新しい仕事に慣れなくてヘロヘロだけど何とか更新できたぞい。
──―新潟県、魚沼地方。
過疎化が進み、田舎と言っていいこの地域にも俗に言われる『名家』と呼ばれる存在がいた。
それは『九重家』と呼ばれる竈神……『三宝荒神』を奉じる家である。
不浄を焼き払い、清浄を重んじる竈神は、悪魔の脅威から人々を守護する力に長けていた……のは遥か昔の話。
名家の例に漏れず、その家もメシア教の霊的な根切りに会い、表の権力だけはあるものの、ここ最近の悪魔の発生、地脈の活性化には手も足も出なかった。
そして、ついに忌み地に異界すら作成されてしまった以上、彼らは禁断の術である『人柱』を行う事で異界を封じ込めるしか手段がなかったのである。
「──―そなたには人柱になってもらう。我ら九重家の当主であるそなたを生贄に捧げることが、我ら九重家の「誠意」を周囲に示す事になるのだ」
「……分かりました」
九重家の当主である『九重静』
だが、実際は当主といってもお飾りであり、その実態は生贄に過ぎない。
実際に権力を握っている老人たちの要請に、静は当主としての意識でこの地を守護するための生贄の道を選んだ。
……異界内部はまさに地獄そのものである。異界に飲み込まれた者は死んだと思え、がオカルト業界の基本だ。
出来たばかりの異界は育ちつつあり、すでにスライムやガキすら形を成しつつある。それを封じるためには、異界内部に侵入した静がこの短刀で喉を突いて生贄、人柱になればいいだけである。
しかも運の悪いことに、どうやらこの極限環境で自分は覚醒してしまったらしい。覚醒した人間はまさに美味しい獲物。しかもこの身を守ることのできない状況なら、美味しい餌をピラニアの群れの中に放り込んだにも等しい。だが、この状況で、静は心の中の本音を呟いた。
ああ、けれど。
私だって女の子なんだから
こんな危機を救ってくれる素敵な男性と恋してみたかったなぁ……。
そんな風に最後にそう思っていた静の耳に、異界内部で聞こえるはずのない男性の声が響き渡った。
「【マハブフ】ッ!」
その瞬間、異界内部をうろついていたガキやスライムたちが一斉に凍り付いた。
ガキ一体でも完全に実体化すれば送還するのに生贄やら捧げ物やらが必要になる。
まだ完全に実体化していないとはいえ、それらを一気に凍り付かせるとはまさに信じられない芸当だった。
静からすれば神々の力にも匹敵するほどの冷気を放ち、悪魔たちを凍り付かせながら一人の青年が突撃してきた。
「ふははは! 冷気無効とか冷気反射でもない限り俺は無敵だぁッ! 【ブフ】! 【ブフ】!」
それはまさに信じられない光景だった。この地獄のような異界そのものを凍り付かせんばかりの猛烈な冷気。
しかも、さらに異質なのは彼が従えているロボット? そのものだった。
人型をした神のような霊気を宿した西洋の鎧騎士を連想させる姿。そのロボ? は剣を振るいながら彼に近寄ろうとする悪魔たちを手にした剣で片っ端から叩き切っていた。
その猛烈な勢いはまさに目には見えないほどであり、気が付いたら悪魔が両断されており、動きが目で追えないほどである。
『マスター、あまり前に出すぎないで下さい。私が前に出ます』
その機械のような……鎧騎士そのものの存在が腕を振るうたびに悪魔たちが次々と切り捨ててられていく。
それはまさしく無双と言っても過言ではなかった。
人智の及ばぬ悪魔や異界を物ともせずに踏み越えていくその姿は、彼女たちオカルトに親しい者からすれば神霊にも匹敵するほどの威容だと言っても過言ではない。
そんな中、異界で暴れまわっていた彼らは、ふとこちらを発見して近寄ってくる。
『マスター。現地民を発見しました。救助しますか?』
「え? ホントだ。ちょっと待っててね。すぐ異界攻略してくるから!!」
そう言いながら颯爽とさらに奥地へと疾走していく彼の姿。自分自身を助けてくれたその凛々しい姿を見て、静の胸は高鳴り、頬は思わず赤く染まってしまっていた。
……そうだ。この時私は恋をした。彼のためならば何もかも全てを捧げる。そんな恋を私はしたのだ。そして、彼の力にほんの少しでもなりたいと思ってしまったのだ。
