加えてたくさんの感想、高評価ありがとうございます!
誤字修正もありがとうございます!
これからも誤字撲滅目指して頑張ります!
………_:(´ཀ`」 ∠):
あれからいくらか時間が過ぎた。
嗚咽を漏らし、中学生にまでなって親の前で泣いた。彼の前で泣いたのは、赤ん坊の頃を除けば初めてだった。
恥ずかしさはあったが、今まで抱えていたものをとりあえず吐き出すことが出来て、父が何を考えていたのか知ることが出来て胸中も頭の中もスッキリした。
無論、蟠りが一気に氷解したわけではない。父は俺に遠慮してる部分があるし、俺もそれは同じだと思う。
でも、その辺の距離もこれからゆっくり埋めることができれば良いと思っている。その為には…………。
「地球滅亡を阻止しなければな」
そう。その一言に尽きる。
だが、今の一言は俺の口から出たものではなかった。地球滅亡。その単語が飛び出したのは父の口だった。
「ち、地球滅亡?なに言ってんだよ?」
「……国家機密についてなら心配はいらない。ある程度の事情なら私は知らされている。一月前、お前に言った出張の内容というのがその研究についてだ。地球を破壊する超生物、通称"殺せんせー"を無力化する。それが私の研究内容だ」
「どこまで知ってる?」
「あのマッハ20の超生物が来年には地球を破壊すること。何故か椚ヶ丘中学校の3年E組の担任というポジションに拘っていること。お前の元担任であること。3年E組の生徒はその超生物の暗殺を国に依頼されている……など」
「————」
絶句した。戦慄した。ただ言葉を失うだけでなく、息をすることすら忘れた。父の言葉はあまりに情報量が多かった。
「ヌルフフフフ……。どうやらタイミングはバッチリだったようですねぇ。ちょうど私の話をしていましたか」
そんな時、ちょうど殺せんせーがやって来た。
窓から手慣れた動きで入ってくる。背伸びしたら全長3mを超える人語を解する黄色いタコ。それを見ても、父さんは特に驚く素振りはなかった。父の言葉が事実なのだと悟る。
「はい。ありがとうございました。お陰様で息子と向き合うことが出来そうです。お手数をおかけしました」
「いえいえ。成すべきことを成したまでです」
「………2人は知り合い?」
「あぁ。少し前から学校でのお前の様子を彼から毎日の様に聞かされていた。友達の磯貝くんとの口論も聞かせてもらったし、お前が倒れたことを教えてくれたのも、私をここまで連れて来てくれたのも全て彼だ」
「…………………まじかよ」
今日イチというか、人生でもトップレベルで驚いたわ。
ツッコミすら出来なかった。いや、もともと杉野たちバリにツッコむ元気なんて今はないんだけどさ。
「それにしてもあなた方が仲直り出来たのなら良かった。不幸なすれ違いで仲違いするなんて悲し過ぎますから」
「………殺せんせー。うちの父さんが俺と磯貝の口論を聞いたってのはどういうことです?」
「ギクッ……。えぇっと、律さんに録音をお願いしました。キミの肉声はお父さんに必ず届けるべきだと思ったので」
「………盗聴」
「圭一。そう責めるな。彼のお陰で私はお前の本心を聞けた。だからこうして向かい合えているんだ」
「…………わかってる。ありがとう、先生」
実際、責めるつもりはない。ちょっと思うところがあっただけだ。でも、そのおかげで今があるのだから、良しとしよう。
殺せんせーは俺の言葉を聞き届けた後、口をいつもの三日月の様にして短く笑った。
表面上はいつも通りの笑みなのに、なんとなく、殺せんせーの雰囲気は変だった。やり遂げたような、後悔してるような、満足そうな、それでいて何処か不満気な。
俺の方を見て笑っているのに、何処となく寂しそう。思い返せば、殺せんせーは俺と2人でいる時によく遠い目をしている気がする。一体、何故なんだろう?
