暗殺教室 不良児は認められたい   作:ZWAARD

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加えて、高評価や感想ありがとうございます!

先日、とうとうお気に入りが3000件を突破しました。みなさま、毎度ご愛読ありがとうございます……!思えば遠くへ来たもんです……。

今後も妄想を垂れ流していきますので、ゆるーくお付き合い頂ければ幸いでございます!

………誤字が減らないのは………。




79話 本音の時間

 

「ゔぅぁぁぁぁぁ………」

 

『どうしたんですか?そんなゾンビみたいな声を出して』

 

「爺ちゃんと婆ちゃんに泣かれるの思った以上にしんどい」

 

『……あー』

 

 ベットに備え付けられたテーブルに突っ伏してうめき声を出していると、律から声を掛けられた。

 父さんに説教されて不良時代の所業を洗いざらい吐いたあと、見舞いに来た祖父母に泣きながら説教された。

 

 小言や説教自体は覚悟していたが、やっぱり泣かれるとしんどい。まあ、それだけ自分も周りに迷惑をかけてしまったと言うことだ。反省しないといけない。

 思えば、磯貝たちが俺たちに事情を聞きに来たあの日、倉橋さんが目に涙を溜めているのを見た時に俺は立ち止まるべきだった。立ち止まって、誰かを泣かせた事実をもっと真面目に見つめれば、こんなことにはならなかったかも知れない。

 

 後悔先に立たずとはまさにこのこと。

 

 テーブルに突っ伏してうめき声を上げながら日向ぼっこ。

 長閑な日差しと陽気が陰気な気分を浄化してくれたことだろう。ここが病院でなければ。

 

「はぁぁぁぁ…………」

 

 息を吸って、ため息に変換する。今日から俺は錬金術師として生きていこう。ため息の錬金術師だ。吸った酸素を二酸化炭素に変換して吐き出す永久機関だ。

 

 ため息の錬金術師。なんとも幸薄で、陰気で、気怠そうな肩書きである。まだ銀の死神とかの方がカッコよく思えるのはいよいよ俺の頭がおかしくなり始めた証拠だろうか?

 

 どうでも良いことに思考を割いていると、部屋の外に人の気配が複数止まり、不意に扉が2回ノックされた。

 誰だろう?祖父母も帰ったし、父さんは転院の為の準備で出ている。それに俺を訪ねてくる奴はいないと思う。

 

 というか、ノック2回は便所ノックだと知らんのか。

 

「入ってます」

 

 なんとなくそんな返しをしてみる。

 

「いや、お前に会いに来たんだから入ってるのは知ってるわ!」

 

 なんとなく返した言葉に返ってきたのは聞き覚えのある威勢のいいツッコミ。そして入ってきたのは見覚えのある茶髪を筆頭にした中学生の団体客だった。

 

「……本当に起きたんだ」

 

「良かった……」

 

 E組のメンバーがそこにいた。

 

「えっと、本当はみんなで来たかったんだけどさ。流石に迷惑になるかもってことでまずは俺らだけで来たんだ」

 

『ちなみに、皆さんも起きた乃咲さんの声が聞きたいとおっしゃってます。通話、繋げても良いですか?』

 

「うん。繋げてくれ。みんなに言いたいことがあるから」

 

 律の言葉を了承して病室まで来た面子を見る。

 いたのは修学旅行一班と渚、神崎さん、竹林。

 ただ、みんな気まずそうだった。

 

 多分、さっきの前原のツッコミも、会話の流れを作る為の気遣いだったんだろうことは想像に難くない。

 

「来てくれてありがとう。本当は俺から出向いて頭下げなきゃいけないんだろうけどさ」

 

「んなことねぇだろ……。お前が磯貝と怒鳴り合った後、やっと本音を聞かせてくれたって思ったけど、その後、2日も目を覚まさなくて。お前がどんだけ追い詰められてたのか考えさせられた。………あんな風にみんなで囲むような真似してごめん」

 

「お前らは悪くない。俺の気持ちなんて誰にも分からないって決めつけて、頼らなかった俺の落ち度だ。その結果、みんなに心配かけた。爺ちゃんと婆ちゃんに泣かれて、自分がどんだけ周りのことを考えてなかったのか思い知ったよ。こっちこそごめん」

