間に合った、ギリギリクリスマス……。
もう無理……。おやすみなさい……。
みなさま、良いクリスマスを………Zzz。
今年もこの季節がやって来た。彼女がいなくなってから15回目の冬。振り返ってみれば、アイツと騒がしく過ごしていた学生の頃もついさっきのことの様に思い出すことができる。
冬独特の冷たい空気を肺で味わい、息を吐き、自室の棚に飾られた3枚の写真をみる。1枚目はまだ幼い息子の写真、2枚目はつい最近撮った息子と自分のツーショット。自分が親となり、そろそろ中年という言葉も相応しくなる年齢に差し掛かり、息子もあと5年で大人になる。それだけの月日が流れた。
3枚目の写真を手に取る。妻との写真は数えるのが億劫になる程度にはある。一枚一枚現像し、アルバムに収めている所為でこの棚の3分の2は彼女との思い出の保管棚と言っても差し支えないことになってしまっている。
それでもたった1枚、この写真を写真立てに収めて飾っていたのは、この日が何故だか印象的だったからだ。
自分と妻が15の年。ちょうど今の息子と同じ歳、同じ学年だった頃に撮ったクリスマスの写真。
頭の中にある圭との思い出に優劣はない。全てが等しく大切な記憶だと言える。それでも、この日の圭はなんだかいつもとは少し違う雰囲気があった様に思う。だからだろうか、この写真を撮った日が特に印象に残っているのは。
私は写真を持ちながら歩き、自分の机の引き出しを開ける。
引き出しの中、自分でも過剰と思える程に几帳面に、そして厳重で大袈裟なケースの中で20年以上たった今でも保管し続けている1枚のタロットカードが眠っていた。
「新ちゃん、今年のクリスマスはどうする〜?」
「…………どう、とは?」
あまりにもざっくりとした問い掛けに質問を投げ返す。
放課後、圭の病室で彼女との特に中身のない会話をしながら本を読んでいると藪から棒に妙な質問が来た。
「ほら、なんて言うの?予定って言うかさ………。今年も一緒に過ごせるのかな〜なんて」
「何を当たり前のことを。邪魔でなければお前やおじさんとおばさんと過ごせればと思ってるぞ」
「邪魔なんてことないよ!お父さんたちも新ちゃんのこと好きだし!そっか、今年も一緒に居られるんだね、えへへ」
「……あぁ」
嬉しそうに笑う圭。彼女やその家族と過ごしたいのは本心だ。幸いなことに自分の娘につく悪い虫と思われても仕方のない自分だが、彼女の家族は好意的に接してくれる。
圭と俺は小さな頃からの付き合いだ。病弱で周りの子供と遊ぶことができず、孤立していた圭。昔から無愛想で無口で周りの子供に怖がられていた俺。あまりもの同士で一緒にいる様になったのが始まりだった。
激しい運動が出来なくて、遊びまわることができない彼女は、いつしか誰とも遊ぶことなく絵本ばかり読んでいた俺に話しかける様になっていた。もっとも、俺は当時から専ら相槌を打つばかりだったのだが。
彼女はそれでも話しかけて来た。最初は子供心に鬱陶しいと思っていたし、当時は周りに馴染めずオドオドしていた態度もあまり好きではなかった。そもそもが乃咲新一という人間は当時から他人が嫌いだった。
顔と態度の割に器量が矮小な親父、そんな親父の言いなりでアイツの言葉をオウムの様に俺たちに向けることを教育だと勘違いしている母親、そんな2人に甘やかされた自尊心と自己肯定感が異常に強くて無駄に才覚溢れる嫌味で生意気な弟。
父は世間的に見れば確かに偉大だった。それなりに大きかった会社の社長なのだから社会的に立場ある人間であるとも言えた。自分は、そんな父の子供に相応しい姿を期待されて子供の頃から過剰と思えるほど厳しく育てられた。
物心ついた頃には既に読み書きの練習をさせられていた。字を読み間違えたら鞭で打たれ、書き順を間違えたら罵倒され、箸の持ち方がおかしければ食事を抜かれ、何か父の気に障れば納屋に閉じ込められた。
叩かれたくなくて、叱られたくなくて、腹が減るのが嫌で、暗くて怖い納屋で過ごすのが怖くて、子供ながらに必死に勉強した。泣きながら死に物狂いで。
そんな努力が報われたかと問われれば否であった。頑張って読み書きを覚えても、礼儀を学んでも、父から飛んで来たのは叱責だった。恥ずかしくない様にしろ、長男のお前は我が家の顔なのだから泥を塗る様な真似はするな。そんな言葉ばかりで家族に褒められたことはない。父からも母からも。
家の外では褒められることは多かった。天才、鬼才、挙句に神童扱いされることすらあった。だが、結局のところ誉められていたのは『柳沢さんの所の長男』としてである。自分のことを褒めてる様に見せかけて彼らが褒めていたのは"親の躾"だったことを俺は知っていた。その躾に応える様に頑張ったのは俺なのに。
どこに行っても自分は『柳沢さんの長男』でしかなく、周りもそう言う風に扱った。子供の輪から孤立していたのも、自分の気質はもちろんだが、誰が言い出した社長の息子に何かしたら酷いことされる〜みたいな噂の影響もゼロではないだろう。
そして当時の俺は子供ながらに周りを見下していた。
受けた教育で無駄に知恵があった故か、馬鹿騒ぎする周りを冷ややかに見て、自分はあんなにガキじゃないと強がり、勉強するフリをしていれば大人も周りのガキも寄ってこない事に気付いてからは1人で本を読む様になっていた。
圭と出会い、話しかけられる様になったのはちょうど頃。
本を読んでいれば誰も寄ってこない事に気付いてからは幼稚園は居心地が良かった。叩かれることも、罵倒されることもない。気が抜けて、楽で居られる時間だった。
そんな時間に割り込んでくる圭は当時の俺にとっては当然異物で、邪魔で鬱陶しかった。
だから、邪険にした。たまに話しかけてくる奴もいたが、特に返事もせず相槌を返していれば大体の奴がもう話しかけてこなくなったので同じことを圭にもしてやった。
だと言うのに、圭は毎日毎日話しかけて来た。
自信なさそうに、おどおどしながら。話題は俺が読んでいる絵本だったり、当時やってたアニメだったり。様々。最初は全て聞き流していたが、毎日となってくると嫌でも耳に入る様になる。それも自分が今読んでる絵本とかの内容だったら尚のこと。