その後、異界が破壊・消失(!?)し、元の世界へと帰還した彼らと静はお互い会話をすることになった。
彼はこの地元出身の黒札『碧神凍矢』そして従えるのは式神『破裂の人形』とのことである。
これほどの超絶的存在に対して、こちらとしては平伏する以外の手段が存在しなかった。凍矢も救った人間が運よく名家の当主だったという事&悪意がなさそうだった事もあって、ストレートに自分自身の目的を伝えて力を貸してもらうように要請した。
「俺の目的は「故郷であるこの地を守る事」だ。この地を守る名家であるそちらとは目的は一致すると思う。お互い協力態勢でこの土地を守っていきたい。幸い君の名家は比較的まともそうだし……お願いできるかな?」
その言葉に一もニもなく静は土下座して受け入れる他はなかった。そして、凍矢から黒騎士を連想させる漆黒の西洋のフルプレートアーマーを見せられた静は思わず絶句した。
「こ……これはまさか!?」
「そう、ガイア連合が開発した霊的パワードスーツ『デモニカ』だ。ロボ部の手で外見は『バッシュ・ザ・ブラックナイト』に換装されている。元々は俺用のデモニカだったんだけど……まあ君にこれを上げるよ。
ロボ部に頼んで女性が乗れるようにも調整されるからね。これでガンガン強くなってほしい」
「こ……これを私に!?」
黒札特権として、各一人に一体だけデモニカが無償提供されている。
これらデモニカを使用して五島部隊などと協力してLVを上げるというのも、黒札の未覚醒者の一つのやり方である。凍矢は元々自分用に提供されたこのデモニカを静に提供しようというのだ。
(もちろん、男性用の機体を女性に乗れるように調整するようにロボ部に調整されている)
静も最低限の覚醒はしているが、ガイア連合からしてみればようやくLV1程度に至った程度でしかない。
名家は霊能者の才能が出ないように徹底的にメシア教に狩り尽くされており、皆ロバ程度の才能だ。
だが、このデモニカさえあればその才能をひっくり返せるという噂があるほどの代物である。さらにそれだけではなく、凍矢はガイア連合に注文をして様々な霊的武装を静へと渡していった。
「まずは、これ。ガイア連合が作ってくれた剣『備前の短刀』*1
そして、生産部が特注してくれたスーツ『ファティマスーツ(デカダンスタイル)』*2FSSの静と同じキャラがいると聞いて製造部が何か気合入れて作成してくれたからね……。まあ性能は悪くないと思うよ。
あとは精神系無効のアクセサリーとシノネキが開発した『簡易ガイア銃』を元にして作った『トカレフ』かな。これがあれば魅了とか幻惑とかも防げるはず」
表面上は何とか冷静さを保ちながら受け取った静だが、その内面は混乱していた。
『備前の短刀』とかいう、そこからへんの名家に伝わる霊刀が木の枝程度にしか感じられない強烈な霊気を秘めた短刀。しかも女性が持てるほど軽く丈夫であり、純粋に刃物としての攻撃力も抜群。これがあれば、彼女たちが生贄を捧げて何とかしているガキどころか、それより上位の悪魔ですら一刀両断にできるほどの高度な霊刀だ。
さらにこのファティマスーツとかいうスーツも特殊な繊維で編まれているのか、ガチガチに霊的な防御が込められており、ガキの攻撃ですら傷一つつかないだろう。
これさえあれば、黒札様が行っているように、ガキも一撃で滅ぼせるほどの凄まじい霊的攻撃力を手に入れられるという事だ。
さらに彼女が受け取ったのはそれだけではない。ガイア連合が作り出した極めて高度な使い魔【アガシオン(凍矢の肉体一部入り)】と大洗のアサマチも受け取った【外法イヌガミ(LV5)】*3も静には渡してある。
銀時ニキが友奈に渡したようにガチャの外れスキルなどは入っていないが、それでも自分の髪を入れたり【ディア】【ラクカジャ】のスキルを持っている高級アガシオンである。
「で、これはガイア連合から持ってきた退魔武器ではあるんだけど……。これは部下用の武器かな……」
だが、そこで凍矢がガイア連合から持ち出してきたのはいわゆる『変な武装』ばかりだった。