 

 頭を下げ合い、磯貝と倉橋さんに目を向ける。

 2人とも何か言いたそうにこっちを見ていた。

 

「特に磯貝と倉橋さんには本当に申し訳ないことをした。心配して本音を言ってくれてるのに磯貝には八つ当たりするように怒鳴り散らしてしまった挙句、手を出させてしまった。倉橋さんには茶化して、誤魔化して、体良くスルーしようとして、泣かせて、怒らせてしまった。2人とも、本当にごめん」

 

 今度は2人に向かって謝り、頭を下げる。

 息を呑む様な、何かを吸い込む様な、何かを飲み込む様な音が2人から聞こえた。頭を下げてるので2人が見えない。

 

 少しの間、沈黙が訪れる。

 周りの音しか聞こえない。肝心の2人からはなんの声も聞こえない。それが少し怖かった。普段優しい2人を怒らせてしまったのも影響しているだろうが、やっぱり怖い。

 この感覚を知っている。かつて、父に報告した後、言葉を待っている間のそれに似ている。思わず逃げてしまいたくなる様な、怖い沈黙。でも、今回は逃げなかった。今逃げたら彼らともすれ違ってしまう。そんな確信があったから。

 

 何秒でも、何分でも、何時間でも。俺は今度こそこの沈黙に耐える。それが今回の件で得た教訓の一つだから。

 

 しばらく頭を下げ続ける。果たしてそれがいつものアレの所為でそう感じるのか分からないが、俺の中である程度の時間が過ぎた頃、ふと、布団の外に出ていた手を柔らかいものが包んだ。

 

「……圭ちゃん」

 

 倉橋さんの声が鼓膜を叩く。

 顔を上げると、ここ数日で何度か見た、涙目の彼女がいた。

 

「ごめんね」

 

 謝られた。なんで?

 思わず彼女の瞳を見つめた。

 

「私は……圭ちゃんに聞いたつもりになってた。聞いて、答えてくれなくて、なんで?って思ってた。どうしてそんな風に頑張るの?って。圭ちゃんがどう言う気持ちで、どんな思いで頑張ってるのか本当の意味で分かろうとしてなかったと思う」

 

「それは仕方ないことだし、やっぱり、どう考えても話そうともせず、みんなを遠ざけた俺が悪かったんだよ」

 

「そんなことないよっ……。私は圭ちゃんの頑張ってるところが好きだし、尊敬してるし、憧れてた。それだけで、満足してた。『頑張っててすごいなぁ』ってそれだけで止まっちゃってた。その理由まで分からなくて、考えなくて、気が付いたら圭ちゃんが何を考えてるのか分からなくなってた。それが怖かった……。なのに、あんな風に責めるみたいに捲し立てて………ッ」

 

 倉橋さんの独白。その中に身に覚えのある気持ちがあった。

 『何を考えてるのか分からなくて、それが怖い』その気持ちならよく分かる。痛い程に理解できる。

 それは今日まで歩んできた人生で自分の父親に対して強く抱き続けた感情の一つだったから。

 

 認められたくて、でも相手が何を考えてるのか分からなくて、どうすれば良いのか分からなくなって、相手を責める。

 

 俺は別に倉橋さんに責められたとか思ってない。むしろ彼女を含めたみんなの主張はもっともだ。間違ってない。でも、彼女がやってしまったと思っていることに対してなら、今、考えていることなら理解できる。俺と同じだったから。

 

「倉橋さんたちは何も悪くない。けど、それじゃあ、納得はしてくれないんだよな?俺も自分が悪かったってのを否定されても納得出来ないし。……分かった。じゃあ、こうしよう」

 

 本来、こんな交換条件みたいな言葉をかけて良い立場ではないのだろう。それでも、今、どちらかが流れを変えなければ、このままずっと謝り合う展開になる。

  俺はみんなのことを恨んでもないし、彼ら彼女らに非があるとは一切思っていない。そして、彼女も俺が悪くないと言ってくれた。であるなら、俺たちは互いのことを許せる。あとは自分を許すかどうかだ。その為に踏み出した。