ある日、自分が読んでる本について彼女が話してる時、話してる内容が妙に本の内容と違っていたので思わず口を開いた。
思えば、あれが圭との初めての会話だった。
やっと会話が成立したことが嬉しかったのか、圭は笑った。普段自信なさそうにおどおどしてる癖に、間違っていると訂正された癖に、何故か笑って見せた。
それが不思議だった。俺とて初めから友達を作ろうとしなかったわけじゃない。話しかけられれば答えたし、話しかけようとしたこともあった。でも、話せる話題に差があり過ぎた。
自分は幼稚園の本なら全部読むことが出来たし、簡単な四則計算も出来た。対して周りはひらがなやカタカナを読めれば上等といった所。自分で言うのもなんだが、レベルが違った。
当時、自分が基準だった俺にとって、自分が当たり前に出来ることが出来ない周りのことを理解出来なかったし、周りも自分の基準では何を言ってるのか分かりにくい俺のことを当然のことながら理解なんて出来なかった。
アイツと話しても難しいことばっかりで面白くないし、楽しくないから、新一抜きで遊ぼうぜ〜と言う様になる周り。
自分にできることが出来ない癖に〇〇ごっこと称して騒ぎ、暴れ、はしゃぐ周りのことを見下す様になった俺。
周りの環境と自分の気質の所為で孤立していた俺と話して笑ってくれた同い年の子供は圭が初めてだった。
「あ、そうそう!お医者さんがね、今は安定してるから家に帰るだけじゃなくてちょっとくらいならお出かけしても良いって言ってくれたんだよ?新ちゃんはどっか行きたい所ある?」
「………特には。別にこの辺も遊べる場所が多いわけじゃない。特別何か出来るわけでもなし。お前と一緒ならそれでいい」
「むぅ……。そう言うことなら遠慮なくあっちこっちに引っ張り回しちゃうもんね〜。行きたいところ、沢山あるし!」
「………そうか」
こうして笑う圭はあの頃に比べて性格が随分と強かになった。
あの日から圭の話を聞いては相槌を返し、間違っていたり、ツッコミどころがあると言葉を返す様になり、圭となら会話が成立するようになった。いや、成立すると気がついたと言うべきか。思えばもっと早く気づけたはずなんだが。
当時俺が読んでいた本は、クラスに置いてあった物。しかしまだ読み聞かせなんかはされてない本だった。その内容を知ってると言うことは、圭も字が読めるんじゃないのかと。
聞いてみると、体が動かせない分、本を読む様になったから、読み書きはできるらしかった。
嬉しかったのだろう。自分と話が合う相手がいたことが。
それからは、圭のことを鬱陶しく感じることは無くなった。聞き流していた話も聞くようになり、相槌もはっきりしたものに変え、たまにこっちからも話題を振ることが増えた。
彼女もいつしか自信のなさそうな空気が薄れてゆき、話す時の笑顔が増え、いつの間にかいつも楽しそうに笑う様になった。
今の圭の天真爛漫さが生来の気質で、病弱さ故に弱々しく育ったことでなりを潜めていたのか、俺と話す様になって変わっていった結果なのかは分からない。だが、小学校に上がる頃には俺の日常には圭がいるのが当たり前になっていた。
体調を崩しがちで、学校も同じだけ休んだりもしていたが、病弱さを感じさせない明るさで圭はクラスの人気者だった。
この頃には既に彼女の家族とも付き合いがあった。幼稚園の頃、遊びに来て欲しいとせがまれて初めて行った彼女の家。そこで挨拶したのが初対面だった。
挨拶して、初めての友達だと紹介された時、涙ぐんだのが印象的だったのを今でもよく覚えている。
「そういえば、さっきから出かけるのを決定事項みたいに言ってるが、おじさん達は良いのか?せっかく娘が元気なクリスマスだ。一緒に出かけたいだろうに」
「私の好きにして良いってさ。それに新ちゃんがいるなら安心だって言ってくれたし、問題ナッシング!」
「……なら、俺もこの辺で楽しそうなところを調べてみるよ」
「ほんと!?楽しみにしてるね!」
笑う彼女を見ながら、思い直す。おじさんとおばさんに託された以上、適当に過ごすというのも申し訳ない。気合いの入ったプランでも拵えるとするか。
俺が世間でいう不良にならなかったのは、彼女とその両親の影響が強いだろう。彼らは実の親の様に俺のことを褒めてくれた。俺の境遇を知ってか知らずか、彼女たち乃咲家だけが、俺を『柳沢の長男』ではなく、ただの新一として扱ってくれた。俺の努力を当たり前とはせず、認めてくれた。それが嬉しかった。
「ぁ。ところで、新ちゃんの方の家族はいいの?おじさんたちや、誇太郎くん。また怒られたりしないかな……?私は新ちゃんが居てくれるの凄く嬉しいけど、でも、私のために新ちゃんが嫌な思いするのは嫌だなって………」
「問題ない。この前、お前と決行した作戦が上手くいっているから、世間体を気にするアイツらがこれ以上俺たちのことをとやかく言うことは当分の間はないだろう」
「あ〜。あれね、上手くいったならよかった。新ちゃんには嫌な思いもさせちゃったと思うけど」
「まあ、いい気分はしなかったが、アイツらの手を封じられたと言うだけでお釣りが来る。なにより、周りに応援されるのは気分がいいからな。誇太郎の奴は………まあ、どうでもいい」
「……まあ、いつも新ちゃんのこと馬鹿にしてくるもんね」
俺と家族の仲も相変わらず劣悪だった。
確かに世間的に見れば俺は優秀な跡取り息子なのだろうが、家族の間ではそうじゃない。むしろ、言うことを聞かない跳ね返りとしか思われていないだろう。
現に、俺のことは教育失敗とでもみなしているのだろう。弟の誇太郎は俺の時とは対照的な育て方をされていた。俺にはしなかった癖に、両親はアイツを褒めまくったし、殴りも罵倒もしなかった。俺を反面教師として吹き込み、存分に甘やかした。
結果的に誇太郎は自己肯定感と自尊心の塊の様に育ち、俺を見下しては生意気な口調や態度を取るようになった。
