──―山梨県某山。元々廃屋が存在する程度の山だったその場所は、今やきちんとした霊的防御結界によって守られ、山自体が霊的な作物を作り出せるよう改造されている。そこではキクリ米、イズンが作り出す黄金のリンゴ、他にも様々な霊的農作物が作り出せる霊的農地が存在するのどかな場所、通称「人魚ネキの山(仮称)」……の隣の山である。
そして、その山の中、空を割く音とそれをはじき返す鋭い金属音が響き渡っていた。
それは、修羅Tシャツに大鎌を手にした女性体分身……いわゆる「田舎ネキ」は鎌を構えながら、左手に式神の変化した小盾、右手に同じく式神が変化したハンマーを手にして構えている女性「人魚ネキ」*1と睨み合っていた。
彼女……田舎ネキの手にしている大鎌は「アダマンドス合金樹」を加工して作成された大鎌である。
元々豊穣神としての属性が強いデメテルの分霊を秘める田舎ネキは、やはり様々な草木や作物を刈り取り、豊穣神と結びつきの強い『鎌』と相性がいいため、送られてきたこの鎌だけは愛用するようになった。
おまけに異界「黄泉比良坂」が存在する魚沼シェルターでは『死』の概念が強く、さらにアダマンドス合金自体が持っている『死』の概念、死神が持っている大鎌という概念なども結びつき、それらもあって「相性の良い武器」へと変貌したのだ。
田舎ネキは自らの腕と鎌の柄の部分から冷気を噴出して、その爆発的な魔力噴出ならぬ冷気噴出によって威力を増幅させて人魚ネキへと斬撃を叩き込んでいく。
だが、慣れていない大きな胸が邪魔をしてその斬撃は多少ブレていく。当然、そのブレた斬撃に当たるほど人魚ネキは甘くない。彼女はその巨大な鎌の斬撃を防御用の小盾、バックラーで受け止め、片方のハンマーを振るって田舎ネキに叩きこもうとする。
だが、田舎ネキは脚部から猛烈な冷気を放出して急速に後退する事によって、胸に邪魔されながらも、そのハンマーの一撃を回避し、放出する冷気でさらに後方に跳躍しながら、手にした巨大な鎌を人魚ネキへと投擲する。
彼女の放った死神が持っているような大鎌は、柄頭の部分も鎌の刃へと変化し、柄の部分から冷気を噴射して推進力に変えながら、ギュルルルル!! とまるで風車のように猛烈な回転を行いながら人魚ネキへと襲い掛かる。
大気を引き裂きながら風車型手裏剣のように回転しながら向かってくる大鎌だが、この程度人魚ネキにとっては別段驚くべきことではない。
その手にした小盾で弾き返し、無防備になった田舎ネキへと接近し決着をつける! と意気込む彼女。
だが、弾き返された大鎌は、再度柄の部分から冷気を噴射し猛烈な回転を行いながら再び人魚ネキへと襲い掛かる。しかも一度や二度ではない。生き物のように何回も弾かれては自動的に襲い掛かってくる大鎌に、流石にしつこいな……と人魚ネキもその眉を顰める。
だが、田舎ネキ的には、数秒でも足止めができればそれで充分である。
ぱぱぱっと印を結んで強大な術式、新しく開発した決戦術式……「固有結界」を展開する。
「───
ちなみに彼女的には「領域展開も固有結界も全部言い方が違うだけで根本的には同じや」という雑知識で術式を展開しており、Fateユーザーだったため親しみやすい固有結界の方に呼び名を変えたという経緯がある。
アバドン・ハレルとの戦いを経て「やっぱり最終的な切り札は必要かぁ……」と思い知った凍矢は、探求ネキのリモート授業や教科書、セツニキのアドバイスを得て独自の自分自身の本質を露わにする「固有結界」を開発したのである。
セツニキが作り出し、アーチャー連合に教えた”無限の剣製”。