ロボ部や制作班が作り出した武器の中でもいわゆるカッコ悪い【不人気武器】を大量に格安で仕入れて九重家に供与して戦力強化を行う。それが凍矢の考えである。
『ケンダマフレイル』や『鉄扇』、リボルバーとナイフが合体したような『アパッチ・リボルバー』、拳銃を巨大化したような柄に分厚く長い刃を取り付けた剣『ガンブレード(まともに動かない)』、盾に色々な武器、バックラー、篭手、パイク(ヤリ)、ランタンなどを取り付けた『ランタンシールド』、ヘルメットに木槌がついてる『ドタマトンカチ』、弓の端に15cm程の袋穂式の槍穂を付けて簡易の槍『弭槍』や巨大な『大鋏』などなど……。
さらに失敗作のクズストーンやゴミ魔石……もとい『廉価ストーン』や『魔石の欠片』*4に加え、『マッスルドリンコ』もそれなりの量を持ってきたのだが、これらを全て九重家に寄付……もとい戦力強化のため与える予定である。
「ガイア連合の製作班の失敗武器や不人気武器など格安品ばかりを集めてきたものばかりで悪いけど……こっちも金がないから……うん」
それでも、格好がおかしいというだけで他の名家の霊刀など木の枝程度にしか見えない神器そのものの霊的武装。それが山積みされている状況には、静は思わずくらりと気を失いそうになったが、それでも何とかこらえてこれらを受け取る事にした。九重家は数百万、数千万ぐらいはポンと出すことはできるが、その程度では全く足りない武装を見て、どうやって返済しよう……と静は軽く頭を抱えていた。
「では、これより我々の基本方針を告げます。これより我々「九重家」は黒札様の手足として黒札様に絶対服従を誓い、黒札様のために行動する事を宣言します。異論は?」
異界から帰還し、覚醒をした静はまずは九重家当主として黒札に全面協力することを宣言した。
実権は老人たちに抑えられているとはいえ、静に協力する九重家の者たちも存在する。
ましてや覚醒し、異界から生還し、黒札からデモニカや様々な圧倒的な霊的武器をもらった静に逆らう物など権力欲に捕らわれた老人たちぐらいの物である。
彼女が身に着けているファティマスーツや備前の短刀(実際は長刀)の霊圧、さらには「こちらに味方し、忠誠を誓えば黒札様からの霊的武器の供与を行います」という彼女の言葉に飛びつくものたちがほとんどだった。
「基本方針は『黒札様は決戦兵器として活躍してもらい、全ての雑事は我々が行う』です。黒札様は対悪魔、対異界対策として動いてもらい、我々はそれをサポートする雑事を全て行い、かつ黒札様の身辺を警護する。こういった形でいこうかと思います」
九重家は女系優位の名家ではあるが、それは名目上の事であり、お飾りの女性当主を上に置き、実権は他の老人たちが握っている事が通例化している。
この状況では静が何を言っても無駄なため、静は邪魔な勢力を一掃して実権を握り、黒札の手足となって活躍するために生まれ変わろうというのだ。
名家の育ちではある彼女は、名家がどんなに悪逆であるかは彼女自身がよく知っている。
トップを人柱にすえてこれでしばらくは安心だな……と思っていた老人たちが黒札、超絶霊能力者と共に無事に覚醒して帰ってきたなんて事になったら、老人たちが静を排除に取り出して黒札を手中に収めようとするのは目に見えている。そのために先手を打って老人たちや旧体制、邪魔する者たちは徹底的に粛清し、九重家を浄化する。
黒札様に異議を唱える者、文句を言う者たちは全て邪魔である。それが彼女の考えである。
そもそも彼女の家系「九重家」はよくある神々を裏切って生き延びた家系ではなく、最後の最後まで戦い抜いて生き残った名家ではある。*5
……だが、辺境の田舎にまで逃げ延びて、神々も封印されてもはや何ができる、今生き残ってる【霊能名家】の3割はメシア教にせせら笑られて見逃されたにすぎない。
他の名家では雑に女を当てがっておけばいいだろ、と考えて見事に失敗している名家は非常に多いが、静はそうではなく黒札の手足となって黒札のために働く事を決断したのだ。
他のふらりと来る黒札とは異なり、彼は明確にこの地に安住しこの土地を守るという意思を持っている。