これに対しては大した感情はなかった。好きでもないし、嫌いでもない。かと言って極端に無関心な訳でもない。平たく言えば、同じ親の極端な教育を受けた被害者でしかなかった。ただ、能力的には自分に勝るとも劣らない程度には優秀なので、そんなに甘やかして育てたなら、跳ねっ返りの長男ではなく、コイツに会社継がせればいいじゃんとは思ったが。
「ま、そうだね。もうちょっと周りのことを考えられればいい子だと思うんだけど……。頭も良いし」
「アレには期待するだけ無駄だろう。親の教育が悪すぎる」
「んー……。まあ、確かにね」
「だが、あの後の奴らの顔と言ったら……」
少し前の出来事を思い出して思わず笑う。
圭が計画した、俺の両親に対する反撃。
俺と圭はあの間にか一緒にあるのが当たり前になり、それが互いに好意に変わり、気が付けば友達以上恋人未満の様な関係になっていた。そして、その関係を少し前に終わらせて、晴れて恋人同士になったのだが……。
俺たちの告白は街中で人々の視線を集めた中で行った。それがうちの両親に対する反撃だった。
世間体をやたらと気にする家族には、昔から圭との交友をよく思われていなかった。だから、ことあるごとにまだ付き合っても居ないのに別れろとか、交友を断てとか散々言われた。
それがとにかく不愉快だったが、圭はそんな世間体を気にする俺の両親の気質を逆手にとった。
世間体を気にするのなら、逆に街中で大々的にプロポーズ染みた告白を俺からして、それを圭本人も大袈裟に受けてしまえば、俺と圭の関係は周囲に認知され、逆に過剰な干渉はなくなっていくだろうと彼女は読んだ。
まあ、結果として読みは怖いほど的確に的を射っていたらしく、恋愛ドラマさながらの告白劇を繰り広げた俺たちは街公認のカップルとなり、『柳沢さんの所の長男は、身体の弱い幼馴染を一生守るとプロポーズしたらしい』と噂が流れ始め、昔から俺たちの関係を見守っていた周囲は祝福ムードを出してくれた。
世間に広がった噂、それが事実という確証と無数の証言者、街の人々からの認知。圭は親父を絡め取って見せた。
街の中での俺は自分で言うのもなんだが、有名人だった。柳沢社長の長男というブランドは幼い頃から俺を好奇の視線に晒し続けていたから。そして、そんな俺と特に親しい病弱な少女というキャラ付けで圭もまた同様だった。
そんな俺たちの繰り広げた恋愛劇を周囲が注目しないわけがなく、家族が諸々のことを察知した頃には噂を握り潰すことが不可能なレベルで話が広がり、世間体を気にするアイツらは表面上、覚悟を決めた息子の背中を押すというスタンスを取らざるを得なくなったのだ。プルプルと震えながら。
「いや、本当に痛快だった。くくく……」
「まあ、私としては新ちゃんがそうやって笑ってくれるならなんでも良いんだけどね」
苦笑する圭。もともと天然気味なところがあったり、彼女は明るい性格になりはしたが、時々やたらとドライというか、リアリズムなことを言い出すことがあったり、相手のことを分析して行動を読んで陥れたり出来るほどには頭の回転が速い。
自分の恋人ながら最も敵に回したくないタイプだ。
「そういう笑い顔、もっと色んな人に見せた方がいいと思うんだけどなぁ……。物知りで、話してて面白いのにぶきっちょな所為であんまり友達いないじゃん?」
「そんなことはない。周りと話す共通の話題がないだけだ。やろうと思えば友達くらい作れる……たぶん」
「え〜?じゃ、試しに私のことただのクラスメイトだと思って何か頑張って話してみてよ」
「………圭。今日はいい天気だな」
「天気の話!?しかも雪降ってるけどね」
「雪と言えば知っているか?世界の積雪量の世界記録は日本が持っているんだ。1927年に伊吹山で観測された11.82mが最高記録なんだとか。他にも日本は世界トップレベルの降雪国でもある。ちなみに降雪量は札幌市よりも青森市の方が高くて、この2つの街の降雪量には約3mの差が————」
「わかった、わかったから!普通に『へ〜』ってなる話だったけど、あんまり接点のないクラスメイトにそんな話しても驚かれるだけだと思うよ!?」
ツッコミを入れてくる彼女は元気そうだ。
彼女の元気の具合はぱっと見の様子とツッコミのキレである程度推察できるから分かりやすい。
「とまあ、俺の交友関係は置いておくとして」
「はぁ……。なんというか、新ちゃんが誰かに盗られることがないってことかもだけど、好きな人が周りに見向きもされないのもそれはそれで複雑だよ………」
「別にいいだろう………面倒だし」
「そこ!本音漏れてるからね!?駄目だよ、いつまでも対人関係を面倒くさがってちゃ!」
「……………………………善処する」
「ほんとに大丈夫かな……」
全力で不安そうな顔をする圭。
流石に心外であった。
『……雪、降ってるな』
「だね、ホワイトクリスマスだよ!」
『そうだな。それで、本当に迎えに行かなくていいのか?』
「ふっふっふ、甘いよ新ちゃん、せっかくのデートだよ?『ごめん、待った?』『大丈夫、今来た所だよ』ってのをやろうよ!これぞ古来から伝わる古き良きデートの導入!」
『古き良き、あるいはありふれたとも言う』
「ほら、そんなネガティブしないの!」
『……分かった。そう言うことなら駅前で待ってる』
「うん!あ、でも早く着きすぎるのは禁止ね?」
『分かった分かった。なんかあったら電話してこい』
「りょーかい!」
新ちゃんとの電話を切る。
ここ最近は体調が良い。お医者さんからは長く生きられないと言われてはいるけど、今のところは大丈夫。
倒れたりすることもあるけど、そう言う時の感覚は分かってる。ここ数日はそう言う感覚はないし、そういう日は大体朝から体調が悪いから今日のところは心配はなさそう。
実を言うとあんな会話したけど、新ちゃんと待ち合わせするのは初めてじゃない。むしろなんだかんだで彼を我儘に突き合わせて、デートする時は待ち合わせをしてることの方が多い。
まあ、そう言う時は決まって彼はかなり早めに待ち合わせ場所にスタンバってたりするんだけど……。
「今日くらいは私が先に待ってて驚かせてみようかな」
口に出す。うん、そうしよう。
無理するなとか、あとから怒られそうだけど、厚着して、喫茶店かなんかの中で待ってれば小言は少なく済まそうかな?
