暗殺教室 不良児は認められたい   作:ZWAARD

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加えてたくさんの高評価、感想ありがとうございます!

今回も投下します。最後までお付き合いください……!


81話 病院の時間 2時間目

 

 入院。それを経験する理由は様々だ。だが、大きな括りで言えば、皆、体調を整える為の行為だと言える。

 体調を崩した、怪我をした、一応の検査とか。理由は人によって違うと言っても過言ではないだろう。

 

 さて、そんな入院による生活だが、人によっては入院前の生活と一変することがある。過酷な環境で働き詰めだった者は半ば強制的な休息を強いられ、普段とは違う穏やかで緩やかな生活へと変わる。運動や労働を制限されるのだから当然だ。

 

 だが、急激に生活が変わったことに馴染める者はそう多くはない。常に多忙な者が急に休みを与えられた時、なにをしたら良いのか分からなくなるのと同じ様に。ここにいる俺、乃咲圭一もまた、変わった生活に馴染めずにいた。

 

「うへぇ〜……。暇だよ………。律ぅ〜」

 

『あ……。乃咲さんがまた溶けた……』

 

 律の呆れた様な声が聞こえてくるが、許して欲しい。本当に暇で溶ける以外にやることがないのだ。

 転院して迎えた初日。勉強道具の類は一切の持ち込みを医師や父さん、殺せんせーに禁じられた。

 ならばゲームや漫画で時間を潰すと言うのも考えたが、今は休日なので別に良いけど、平日、学校で勉強やら暗殺やらに精を出してるみんなに申し訳ないので止めておいた。

 

 やっていることと言えば専らテレビとのお喋りか、俺のスマホに住み着いている律に絡んでみるとかそんなことばかり。

 せめて散歩くらいは許して貰いたいが、これも禁止されてる。トイレとか売店くらいまでしか行けないのだ。

 

 あぁ、暇すぎて身体の液状化が始まってしまった。

 

 俺はこのままシーツとマットの染みとなり、頑固な汚れとして浄化されて昇天し、以後、この部屋に勝手に浮かび上がる人型のシミとして色んな奴を恐怖のどん底に叩き落とすのだ。

 

「……………あ〜。律〜、見て見て〜、あの雲ぉ」

 

『………どれです?』

 

「あの辺のなんかええ感じの雲」

 

『どれのことだかさっぱりですが、何かに似てるんですか?』

 

「いや、別に」

 

『………………………はぁ』

 

 律に完璧なため息を吐かれた。

 だって仕方ないじゃん。律にダル絡みするくらいしかやることないんだもの。俺のスマホに無許可で住み着いているのだから、家賃代として俺の相手くらいしてくれても良いじゃないか。

 

 なんとなくスマホの残り容量みたら現在使ってるメモリの大半が正体不明のソフト。んで、その正体を暴いたと思ったらまさかのモバイル律だったと言うオチ。

 スマホの電源落としても、律が俺に話しかけようと思えば勝手にスマホが起動する始末。友達にこんな事を言いたかないが、ある種のコンピューターウィルスである。

 

『……あ、乃咲さん。烏間先生からお電話です』

 

「んへ?了解、繋いで」

 

 ぐだっとしてると、思いもよらない相手から連絡が来た。

 あ、いや、俺も暗殺に復帰する可能性があると理事長から正式な通知でもあったのだろう。それで改めて俺に暗殺への復帰の意思があるかどうかの確認を〜とか、そんな用件だと思う。

 

『もしもし、乃咲くんか?烏間だ』

 

「おはようございます、烏間先生。その節は先生方にも大変ご迷惑をお掛けしました。電話越しでの謝罪となってしまいますが、申し訳ございませんでした」

 

『気にすることはない。キミの過労は俺にも責任がある。キミたちの暗殺や訓練の監督者として至らない点が多かったと反省している。こちらこそ申し訳なかった。日々の訓練や勉強、オーバーワークだと気付ける場面はあったと言うのに』

 

「いいえ。烏間先生に謝罪されては自分の立つ瀬がありません。烏間先生の訓練はきっと俺に期待する所があったからこそのものだと思ってます。俺はそれに答えたかっただけです。あとは勝手に背負って勝手にぶっ倒れただけのこと。今後ともご指導ご鞭撻をよろしくお願いします」

 

『分かった。こちらこそよろしく頼む。ちょうどその"今後"について話をしたいと思っていた。今日は時間空いてるだろうか?電話越しでする話じゃない。向かい合って話したいのだが』