 

「俺は、もうこんなことはしない。独りよがりに突っ走って過労で倒れるなんて真似は2度としない。それをE組のみんなに、先生たちに、世話になった人たちに約束する。だから、倉橋さん達は、俺がもし、また間違えそうになったら止めて欲しい。もちろん、間違えないつもりではある。でも、少しでも兆候が出たら叱って欲しい。これからの俺を見ていて欲しい」

 

「………」

 

『………』

 

 返ってきたのは静寂。でも、それは長く続かなかった。

 

「……うん。私もそれが良い。私も、今度こそ圭ちゃんのこと知りたい。だから見てるね。これからずっと」

 

 握られていた倉橋さんの手に一層力が入る。

 

「だな。誰かが見てねぇと直ぐに無茶してぶっ倒れそうだもんお前。俺もお前に賛成。……俺たちもお前に無茶させない様に頑張るから。これからも、よろしくな。乃咲」

 

「そうね。それが良いんじゃない?あ、でも普久間島の時みたいなのもダメだかんね。やばいと思ったら休むこと。みんなの為にって無茶しないこと。それを守ってくれるなら、うちらとしても良いかな?それから、ごめんね、乃咲」

 

「キミがそう言うのなら僕は信じよう。……家族に認められることが全てじゃない。まずはそれ以外の目標を見つけることから始めよう。それが僕らの第一歩だ」

 

「乃咲くんの言ってたこと、私はなんとなく分かる気がする。親って言う存在は痛いところに刺さるものね。これから先、また潰れそうになったら話して欲しいかな。話してくれたらゲームとか、一緒にガス抜きできると思うから。みんなで」

 

 みんなが口々にそう言って頷いてくれる。

 律を経由したスマホの向こうからも同意の声だったり、ぶっきらぼうだけど遠回しに肯定してる声や、俺のファザンコンを弄ってくる声も聞こえてくる。

 

 そんな中で、1人、俺の前に立つ男がいた。

 

「……圭一」

 

「…………磯貝」

 

 磯貝は後ろめたそうな顔で、俺の前にたった。

 

「悪かった。怒鳴って、殴って。倒れた奴に……いや、最後のに関しては倒れてなくてもやるべきじゃなかった。本当にごめん」

 

 頭を下げられた。

 空気が変わり始めた。このまま流れに任せてみんなこれからもよろしくって流れにすることもできただろうに、この真面目委員長は、そんな妥協をせず、面と向かって謝ってきた。

 

「……何度も言ってるが、お前は悪くない。お前に怒鳴られて、殴られて、怒鳴り返して。それで気付けることがあった。後になって、お前の言う通りだったってしみじみ思った。だから、お前が謝る必要はないんだよ、磯貝」

 

「お前はそう言ってくれるけど、でも、謝らせて欲しい。感情的になって、後先考えずに殴って。そのくせ、仲直りする流れだからあの時のこともこれでチャラ、なんて俺は嫌だ……」

 

「それを言うなら、俺だってそうだ。何も話さない癖に、お前らには分からないって怒鳴った。こともあろうか、お前に散々怒鳴って気を失って、目を覚ました時、なんとなくスッキリしてる自分に気が付いた。俺がしてしまったのは八つ当たりだ」

 

「でもそれは、お前がそれだけ溜め込んでたってことだろ」

 

「あぁ。その通りだ。外から色々言われて我慢できずに爆発した。でも、磯貝だって同じだろ。俺に我慢できなくなったのは、それだけお前も溜め込んでたってことじゃないのか?」

 

「………だからこそだ」

 

 磯貝が俺を見た。真っ直ぐに、射抜く様な視線を俺の目に……きっと、俺の目に映る人物に向けていた。

 それを見て思った。俺は彼の言葉を聞かなきゃいけないんだと。きっと、数日前の俺も似た様子だったから。その時、父が聞いていてくれたから。俺を見ようとしてくれてるこいつを俺が見返さなきゃいけない。なんとなく、そう思った。

 

「聞かせてくれ」

 

 俺の言葉に頷くと、磯貝は口を開く。

 

「圭一。俺はいつかお前みたいになる自分を重ねたんだ」

 