「行ってきまーす」
「はい、行ってらっしゃい。新ちゃんによろしくね」
「はーい!」
お母さんの言葉を背中で受けて家を出る。
確かに雪は降ってるけど、積もってはいない。道路の様子も特に凍結してる感じはないし、転ぶ心配はなさそうかな。
そんなことを確認しながら駅前に向かって歩き出す。
ここから駅前まで歩いて5分くらい。ちなみに新ちゃんの家も大体同じくらいの距離。もしかしたら、これが歩いて10分くらいだったら強制的に彼が迎えに来たりしたのかも。
「ちょっと過保護なんだよね〜」
別にそれが嫌なわけじゃない。大切にされていて嬉しくないわけがない。でも、申し訳なく思うことはある。
口下手で、不器用で、基本的に寡黙な彼の優しさは私が一番知ってる。家族や周囲の期待に応えようとして直向きに努力してることだって知ってる。家にいる時はいつも家族に干渉されて好きなことができなくて、学校ではそんな暇もなくて、空いてる時間はいつも私に使ってくれる。
やりたいことだってあるはずなのに、数少ない時間を私に使ってくれるのが嬉しいけど、同時に申し訳なかった。
時々思う。彼は私と一緒にいるのが一番やりたいことだと言うけど、私を抜きにしたら何が一番やりたいんだろう?
もしも、私と出会わなかったら何をしてた人なんだろ?そんなことをついつい1人になると考えてしまう。
彼は頭が良い。時々ズレてると言うか、天然というか、明後日の方を向いてることがあるけど、基本的には私が知る中では一番能力が高い人。成績は常に最高評価で、身体能力も抜群。
きっと、家のことがなかったら、私と会うことがなかったら、自分のなりたいと思ったモノになれるだけのチカラがある人。
時々思う。私は彼を縛ってるんじゃないのかって。
「……ん?おや、そこのあなた」
「………………はぁ…………」
「おや、聞こえてないのかい。そこの銀髪の女の子」
「……え、へ?私!?」
楽しかった雰囲気が少し冷めて、思わずとぼとぼ歩いていると、初老を迎えた頃といった具合の女性が私を見ていた。
気が付けば駅前。その騒がしい人々の喧騒から僅かに距離を取る様にひっそりとビルとビルの間の小さな路地の前にその人はいた。優しそうな雰囲気で私に微笑み、手招きしていた。
ちょっと不審だ。でも、悪意は感じられない。
新ちゃんはお金に困らないと言う意味では恵まれているけど、家族関係は恵まれてるとは言えなかった。彼の家族が向ける彼への悪意の様なモノを昔から見ていた私はほんの少しだけ周りよりそう言うのに敏感だった。
だからかな?一瞬は警戒したけど、悪意も害意もないことは直ぐに分かり、躊躇いながらもその人の所に歩いた。
「ふむ………」
中年の女性は目の前に来た私の目を覗き込む様に合わせて、何かを考える様に腕を組み、少しの沈黙の後、告げた。
「あんた……長くないね」
「えっ…………?」
躊躇いがちに言われた一言に思わず身を固くする。
そんなことを言われたのはお医者さんを除いたらこの人が初めてだった。私の家族や新ちゃんくらいしかそのことは知らない。新ちゃん以外に話したことはない。初対面でこんな風に言い当てられたのは初めてだった。
「どうして分かるんですか……?」
「あたしは少し占いを嗜んでいてねぇ。なんとなくそう言うのが見えちまうのさ。ここで街を行き交う人々を眺めて、色んな運命を辿る人を見て、気になった相手に声を掛けてるのさ」
「そ、そうなんですか?」
「あぁ……。声までは掛けなかったが、ついさっきもかなり拗れた運命をもった人が居たよ」
少しだけ胡散臭い。でも、実際に私のことを言い当てたり、こうやって正面で話しているのに目を逸らさず、真っ直ぐに私の目の奥を覗き込んでくる。目の動き、息遣い、体の揺れ。どれも嘘をついてる人のそれではない。
「折角だ。こうやって声を掛けたのも何かの縁。うちで見ていかないかい?」
「………お金、ありませんよ?」
「別に占い師は本業じゃないさ。趣味の延長みたいなもんだからね。お金は要らないよ。急に呼び止めて、長く生きられないとか失礼なことを言ってしまったお詫びさ」
言ってることは怪しいマルチ商法のセミナー勧誘のそれに近い。でも、少し興味がある。
私は占いに熱心って訳じゃない。雑誌の占いも、テレビの星座占いも、自分にとって都合が良いことが書いてれば信じる程度だ。まあ、一時期バカみたいに新ちゃんとの相性を占まくっていた時期がなかった訳じゃないけど。
「……………じゃあ、お願いして良いですか?」
でも、興味があった。いきなり私のことを当てたこの人には何が見えてるのか。それが見たくなった。
待ち合わせまで1時間はある。少しくらいなら大丈夫でしょ。
頷いた女性は路地の裏に入る。その道の狭さ、暗さは不安だったけど、声を出せば人には聞こえる程度の距離しかない。だから黙って着いて行った。
ちょっと進んで曲がった所に小さなテントがあった。三角屋根の少し天井が高いテント。キャンプとかで使う奴のかなり上等なバージョンというか。路地裏には少し似つかわしくない。
「良いだろう?秘密基地みたいで」
「まあ、そう言われると確かに………」
そう言われるとピンと来る。確かにそれっぽい。
秘密基地か。昔、うちに遊びに来た新ちゃんにせがんで作ってもらったっけ。耐震構造ガッチガチなダンボール製の小屋が出来た時はうちの両親も少し引いてたけど。
「それじゃあ、中にいらっしゃい」
「………お邪魔します」