 

「俺としては構いませんけど……。大丈夫ですか?新幹線で約2時間はかかりますよ?」

 

『問題ない。ちょうど目の前に………見舞いに行きたくてそわそわしているタコがいる。頼るのは癪だが、目的は一緒だ』

 

 電話の向こうから"ほら!烏間先生、早く行きましょうよ!"と殺せんせーの声が聞こえて来る。

 恐らくはE組の校舎で事務整理でもしながら電話しているのだろう。俺的に、烏間先生の方が倒れないかってのが心配だ。

 

「分かりました。お待ちしてます」

 

 烏間先生からの返事を待ってから電話を切る。

 なんと言うか、烏間先生の方が俺なんかよりもよっぽど化け物染みてると思う。国から殺し屋の現場監督と手引き、ターゲットの監視、俺たちの育成を任され、普久間島の時の様に俺たちに危険が迫れば対処までしてくれる。

 

 そんな日々の激務に加えて、ゾウを昏倒させる毒をくらい、ものの30分余りで回復させ、ほぼ丸一日休むことなく殺せんせー暗殺の為のドーム建造の現場指揮をした上で、暗殺肝試しというトンチキイベントに付き合ってくれた。

 

 あと10年やそこらであんな風になれるとは思えないな。

 

『乃咲さんって烏間先生にはやたらと丁寧ですよね』

 

「尊敬する人を雑に扱えるわけないだろ」

 

 まあ、内心で散々化け物扱いしてるが。

 

『殺せんせーやビッチ先生との違いはなんです?』

 

「殺せんせーのことは教師として尊敬してる。俺たちの為にアレコレ尽くしてくれるし、一人一人を見ようとしてくれてるのは分かる。ビッチ先生は努力する姿勢を尊敬してる。苦手なことから逃げずに克服する姿はかっこいいと思う」

 

『ではなぜ、お2人には少し雑というか、砕けてらっしゃるんです?時々、敬語が外れていたり、大変冷たい視線を送っていることがある様に思うのですが』

 

「ん、それはすっごいシンプルな理由」

 

『それは?』

 

「………日頃の言動が残念すぎる」

 

『………あ〜』

 

 納得してしまったのか、律は追求を止めた。

 

⬛︎

 

⬜︎

 

⬛︎

 

「乃咲くん、顔色はだいぶ良くなりましたねぇ」

 

「そうだな。生徒たちから様子は聞いていたが、安心した」

 

「ふ〜ん。私としてはちょっとしおらしくしてる乃咲も見て見たかったけど……。まあ、元気そうならそれで良いわ」

 

 殺せんせーと烏間先生が訪ねてきたのはそれから十数分後の事だった。意外なことにビッチ先生まで居た。

 東京からここに十数分と言うことは、確実に殺せんせーが2人を運んで来たのだろうが、殺せんせーに背負われてる烏間先生とビッチ先生という絵面はなんと言うか面白い。実際に見て見たかったと思う自分がいる。

 

「先生方にもご迷惑をお掛けしました」

 

「先生は気にしていません。これも私の目指す教師としての役割です。少しづつ大人になってください」

 

「俺からはさっき話した通りだ。今後ともよろしく頼む」

 

「ま、どんなに不仲でも親がいるって言うのは良いことよ。別れる日は必ず来るわ。それは突然来るかもしれない。精々悩みなさい。そしていることが当たり前の今を大事になさい」

 

「……はい」

 

 ビッチ先生は時々、人生の分厚さを感じさせることを言う。俺たちと生きてる年数は5年しか変わらないと言うのに、その人生は俺たちの何倍も濃い。こんな時に彼女の口から出る言葉は本当にいろんな意味で重い。

 

 きっと聞き流して良い言葉ではない。だから、しっかりと胸に刻む。先達の言葉を忘れない様に。

 

「それでは私は一旦ここで失礼します。倉橋さんや磯貝くんを筆頭にお見舞いに来たがっている子たちを運ぶ約束をしていますので。あぁ、それと乃咲くん。これをどうぞ。私や烏間先生、イリーナ先生が選びました」

 

 そんな言葉と共に渡される箱の入った袋。正面には有名なスイーツ店のロゴが刻まれていた。

 

「ありがとうございます」

 

 殺せんせーは頷き、そのまま病室を出た。

 