「……いつか俺みたいになる?」

 

「そうだ。きっと頑張る動機は違うけど、でも、俺はいつかお前みたいになるかもしれないし、なっていたかもしれない」

 

 そう言うと、彼はゆっくり話し出した。

 

「俺ん()も片親だ。親父が死んで母子家庭になった。そこまでは話したよな。俺のバイトがお前にバレた時にさ」

 

「あったな。まだお前の名前もしっかり覚えてなくて、磯牧とか覚えてた頃だったかな」

 

「その時期だ。俺がお前に話したのは。父さんが死んで、母さんは1人で俺たちを養ってる。私立の学費と家賃や光熱費、食費諸々を加えた生活費。何もかもが足らなかった」

 

「それを少しでも補填したくてバイトをしてた時にちょうど俺と鉢合わせたんだったな。確か……」

 

「あぁ……。俺たちの為に仕事漬けの母さんに少しでも楽させたくて、足しになればって思ってバイトしてた」

 

 磯貝は窓の外に視線を向ける。

 放課後のそろそろ良い時間だが、まだ夏半ばということもあって外はまだまだ陽が沈む様子はない。

 

「母さんには感謝してる。でも、怖かったんだ。父さんの分まで俺たちを養う為に夜遅くまで働いて、朝早くに家を出る。ふらふらで疲れた様子の母さんがいつか倒れるんじゃないかって」

 

「…………」

 

「父さんは事故だった。でも、即死じゃなかったんだ。しばらく意識不明で生死の境を彷徨って、数日後に逝った。亡くなるまでの数日怖かった。父さんに生きて欲しい、死なないで欲しい。そうやって祈って怯えてた。母さんが倒れたらまたあんな思いをするんじゃないのかって、それが怖かった」

 

 ポツポツと磯貝が話す。絞り出す様に、力無く。彼と幼馴染の前原は何を言うでもなく、震えていた磯貝の方にポンと手を置き、俺たちの方を向きながら、それでも俯いていた。

 

「正直な話、普久間島でお前が倒れた時、真っ先に重ねたのは俺の母さんだった。無茶して倒れる姿が、いつか、俺の家族がそうなるかもしれない可能性に見えた」

 

「……そうか」

 

 父の口癖が口を吐いた。

 俺も気がつけば周りの言葉に"そうか"と返してる事が多い気がする。そう思うと、俺はやっぱりあの人の子供なんだろう。

 

「そしてお前はA組に行った。何も言わずに出て行ったことは納得できなかったけど、応援しようと思った。でもさ、何度かお前の様子を見に行った時に思ったんだ。『なんて痛々しいんだろう』って。ふらふら歩くお前を見てさ」

 

「……さっき律にも言われたよ。その時の俺は普段よりもだいぶ様子が違かったんだよな?」

 

「そう思う。ふらふらしてて、目は虚で、周りに興味がなさそうで。自分のことすら興味なさそうで。またいつか倒れるんじゃないかって心配だった」

 

 たまたま前原と目が合う。側から見ていて、俺はそんなに酷かったのか?と目で問いかけると、頷かれた。

 

「俺なりに考えてみた。俺だったら、どうするのか。俺がお前の立場ならどうするのかって。でも、分からなかった。あの時、お前が言った通り、俺は特別誰かに認められたいとか思ったことなかったからさ。自分なりに立場を置き換えて考えたんだ」

 

「…………」

 

「俺が倒れるまで頑張ることになる状況……それは多分、母さんが倒れた時になると思うんだ」

 

「お袋さん?」

 

「そうだ。ありえない話じゃない。母さんが俺や弟妹たちを養うのに無茶して倒れた時、次に働かなきゃいけないのは俺だ。多分、そうなったら死に物狂いになると思う。みんなを食わせる為にバイトとか入れまくって、殺せんせーの暗殺にも手段を選ばなくなると思う。周りに止められようと絶対に」

 

「まあ……家族の為ならそうなるのも当然なんじゃないのか?」

 

「だな。でも、思うんだ。もし、そんなことをして俺まで倒れたら、誰が弟妹たちを食わせていくのかって。家族や周りの奴らはどう思うのかなって」

 