一言告げて中へ。中は外観以上に広く、簡単なテーブルが一つと椅子が二脚。それっぽく置かれてる水晶玉が印象的だった。
「そこの椅子に座って。さて、何で占おうか……」
「どんなのが出来るんですか?」
「そうだねぇ……。分かりやすい所だとタロットとか」
「あぁ、あのカード引く奴ですね?なんとなく占いってこう、棒みたいなのをじゃらじゃらして『こんなの出ました!』的なのか、水晶玉で『見えます、見えますよ』的なもののイメージがあったので。どんな違いが?」
「まあ、伝えやすさの問題さね。水晶覗き込んで、こんなの見えます〜とか言っても胡散臭いだろう?これだってカッコつけるために置いてるだけだし。その分、タロットは相手にカードを引かせて、そのカードの意味を教えるって手法だから自分も占いに参加している分、説得力があるんだよ」
確かに、目の前で水晶玉覗き込まれるより、そっちの方が興味というか、自分で引いてる分、本当に占われてる感はあるか。
「じゃあ、タロットでお願いできますか?」
「いいよ、何に着いて占う?予め説明しておくと、タロットってのは近い未来を占うのに優れた占いだけど」
「……私の、彼について」
「おや?自分自身じゃなくて良いのかい?まあ、いいか。お試しとして一度やってみる分には。さて、いくよ」
頷くと目にも止まらない速さで、それでいて丁寧にカードがシャッフルされていく。少し経ったあと、カードの山を3つに分割して、好きな順番で重ね直して。自分の占いたいことを思い描きながらね。と指示が来たので従う。
「はい、これで準備は完了。さ、カードを一枚引いてみな。深く考えることなく、直感に従って」
「………じゃあ、これで」
言われた通りにカードを引く。占い師はそれを捲ると、彼女は口元をニヤリと歪め、大袈裟に言った。
「運命の輪の正位置。何かいい事あるよ。これは望んでいたチャンスが訪れたり、当人にとって嬉しい話が舞い込んできたりするのを暗示しているカードだ」
「……そうですか、よかった」
所詮は占い。確証のない戯言というか、それっぽいことを言って自分に当てはまるだけのバーナム効果だ。
けれど、さっきまで何気なく考えていたことをこうして否定されると安心する。なんとなく救われた気がする。彼は今後、何かのチャンスを得る。それがどんなことなのか分からないけど、新ちゃんにとって嬉しいことなら、私も嬉しい。
「他にも知りたいことはあるかい?」
「うーん……。確かに気になることはあるけど、どれも漠然とし過ぎていて、言葉にするのが難しいです」
「なら、こうしよう。アンタの周りに関することを見て見る。色々と口に出していくから、気にものがあったら言っておくれ」
「おー……。確かにそれなら直感的に選べるかも」
「良いみたいだね?なら始めようか……」
そう言ってさっき自分で飾りだと言った水晶を覗き込む。
ちょっと面食らったが、私もだいぶ単純らしい。タロットをやる前にこれを見たらちょっと気が引けただろうけど、自分の欲しかった言葉が貰えて気を許したのか、別に悪い気はしなかった。
「進学、出会い、卒業、絶縁、結婚、進学、手術、出産……」
「しゅ、出産!?」
「おや、そこが気になるかい?」
「いや、絶縁とか、結婚とか、手術とか色々気になるけど!え、えっ!?出産!?私が!?」
思いっきり予想外な単語が出て驚いた。
ほんと、気になることはたくさんある。進学と出会はまだ良い。高校に入って友達ができると想像できる。でも、卒業して、その後の絶縁ってなに!?いや、そもそも絶縁の後の結婚って!?しかも進学前!?高校卒業して大学進学までに結婚するってこと!??しかも出産って………。
だめ。頭が一瞬でフリーズした。
「まあ、順を追って話そうか。アンタが気になってるのは卒業した後からだろうから、まずは絶縁から話そう。えっと、アンタ、かなり長い付き合いの彼氏がいるね?」
「は、はいっ」
「その子、家族と良い関係じゃないだろ?」
「…………はい」
すごい、あってる。えっ、これもバーナム効果?
「自分の家族と絶縁するみたい。色々と溜め込んでる部分があるんだろうけど、1番の理由はアンタと一緒になる為ね」
「………」
彼が自分の家を棄てる。それは、想定していた未来だ。
でも、その動機の一つに自分がいる。それが嬉しい様で、少しだけ悲しい。確かに柳沢の人たちはあんまり好きじゃない。でも、それでも新ちゃんにとっては家族であることに変わりなくて。彼が彼らを棄てるのがやっぱり悲しいかな。
「まあ、でも気にすることはない。その子はそれで吹っ切れる。ようやくしがらみから解放されて自由になれたんだ」
「……そうなんですね」
「あぁ。そんで吹っ切れた勢いで突っ走るみたいね。んじゃあ、お待ちかねの結婚について話そうか」
「ご、ごくり………」
一旦頭を切り替えて話に耳を再度傾ける。
「結論から言うと、実家に絶縁状を叩き付けたその脚でアンタと一緒になるみたい。事実婚って奴かね」
「おぉ……。新ちゃんってば大胆……!」
「ふふふ、果たして大胆なのは彼氏なのか、アンタなのか……。どっちなのかねぇ」
「えっ!?それどう言う意味ですか!?」
「それは内緒。実際にその時が来たら分かるさ。あくまで占いだからねぇ。実際にどうなるかは今後のアンタ次第だ」
「うぅ……」
聞きたい。めちゃくちゃ聞きたい。どんな風に結婚するんだろう?私がプロポーズされるのか、それとも我慢できなくなった私があれこれしちゃった結果、責任取ることになるとか……!?