考えてみるが分からない。
殺せんせーは生徒に対して贔屓をしない。誰かにやったことは別の生徒にもやるし、誰にもやらなかったことは他の誰にもやらない。まあ、夏休みの時の賄賂とかは例外だけど。
きっと俺に教えてくれたことも、誰かに請われたのなら教えるだろうし、誰かに教えたのなら、俺にも教えてくれる。
そこに間違いはない。でも、やっぱり、その時の殺せんせーの雰囲気や表情はほんの少しだけ違うような気がする。
他のみんなが成長したら、殺せんせーは笑ってくれる。感慨深そうな顔はしても、屈託なく生徒の成長を喜んでる。
でも、俺の時はほんの少しだけ違う気がする。この人はいつも遠い目をしている気がする。成長を心から喜んでくれてるけど、なんというか、懐かしむような、何かを思い出すかの様にしみじみした顔で遠い目をしながら頷く。
「………………」
「?どうかしましたか、乃咲くん?」
「いえ。なんでも」
気の所為ではないだろうが、助けてもらったからか、少し自意識過剰になっているかも知れない。
一度だけ深く息を吸って、吐いて、頭を切り替える。
「それで殺せんせーはどうしてここに?」
「キミの様子が気になったのと、キミと博士の間にはまだ、認識の齟齬があるのでは?と思ったので様子を見に来た次第です。まあ、私が間に立間もなく、話し合いはできた様ですが」
「俺と父さんの認識の齟齬?」
「……お話、聞かせて頂いても?」
「もちろんです。その為に来たのですから」
疑問を浮かべる俺と、質問をする父さんに殺せんせーは静かに頷くと、徐に口を開いた。
「博士は圭一くんの集中力の高さについてご存じですか?」
「まぁ。昔から家政婦から息子の様子を聞く度に言われました。周りの音や声に反応すら示さない程に高い集中力があると」
「その通りです。ですが、最近、どうにもそれだけではないらしいことが分かりました」
「……………どう言うことです?」
「集中していると時間の経過が早く感じる、と言うでしょう?彼はその逆。集中すると時間の経過が遅く感じるらしいのです」
「………圭一。それは本当か?」
「あぁ。本当だよ。明確に実感したのは今年の春だけど」
「もしかしたら、もっと昔から片鱗はあったかもしれないですね。私の見立てでは、彼の集中力……私は"ゾーン"と呼んでいますが、これは圭一くんが緊張したり、警戒したり。そういう場面で発揮されることが多い様に感じます」
「昔からゾーンの片鱗……?」
殺せんせーの言葉で思考が始まる。
確かに昔から集中力が高いと言われて来た。時々、周りと時間感覚が食い違うことはあった。
長いこと考え込んでいたと思ったら、そんなに時間が経っていないのはザラだった。
でも、別に気にしたことはなかった。考えている内容によって体感時間が違うのはある種、当たり前だと思っていたから。作文を原稿用紙1枚読むのと2枚読むのでは体感時間が違うように、深く気にしたことはなかった。
まあ、カルマの自殺紛いな暗殺の後からそれも顕著になったので、その頃から何かおかしいな、と思う様になったが。
そういえばちょうどその頃か、殺せんせーがこの集中力に対してゾーンという名前を付けてくれたのは。
もしかすると、俺に自覚がなかっただけでゾーン自体は昔から無意識に使っていたのかも知れない。
緊張することなんていくらでもあった。例えば父さんに成績の報告をする時なんかまさにそれだった。
「…………あ」
そこまで考えて、殺せんせーの言わんとすることがなんとなく理解出来た。俺と父さんの認識の齟齬。それは言葉とか考え方による食い違いではなく……。
「父さん。正直に答えてくれ」
「ん?あぁ」
「俺はこれまで成績を報告した後、アンタの言葉を待って黙っていた。何を言われるか。言葉を待っていたんだ。待っていたつもりだったんだ。俺は………アンタに報告を終えてから部屋を出るまでどれだけ時間を掛けてた?」
父は少し思い返す様に目を細めて答えた。
「時間はまちまちだった。だが、平均で5秒ほどじゃないか?」
「……俺は30分くらい待ってたつもりだった」
父とのすれ違いの原因の一つが分かった。
「そう。あなた方には時間の認識に齟齬がある。厳格な父を前にして緊張している圭一くんが持ち前の集中力で時間を緩やかに感じさせ、数秒を数十分まで引き延ばした。父親が掛ける言葉を選んでいる数秒の間には、数百倍の時間差があったのです」
父の言葉に俯く。殺せんせーの言葉で思考を巡らす。
思いもしない所にすれ違いがあった。