そして、それはこの地の霊的守護を行う九重家とも目的が一致した。それを確認した静は真っ先に一体化して運命共同体になる事を選択したのだ。
幸い、ズバ抜けた霊的能力は持っているが、彼には政治力や組織力などはほとんど持ち合わせていない。
その部分をカバーして活躍すれば、運命共同体……いや寄生しても許してくれるだろう、と静は判断した。
そして、そこで真っ先に行わなければいけないのは「九重家の内部統制」である。静の腹心ともいえる女性たちは、彼女の意思を確認するために問いかけていく。
「では静様、こちらに逆らう者たちは……」
「黒札様からの霊的アイテムの威に従うのなら良し。それ以外は全て殲滅します。特に異を唱える老人たちは全て叩き潰します。九重家は黒札様の手足になって働きます。その時に違う意見がノイズとして混じる訳にはいきません」
静は優秀な女性ではあるが、未だに若く言うなればお飾りとしての党首であり、実権は老人たちが握っている。
それら邪魔な老人たちを一気呵成に叩き潰し、実権を自分の手に握ろうというのである。
異界の生贄から黒札を連れて生還したという功績は、九重家の支持を彼女寄りにするのに十分だった。
実際、目端のきく九重家の人々はすでに静を支持する立場に立っている。
一部の老人たちは、彼女のご意見番としての役割を得る代わりに、実権を全て譲ると言っていると言っているグループなども存在する。
そう言ったこちらに従ってくれる者たちはまだしも、それ以外は彼女は全て叩き潰す予定である。
「黒札様に余計な負担をかける訳にはいきません。全て汚れ仕事は我々が行い、黒札様は異界を何とかしていただく事に集中させていただきます。異論は?」
「……周辺のこちらに敵対な名家はどうなされますか?」
「まずは、九重家を平定した後でそちらも叩き潰します。当然、黒札様への負担をかけないために全て我々の手で行います」
その言葉に、周囲の女性たちは無言で静に対して平伏する。九重家は女性上位ではあるが、それを侮りバカにする周囲の名家は多い。それらを全て殲滅しこの地域一帯を自分たちで治めるという判断である。
そして、そんな彼女の前に存在しているのは、静と同じく黒髪ロングでありスレンダーで清楚な美少女に見えてどこか妖艶な雰囲気を持っている女性が静に対して口を開く。
「……で、ダークサマナーである私が呼ばれた、と。いえ、元ダークサマナーというべきでしょうか」
ガイア連合の介入により、ダークサマナーはどんどん数を減らして貴重種になりつつある。
まさしく獣心人面そのものである彼らは名家にとって貴重な戦力であり厄介な敵でもあった。
名家である静も、数えきれないほど車によるダークサマナー殲滅アタックやら狙撃での排除やら行ってきた。
だが、静は殲滅されつつある彼ら彼女らに手駒としての要素を見出した。すなわち、「汚れ仕事を押し付けるための手駒」である。今や日本全土でダークサマナー狩りは苛烈そのものである。このまま行けばダークサマナーが滅びるのは自然の流れだ。
名家も自分自身がダークサマナーを使って悪事を働いたり汚れ仕事を行った証拠を殲滅するべき、より苛烈なダークサマナー狩りに力を入れていたのだ。
「ええ、元ダークサマナーをスカウトして「命を助ける代わりに私に絶対服従の手駒になれ」と誓わせて暗殺・破壊工作専門部隊『暗部』を組織します。貴女にはそのトップになってもらいます。『ヴィルトゥオーサ』」
その静の言葉に、ヴィルトォオーサは無言で頷いた。元ダークサマナーである彼女は人の命を奪うのに何の躊躇も存在しない音声系能力者である。その奏でる音により相手の精神を操作(解放)し幻惑や魅了、混乱を引き起こし、あるいは直接脳を音波で揺さぶって死亡させる存在だ。
だが、ダークサマナー狩りが始まったと知った彼女は速やかに黒札が存在する名家の犬になり、暗部として活躍する道を選んだのである。
「ええ、貴女に絶対的服従もしますし、喜んで汚れ仕事も行います。……あんな存在に逆らうなどとても」*6
