またマカーブルさんから黒死ネキのアイデアやAIイラストをいただいております。どうもありがとうございました。
―――魚沼シェルター内部。旧公民館内部。そこでは九重家の長であり黒札である凍矢のブレインでもある「九重静」は自分に充てられた作戦会議室で、様々な資料などを見ながら、ううむとうなり声をあげていた。
「ううむ……やはりこれは『あの方』の力をお借りする必要がありそうですね……。鳥煮亭総合学園のセイアさんの『未来視』もそちらのほうが吉と出ていますし……。仕方ありません。さっそくガイア連合に連絡を取りますか……。」
「我が身を女神イシュタム様に捧げる! 我を救いたまえ!! 楽園へと導き給え! なんですけど!!」
思えば人生は生まれた時から失敗していた。何もない人生だった。スラム生まれで、カッパークラスところか戸籍すらない。何もかもないない尽くしの人間だ。そんな人間が幸せになんてなれるはずもない。シェルターから出る炊き出しで何とか生きている程度。何の夢も希望もない失敗した人生ならば、さっさと楽になったほうがいい、と彼女は思っている中、スラム街で流行している一つの信仰を彼女は耳にした。
それは女神イシュタム。マヤ神話の自害を司る女神であり、特に名誉な死である『首吊り』を行う事で『楽園』へと導いてくれる神だ。人生に失敗して何とか炊き出しで生かされており、未覚醒で魔蟲やあらゆることで怯えながら生きているのなら、楽園で幸せになったほうがいい。それが彼女の判断だった。
「ぐえっ!!」
首吊りで暴れた時に、傍にあった棒が脇腹に突き刺さったのだ。それがちょうど支え棒になって彼女は完全な首吊りができず、延々ともがき苦しむ事になった。スラム街であり孤独な彼女を助けようとする人間など誰もいなかった。しかもその時に運悪く半覚醒したのか、今の彼女は首を吊っても中々死なない丈夫な肉体へと変貌していた。
(な、何で死なないんですか!? だ、誰か助けてほしいんですけどぉおおおおお!?)
両脇に棒が刺さり、首吊りしながら彼女は三日三晩ひたすらにもがき続ける事になった。普通ならあっさり首の骨が折れるか窒息死するか、というところをそんなに苦しむのは、彼女が中途半端な半覚醒したからである。そして、苦しみの中、彼女は必死で無意識の中で『何か』をつかみ取る感覚と共に、とうとう縄が耐え切れずに引きちぎられ、彼女は床へと落とされる。そして、無意識で掴みとった『何か』*1は彼女に後遺症もなく完全に覚醒している自分自身に気づいた。一気に記憶が流れ込んでくる中、彼女は茫然と呟いた。
「そうか……思い出した……。私は、オーディンだったんだ……」
そう、彼女は黒札とはまた別の『神の転生体』。魔神オーディンの転生体だったのである。オーディンの転生体が、九夜の間、棒(槍)に両脇を刺されて首吊り……まあ三日三晩だが……を行い続ければ、それはこれ以上ないほどのオーディンの逸話再現である。
こうして、彼女……欧州人とのハーフである『内海アオバ』はオーディンの転生体として覚醒する事になってしまったのである。
──―魚沼シェルター第一外壁内部。
実質ラグーン商会が仕切っているこの元スラム街は、かなり治安や生活水準も向上しており、『元スラム街』と言ってももはや普通の街と言っていいほどになってきている。(それでも治安がまだ安定しきってはいないが)
そして、第一外壁、第二外壁の元スラム街を統治しているのは、顔役である『ラグーン商会』である。覚醒したアオバは、オーディンの転生体ということで、ラグーン商会まで呼び出され、そのうちの一人である『ロック』と面談することになったのである。
「オーディンの転生体ねぇ……。最近イシュタムの信仰……首つりが流行していると聞いていたけど、まさかこんなのが出てくるとは」
タバコを口にしながら、ビクビクオドオドと怯えているアオバをロックは眺める。怯え切っているアオバだが、いきなりスラム街の顔役に呼び出されれば元々内気な彼女ではこうもなろう。