父の言葉を待っていた数十分は俺の中だけの話で、現実では5秒程度しか経っていなかったんだ。
「……ごめん。父さん。俺、気付かなかった」
「いいや。その可能性に思い至らなかった私にも責任はある」
いや、普通はそんな考えはしないだろう。
誰が会話してる相手と自分との間に数百倍の時間差があるのだと考えられるだろうか。
俺が父の言葉を待っていた体感時間の30分、つまりは1800秒は、父の言った5秒の実に360倍にあたる。自分と父の間にはそれだけの時間差があったのだと今、初めて理解した。
「やはり私の見立ては合っていた。圭一くんが片親でも自分の為に働いているお父さんを気遣ったことで距離が出来てしまった。博士はそんな息子を慮ることでその内心を勘違いしてしまった。そして、そんなすれ違いを圭一くんの持った人並外れた集中力によって出来た時間差が助長してしまった。相手を気遣っているだけの本当に不幸なすれ違いでした」
確かに最初は気遣いから始まった。
お父さんは忙しいんだ、とか思ったことが始まり。そして、忙しい父に『俺を見てくれ』と伝えればよかっただけのすれ違い。
そして、お互いに何を言えばいいのか分からなくて、相手が何を考えてるのか分からなくて。軋轢は大きくなった。
気遣っているだけではいけなかった。
踏み込まなきゃいけなかったんだ。俺たちは血が繋がっているだけの他人ではなく、血の繋がった家族なのだから。
父さんが納得した様にしみじみ頷きながら、再び遠くを眺めてポツリと呟いた。
「……しかし、まさか。お前も時間が緩やかに感じるレベルで集中できるとは……」
父さんの言い方に何か含みがある様に思った。
「父さん。お前"も"ってどう言うこと?」
「………そうだな。話しておこう。もしかするとお前のそれは私の予期しないイレギュラー。引き継がれる筈のなかった、圭の……お前の母さんの遺産かも知れない」
「母さんからの遺産………?」
「………あぁ。お前の母さんも、同じことが出来た。いや、できる様になったと言うべきか、私ができる様にしてしまったと言うべきか………。まだ妊娠初期に彼女も同じことを言っていたよ。数分が数時間に感じることがあると」
「待ってくれ、情報量が多い!と言うか、できる様にしたってのはどう言うことなんだよ?」
父さんの口から飛び出した衝撃の事実の数々は俺を驚愕させた。情報量が多く、思わず思考を放棄し掛けてしまうほど。
それでも、父さんは言葉を続けた。俺にとって人生でも一番と言っても差し支えのない真実を。
「お前の母さんであり、私の妻でもある、乃咲圭は……SF作品で言うところの強化人間だ。そして、私がその強化手術をした」
「……………………、なんて?」
今まで、絶句したことなんて数え切れないし、戦慄も幾度となく経験した。だが、記憶の中にあるそれらに比べて、今、俺が迎えているコレは文字通りレベルが違かった。
比喩でもなんでもなく、思考が凍り付く。頭の中が真っ白になる。でも、ここで思考を止めてしまったら、これでとは何も変わらない。父の言葉不足であろう話し方について深掘りせねば。
「聞きたいことは沢山あるけど……まず、ゆっくり丁寧に、一個ずつ話してくれるか?なんで母さんが強化人間って話になる?」
「そうだな……。まず、お前は圭について何を知ってる?」
「……西洋人の婆ちゃんと日本人の爺ちゃんの間に生まれたハーフ、俺と同じ銀髪、動物に好かれやすかった、生まれつき身体が弱かった。…………俺を産んで間もなく亡くなった」
「あぁ。お前の認識に間違いはない。でも、情報が足りない。彼女は……もともと長く生きられないと医者に宣告されていた」
「……持病でもあったの?」
「病気というより、疾患だ。遺伝性疾患、遺伝子変異と呼ばれる類いのな。身体を成長、維持する為のエネルギーを産生する能力が低かった。エネルギー代謝と呼ばれる機能が特にな」
「それは………」
続く言葉は浮かばないが、母が長生き出来なかった理由に納得した。専門家ではないので詳しいことは分からないが、車を動かすのに必要なガソリンが少量しか調達できないってところだろう。機械だって適度に動かさないと壊れる、でも動かすにはガソリンがないとダメ。だから使えないことでガタがくる。
なるほど、無理のない話だ。
「私は約16年前、それの治療の為の研究をしていた。外部からの治療が効果のないものだったし、遺伝子レベルの疾患だったから、根本的に解決するには、その疾患を取り除くしかないと考えた。………まあ、結果的に救うことは出来なかったがな」