そして、幼女ネキがクトゥルーを封じ込めるために未完成ながら展開した【混合式・蓋棺鉄囲山】などを見ながら、独自に自分自身と最も相性が良い固有結界がこちらである。
「大紅蓮氷輪丸ッ!!」
その瞬間、田舎ネキの体を覆うようにして氷の鎧と巨大な氷の翼が構築され、展開される。さらに平穏な穏やかな日差しの差し込む山の一部は、球状の結界によって隔離され、その空間一面が瞬時に氷と雪、そして吹雪に埋め尽くされた氷雪世界へと書き換えられる。
全てを凍結する絶対零度の下限すらも突破し、あらゆる存在を凍り付かせる超極々凍気に覆いつくされたこれこそ、彼女が開発した固有結界である。その性質は、幼女ネキが作り出した混合式・蓋棺鉄囲山とは対極に属するあらゆる物を静謐へと導く死の世界だ。だが、そんな氷が全てを支配する世界で、人魚ネキは平然と動揺することなく呟いた。
「……なるほど。田舎ニキ……いえ、田舎ネキでしたっけ? も領域展開……固有結界を使用できるようになりましたか。感慨深いですね」
「ですが”荒い”。初めて展開したのは分かりますが、こんなに術式が荒すぎるのは探求ネキからもセツニキからも怒られますよ? 例えば、こんな風に」
そう口にすると、人魚ネキは己の歌を口ずさむ。呼吸するだけで肺に冷気が入り込みそこから凍り付かせるほどの死の空間で、彼女は平然と歌いだし、それと同時に展開された大紅蓮氷輪丸の出力が急激に低下していき、固有結界自体が大きく揺らぎだしている。それを見て、田舎ネキはその理由を悟った。
「まさか……術式が”眠らされて”いるのか!? そんな事!?」
人魚ネキの歌声によって、固有結界の術式が次々と眠らされて解除され、固有結界が崩されていく。そして、そんな中に跳躍した人魚ネキは、そのままアダマントス合金のハンマーを田舎ネキへと叩き込み、その衝撃で田舎ネキの意識は途絶えた。
……それで、元々なぜ人魚ネキと田舎ネキが戦っているのか? 元々の理由は事情を聴いた人魚ネキからのこの言葉だった。
「各種相談のりますよ? 胸のサイズ関係の悩み下手な女性に振るとえらいことになりますし体型関係もしないほうがいいですよ」
「純粋に身体バランス変わってますので戦闘訓練はしておくべきですね」
うおおおおお!! 神神神!! 神降臨ッ!!
いきなり女性に変化して困っていた田舎ネキは、大喜びで人魚ネキのその言葉に甘えることにしたのだ。
他のTS勢のように先天性でもなく、呉支部のような重度の問題を抱えているTS勢でもない。
一応ガイアアニメーションのアル社長のところにも相談して、色々貴重な情報などはもらったが、あそこはあそこで何やら以前よりアル社長に熱狂的な感情を抱くTS勢なども増えて、何かこわ……近寄らんとこ……になり、結局人魚ネキに全面的に頼ることになったのである。
今回の模擬戦闘も体のバランスが変わっているのを理解するための物である。これを元にすれば女性体でも普通に戦うことはできるはずだ。
「まあ、多分「俺たち」なら「メス堕ちさせろ!! 俺たちは男がメス堕ちするところが見たいんだよ!!」と絶対言ってくるでしょうが……少なくとも田舎ネキは嫌なんでしょう?」
「いいですか? 田舎ネキ。力こそパワー。パワーイズパワーなのです。降りかかってくる理不尽な事を跳ねのけるためには力こそ正義です。スケベ部あたりがどうこうしようとしてきたら、片っ端から吹き飛ばして多大な被害を与えても正当防衛です」
(さ、流石人魚ネキ! そこに痺れる! 憧れるゥ!!)