「さてと次は進学と手術だけど」
「そこは別にあまり気にならないかも……」
大学については今のところはあんまり考えてない。でも、進学したってことは何かやりたいことが出来たってことだろう。手術に関しては……うん、一番容易に想像できる。
「………なら、出産のことについてかね」
「そう、それですよ!出産ってなに!?」
そう、そこである。一番気になるところ。
そりゃあ好きな人が居て、付き合ってて、このままいけば結婚できるかもしれなくて。そうなればスることシて、子供ができるって言うのは自然な流れだと思う。でも、それでも一番想像できないのがそれでもある。
「まあ、読んで字の如くだよね。彼氏くんとやることやって、出来ちゃったと」
「説明が一番雑!?」
「そらそうよ。何が悲しくて歳下のバカップルのイチャイチャを占ってまで実況しなきゃいけないのか」
「えぇ………」
言い分が酷い。気持ちが分からないではないけど、やっぱり気になるものは気になるので………。
「じゃ、じゃあ、私たち家族は上手く付き合ってるの?」
気になって問い掛ける。なんとなく、自分の子供というのが想像できなくて、なんとなく、新ちゃんがどんなお父さんしてるのか気になって、深く考えることなく聞いてしまった。
「…………………」
そう、聞いたのではなく、聞いてしまったのだ。
私の何気ない問いかけに対する返答はない。まるで言葉を選ぶ様に、予想してなかった方向から殴られたみたいに、占い師は目を見開いて、何かを言うべく口を開こうとして、閉口する。
その態度で分かってしまった。
「………そっか、私はそこに居ないんだね」
「………………そうね」
私の言葉に彼女は神妙に頷いた。
たぶん、長く生きられないと言われ続けた私だから気付けたし、受け入れられた。ついさっき、この人も言っていた。長くはないと。そりゃあこんな顔にもなるか。すごく申し訳なさそうな顔。自分の発言に後悔している様な表情。
「迂闊だったね。嫌な想いをさせてしまった。ごめんよ」
「気にしないでください。むしろ、断片的にでも、未来を想像できて良かったです。少なくとも、私は好きな人と結婚して、子供も作れるんでしょう?それに大学にまで進学出来るくらいには生きられるかもしれないのが分かったから」
そう、それだけでもありがたい。
私がいつか居なくなっても新ちゃんは独りじゃない。
そんな未来を垣間見れただけで嬉しいのだ。
「さっきのタロットの占いで彼や私の子供の未来って占えたりできますか?」
「できなくはないけど、タロットはちょっと先の未来を占う分には手にしてるけど、かなり先のことを見るのには向いてないよ?とても曖昧なことしか言えなくなる」
「構いません。やってくれませんか?」
「…………分かったよ、やってみよう。何を占う?」
「……新ちゃんと子供の関係、子供がどんな環境にいるのか、その子の将来に希望があるのか、占ってください」
占い師は頷いて、さっきと同じ様にカードを準備する。
促されて、直感的に選ぶ。占い師がまくったカードに描かれていたのは、馬に乗った骸骨の騎士。
「……死神のカード」
「意味は………?」
「解釈によって分かれる。でも、あまり良い意味はないね。どれ……」
カードから水晶に視線を移して顔を顰める。
「うーん。すれ違ってるのかね?あなたの彼、良い家族関係ではないって言ってたでしょ?加えて……この未来に貴女の姿はない。自分なりに息子のために動こうとして、それが裏目に出てる」
「…………それでも、彼は子供を思ってるんだよね?」
「それは間違いないよ。完全な空回りだね。親子そろって不器用みたいだよ。お父さんほど口下手ではないんだろうけど、お子さん、性格的にはお父さんに似たんだろうね」
「……あ〜、確かにそれはすれ違いそう」
新ちゃんが2人。口下手で、こっちから話題を振らないと会話に発展しないし、困ったら天気の話する人だよ?それが2人とか、絶対に会話にならない。きっかけがあれば普通に話せるだろうけど、そんな空気になるまで絶対に気まずい雰囲気になる。
「じゃ、次行こうか。子供の環境について」
カードを戻して、同じ動作をする。
言われた通りにまたカードを引いた。
「……また死神」
「それも逆位置だ。死神に好かれてるね、お子さん」
「……………どんな未来が?」
「………そうだね。周りとの関係が上手くいかないみたいだ。こっちもすれ違ってるね。自分と周りの考えの違いに悩んでる。具体的な悩みは分からないけど」
「……たぶん、彼と同じことに悩むのかな。もしも性格が似てるなら、そう言うこともあるかもしれない」
ここまでの占いはボロボロだ。
きっとこの人は詐欺師でもペテン師でもない。しっかりと私の周りのことを占ってくれてる。
だからこそ、今度は不安になる。
「……なにか、覆す方法はないんですか?」
「さてね……。いまのままでは何とも言えない。それを決めるのは、最後の子供の将来についてを占ってからでも遅くないんじゃないかい?」
「………分かりました」
その言葉に頷いて、また繰り返す。
ただ、今度は半ば祈る様にカードを引いた。目を瞑り、カードがある方に手を伸ばし、触れたものをゆっくりと引いた。
「………捲るよ」
その声と同時に目を開ける。
彼女がめくったカードに描かれていたのは、死神だった。
3枚目の死神。違っていたのは向きだけだ。絵柄とDeathという文字が逆さになっている程度の違いしかない。
「……どうやら、対策は必要なさそうだね」
「え?」
「見てみなさい、カードがさっきのとは逆向きだろう?」
確かにカードは逆向きだ。でも、それに何の意味がある?