 考えすぎ、とは言えない話だ。

 うちの父さんが俺を食わせる為に必死に働いているように、同じく片親の彼の母も同じだろう。幸い、うちは父さんの稼ぎが良いから、生活に困ることはなかった。

 

 でも、磯貝のところは違う。パートやバイトを掛け持ちして、私立に通う長男と他の子供たちの養育費と諸々の生活費を捻出するのに苦労するだろう。過労で倒れるのも無理のない話だ。

 そして、そうなった時に苦労するのが磯貝というのもまた、無理のない話だ。現実的ですらある。

 

「そんなことを考えてた時、お前が倒れた」

 

「……タイミングが悪かったな」

 

「かもな……。だからか、自分なりに考えて、認められる為に必死に努力してたお前にしたら理不尽な話だろうけど、頭に来た。自分が倒れた時のことを何も考えないで、周りが心配してることも気付かずに無茶するのが頭に来たんだ」

 

「…………あの時も、そう言ってたな」

 

 磯貝が殴って来た時、そんなことを言っていた。

 コイツのいう通り、あの時の俺からしたら急に殴られたことは理不尽この上ないことなのかもしれない。

 けれど、不思議と腹は立たなかった。殴られたあの時にあったのは驚きと、コイツを落ち着かせないと、丸め込まないとってことくらい。多少思うところはあったのは否定しないけど、でも、頭に来たとか、そんなことはなかった。

 

 流石にその後の言い方には頭に来たので売り言葉に買い言葉で怒鳴り合いになったけど、でも、それくらいだった。

 

「でも、お前の本音を聞いた時に俺がお前の立場だったらって考えた。俺がお前だった時に何ができたのか、なにをしたのか、何が出来たのかって」

 

「………何が出来た?」

 

「何も出来なかったと思う。俺がお前ならこうした、あぁやったってのは所詮は結果論だ。第三者として見てたから言えるだけ。実際に同じ立場だったら俺もあの時のお前みたいにがむしゃらに頑張るしか無かったと思う。だから……偉そうなこと言って、殴って、怒鳴ってごめん」

 

 磯貝が頭を下げる。でも、そんなことされる筋合いはない。確かにあの時、俺は反発した。でも、その後、実感した。磯貝や倉橋さんのいう通りだったから。

 

「やめてくれ、磯貝。俺はお前に頭を下げられる立場じゃない。今はあの時のお前が正しかったと思ってる。悪かったのは俺なんだよ。だから、頭なんて下げないでくれ」

 

「でも、殴る以外の方法だってあった筈なんだ。見守るんじゃなくて、もっとお前のことを知ろうとすることも出来た筈なんだ。それをしないで怒鳴って、殴って。しかも弱ってる奴に。本当に最低なことをした。こんなことでスッキリしてくれるだなんて思ってないけど、俺を殴ってくれ………!」

 

 磯貝が深々と頭を下げてくる。たぶん、磯貝なりのケジメなんだろう。正直、丸め込むことは出来る。

 いつもの様に理屈を並べて、人情に訴えかけてやれば磯貝に頭を下げられ続けるこの状況も打開できる。

 

「………分かった。顔を上げてくれ」

 

 でも、それでいいのだろうか?見ず知らずの他人がそれっぽい理屈を並べているだけならそれでも良いかもしれない。自分と対立している人間を丸め込み、思う様に動かしたいだけならその方法でいいとは思う。

 

 けど、目の前にいるのは、俺を思って叱ってくれて、殴ってまで止めようとしてくれた友人だ。

 そんな足蹴にする様な方法を取っていいのか?それは相手を見るってことに繋がっているのだろうか?