──―日本海近辺。そこには何とか終末を潜り抜けた護衛艦が艦隊を組みながら移動を行っていた。彼らが日本海を航行しているのは、新潟港で新しく組み込まれた「霊的防衛システム」を試験運用するためである。
かつてセツニキを太平洋まで送り届けた護衛艦「かしま」たちは、それを縁にして新開発された霊的防衛システム試験運用に選ばれたのだ。*2そして、その要は機能を追求している船には不釣り合いの船首に装備された壺を持った女性のフィギュアヘッド……つまりは『艦首像』である。
「霊水散布システム展開! エストマアクアストーン起動!!」
その声と共に、MAGバッテリーから護衛艦かしまの船頭に取り付けられた特殊システム……壺を持った女性の姿をしている「艦首像」にMAGが送り込まれ、その壺内部に取り付けられたアクアストーンから大量の霊水が周囲の海域に散布されていく。
これには、【エストマ】*3の力が秘められた霊水を船体の周囲に散布する事で、船体近くに低レベル悪魔が近寄らないようにする事ができるシステムである。*4
おまけにこの霊水は「星の水」の力もある程度秘めており、エストマの力も合わさって散布するだけで周辺海域が浄化されていくシステムである。*5
以前の戦いで*6海域の汚染をそのままにしておくとその汚染が多大な被害を出す事から、海域浄化を行う必要性があると判断したガイア連合は、そのための浄化システム開発を行う事になったのである。
「まさかこの現代において護衛艦に艦首像をつける羽目になるとはなぁ……」
「艦首像をつけるだけで悪魔が逃げ出すのなら喜んでつけさせてもらいますよ。武装もオカルト武装に換装されていますが、無理はするなとは言われていますしな……」
この霊水散布システムは、環境浄化に加えて悪魔を避けて安全な航行を行う事ができる一石二鳥のシステムである。また護衛艦の武装である高性能20ミリ機関砲、VLS装置一式もオカルト武装へと変更されており、以前の装甲列車に搭載された霊的に改造をされた【ゼネラル・エレクトリック M61 “バルカン”】の技術が積み込まれた五島弾を叩き込むMk.15 ファランクス 高性能20mm機関砲、またミサイルは魚沼の冷気が封じられた『魚沼弾』である「エグゾセMM40」*7「ハープーン」*8を発射できるVLS装置へと変わっている。通常のミサイルでは悪魔には通用しないが、強力な冷気を秘めた『魚沼弾』ならば十分に悪魔に対して通用する事はすでに佐渡島シェルターで確認されている。(なお冷気無効や冷気反射)
「これでせめて竹槍……いえ、鉄の槍程度には出来ていればいいのですが」
「我々は我々のやること、できることをやるしかない。それだけだよ。……コンテナを投下しろ!! 海域浄化アクアストーン投下開始!!」
護衛艦に搭載されているコンテナが海中に投棄されると同時に、封印が解放され何十個ものアクアストーンが海中に投下される。
このアクアストーンは、日本神「祓戸大神」たちの手で作られたアクアストーンであり、特に海域浄化に特化された物である。祓戸大神は穢れを川から海に流し、それらを飲み込み、根の国へと送り届けて穢れを浄化する浄化システムの神といえる。
特にこの中の、速開都比売神の「河口や海の底で待ち構えていて穢れを飲み込む」と気吹戸主神「速開都比売神が穢れを飲み込んだのを確認して根の国に息吹を放つ」、そして速佐須良比売神「根の国に持ち込まれたもろもろの穢れをさすらって失う」の力を強く宿しており、海中に沈んで周囲の水を浄化する事によって周辺の海域を浄化していくのだ。
こうして、無数のICBMから発生した死の灰という「穢れ」や多数のダーク悪魔などなどの負のMAGなどの汚染から周辺の海域を浄化する事によって、妙な大悪魔の発生を阻止する。*9それが今回の彼らの役割なのだ。……とはいうものの、やはり海は莫大であり多少浄化されてもまたどこから海流の流れによって膨大な「穢れ」が流れ込んでくる可能性はある。はっきり言って焼け石に水とも言えるが、それでもこの地道な作業が国土防衛に繋がると信じて彼らは活動しているのである。
さて、終末後メシア教過激派との闘いの最前線といえる場所はどこか? 中華戦線? 確かにそこも激戦区ではあるがそれでも最前線ではない。