「タロットにはカードそれぞれに意味があって、解釈がある。その意味も解釈も大体は似た様なものだ。でもね、意味が文字通り180度変わることがあるのさ」
「180度……?」
言われてもう一度カードを見る。
そこには確かにさっきとは180度違う向きの死神が居た。
「これを正位置と逆位置と言うんだけどね。これは正位置が良い意味なら逆位置は悪い意味、そして悪い意味が正位置なら、逆位置は良い意味を持つ」
「……つまり?」
「アンタの子供の将来は明るいよ」
「よ、良かった……」
というか、中学生なのになんで将来の子供の未来なんて心配してるんだろうね、私は。せめてあと5年後に考えても遅くはないだろうに。なんか、自分にびっくり。
「確かに死神の正位置が2枚出たのは事実だし、前途多難なのは間違いないかもしれない。けど、それは希望がある未来を掴むための試練だった……そう考えるのも良いんじゃないかい?」
彼女がそんなことを言う。
「……でも、せっかくならずっと幸せであって欲しい」
「それは正しい願いだろうけどね。でも、この苦労があったから、良い未来がある。苦労したから、選べる選択肢が多くて、より遠い未来を見通せる。逆に言えば、何か欠けるだけでもこの未来に到達しないかもしれないんだよ?」
「……それは………」
言いたいことは何となく分かる。
「ま、あくまで占いは占いさね。確定された未来ではないし、これに関しては精度も保障できないからね。嫌な所からは一旦目を背けて、未来は明るいかも!って信じるのが良いさ」
「それも……そうですね
頷いた。もともと、そう言う風に考えてたじゃないか。占いは自分に都合のいい所だけ信じればいい。
まあ、不安なのは確かだけどね。
「…………このカード。良かったら持って行きな」
「いいんですか……?」
「まあ、何かの縁さ。験担ぎとも言うね」
「え、えぇ……?」
差し出された死神のカードに困惑。
「ま、なんか不安なことがあればそのカードを逆さにして、希望はあるかもしれないってことを思い出しな」
「ぁ………」
何となく、この人の言いたいことがわかった。
この人は、私が居なくなった後も、希望はあるんだと伝えようとしてくれていたのかもしれない。
「………ありがとうございました」
「気にしなくていいさ。精々長生きしな、さっきはあぁ言ったけど、長生きするにこしたことはないからね。アンタ自身の為にも、いずれ生まれる子供の為にも」
「……はい、頑張ります!」
気がつけば、時間が迫っていた。
さっき通った道を逆走して、駅前に出る。占い師の人は私を見送りに来てくれた。何となく、地面がさっきより白んでる。
白んだ道の先、彼がいた。
空を見上げて、背伸びしたブラックの缶コーヒーを片手に遠くを見つめていた。しかし、私が視線を向けていると、不意に顔を落とし、顔がこっちを向いた。
ゆっくりと立ち上がって、歩いてくる。
「おや、あの子が彼氏かい?」
「そうです。貴女にはどう見えますか?」
「……実直だね。と言うか、あの子だよ。さっき、拗れた運命の子を見たって言ったろ?それが彼さ」
「………えぇぇ……」
「ま、でも、悪いだけじゃないさ。彼は間違いなくアンタを大事にしてくれるよ。絶対にね。もしかすると拗れてるのはアンタとあの子の子供の方なのかもねぇ………」
「私たちの子供どんな運命してるの!?」
思わずツッコミを入れる。
良い未来しか信じないのは決めたけど、でも、やっぱり不安なものは不安だった。
「それじゃあ、ありがとうございました」
「うん、それじゃあね」
頭を下げて、彼の方に駆け寄る。
『危ないから走るなよ』と静止の声がする。過保護ではあるけど、やっぱりこっちの方が彼らしい。
もしかすると、この過保護な性格が子供にも向けられた結果、色々とすれ違いが起きるんじゃないのかな?
そんなことを思いながら、彼の腕に飛び付く。
——アンタ自身の為にも、いずれ生まれる子供の為にも。
なんとなく、察してしまった。
私は、子供と過ごせないんだね。
「悪いな、少し遅くなった」
「そんなことないよ?むしろ待たせてごめん。占いやって貰ってたらこんな時間になってたよ」
「……占い?珍しいな、いつもなら所詮はバーナム効果とか考えてそうなのに」
「さっすが新ちゃん!私のこと分かってる〜!」
圭と合流して街中を歩く。大体の人にはニヤニヤとした視線を向けられるが、もう気にしない。諦めた。
「………ねぇ、新ちゃん」
「ん?」
「将来の夢ってある?」
「……………………いや」
彼女の質問。少し考えて、はぐらかす。
将来の夢ならある。そんなもの、彼女が短命だと知った瞬間から決めていた。彼女を治すこと、長生きさせること。
けど、それを話すにはまだ早い。今の俺には知識がない。実力もない。実績もない。今の俺がそんなことを言っても、説得力がない。きっと、素直に答えれば彼女は喜んでくれるだろう。
でも、喜ばせるだけなら誰にでも出来る。そんなことに意味はない。彼女を治す。元気に長生きさせる。それは自分にしか出来ないんだと、言い切れる日が来たら、その時に語ろう。
口にするのは、実行する時だけでいい。
コーヒーに口をつけながら質問を返す。
「そう言うお前は?」
「うーん……。お母さん?」
「ぶふっっっ………!?」
「わっ!?新ちゃん大丈夫!!?」
コーヒーを思わず吹き出した。
予想斜め上の答えに動揺する。
「……お、おまっ、こんな所でなにを!?」
「え〜?言うて人生の三分の二は一緒に生きてるんだよ?そろそろ恋人らしいことしてもいいんじゃないかなーって」
「ステップアップしすぎだろ……!そう言うのはもっと手順を踏んでから……!」
「へっへっへ、良いではないか、良いではないか〜!」
腕を絡めた所からくすぐってくる。
勘弁してくれ、触れ合うのはいいが、周囲の目が痛い。いや、生暖かいのだが、さっきの圭の発言を聞いてた者の好奇の視線が凄まじく鋭い……!