 それから少しして、空高く昇る一際強い風が吹いた。

 なんと言うか、見舞いに来てくれるのも嬉しいんだが、あの人、よくあれで周りに気付かれないよな。

 ちょいちょい国家機密であることを忘れてそうな部分があるから、そのうち誰かにバレそうで怖い部分だ。

 

「さて、ターゲットはいなくなった。まあ、今回は居ても構わなかったが。改めて確認させて欲しい」

 

「はい」

 

「キミはE組に戻るか、戻らないかを選ぶ選択肢を与えられたと聞いた。今後どうする、E組に……暗殺に戻る気はあるか?」

 

「A組かE組かに関しては悩んでますが、烏間先生が許してくれるなら、暗殺自体には戻りたいと思ってます」

 

「………含みのある言い方ね」

 

「はい。実を言うと殺せんせーを殺すのに必要なこととか、自分にやれそうなこととか色々考えたんです。その途中で新手の暗殺手法……というのは大袈裟ですけど、方法を見つけたんです」

 

「………聞かせてくれ」

 

「E組の外に協力者を持つのはどうでしょうか?」

 

「それは俺のような工作員をという意味か、それともここのイリーナや修学旅行の時のレッドアイの様な暗殺者を?」

 

「その2つです」

 

「無理よ。アンタだって知らないわけじゃないでしょ?私以外にも腕利の暗殺者は何人もこの街に入ってる。でもその悉くがアイツに察知されて暗殺の舞台にすら上がらせて貰えない。工作員ならまだしも、暗殺協力者なんてやりたくても出来ないわよ」

 

「えぇ。普通は無理でしょう。でも、もともとこの街に住んでいて、暗殺だとか国家機密だとかのある程度の事情も知っていて、基礎訓練も受けたことがあり、殺せんせーのいる場所にいても不自然じゃない奴ならどうでしょうか」

 

「……つまり、アンタのことね」

 

「そう言うことです。俺たちがE組の山の外で暗殺を仕掛けたのは、修学旅行とこの前の旅行だけ。それ以外では国家機密ということもあり、街中での暗殺なんかは控えてました。つまり、今の殺せんせーにとって俺たちからの暗殺を警戒するべきなのはE組の敷地内だけであって、それ以外では特に警戒する必要がない状態です。そこを突けば想定外の奇襲ができる」

 

「なるほど……。確かに悪くない提案ではある。E組から抜けた状態を維持することで暗殺から離れたスタンスを取り、奇襲を仕掛ける。それは悪くない。奴が常にガチガチに警戒する様になるリスクはあるが、精神的な攻撃という点でも機能するだろう。だがそれは少々………」

 

 烏間先生が珍しく言い淀む。

 そんな彼の心情を察している様にビッチ先生が特に言葉を選ぶことなくまっすぐな感想を言い放った。

 

「もったいないわね。それ」

 

「もったいない……?」

 

「えぇ。アンタ、自分の強み分かってる?悔しいけど、総合的に見た時、あの教室の中に限定すれば、暗殺の可能性が一番高いのはアンタよ。訓練とはいえ、この堅物に何度もナイフをヒットさせる近接戦闘能力。千葉と速水の良いところを合わせ持った射撃能力。作戦の立案と指揮も出来る頭脳。それらを鑑みればアンタを裏方に回すのはもったいないわね」

 

「あぁ。これは俺も同意見だ。無論、キミならそう言う役割もこなせるだろう。だが、俺としてもキミの能力は暗殺の現場で活かしたいと思う。外部協力者と言うのも決して悪くはないのだが」

 

「できる、できないで言えば間違いなくできるでしょうけど、アンタの1番の強みは発揮出来ないわね。あの狭いフィールドで他の子達に指示を出しながら自分が切り込むってのが一番能力を活かせると思うわよ」

 

 2人からの反応は悪くはなかった。でも、先生方の意見で一致しているのは、俺を裏方に回すのはもったいないという点。

 そこに関しては納得できるし、俺自身がそう思わなかった訳ではない。俺にはゾーンという切り札がある。代償を度外視して頑張れば弾丸以上の速さで動ける。なら、そのスピードを活かしてゴリゴリの近接戦を仕掛ける方が俺は活躍できる。

 

 ……確かに、そう考えると俺がA組に残って協力者をするより、暗殺者に戻るほうが戦力的には大きいか。

 考えれば分かることだったが、そこに意識を向けられなかったあたり、俺の中にA組への未練があるのかもしれない。

 