「ああ、安心していいよ。別に君に危害を与えるつもりはないから。見たところ、限界レベルはガイアレベルで20ってところか。ガイアレベル20まで鍛え上げれば立派な人材になるし、君には第三外壁のまとめ役になってもらうからよろしく」
今のラグーン商会の問題は、第一外壁、第ニ外壁の統治に加え、オカルト列車の護衛任務などとキャバオーバーになっており、第三外壁スラム街まで手が回っていないという大きな問題があるのである。九重家の紐付きであるロックにとって、第三外壁が掌握できないというのは、つまり九重家の影響が及ばない地域ができるということになる。それは統治上非常に大きい問題だった。そして、そんな状況でちょうどよく転がり込んできたのがオーディンの転生体であるアオバである。成長限界ガイアレベル20の彼女ならば、育て上げれば第三外壁スラム街を纏め上げるだけの実力はあるはずである。今のうちからラグーン商会……九重家の紐付きにしておいて、第三外壁を掌握させれば、九重家にとってもラグーン商会にとってもありがたい限りなのだ。
「あの……正直私はスラム街の顔役なんて性格的に無理だと思うんですけれど……。ほかの人にやらせたほうが……」
「他はまともな奴がいないし、すぐこちらに牙を剥いて反抗的になるし! 君は後ろでデン、と構えてくれるだけでいいから!! 交渉用のコワモテ人材とか護衛用の人材紹介するから!! 頼むよマジで!!」
焦りながらロックはアオバに懇願するように頼み込む。第一外壁、第二外壁だけで手いっぱいなどいうのに、さらに第三外壁にまで手が回らず、そうなれば独自勢力が生えてこちらに牙を向きかねない。
その前に第三外壁を束ねるスラム街の顔役(こちらの言うことを聞いてくれる)がどうしても必要なのである。そこにひょっこり生えてきたアオバを顔役にしよう、というのがロックの考えだ。
転生体の中には、強大な前世に影響を受けすぎて人格が歪んでしまったり、常識から外れてしまうパターンが多く存在する。そのため、ロックはわざわざアオバを呼び出して直接面接を行っているのだが、ほとんどといっていいほど人格汚染はされていないようである。これならば、安心してまとめ役を任せられるというものだ。
オーディン視点から見てみたらオーディンは知識のために自分の片目を犠牲にしたり、ルーンを得るためにイグドラシルに首つりをしたりするほど知識に貪欲な神である。そして、そんな神が黒札たちが運営するシェルターに目をつけるのは当然といえるだろう。
転生体を通して様々な黒札たちが作り出した術式や知識を獲得する。そのために転生体を作成した……と考えるのは不自然ではないだろう。つまり、アオバはオーディンが作り出した情報収集端末であるという側面である。
……だが、実際転生体はどこもそんな側面を持っており、彼女だけが特別なわけでもない。ともあれ、アオバはロックから合格を受けて、第三外壁スラム街の纏め役になることで話がまとまった。
「ともあれ、ちゃんと自分をもっておかないと転生元……オーディンに引っ張られるから気を付けておいたほうがいいぜ? 確か、カズフェルの転生体が始めは「メシアン許すまじ!」だったのが「「悪いのは過激派! 一般メシアンの人たちも俺と同じ被害者なんだ!」とか言い出す事例とか山のようにあるらしいしな。*2」
「あの……ちなみにもう一度首吊りすればイシュタム様の楽園に行けるんですかね……?」
おずおずと尋ねてくるアオバの疑問を、ロックはあっさりと一言で切り捨てる。
「いや無理でしょ。オーディンの転生体なんだから首吊りすればそりゃオーディンに回収されるでしょ。ヴァルハラに行きたければそれでもいいけど……。覚醒者が首吊りとか楽に死ねずに死ぬほど苦しむんじゃないかな」
「……ガッテムなんですけど。やっぱりこの世界はクソ&クソなのでは?」*3
「いや、お前さんも十分勝ち組だから……。上限ガイアレベル20とか勝ち組も勝ち組だからな? 好きなだけ彼氏も見つけ放題だし幸せな生活できるからな?」
「まあ、アレさ! 首を吊って死ぬのは別にいつでもできるしね!! 死ぬより楽しい事見つけて生きていくほうがお得さ!!」