 

 答えは否だろう。

 

 そう思った時、口が了承を告げ、立ち上がっていた。

 

 倉橋さんの手をそっと退けて、息を深く吐きながらゆっくりと立ち上がり、床がぬかるむような感覚に耐えて立つ。

 

 正直にいうなら、俺にコイツに殴り返す権利はない。でも、それで磯貝が満足してくれるならそれでも良いだろう。

 

「今の俺に出来る全力で行くぞ。ケツの穴閉じて歯を食い縛れ。1発だけ殴る。それで恨みっこナシだ。今後、何を言われようが俺はお前を殴らないからな」

 

「……あぁ、分かった。頼む、来てくれ」

 

 俺の言葉に頷く磯貝。そんな俺たちのやりとりを見て、止めようとする女子たちの間に前原が割って入る。

 手を出すな、口を出すな、といつものおちゃらけた雰囲気を引っ込めた真剣な様子の前原に女子たちが動きを止める。

 

 心配そうなみんなに少し胸が痛む。

 それでも、拳を固めて振りかぶった。

 

 今、これをやらないと俺と磯貝の間には無意識のうちに溝ができてしまう様な気がしたから。

 今の俺に出来る全力を込めて拳を奴の右頬に叩き付ける。

 

————ペチ。

 

「………ぇ…………?」

 

 磯貝が呆気に取られた様な顔でこっちを見る。

 拳には意外と柔らかい肉の感触。喧嘩以外で他人の頬に触れる機会がなかったもんだから、ほっぺたというのは案外、誰でも柔らかい部位なのかもしれない、と。そんな感想を抱きながらベットに腰を下ろした。

 

「どうした?今の俺に出来る全力で殴ったぞ?街の不良共に恐れ、ドン引きされてる死神サマの全力パンチだ。泣けよ」

 

「は……、ぁ?いや、ペチっていったけど」

 

「いったな。んで?」

 

「いやいや、絶対にお前の本気はこんなもんじゃないだろ?」

 

「こんなもんだぞ?お前、俺がどうして倒れたのか忘れた?過労で身体に力が入らなくなって倒れたんだぜ?それが病み上がりどころか絶賛病んでる最中で人間を吹っ飛ばせる力を出せるわけないわな。今の全力はこんなもんだ」

 

「いやいやいや!こんなんじゃ納得できな————」

 

「おい前原。俺は今できる全力(・・・・・・)で1発しか殴らないって言ったし、磯貝はそれに頷いたよな?」

 

 俺の問い掛けに前原はニヤリと顔を歪ませた。その横顔を見た木村が『しゃーない、乗ってやるか』と言わんばかりに竹林に笑いかけ、竹林は不敵に笑って眼鏡を押し上げた。

 

「だな、乃咲はしっかり宣言通りに今の全力で殴ったと思うし、お前もコイツの言ってる内容に納得してただろ?」

 

「いや、それはそうだけど————」

 

「鏡見ろよ、乃咲に殴られたところ白くなってるぜ?」

 

「これは一部に力が掛かって血の巡りが————」

 

「ふむ。しかしだね、磯貝。乃咲は確かに拳を振りかぶってキミの頬に当てた。その結果、頬に負荷が掛かり、血の巡りが一時的に止まった。これは確かに"殴った"と言えるし、乃咲はその直後に崩れ落ちる様にベットに腰を下ろした。よって、乃咲は全力で殴ったと言えるだろう」

 

「竹林、お前まで……!?」

 

 男子が口々にこんなことを言い始めたことで、ちょっと困惑してる様子だった女子達も場の流れを理解したらしい。

 

「ほら、見てよ磯貝くん。乃咲くんの足、プルプルしてる」

 

「きっと立ってるのもしんどかったのよ。本当に全力で殴ったんじゃないの?」

 

「そーそー!きっと全力だよ!あ、それはそれとして仕方がないことだってのは分かってるけど、でも、過労で力が入らないのに全力出した圭ちゃんはお仕置きね?」

 

「ふぇ……」

 

「ふふふ……。そうだね。きっと全力だよ」

 

「神崎さんまで……」

 

 周りに味方がいないことを悟ったのか、肩を落とす磯貝。そこにこの状況に肩をすくめた片岡が手を置いた。

 

「乃咲は宣言した通りのことをしたし、磯貝くんは条件に頷いた。私やここにいるみんなは勿論、律越し状況を見てるみんなも聞いてる。乃咲にしてやられたってことで諦めなよ」

 

「片岡……。あぁ、分かったよ。それに流石にこの状況じゃ、圭一には勝てないわ」

 

 磯貝が渋々と言った様子で彼女と同じ様に肩をすくめ、諦め、同時に呆れた様に頷いた。

 