隔絶したヒトの形をした怪物そのものである《黒札》そして、それを飼い馴らす事にできる有能な現地名家。今のうちならば元ダークサマナーでも高く買ってもらえるという判断である。
「しかし……大丈夫ですか? 暗部の事は凍矢様に報告しなくても?」
「一応ほのめかしはしましたから……一般人気質の彼なら受け入れはするでしょうが、いい顔はしないでしょうから……。余計な精神的負担をかけたくはありません。
厄介なことは全てこちらで行います。もし何かあったら私が責任を取ります」
「そのためにダークサマナー上がりの『暗部』*7の私を呼んだというわけね。解ったわ。徹底的に粛清をして血の雨を降らしましょう」
それからの彼女の行動は極めて迅速だった。
まずは九重家内の反乱分子を徹底的に平定。もしくは、霊的契約で絶対服従か蟄拠に追い込んだ。(ちなみに、凍矢はほとんど気づいていない)
特に事実上九重家を仕切っていた上層部の老人たちなど、静からしたら目の上のたんこぶでしかないため、真っ先に根こそぎ殲滅、もしくは蟄居、引退へと追い込まれた。老人たちは「ワシらがいないと他の名家との伝手が! 貴重な霊具が!!」「育ててやった恩も忘れて!! この恩知らずが!!」と言葉をほざいていたが、はっきり言ってそんなノウハウなどよりも、黒札との伝手の方が遥かに大事だし、黒札に対して異議を唱えそうな彼らはいるだけ邪魔だった。老人たちやその配下たちを徹底的に排除し(まともな老人たちは『隠居』してもらい)九重家を手にした静は、黒札である凍矢への絶対的な服従、そして手足となって動く事を宣言し、凍矢に対してそれらを土下座しながら報告した。
これには、凍矢が与えたデモニカとロボ部の失敗武器が大きく貢献した。
黒札様に救われ、力を与えられた党首という大義名分の元に静は徹底的に内部粛清を行ったのだ。
これは、「黒札様の手足として働くために、余計な意見は不要」という静の考えによる物である。徹底的なトップダウンの組織を作り上げ、黒札の手足として働く事を霊的契約によって誓ったのだった。
そして、それらを全て報告されて九重家から以前のガイア連合のアイテムの代償として莫大な金を受け取った凍矢は、お、おう……というしかなかった。
「いや……俺はいいんだけど……君たちはいいの? 名家はもっとこう女を大量に当てがってくるものだと思っていたけど……」
「黒札様の気を害することなど私にはとても。私たち【竈神】……【三宝荒神】を祭る九重家は凍矢様に対して絶対服従を誓う事をここに誓わせていただきます。私たちのことは黒札様の自由に扱える手足とお考えください。
とりあえず私を助けていただいたのと異界攻略のお礼としてこちらのお金を……」
その静の言葉に、お、おう……と凍矢は居心地悪そうに頷き、破裂の人形も何か言いたそうではあったが黙ってみているだけであった。*8
『……で? 何を考えているんですか?』
この地点では破裂の人形の変化スキルはEクラス。ロボ形態では世間を歩かせる事はできないという事で、式神製造部が偽装用のおまけに入れた程度であり、見た目こそ美女に見えるが、実際はかなり不自然である。
一切表情を変える事なく口を開けることないまま言葉を話すし、つい首を90度回転させて体は前を向いて首は真後ろを向いたまま話そうとしたり、皮膚も装甲そのままの硬さだったり、瞳からチカチカと光を放ったりとちょっと触れ合っただけでその異質性が分かってしまうレベルだ。
だが、何も知らない静からすれば、その異常性こそが無言の威圧感を覚えてしまうのは当然だった。
……威嚇しているのか、彼女の首が180度ギュルンギュルン回転しまくっているのは別の意味で怖いのでやめてほしい。
「何もなにも……言葉通りの意味です。私は黒札様にも式神様にも絶対服従しますし、貴方達の手足として動く所存です。何なら霊的契約書をお書きしても霊的契約を結んでもらっても結構です」
ふむ、とキュインという音を立てながら破裂の人形は小首を傾げる。
『名家というのはもっと権力欲の塊だと思っていましたが……こちらに対して服従するパターンはありましたが女も大量に当てがってこないのは……?』