横の方からヒソヒソと『相変わらず男女仲逆転してるわね』と話す主婦の皆さん。こっちを見るな、見せもんじゃないんだぞ……!
「そう言うことしてるとプレゼント渡さないぞ」
「はい、すみません!いい子にするのでプレゼント下さい!」
脅してみると、ビシッ!と90度の最敬礼をした圭。本当に相変わらず騒がしい動きだし、周りからの視線も最早避けられない。まあ、有名税というか、惚れた弱みか。
諦めてため息を吐きながら、コートの大きめのポケットに突っ込んでいたプレゼントを取り出す。
「ほら」
渡す。我ながら、ぶっきらぼうこの上ない。もっと言いたいことがあった筈なのに、気が付けばいつものテンションで渡していた。
「わぁ〜!開けていい!?」
「………」
視線が痛い。
「……………好きにしてくれ」
諦めて頷くと、子供っぽい言動とは裏腹に包装を几帳面に開けて、畳んで、ポケットにしまうと、圭はそれを広げた。
「マフラー?」
「…………去年のやつ、だいぶほつれてただろ。それに昔から使ってるやつだったからか少し短かった」
いつもの待ち合わせよりも少し遅くなった理由はこれを買いに行っていたからだ。もっと前から準備しておくつもりだったが、出来るだけ良いものを買いたくてバイトしてるうちに遅くなってしまった。
「わぁ〜っ!?あれ!?長すぎない!?」
圭の声が驚愕に変わる。
言いながら広げるマフラーは確かに長い。彼女が両手で広げても、それでもまぁ余裕があった。
「…………………………………け、計画通り」
「どんな計画!?確かにある意味でサプライズだけど!?」
騒がしく笑う圭。驚きながら、嬉しそうに、おかしそうに笑う圭。早速自分の首に巻いたが、やっぱり長さが余る。
「………あっ、はっはーん」
そこで圭がにちゃぁ〜と笑う。
「そっか、これを計算してたんだね?新ちゃんってばあざといことするじゃん。もー、可愛い所あるじゃんね!」
そんなことを言いながら、俺の正面に立った圭が背伸びしながらだいぶ余っているマフラーの端を俺の首にも巻き付ける。
「まあ、私もやってみたかったんだけどね。カップルでマフラー巻くやつ!最近の恋ドラで見たんだけど夢だったんだ〜」
むふー!と満足そうに笑う圭。
しかし、突っ込みたい。
「それって普通、マフラーを巻いたカップルが横に並んで歩くってシチュだよな?」
「そうだね?」
同意する彼女。しかし、同意するなら、今一度、俺たちの状況を見て欲しい。俺たちは今、マフラーを巻いてるが、横に並んではいない。縦に並んでマフラーを巻いている。
「なぜ、俺たちは直列で巻いてるんだろうか?」
そう、横並びを並列繋ぎというなら、これは直列繋ぎというべきだろう。
「えへへ。愛の直列繋ぎって事だよね。まあ、そもそも男女の身体の構造上、直列繋ぎしか出来ないよね、よく考えると。あ、その分、電池も早く減っちゃうけど、私って長く生きられないらしいし、上手い例えだね。でも、寿命が削れるくらい愛し合えたらいいなぁ〜」
「ぐふっ………」
「吐血した!?新ちゃん!?」
やばい、なんか、泣きそう。
色んな意味で泣きそうだ。
コイツのこういうとこ、本当にタチが悪い。天然とリアリズムと天真爛漫が本当にダメな方向に融合してる。足して割らずにぶちまけて、掃除をせずに悪臭するまで放置したかのような悪性があると思う。
「もう、新ちゃんは大げさだなぁ」
笑う圭。いつもの笑顔のように見える、どこか切なそうな笑み。悲観してる癖に、絶望はしてない。希望を見てるくせに、夢は見てない。そんな、いつもとは違う雰囲気が彼女に見える。
多分、今の発言的に、自分の寿命について思うところがあったのだろう。それだけは見ていてわかった。
「あ、そうだった。帰りはうちに寄ろうよ!私からのプレゼントは手作りのケーキと手袋だよ!」
「………そうか。楽しみだ」
頷きながら、歩く。マフラーの直列繋ぎを続けたままで。
「あーあ、今年ももう終わりだよ。早いよね」
「……あぁ」
「お正月はどうする?私は初詣行って、くじ引きたいな」
「確か、前回は末々吉だったか?」
「そうなの!末吉はともかく末々ってなに!?」
ぎゃーぎゃー騒ぐ圭の声に頷く。
歩きながら、直列繋ぎしてることだし、俺の大きめのコートで二人羽織でもする?とか言った彼女に押し負けて、マフラー直列繋ぎ+二人羽織というとんでもファッションで街を歩くことになった。
前を歩く彼女の近い後ろ姿を見ながら、もう一度、密かに誓う。いつか必ず、彼女を治してみせると。
「…………」
もう、20年以上前になるのか。
あの日、彼女が占い師から貰ったという死神のカードを机に戻す。私たちの子供の未来は明るいらしいよ?と笑った彼女。
飾った遺影に語りかける。
「あと5年であの子も大人だ。早いもんだな」
写真立ての中で笑う彼女は何も答えない。
でも、彼女の言った通り、未来は明るいのかもしれない。
年明け、君の誕生日であり、あの子の誕生日でもある日に全ての運命が決まる。だと言うのに、そんな風に思えた。
窓の外、君譲りの銀髪を揺らしながら、マフラーを直列に繋いだ息子とその彼女の姿を見てもう一度笑った。