答えは、「インド亜大陸」である。ヒマラヤ山脈まで下がって、土地補正マックスのヴリドラたちの力を借りて防衛線を構築し、戦線を維持していたインド勢力。
だが、終末後、過激派たちの力が激減したのを見たインド勢力は、これを絶好のチャンスと見てヒマラヤ山脈から進撃。
過激派たちを蹴散らしながら「インド亜大陸奪還作戦」を決行している。*10自らの土地を取り戻せ! と極めて高い士気を誇るインド勢力は、インド亜大陸の3分の1を奪還。だが、広いインドを連続進撃している間に流石のインド勢も息切れ。そこに今だインドに残っている過激派たちと睨み合いになっており、この膠着した状況を打破するためにインド勢力は、ガイア連合へと頼み込んで打撃力のある戦力の派遣を依頼していた。
──―アラビア海、インド湾岸部。
ガイア連合ロボ部などが作り出した戦艦群が中華戦線の港を経由してインド湾岸部へと向かっていた。実体が存在しているいわゆる「新潟艦」や術式「真・女王艦隊」で作り出された氷艦などが距離を取りながら荒れた海を進んでいた。そして、その中にはオリジナルの氷艦に乗り込んでいる凍矢が存在していた。氷艦に存在しているのは田舎ニキ……の分身体(男)である。
ハプニングはあったものの、分身能力を身に着けた凍矢はその分身を利用して様々な【アルバイト】を始めたのである。海外に対する進撃もそのアルバイトの一つである。
基本的に自分の故郷を守りたい、という意思のある彼は、そんなに長期間故郷である魚沼シェルターから離れたがらない(実際ちょっと留守にしただけで大騒動が起きた)のだが、分身という技術を身に着けた以上、これを使わない手はない! と分身を派遣して事業を増やそう、という考えに至ったのである。
彼は愛宕ネキが使用していた術式「真・女王艦隊」の術式を学び、その応用である【偽・女王艦隊】を展開して水上に巨大氷艦を作り上げた凍矢は、いわゆるウォータージェット推進でその氷艦を単体で動かして他の戦艦の護衛に当たっている。
「というわけで……【マハアクエス】&【エストマ】ッ!! そして【リフトマ】*11ッ!!」
凍矢がそう叫んだ瞬間、戦艦群の周囲10km圏内は今まで大波で荒れ狂っていたのが不思議のように大波が静まり返り、穏やかな凪いだ海へと変貌する。
水を操り、大波で相手を攻撃できるということは、裏を返せば水を操り大波を制御して静まり返らせる事も可能、という事である。
マハアクエスで波を操作し打ち消す事によって水面を穏やかにし、同時に低レベルの敵との遭遇率低下であるエストマを展開。さらに大嵐・暴風などを『ダメージゾーン』と位置付ける事により、ダメージゾーン無力化魔術であるリフトマも同時に展開して、戦艦群の周辺の大嵐などすらも無効化したのだ。
今までの大荒れだった大波も大嵐もまるで嘘のように静まり返った台風の目のような領域に、艦娘たちも戦艦群の操作担当式神も一斉に歓声を上げた。
「ohー! 凄いデスネー!! まさに台風の目そのものですネー!!」
「これは……凄い。もうずっと彼、私たちと一緒にいてくれないかなぁ……」
流石に暴風までは権能外なのでどうにかするのは難しいが、そもそも雲とは水蒸気で構築されている。
マハアクエスとエストマで構築された結界内部に入り込んだ水蒸気に働きかけ、結界内部に入り込む雲のそれら荒れ狂うMAGを鎮静化させて水蒸気と水分を分解させていく。
(これもちょっとしたマハアクエスの応用だ)
凍矢が作り出した穏海結界外では凄まじい波が荒れ狂うが、それも結界内部に入った瞬間たちまち穏やかな波へと変貌していく。
今までの荒れ狂う海を潜り抜けていた戦艦群からすれば舗装された安全な道路を移動するようなものであるる。ちなみに、この氷艦には凍矢を除いて誰一人として存在していない。つまり彼は一人でこの艦を運用しているという事になる。
(本当は海外まで手助けするつもりはなかったんだけどなぁ。でもインドやオーストラリアに新潟支部の「生活魔法」スキルを売るためには販路である海路も確保しておかないとなぁ……)
氷結属性が濃い新潟支部産の【生活魔法】は【冷凍】が強く、さらに【ブフ】も覚える。逆に【種火】が物凄く弱い。火を着けるのに何度も発動する必要があるぐらい弱い。