「私たちは黒札様の手足となる事を選んだ身。そんな方々に対して女をあてがうなどとは……」
実際は黒札が女をあてがわれるのを嫌がっているのを見て控えているというのが本音である。望めばいくらでも供与できるが、無理矢理にあてがうことはしない、というのが彼女の考えだ。
黒札が嫌がってさっさとこの地から離れるというのが、彼女にとってもっとも最悪な事である。その静の言葉に完全には納得していないものの、ある程度は理解したのか、破裂の人形は機械音を立てながら頷いた。
そして、九重家を完全に統制した静が行ったのは、まずは凍矢の家族と彼自身の保護・護衛だった。
悪魔に対しては絶対的な力を誇る彼でも、メシア教徒、メシアンからの干渉を完全に防ぐのは難しい。
気が付いたら家族がメシアンになっていたという事もありえ、凍矢もそれを心配しており実家に結界は構築したり未覚醒〜低レベル向けの隠蔽用アクセサリーを渡したりしているが、それだけでは完全には防ぎきれない。
そのために、九重家の人間たちが密やかにボディーガードを行おうというのだ、
「まずは黒札様本人やご家庭の方の絶対保護。これを命じます。黒札様の家の周辺に気づかれないように24時間体制で厳重な警護体制を引きなさい。ご家庭の方も同様です。気づかれないようにどこに行っても警備が張り付くようにしなさい。不審者らしき者が近づいたら密やかに『排除』してくれてかまいません」
家族たちに近づくものがいたら殲滅しろ。肉盾になって家族を逃がせ、役目から逃げられないように霊的契約も行う。そんな風にして静は凍矢の家族を護衛しているのだ。
他の名家が行っているように、凍矢自身が望めば何十人でも孕み袋要員を用意する事はできるが、黒札はそういうのを好まないという風の噂が静の元へと伝わってきている。
家の発展、家の繁栄より先にまず黒札の機嫌を損ねない事。黒札の手足となって信頼を得ることが遥かに大事であると静は判断したのである。安易に女をあてがうよりも、黒札の盤石な信頼こそが九重家千年の繁栄の礎になる、というのが静の考えだ。
「……静様。黒札様に女を差し出さなくて大丈夫なのですか? 黒札様の子供ならば霊的才能も……」
「黒札様はそういう女を侍らせたり孕み袋に使うのをお気に召さないようです。黒札様がお気に召さない事をして嫌がるのが一番我々にとって危険なことです。まずは黒札様の手足となって信頼を稼ぎます。安易に黒札様の傍に迫らないように伝えなさい」
「はっ」
「幸い私は女です。黒札様の手足となって働けば孕み袋として使ってもらえるかもしれません。ですが、それより以前にまずは黒札様からの『信頼』を得る事。これがもっとも大事なことです。『信頼』を得るために我ら九重家は全力を尽くします。いいですね」
その静の言葉に、女性たちは無言で平伏した。
「ふう……。何とか九重家の掌握は終わりました。次は周辺の名家対策ですね」
次は、静は周囲の名家対策を行う事になった。九重家は女性上位(名目的は)の家系であり、そのため若い女性である静が名家のトップとなれていた。
だが、そんな女性上位の家系をバカにして侮っている不倶戴天の敵も存在した。
その名家だけは何としてでも潰す(鋼の意思)であるが、その他全ての名家を敵に回すわけにはいかない。
「とりあえず……どの名家も老害どもには悩まされているはずです。若手にガイア連合の武器をさせてクーデターを起こさせて名家の浄化を行います。もちろん、こちらに絶対服従の約定はしてもらいますが」
こういう所の老人たちというというのは、それまで培ってきた特殊なスキル、そして知恵やコネ・ノウハウなどを多大に持っており、彼らがいないと成り立たないので必要とされている。
だが、それらの知識や技術などは、ガイア連合からしてみればゴミのような物である。
ごくまれに役に立つ技術などもあるが、それは極めて稀だ。霊的に出涸らしであり、ゴミのスキルを振りかざし、「われらがいなければこの家は成り立たん!」と若い女を漁って、若手に無茶な事ばかり言ってくる醜悪な老人たちに嫌悪をもっている名家の若手たちは山ほど存在した。