「………それがどうして強化人間がどうこうって話になるんだよ?治そうとしただけならただの治療だろ?」
「私が彼女に行ったのは、遺伝子の調整。生物の細胞がエネルギーを作るサイクルをより効率化し、回転率を上げることで代謝の欠陥を補い、その他にも諸々、副次効果が期待出るものだった。詳しいことは専門知識や用語が出てくるので理解が難しい。だから、口にする前に少しだけ考えて、中学生でも分かりやすい単語として強化人間というワードをチョイスした」
「だから少し間があったのか……言葉を選んでたから。確かに細かく説明されるよりは分かりやすいか。お気遣いどうも」
どうやら強化人間云々は、俺に分かりやすく伝える為の比喩表現だったようだ。まあ、もうちょっと言葉の選びようはあると思うけど。自分の嫁を強化人間呼びするのは面白くないだろうに。
「100%気遣いだった訳でもない。本人は『今日から強化人間ってことだよね!』と大喜びで出来もしないロケットパンチを繰り出すのに必死だった上、強化人間を自称して憚らなかった」
「ヤベーな、うち親。メンタルお化けかよ」
強化人間になった〜!と喜ぶ方も、それを受け入れてる側も中々にメンタルが強い。見習えないレベルでヤバい。
「悲観するより、受け入れて楽しんだ方が建設的だからな」
「まぁ、そうなのかも知れないけどさ………」
両親の意外な一面を垣間見た気がした。
「……んで、母さんの集中力がその強化手術の代償というか、結果と言うか、副産物だって話?」
話が脱線しそうなので方向を戻す。
「いや、集中力の増加なんて効果は想定していなかった。お前を妊娠したばかりの頃。圭が言っていたんだ。身体の中から『何が欲しい?』と問い掛ける声がしたと」
「………ぁ」
その問いには俺も心当たりがあった。生まれてから今日に至るまで、2回ほどその声を聞いた。
「彼女は『時間が欲しい』と答えたそうだ。そしたら、数分が数時間にまで感じる様になったらしい」
「………まじか」
母さんと俺の状況は酷似している。願った内容は違うが、その問い掛けに答えてチカラみたいなのが使える様になったと言うのは俺と母さんで共通していた。
「何かミスがあったのかと、色々と調べたが、それらしいものは見つけられなかった。身体にも異常は見られない。それ以来、声が聞こえると言うこともなかった。検査は彼女の最期まで怠らなかったが、原因は掴めなかった」
「怖いな、それ」
実際、俺もその声を聞いているから他人事ではない。
と言うか、父の話ぶりだと母さんからの遺伝である可能性もあるので、原因が分からないと言うのはなんともゾッとする。
「…………」
そんなことを考えながら、ふと、何気なく何も喋らない殺せんせーを見てみる。
空気を読んで黙っているのかと見てみると、そのつもりもあるのだろうが、目を見開いて、言葉を失った様に父を見ていた。
「乃咲博士……。先ほど代謝の改善の他にも効果が見込めるとおっしゃっていましたが、それはどのような?」
「ふむ……。簡単に言うのなら、身体強化といった所か。調整された細胞で活発に産生される様になったエネルギーを身体の維持や成長に無駄なく回す。それが私の研究だった。観測は出来なかったが、机上論としては、知覚力と運動能力を含めた身体能力の向上、それから身体の頑強さも上がると見込んでいた」
「身体能力と身体の頑強さ………」
考える。思い返すのはゾーン中に動けるあの現象のこと。
世界が止まって見えるほどのスローモーションで時間が流れ、視界はモノクロに染まり、空気が物理的に重くなったかの様に感じるあの感覚の中、俺は少しだけ早く動けた。
いや、普久間島で銃撃された時は尻もちをつくだけだったが、あの時は空気に重さを感じなかった。
そして、銃弾すら避けることが出来た。拳銃から放たれる弾丸の速度は場合によっては音速を越える。
つまり、あの時の俺は音速で動いたことになる。しかも、俺の身体はその音速の動きに耐えた。
余裕がなくて考えてなかったが、それってあり得るのか?ただの鉄の塊ですら音速の壁を突破しようとするとバラバラになるのに、人体がそれに耐えられるものか?
普通は無理だ。人間がそんなことをしたらミンチになりかねない。じゃあ、俺は?なんで今、無事なんだ?
そんな問いに対する答えは今、父が出したばかりだった。
母さんの受けた手術。その影響が俺にも出ていたのなら?