「プロとして言わせて貰うけど、外部協力者も確かに悪くはない。考え方によっては奇襲だけじゃなく、E組の外という新しいロケーションでの暗殺を可能にできる可能性もあるわ。でも、アンタじゃ"まだ"役者不足よ。前に言ったわよね?技術と人脈があるのがプロだって。乃咲にはE組内での人脈はあっても、E組の外や校外に出たらそんなもの無いに等しい。人脈だけは直ぐに作れるものではないしね。それにそんなことに注力するなら普通に暗殺に回った方が可能性あるわよ」

 

 ビッチ先生のプロとしての意見は芯を食ってた。

 彼女の言う通りだと思う。確かに奇襲は魅力的なのだろうが、下手に奇襲を仕掛けるよりも俺は正面から言った方が可能性あるだろうし、ロケーションの確保という意味でも返す言葉もない。

 

 そうだ。俺はE組を出たら、側から見るとただの中学生にしか見えないだろう。確かに暗殺できるロケーションを作れるだけの人脈なんて持ってない。もしも本当に暗殺のことを考えるなら、大人しくE組に戻るべきだろう。

 

「……だが、どうであれ、選ぶのはキミだ。外部協力者という案自体は認め、報告して見よう。もしも今後、今回のキミや竹林くんの様にE組を離脱する者が出たとき、それを盾に記憶の操作という処置を見送ることができるかもしれない」

 

「あら、随分と優しいのね。カラスマ?」

 

「もともと普通の中学生だった彼らにこちらから無理を言って頼んでいることだ。抜けるから記憶を消す……というのは誠実さに欠ける。何より、倫理的に間違っていると俺は思う」

 

「……甘いわね」

 

「この数ヶ月で奴と関わって成長した者は多い。記憶を弄ると言うのはそこに至るまでの努力や苦悩、成長した喜びを取り上げるのに等しい。人間に……まして子供にしていいことではない」

 

「…………そうね。確かにムカつくガキ共だけどそこは同意。国の人間としては間違っているかもしれないけど、大人としては正解なんじゃない?知らないけど」

 

「ビッチ先生も関西人みたいなノリ使うんスね」

 

「私の中の立派な大人って像が正解とも限らないからね。自信の持てないことを断言はしないわ」

 

「その気持ちはわかりますがね」

 

 何はともあれ、やっぱり俺がどうしたいのか。それが一番重要だよな。烏間先生やビッチ先生からの評価は嬉しかった。 

 その評価に応えたいと言う気持ちは勿論ある。あとはどんな風に応えたいのかを考える。それが今の俺の仕事なんだろう。

 

「……焦る必要はない。ゆっくり考えるといい」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 頷いて窓の外を見る。空の向こう、一筋の飛行機雲が凄まじいスピードでこっちに迫ってきているところだった。

 

「どうやら奴も戻って来た様だ」

 

「それじゃあお暇しようかしら。流石に病院に大人数でいるわけにもいかないし。ガキ共とタコが揃ってるんじゃ騒がしくなるのは目に見えてるものね」

 

「そうですか。お二人ともわざわざありがとうございました」

 

「あぁ。とりあえずは休んで身体を治してくれ」

 

「それじゃあね、精々大人しくしてなさい」

 

 2人は病室から出て行く。

 扉が閉まり、カツカツと2人分の足跡が遠ざかって行く……かと思ったら、少し高い足音が引き返して来た。

 この雑踏の中から聞こえる一際高い足音はヒール特有のモノ。つまり戻って来たのはビッチ先生だろう。

 

「ごめんごめん、忘れてたわ」

 

 ビッチ先生はノックもなく入って来ると、どこか申し訳なさそうな顔をしながらゴソゴソと自分の背中を弄ると、白い袋に入った何かを取り出して、俺の目の前に置いた。

 

「スマホに律がいると何かと不便でしょう?アンタも健康的なオトコな訳だし。我慢できなくなったら使いなさい」

 

「え?」

 

「そんじゃーね。上手いことやりなさいな」

 

 意味深な物と意味深な言葉を残して去って行くビッチ先生。一連の嵐の様な行動に面食らって、彼女の出て行った扉と置いて行った袋の間で視線を彷徨わせていると、ノック3回の後に今度は殺せんせー達が来た。

 

「圭ちゃんやっほー!」

 