そんな彼らに、失敗作や粗悪品とはいえ、ガイア連合の武器(彼らにとっては神器クラス)を与えられたらどうなるか? 答えは簡単である。
よくて蟄居、悪ければ文字通りの殲滅だろう。だが、静にとってはそれはどうでもいい事だった。
「この地域の近辺の名家のトップに立つ」「命令系統をきちんと作ることができる」
それこそが彼女にとってもっとも重要な事だった。
黒札を抱え、ガイア連合の武器の供給源であり、近辺の名家を完全に抑えている。
しがらみや因習に囚われた名家を浄化し、完全にピラミッド型の立場を形成し、それを指示する立場になり、いざとなったら名家たちを自在に動かせる。この構造を作っておけば、黒札である凍矢への負担は最小限にまで抑え込めるはずである。
というよりは、凍矢の負担を最小限にするためにこの立場を作ったといえる。
(もちろん、名家の若手もろくでもない奴らはいるだろうが、いざとなったら盟約を発動させて排除するだけである)
とはいうものの、岩手に存在する「鬼手一族」*9ほどに体系的に纏める気も権限も実力も静にはない。
鬼手一族は、「セツニキ」と言われる絶対的力を誇る今までの因習に囚われない黒札がいたからこそ強権的に纏めることができたのだ。名家であり黒札でもない静が同じように体系的に纏めようとしても絶対に纏まらない、それを根に持った名家たちは従わせるのは骨だろう、と判断しているのだ。
(絶対「黒札が後ろにいるだけの存在に我々が従う理由などない!!」といきりだつのが目に見えている)
(将来的な霊的統治を考えるのなら、最近岩手で黒札様が作り出している「鬼手一族」のように名家を体系的に纏めて運用した方が絶対にいいのは分かります。分かっているんですが……それだけの力とリソースと大義名分が存在しないというのが正直なところです)
(黒札様は対異界・対悪魔用の『決戦兵器』としての運用が最善。そんな名家を纏め上げるなどといった非常に手間暇がかかる雑事にお手を煩わせる訳にはいかない。
黒札様なら力で統制できるでしょうが……そんな些事に関わって心労で本拠地に帰る! と言われてしまっても困りますし……いざとなったらいうことを聞かせるぐらいでいいですか……)
魚沼地方近辺の悪徳名家を叩き潰すために活動を行い始めた静は、同じく黒札と協力体制の新潟市の名家「命蓮寺」と同盟を結ぶことを決意した。
特に『命運寺』は新潟の政治的中心地である新潟市に存在しており、新潟市の市議会議員たちも協力的であるため*10政治力は田舎の王様でしかない九重家より遥かに上だ。
実際、命運寺と協力している黒札によって、『霊能関係の風通しがよくなって根を張る霊能者や霊能組織に議員関係でアホな横やりが入ることはほぼ無くなるはず』という状況になっている。
新潟市の命運寺とも協力体制を取る必要があるか……と静はさっそく命運寺へと連絡を取っていた。
──―新しく発生した異界内部。本来ならば異界に入るなど生還を望めない死地そのものである。
だが、ガイア連合の霊的武器(ヘンテコ)を手にしている九重家の人々にとっては、異界何するものぞ! と武器を振るって悪魔を蹴散らしていた。
そして、それを指揮するのはデモニカ『バッシュ・ザ・ブラックナイト』を纏った静である。後方で指示を出している彼女とガイア連合の武器さえあればこの戦い勝てる! と彼らは信仰しているのである。
「『切り札』を出しなさい!!」
その静の言葉に、うおー!! と歓声を上げながら車輪付き荷台に乗せられた3mはある巨大な『ナイフ』が姿を現す。これはロボ部が開発した巨大ロボ用の『短刀』である。
(まだ人工筋肉が開発されていないため、ロボ部は巨大な武器だけが転がっているというシュールな状況になっている)これら開発された武器の実戦テストとして選ばれて九重家へとこの短刀は持ち込まれたのだ。
これほど巨大な物は人間が振るうのは難しい。ならばどうすればいいのか? そこで出た結論が『車輪付きの荷台にくくりつけて突撃させる』である。