聞いた話だと、俺のゾーンは、母さんからの遺伝である可能性がある。つまり、母さんが手術を受けたことで現れた効果が俺にも現れたってことだ。それなら、手術の影響が俺にも出る可能性はゼロじゃない。というか、かなり高い筈だ。
「……圭一。どうした?難しい顔をしている。……いや、無理もないか。遺伝子操作やら人体強化やら、SFチックなワードばかり出てきているのだから」
「正直、面食らってるのも否定しない。けど、それ以上に母さんの話と、父さんの手術で出る筈だった効果について気になったんだ。実を言うと心当たりが多い。身体能力についても。それから、聞こえてくる声についても」
「………話を聞かせてくれないか?」
「もちろんだ」
俺は話した。これまでのことを。烏間先生との約束を破らない範囲で、できる限り詳しく。
話の途中、俺が迎えたピンチを語ると父さんが顔を青くしたのはとても印象的だった。
父さんは俺の話に時折、青ざめた顔をしつつ、それでも頷いて聞いてくれた。そして一つの結論を出した。
「遺伝だろう。圭が妊娠したのは手術の後だ。可能性は充分にある。聞いた話も、私が想定していた結果ともほぼ合致する。私の研究で彼女を救えなかった理由は、もう遺伝子をいじる程度では回復しないほどに圭が摩耗していたことが大きい。だから私の想定していた結果が出なかったのだとすれば、諸々に説明がつく」
「博士は、圭一くんの検査はしなかったのですか?」
「したさ。この子が小さい頃に何度も。でも、特筆するべきことはなかった。なんの異常も見られず、健康に生まれてきてくれたことに安堵したくらいだ。それから時間が経過しても特に異変はなかった。だから様子を見ることにしたんです」
異常はなかった。そうだ。風邪を引いたことがないとかそんなことは無かったし、転べば普通に怪我もした。
でも、どちらかと言えば俺は確かにタフだったと思う。初めての喧嘩で一方的に殴られても特に問題なく立ち上がれたし、擦り傷はあっても骨が折れたりはなかった。思い返せば、鷹岡に殴られ、蹴られた時も俺は歯が折れる程度で済んだ。
あの鷹岡が手加減するとかは考えづらい。あの巨体と重量から繰り出される自衛隊の精鋭の蹴り。今にして思えば、そんなもんを顔に食らって歯が折れる程度で済んでいることは異常だ。
「もしかすると、身体の内側からの問い掛け。『何が欲しいか』それに答えることが身体能力の向上のトリガーになっているのかも知れない」
「原因はわからないんだよな?」
「……あぁ。詳しいことはな」
そこだけ聞くと正直、めちゃくちゃ不安だ。アニメや漫画、ゲームに出てくるミュータント系のモンスターになったりしないだろうか。化け物になるのだけは勘弁願いたい。
だが、世界中から天才と称される科学者の言葉で、妻の為に専門家にまでなった男の言葉で、生まれてからずっと尊敬し、疎み、憎み、追い続けてきた相手の言葉で、そして父の言葉がそんな不安を払拭してくれていた。
彼は言った。特筆するべき点はなかったと。そもそも母さんに手術した時点でそんな危険が微塵でもあるのなら、この人は実行しなかっただろう。そんな彼がそう言ったのだからきっと弊害はないと今の俺なら思える。
今まで散々目の上のたんこぶと思っていたからこそ強く信頼できると言うのは何とも因果な話である。
「んじゃあ、俺と母さんの身体の話はここまででいいわ。次に気になるのは……なんで父さんが殺せんせーの研究なんてしてるのかって話なんだけど」
「それについては細かく話すことは出来ない。口止めされているし、知らない方が身の為と言うこともある。政府が関わっているのなら尚更だ」
「まあ、そうだわな。そう言う可能性は考えたことがある」
話題を変える。いや、戻すと言うべきか。
なんで父さんが殺せんせーなんて世界最大レベルの機密を知ってるのか。なんで彼の研究なんてさせられてるのか聞かねば。
そう思って投げた質問に返ってきたのはそう言われたら納得せざるを得ない、至極ごもっともな回答だった。
そうだ。殺せんせーは国家機密。その時点で一般人にとってはどうしようもない厄ネタだし、もはや世界規模で何かが起きているのは確実だ。
そんな事情に巻き込まない為に、家族であっても、当事者であっても、情報を規制するのは納得できた。
「そう言う訳があって詳細まで教えることは出来ない。だが、私が招集された理由の一つは圭を……お前の母さんを救う為に組み立てた理論が超生物を無力化する一助になるかも知れないからってところだ」