「おお、前より元気そうじゃん、乃咲」

 

「……良かった」

 

「うん、良かったね」

 

「ほんと、ぶっ倒れた時に比べてだいぶ顔色良くなったよな。ほら、圭一。お見舞いのプリン」

 

「来てくれてありがとう。それから磯——悠馬。見舞いをくれるのは嬉しいけど無理はすんなよ」

 

「別にプリンの2、3個くらいどうってことないって。それにみんなカンパしてくれてるからな」

 

「………クラスLINEの方でお礼言っとくわ」

 

 来てくれたのは倉橋さん、岡島、千葉と速水さんに悠馬だ。

 やっぱり悠馬呼びが慣れない所為か、磯貝呼びに戻りそうになることがある。まあ、名前で呼ぶ相手の方が少ないからある意味で当然なんだろうけど。

 ゆっくり慣れるしかないか。

 

「あれ?この箱と袋は?」

 

「あぁ、さっきまで烏間先生とビッチ先生も居たんだよ。これは先生方からのお見舞いだってさ」

 

 言いつつ、箱を開けてみると、プリンが入っていた。

 思わず苦笑。なんか最近、お見舞いでプリンばっかり貰ってる気がする。嫌いじゃないし、嬉しいのは変わらないけど。

 

「あはは……。プリン被りだね。こっちの袋は?」

 

「わかんない。ビッチ先生が服の中から出してった。多分、食べ物じゃないと思うけど中身はまだ見てない」

 

 倉橋さんが指した袋も何気なく開ける。中にあったのは紙袋。割と丁寧な包装のそれを更に開けて、手を突っ込む。

 

「……本だな」

 

「なんだろう。漫画とか?」

 

「いや、袋の大きさ的に雑誌だろ」

 

 皆の視線を受けながらそれを開帳する。

 

「…………………圭ちゃん」

 

「待ってくれ、誤解だ」

 

 出て来た物は、なんと言うかピンク色だった。

 白で塗りつぶされた太文字、それを囲む金色の文字の枠線。やたらと丸みを帯びたフォントで描かれた本のタイトルらしい文字列にはこう記されていた。

 

【町角おっぱい祭り〜2013〜】

 

 完全なる風評被害である。天地神明とクラハシエルに誓ってこれは俺の物ではないと言えます。

 

「写ってる子、みんなおっぱい大きいね」

 

「ソウダネ」

 

「圭ちゃんは大きい方が好き?」

 

「アルニコシタコトナイトオモウヨ」

 

「………………」

 

 やばい、倉橋さんの空気がやばい。

 おのれビッチ先生……!狙ったか……!

 

「大丈夫だ、乃咲。安心しろ」

 

「お、岡島……?」

 

「これ、俺からのお見舞いだ。使ってくれ」

 

 肩を叩き、何やらフォローでもしてくれるのかと思いきや、徐に手渡される【町角おっぱい祭り〜2008〜貧乳特集】。

 

「いや間に合ってる……というか、使うとか言うな」

 

「倉橋。男には悩まなきゃイけない問題ってのがあるのさ。デカいのがいいか、小さいのが良いか。一歩間違えれば戦争になる話題だけど、俺たちは自分なりに考え、否定されるかもしれない孤独と恐怖に耐えて、悩みヌいて答えを出すしかない。乃咲は……まだその道の途中なんだ。長い長い巡礼の途中なんだよ。そんな風に急かさないでやってくれ……」

 

「オカちん………。グーとパーどっちがいい?」

 

「ふっ……。あ、悪い!俺、用事思い出したわ!殺せんせー!俺、みんなより一足先に帰るわ〜!!」

 

「おい待て!せめてエロ本回収していけ!おい!!?」

 

 ドヒューン!と走らない程度の速度で病室を出て行く岡島。俺の両手には町角おっぱい祭りなる珍妙なエロ本が二冊残った。

 

「……そういえばこの辺に有名な建物あったな。折角来たんだし、その辺回って来るか」

 

「……私も行く」

 

「千葉、速水さん!?もうちょいゆっくりしていきましょうよ?茶でもしばきましょうや」

 

「茶をしばくのが先か、物理的にしばかれるのが先か。あとで結果だけ聞かせて。それじゃ、私たちはこれで」

 

「千葉ぁ!速水ぃ!」

 

 仕事人2人は片手を上げると足早に出て行った。

 