だが、これは熱波地獄と化しているインドや砂漠で乾燥に苦しんでいるオーストラリアではまさに命綱であり彼らからすれば喉から手が出るほど欲しいスキルカードである。
この【生活魔法】は彼らにとって冷房であり同時に水分補給の要になっている。例えば鍋などに【生活魔法】から出される雪を詰めて気温で溶かすだけで純粋で綺麗な水が確保できるという、ブフも覚えることができることも考えると一石三鳥である。
インドやオーストラリア、東南アジアのデビルサマナーたちには常に求められている必須のスキルカードといえる。そして、それらの市場形成のために、凍矢は自分の分身を派遣して戦力に加えていたのである。
『これより砲撃態勢に入る!! 総員甲板より退避! 繰り返す甲板より退避!! 撃て──ッ!!』
『金剛』『陸奥』『長門』『ミズーリ』『日向』などの戦艦群は砲塔を陸地へとむけると、砲台から炎の弾丸……【マハラギバリオン】を射出して次々と艦砲射撃をインド湾岸部へと叩き込んでいく。
かつて湾岸戦争で軍艦ミズーリが艦砲射撃を行い、その威力を発揮したように、戦艦の艦砲射撃というのは凄まじい火力を持つ。湾岸部全ての過激派戦力を根こそぎ吹き飛ばしていく。
そして、その性質を引き継ぐ軍艦の主砲から発射される【マハラギバリオン】の連発は、その圧倒的な火力であらゆる存在を粉砕できるほどの力を秘めていた。
そして、戦艦が砲撃を叩き込んでいる中、戦艦「陸奥」の中でベレー帽の位置を直しながらやれやれ、と机に座りながら指揮をしているのは通称『ヤンニキ』そして、その隣にいるのは見事な金髪の『ラインハルトニキ』である。*12
「さて……これで過激派の拠点を吹き飛ばせればいいんだが……。"アレ"はアークエンジェルにとって”天敵”とも言える存在だから後方に下がっておいてもらっているが……。念のための”準備”を進めておこうか。」
「しかし……本当に出てくるのか? 情報で聞いた”アレ”はいわば天使生産工場、過激派の切り札だ。生産工場を最前線に出すなどそんな愚かな事をしてくるのか……?」
「そうだね。普通に考えれば誰も手が出せないほど奥地で厳重に守られているのが定石だ。だが、それでも無限に天使を湧き出せる”アレ”は最前線近くにまで持ち出せば、無限の戦力をすぐさま最前線に送りこみ前線を押し上げる事も可能になる。ハイリスクハイリターンな危険な策だが、今の追い詰められた過激派ならやりかねない……」
「日向の瑞雲から連絡!! 天使の群れ及びに”目標”がこちらに近づいているとの事です!!」
その言葉に、ヤンニキもラインハルトニキも思わず天を仰いでため息をついた。
それは巨大なヒト型の肉体に首の部分に無数の顔が生えているというまさに怪物じみた『天使』そのものである。その天使の名前は『ラドゥエリエル』
ミカエル、メタトロンと同じクラスの上位天使……あるいはメタトロン以上とも言われるほどの権威を持った最上位天使の一体である。
では何故この天使はメタトロン以上と言われるのか。
それはその特殊な権能……つまり『天使を生み出す事のできる能力』からである。
ラドゥエリエルが歌や神への賛辞を口にすると、その言葉が全て天使へと変化していくという伝承がある。
天使を創造できる権限は本来神のみの特権であり、ラドゥエリエルだけがその特権を許されている。
「だがそれだと過激派と同じなのでは?」と思われるかもしれないが、過激派のやっていることは、人間を生贄にして器を作り出し、そこに天界から天使を無理矢理引きずりおろして降霊させて次々と天使を生み出していく。
だが、ラドゥエリエルはそういったシークエンスは必要なく、ただ歌うだけでポンポン直接天使を生み出していく(それも過激派思想の!)と言った神の権能を行使している「天使無限生産工場」と言っても差し支えない存在である。
今や地脈をほとんど喪失し、無限天使沸きアタックができなくなった過激派天使においては、まさに命綱といえるほどの重要な存在である。
そんな重要な存在は、通常破壊されないように警備の厳重な奥地に保護して天使を大量生産してもらうのが定石である。だが、それでも戦力を必要としていた過激派は、ギリギリまで最前線まで近い所まで移動させて運用と目論んでいたのだ。