「……いいのかよ、それは話して」
「これに関しては口止めはされていない」
この人、意外とフリーダムな人種なのかも知れない。
だが、俺にとって必要な情報だから教えてくれた可能性もある。そうでなければ知らない方が身の為とまで言った情報をわざわざ息子に伝えたりはしないだろう。
「分かった。これ以上は聞かない」
「……あぁ。私としても今のところ話せるのはこれくらいだな。話し疲れただろう。もう休め」
「……そうする」
「そうしろ。母さんの事についてはまた話す。その時に聞いてくれ。私は転院の手続きと仕事の手続きをするので席を外す」
「………分かった」
「殺せんせー、貴方は?」
「私は一旦、貴方について行きます。息子が倒れたと聞いたや否や、財布も免許証も持たずに飛び出した貴方には移動手段がないでしょう?流石に困るのでは?」
「………………………………………はい、助かります」
「ヌルフフフフ。それでは行きましょうか。乃咲くん、また会いましょう。それまではベッドの上で絶対安静ですよ?」
「………………………………………はい。遵守します」
「よろしい」
殺せんせーは頷くと肌の色を人間と同じ色に変え、修学旅行の時に菅谷が作っていた付け鼻を装着して病室を出た。
父さんがそれに続いて退出する寸前に振り返る。
「どうした?」
「2つ言い忘れがあった」
まだ何かあるのか。
「1つ、柳沢という人間には気を付けろ。もしかしたら接触があるかもしれない」
「………柳沢って名前の個人?それとも苗字と名前に柳沢って入ってる人全員?」
「全員警戒するに越したことはないが、特に柳沢誇太郎という男だ。奴は私の研究に執着している。圭に施した手術の効果がお前にも出ていると知ったら接触して来るかもしれない。だから、少しでも怪しい人物や柳沢を名乗る者が現れたらとりあえず大声を出せ。多少の無茶をしてでも逃げろ」
「分かった。随分と警戒してるな」
「乃咲はお前から見たら母方の姓と言うのは知っているだろ?お前の父……つまり私の旧姓は柳沢という。奴は…………誇太郎は私の弟だ。一応、親戚を名乗って接触することも可能だからこそ、警戒は必須だ」
「俺にとって叔父に当たるわけね……。分かった」
父さんの研究に執着するってことは、もしかしてそいつも科学者か?いや、まあ、遺伝子レベルから弄って生物の細胞の働きを強化してエネルギー生産効率と使用効率を上げるとか素人目でもだいぶ凄いことやってるのはわかるけど。
「警戒はしておくよ。それで二つ目は?」
頭の中のメモ帳にメモしておきつつ、話の続きを促す。
すると、父さんは、言葉を少し溜め、視線を少しだけ彷徨わせた後、言い淀む様に頬を掻いて、一言。
「………お前が無事で良かった。暗殺でも、今回の件でも。身体には気を付けてくれ」
父さんはそう言い残して出て行った。
正直、何度か倒れてる現状を無事、とは言えないとは思うが、多分だけど父さんの思う最悪の事態は俺が倒れてそのまま母さんの後を追う事になるって展開だろう。
さっきの強化人間って言葉のチョイスもそうだが、あの人は意外と言葉選びがアレなのかもしれない。
「………俺も人のことは言えないか」
案外、俺たちのすれ違いの理由にもお互いに言葉選びの壊滅的なセンスの無さの影響があったりするのかもしれないと思いながら、父さんたちを見送った。
あとがき
はい、あとがきです。
やっとこさ圭一のやたらと高い身体能力だったり、自衛隊の精鋭に殴られ蹴られても立ち上がる頑丈さの秘密に触れられました。母に発現するはずだった手術の効果が後に受精した圭一に作用して頑丈に。暗殺教室での日々や夏休みのアレで圭一自体に遺伝していた部分が目覚めてしまったと。
加えて実はこの親父、言葉を選ぶセンスも壊滅的だったりします。どっかのカルナさんみたいに一言多いか、一言足りないとかではなく、選んだ言葉が一言で誤解を生むタイプですね。強く生きてくれ、新一。
手術後に自分を強化人間と名乗る圭のメンタルもかなり頑丈。というか、新一を支えられる女性ってこう言うレベルじゃないと務まらないのでは……?
とまあ、大体こんな感じでした。次回から圭一の日常(入院生活)が始まります。この先、圭一が何を選ぶのか、生暖かく見守ってください……。
ご愛読ありがとうございます!