍子に倒れるくらいボロボロになってる癖に、何が大丈夫なのか、ねぇ、圭ちゃん!私は全然分かんないよッ……!!」

 

「………どうしたんだよ、倉橋さん。そんな大声出して。キミらしくないって。たまたま調子が悪かっただけだよ」

 

「そうだとしても!!そのたまたまでさっき倒れたんでしょ!?あの時、私が通らなかったら!誰も気付かなかったら!そのまま車が来てたら!?圭ちゃん死んでたかもしれないんだよ!?」

 

「流石に飛躍しすぎだよ。そんな簡単に死んだりしないって」

 

 心配してくれる倉橋さんを言いくるめるべく、のらりくらりする。不味いな、頭が回らないからか、上手い言葉が選べない。

 それでも拙く言葉を並べながら彼女をどかし、体を酷使して無理矢理、上半身だけでも起こすことができた。

 

「………圭一」

 

 言葉を選んでいると、磯貝が一歩前に出た。

 倉橋さんと入れ替わる様に俺の前に出ると、流れる様に拳を振り上げ、次の瞬間、バキッと喧嘩に明け暮れていた頃に良く聞いた炸裂音と共に世界が凄まじい勢いでブレた。

 

 何が起きたのか、理解が追いつかなかった。

 だが、肩で息をする磯貝と、この赤く腫れた右の拳。そして、肉が凹んだ様な感覚と鈍痛を訴える左頬、右に向かって倒れた身体から、ようやく思い至った。

 

「磯貝くんっ!!?」

 

 また悲鳴に近い声が上がった。片岡が驚いた様に俺と磯貝の間に割って入る。誰も、磯貝の行動に反応できなかった。

 殺せんせーですら、目を丸くして唖然としていた。誰も、磯貝が手を上げるとは思いもしなかったから、反応できなかった。

 

「良い加減にしろよお前ッ!倒れたって聞いた時、みんながどれだけ心配したと思ってる!?普久間島で殺し屋に言われたことを忘れたのか!無茶したら死ぬかもしれないんだぞ!?本当に分かってるのかよ!!?」

 

 磯貝がこんなに感情的になってるのを見るのは初めてだ。いつもニコニコ笑って、時々苦笑いして、みんなの中心でバランサーみたいなことをやってるコイツが感情を剥き出しに怒っているところを初めて見た。

 このE組に来た時、謎にフランクに話しかけて来た磯貝。当時まだ不良扱いで浮いていた俺をみんなの輪に入れようとずっと話しかけ来てくれたコイツが、今、本気で怒っている。

 何度、誘いを袖にしても、『また誘うから、その時は一緒に行こうぜ』といつも笑っていた優しい磯貝が俺を殴った。

 

「なんでもっと周りを見ないんだよッ!?」

 

「……見ようとしたさ。だから、頑張ろうとしたんだ。これまで向き合うことが出来なかった父さんをまずは見る。それを他人を見るってことの始めの一歩にしようと思ったんだ」

 

「お前のそれは思ってるだけだろ!」

 

「……んなことねぇよ」  

 

「だったら……っ、だったらっ!ただの一度でも、自分が倒れた時、周りがどんな思いをするのか考えたのかよッ!?お前が倒れたら、みんながどれだけ心配するのか、悲しい思いをするのか、もし、死んだりしたら、どんな思いをするのか、本当に一度だけでも考えたことあるのかよ!!!?」

 

 磯貝の言葉が痛かった。

 俺はそんなこと、考えたこと無かった。

 磯貝に殴られた頬が痛む。これまでの不良との喧嘩で殴られた時よりも、いつだったか、鷹岡に殴られた時よりも、烏間先生との訓練でミスった時よりも、これまでの凡ゆるタイミングで受けたどんな痛みよりも、今、殴られた頬が痛かった。

 




あとがき

はい、あとがきです。
圭一視点での夏休み明けの軽い振り返りと磯貝がとうとうキレた話でした。次回、キレた磯貝とメンタル崩れてる圭一の怒鳴り合い……!

いや、ほんと書いてて胃が痛くなる話でした……。

やっぱり普段怒らない人が怒ると怖いですね。
うちの子泣いちゃうわ……。

ご愛読ありがとうございます!
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