「………悠馬は残るよな?名前で呼び合うようになった親友を置いて逃げたりしないよな?信じてるぜ、相棒……!」

 

「っ、あぁ!俺は————」

 

「磯貝くん、ごめんだけどこれでお茶とか買って来て欲しいな。ほら、圭ちゃんがなんか知らないけど汗ダラダラだし」

 

「水分補給は大事だよな、じゃ、俺はこれで。お前との束の間の共闘、楽しかったぜ」

 

「悠馬ぁぁぁぁぁぁぁ!!?」

 

「圭ちゃん、病院では静かにね?」

 

 そして、誰もいなくなった。

 巨乳本を見たあたりからニコニコしてるけど、微笑みに妙な圧力のある倉橋さんに気押される。

 妙だ。倉橋さんは下ネタに寛容だったと思うんだけど。

 

「圭ちゃん」

 

「大きい方が好き?」

 

「………いやぁ、そう言えば最近は茅野くらいの大きさも良いと思う様になって来たんだよな。ほら、大は小を兼ねるって言うけど、初めから大きいものなんてない。小があるから大になるんだと俺は思う。だから俺は、小さいのを悪いとは思わない」

 

「………へぇ。圭ちゃんはカエデちゃんの胸が良いんだ」

 

「………いやぁ、やっぱり壁より山の方が強いよな。ほら、人気投票で上位のみんな大好きな壁山くんもザ・ウォールからザ・マウンテンに進化するわけだし。やっぱりないよりある方がいいよな?うん、そうだよ。人間ってのは生まれたことで0が1になるんだから、0を好きになるのは違うよな」

 

「……へぇ。ちなみにザ・マウンテンの例えでAカップを無印としてBをG2って仮定したらG何が好き?」

 

「倉橋さん、イナズマイレブン知ってるのな……。えっと………その、あの………。答えにくいかなって……。あえっと……ほら、技って使えば進化するし、地道に育てていくのが一番じゃないかな?やっぱり好きなキャラとか育てると愛着湧くし」

 

「……つまりは好きになった子の胸が一番ってことだね?」

 

「はい、恐らくは………」

 

 俺、倉橋さんに何を言わされてるんだろう?

 どうして女子に自分の好きな胸の大きさなんて性癖を暴露させられているのだろうか?誰か教えてくれ。

 

「そうだよね!好みはあっていいけど、女の子を胸で判断するのは良くないし、圭ちゃんはそう言う人じゃないもんね!」

 

「そそ、その通りだよ!」

 

「そっか〜。じゃあ、その本ちょっと借りていい?」

 

「…………はい、どうぞ。煮るなり焼くなり好きにしてください。私、惚れた女性の胸にしか興味持たない侍でござる」

 

「うむ、くるしゅうない。じゃ、私もそろそろ行くね。磯貝くん戻って来たら先に立てる様に言っといてよ。ちょっとお手洗い行ってから出るからさ」

 

「御意……」

 

 何やら剣呑で恐ろしいオーラを出していた倉橋さんは満足したのか、ズモモモ!という負のオーラをしまうといつもの天真爛漫な笑顔に戻って病室を出て行った。

 その背中を出来るだけ笑顔で見送る。

 

『……笑顔が引き攣ってます』

 

「うるせぇやい。つか、女子に胸の好みを聞かれたのなんて初めてだわ。どう答えれば良かったんだよ……」

 

『男らしく、『お前の胸が好きだ!』くらい言ったらどうなんですか?倉橋さんなら許してくれますよ、色んな意味で』

 

「告白みたいなもんじゃねぇか!?嫌だよ、恥ずかしい」

 

『…………はぁ』

 

 今日一深いため息を吐いた律。その後、戻って来た悠馬に倉橋さんからの伝言を伝えて、今日のお見舞いはお開きになった。

 

 余談だが、後日。ニコニコ笑顔の倉橋さんがお見舞いに来てくれたのだが、その時のお土産として、いつもみたいなプリンではなく、【下町おっぱい百科〜微乳特集〜】なる新たなジャンルのエロ本を差し入れられ、大いに困惑しましたとさ。

 

 




あとがき

はい、あとがきです。
前回の最後に出た例の人物の策謀はもうちょい先になりそうです。
次回、意外な人の口から飛び出す「下町おっぱい百科」!

ニコニコ顔でエロ本差し入れてくる倉橋さん。果たしてその真意とは!?

今回もご愛読ありがとうございます!
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