「人間が使えないなら攻城兵器、対悪魔兵器として使えばいいじゃない」という静のシンプルな提案として、短刀を輸送できる車輪付き荷台が九重家たちの手によって作成され、それに巨体な短刀が固く結びつけられているというシンプルな武装であるが、当たれば威力は莫大である。
(ちなみに「映画撮影用の大道具」として偽装申請されてある。銃刀法? 知らんなぁ)
「行け──ッ! 突撃ィイイ!!」
うおおおお! と叫びながら九重家の人間たちが車輪付き荷台の真横の取っ手を押して動力源となり、短刀を載せた荷台は異界を疾走していく。
破城搥と化した短刀は、前方のガキたちを吹き飛ばし、凪ぎ払い、踏み潰していく。
さらにこれは人間を保護するために、荷台を囲む三角形の『屋根』も作られており、製造部で出た半端な素材の霊鉄を表明に張り付けてガキからの攻撃を防ぐようになっている。それはまさしく中世の『破城搥』そのものだった。
半覚醒やDレベル覚醒をしている九重家の人間たちが動力源となって、『破城搥』は異界を疾走していく。
これはこの異界が平地で障害物も少ないからこそ出来た方法である。異界の地形が険しかったらこんな攻城兵器など使用できない。
そんな疾駆する破城搥に対して、必死になってスライムやガキたちが霊鉄の表面に張り付こうとする。
「投石機を前に出せ! 魔石の欠片を詰め込むんだ! 撃てーッ!」
それに対して九重家の人たちが持ち出してきたのは、手製の小型の投石機……カタパルトである。
これに魔石の欠片を詰め込んで射出させる。魔石の欠片は黒札からすればゴミ魔石だが、それでも十分なMAGを秘めている。これが高速で当たれば低位悪魔なら十分なダメージを与える事ができるのだ。
(以前簡易ストーンを射出しようとしてタイミングをミスって爆発した事がある)
破城搥に接近しようとしたガキたちは次々と魔石の欠片の攻撃を食らって地面に叩き落とされていく。だが、それを見たガキたちは今度は後方の投石機部隊へと襲い掛かってきたのだ。
「スリング隊前へ! 迎撃しろ!!」
投石機に接近しようとしているスライムたちを迎撃するのは、魔石の欠片や簡易ストーンをスリングに詰めて投げつけるスリング部隊である。
ヒュンヒュンと回転されて投擲された魔石の欠片はスライムたちに対しても十分な攻撃力がある。
簡易ストーンを食らって爆発するスライム、魔石の欠片がめり込んでダメージを負ったスライムたちに対して、ガイア連合の格安武器を手にした九重家の人間たちが襲いかかり、スライムたちを倒していく。
そして、異界の奥へ疾走していく破城槌(短刀)は異界の主である『邪鬼ドンコウ(レベル3)』へと猛烈な勢いで突っ込んでいき、そのまま巨大な短刀の切っ先が3メートルはあるドンコウへと突き刺さる。さすがにガイア連合が開発した武器である短刀が突き刺さり、その強烈な一撃に耐え切れずドンコウは消滅していく。それと同時に異界か消滅し、膨大なMAGが九重家の人間へと流れこみ、彼らは皆次々とレベルアップしていった。*11
「うおおお! やったあああ!」
「俺たちだけで異界を攻略できた!! 俺たちは凄い!! 俺たちだってやれるんだ!!」
その大歓声の中、デモニカを纏った静は黒札を頼らずに自分たちだけで攻略したことに安堵していた。
これで九重家の者たちもLVアップできるし、自信もついた。ますます九重家の力になってくれるはずである、と考えているのだ。
「えっ? 自分だけで異界を攻略した?」
ドヤ顔でそう報告する静に対して、お、おう……そうか……と凍矢は若干引きながらも頷く。
確かに自分たちだけで悪魔を殲滅し、異界を攻略したというのは誇るべき事実だ。だが、それは極めて危なっかしいのも事実である。今回は上手くいったものの、下手をすれば九重家が半壊滅状態になる可能性すらあったのだ。それに心の中で頭を抱えた凍矢は、彼女たちに対して新たな支援を行う事を決意した。
「ええと……一反木綿式神数体にアガシオン・スパルトイ*12数体があれば何とかなるか……? これでしばらくは様子見をするか……。もしアレならアガシオン追加しなきゃなぁ……」*13