「分かった。約束だ。今のでおあいこ。恨みっこナシ。それで良いんだよな?」

 

「そうしてくれ。俺はお前の言ってることが正しかったと思うから殴るのは違うと思ってる。でも、お前は俺の立場になって考えて殴ったのはやり過ぎたと思って、俺に殴り返されたい。お互いに意見が反対な以上、ここらが落とし所としては妥当だろ?」

 

「……そうだな。そうしよう」

 

 磯貝はもう一度頷いた。

 気分を切り替えたのか、顔はさっきよりも幾分かすっきりしているというか、どこか晴れやかだ。

 

「じゃあ、みんなとはタイミングずれちまったけど……」

 

 磯貝が手を差し出してくる。

 

「これからもよろしく。圭一」

 

「あぁ、よろしく磯g————」

 

「はい、ストーップ」

 

 手を握り返そうとしたところで前原が割って入ってきた。

 

「……どうした、急に」

 

 良い感じにまとまりそうだったところを遮られたので少し抗議の思いを込めて前原を見ると……。

 

「ノンノン」

 

 なんつーか、イラっとする顔をしてた。

 

「前から思ってたんだけどさ。良い加減、乃咲も磯貝を名前で呼んでやれよ。なんつーか、互いに遠慮してる様な距離感でもないし、仲も良いし、気も合うだろうにさ、なんか距離あるんだよ、お前ら。まだ2人して互いを苗字呼びなら違和感ないんだけど、多分、磯貝は名前で呼んでるのに、乃咲が苗字呼びなのが引っかかるつーか。この際統一しろよ」

 

「……そうか?」

 

「まあ、一方通行みたいで寂しく無かったわけじゃないな」

 

「そうか。なら、ならば今度からは、よそよそしく『乃咲さん』と苗字で呼んでくれたまえ」

 

「今そういう流れじゃ無かったよな?急にマユリ様出てきたよな?普通に下の名前で呼べよまどろっこしい!」

 

「じょーだんだよ」

 

「今の流れで良くそんな冗談言えるな、お前」

 

「みんなの前でファザコンバレて、挙句に小さい頃から抱えてた駄々を爆発させた乃咲さんのメンタルは結構無敵ぞ?」

 

「そりゃそうだろうけどさ……」

 

 前原と木村がめんどくさそうに項垂れ、竹林が眼鏡キラリと光らせる。片岡と岡野からの呆れの眼差しと、神崎さんの一歩引いた位置から見守る親の様な視線、そして倉橋さんと矢田さんからのニマニマした微笑みが俺に突き刺さる。

 

 これは、観念して呼ばないと許してくれないパターンだな。

 

 別に呼び方を変えるくらいのこと、恥ずかしくはない。でも、こうなんか、色んな奴に見守られながらというのが妙に照れ臭い。ついでに言えば、ここにいる奴らだけじゃなく、律を通じて他のメンツにも聞かれてると思うと余計にな。

 

 でも、こうなっては逃げられないだろう。

 俺は深く息を吸い、この際、1発ドカンと潔く程々に澄み渡る声でみんなの望む一言を爆発させた。

 

「悠馬、これからもよろしく」

 

「声ちっさ!?」

 

「まぁまぁ、そう言わずに。ほら、磯貝くん。乃咲が歩みよったんだよ?返事してあげないと」

 

「あぁ、よろしく、圭一」

 

 悠馬の苦笑が耳に残った。

 




あとがき

はい、あとがきです。
E組のみんなとも和解出来ました。

たぶん、これでシリアスチックな雰囲気は薄れていくと思います。かと言ってギャグ描写もあまり得意ではないのが悩みどころ……。なお、まだ原作半分も消化しきれてないという……。

まあ、なにはともあれ、今後も圭一のしっちゃかめっちゃかな日常は続きますのでお付き合いください……!

最後になりますが、【なんかあった倉橋さん】を本編とは別の章として管理し、不定期に更新してみることにしました。まだ1話目しか投稿してませんが、そのうち増えていきますので、そっちも見て頂けたら嬉しいです!

今回もご愛読ありがとうございます!
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