ラドゥエリエルがその百の首で賛歌を歌うとその歌からみるみる内に天使が実体化し、次々とラドゥエリエルの周辺の空を埋めつくしつつある。しかもその百の首は途切れることなくひたすらに歌い、さらにどんどん無数の天使を生み出している。その有様はまさに「天使生産工場」といっても差し支えなかった。
纏めて吹き飛ばせ!! と言わんばかりに戦艦群の艦砲射撃はラドゥエリエルに叩き込まれるが、ラドゥエリエルが生み出した無数の天使たちがラドゥエリエルを守る天蓋結界により艦砲射撃を防御している。さらに余波により損傷したその体にも、自分自身によって生み出された天使たちが融合を行って修復させるという、無限ともいえる再生力を有している。
しかもこの厄介なところは『ミカエル、メタトロンと同等、あるいはそれ以上』とも言える「天使としての権威」である。
戦艦アークエンジェルは無数の天使素材によって作られた戦艦ではあるが、その分最上位天使からの命令には従ってしまう可能性がある。(ミカエルでワンチャンらしいが)
一説では四大天使以上の権能を持つラドゥエリエルに対しては極めてアークエンジェルは相性が悪いのだ。
だが、ヤンニキやラインハルトニキ、そして凍矢もこれに対しての対策は行っていた。そう、このラドゥエリエルに突き刺さるまさに「特攻」ともいえる人材をここまで連れてきたのである。
戦艦群より多少後ろに存在する護衛艦、密輸科のイナバニキに頼んでトラポートしてきてそこに降り立ったその人物は、ギターを持ったジャージ姿のピンク髪の若い女性だった。
「うーん、まさかこんな船の上でギターをやる事になるとは……。というかこんな見知らぬ人たちばかりのところとか……。帰りたい……。激しく帰りたい……。」
そう、それは長岡市シェルターに住んでいる黒札の一人「ぼっちちゃんネキ」である。今回はわざわざ長岡市から頼み込んでここまで来てもらったのだ。要件が終わったらすぐさま帰るという条件でわざわざ来てもらったのである。ともあれ、彼女は真剣な表情になり、ピックを手にするとそのままギターをかき鳴らす。
「ここからのギグはガイア連合メンバーオンリーギグです。邪魔なのでさっさと消えてもらいましょう」
彼女がギターをかき鳴らすと同時に、ラドゥエリエルがその百の首で口にしている賛美や歌声が完全に打ち消されて沈黙へと陥る。ラドゥエリエルは歌声によってその旋律で天使を生み出せるが、逆に言えば歌を封じ込められれば天使はそれ以上生み出せない。しかもぼっちちゃんのギターはただ音声を打ち消しているだけではなく、逆位相のMAGを叩きつけてその異能も完全に封じ込めているため、ラドゥエリエルはぼっちちゃんの旋律でその歌、天使を生み出す能力を完全に封じられたのだ。
(うおおおお!! 食らえぇえええ!! マハアクダイン!!)
それと同時に、凍矢(分身)は自らの氷艦の後方からマハアクダインの猛烈な水流を噴出させて、それを推進力へと変化させる。氷艦はまるで爆発したように猛烈な勢いで前進してミサイルのように海面を切り裂きながらカッ飛んでいく。この無茶を行うために、この艦は凍矢一人だけで操作を行っていたのである。
その猛烈な推進力により、超音速に到達した氷艦はふわりと海面から浮かび上がり、まさにミサイルのように空を切りながらラドゥエリエルへと突撃していく。
(食らえぇええ!! 氷艦ミサイル!! 質量こそ正義!! そして離脱ッ!!)
凍矢(分身)はその空を飛んで突き進んでいる氷艦から離脱して、背中と脚部から冷気を放出し飛行して離脱している間に、氷艦ミサイルはそのままラドゥエリエルの胸部へと猛烈な勢いで脚部に突き刺さり、そこから多量の血が噴き出している。もし声が聞こえているのなら、その百の首から同時に悲鳴が聞こえただろう。
胸に氷艦が突き刺さって暴れまわっているラドゥエリエルに対して、戦艦群の艦砲射撃……【マハラギバリオン】が次々と突き刺さっていき、ついにその巨体は五体バラバラに砕け散っていった。
ラドゥエリエルは見つけた瞬間「こんな天使、絶対過激派に運用されるじゃないですかやだー」になりましたw