そうかな……。そうかも……。と彼女はロックの言葉に渋々頷いた。
ともあれ、アオバは覚醒したばかりで到底スラム街の顔役になれるほどの実力はない。
そのため、ロックは自らのツテ(九重家のツテ)を頼ってアオバを魚沼シェルター内部へと移動。魚沼シェルターの修行場である【黄泉比良坂】を利用してアオバをレベルアップさせようというのである。
「ジオッ!!」
アオバの手のひらから雷撃が走り、【黄泉比良坂】のガキに命中して『感電』する。その感電したガキに向かって、アオバは自らの武器である愛用のパイプレンチでガキの頭を殴りつける。
「くたばれなんですけど!! くたばれなんですけど!!」
ガキの頭を何の迷いもなく殴りつけるアオバは、気弱に見えても流石にスラム街出身である。世の中の理不尽に対する怒りをパイプレンチに込めて、ジオと共に叩きつけるアオバは、たちまちレベルアップしていってレベル10にまで駆け上がっていた。これは現地民にしては驚異的な速度だが、ガキ……悪魔という自分の不満を叩きつけても問題ない対象を見つけたため、彼女は遠慮なくパイプレンチを悪魔に叩きつけているのだ。
オーディンの転生体である彼女は、その特性か電撃系の魔術を使用することができる。そして電撃系の『感電』の状態異常は極めて優れた威力を誇っており、その力によって彼女はみるみるうちに自分のレベルを上げることに成功していた。(当然黒札などには劣るが)
さらに、今まで読み書きすらできなかった彼女は、いきなり文字を読んだりするスキルが生えてきており、これもおそらくは知恵の神オーディンの力が発現したものだろう。ともあれ、『鳥煮亭総合学園』に入学して勉強を行っている彼女は、スライム(仮)も気にかけ、彼女の特性にあった授業を行っている。
そこで彼女が選んだのは『オカルト列車の整備班』としての勉強である。ジオ系の雷撃によるオカルト列車の各種装備の充電、さらにオカルト列車、シキガミ技術の整備など、彼女はみるみるうちにそれらを身に着けて、驚くべき速さでオカルト列車整備士へと変貌していった。……そこにオーディンの影があるかもしれないが、まあそれはおいておこう。*4
こうして、スラム街の顔役としての表の顔『オカルト列車の整備員』の技術を彼女は身に着けつつあったが、そんな彼女に対して、目をつけた一人の黒札の女性がいた。
彼女の名前は新条アカネ。*5鳥煮亭総合学園の『シキガミクリエイター科』に(気まぐれというかセフィロスニキのシキガミほしさで入学した)アカネは、ふぃ~と休憩中のアオバを見ると、おっと彼女の元へと近寄っていった。
「おっ、何だ何だ? 可愛い子いるじゃ~ん♪」
そういいながら、彼女はアオバのほっぺをつんつんとつつく。
ひぇ~と声をあげるアオバだが、彼女はアオバのほっぺの柔らかさがお気に入りらしく、つんつんつんとつつきまくった。今は大人しくしている彼女だが、苛烈な性格をしている彼女は、女神スカディをオバタリアンへと変化させて性奴隷に落とす『分からせ部隊』の一人である。性格はお世辞にもいいとは言えないうえに、割と怒りっぽいため接触には注意という転生者の一人だ。*6
そのため、凍矢の分身体であるスライム(仮)も近くてハラハラしながらアカネの事を見ている(いざとなったらアオバを逃がす予定)だったのだが、アカネはアオバの事を気に入ったらしいのはよかった、とほっと胸を撫でおろした。ともあれ、かくかくしかじかでアオバの事情を聞いたアカネは、ふんふんと頷いて言葉を放った。
「まあまあ。ふむふむ。なるほどねー。分かった! おねーさんが君の護衛用の悪魔とか作ってあげようじゃん! 強い悪魔を傍に従えればスラム街の雑魚どもなんかに舐められないでしょ!!」
「ん~。北欧神話系列で私好みの怪獣系列だと……【妖獣フェンリル】? 【凶鳥フレスベルグ】? 【邪龍 ニーズホッグ】? でもこの子だと制御できなさそうだしねぇ……。よっし! とりあえずちょっと北欧神話から外れるけど【邪龍ワイバーン】*7!! この辺りなら雑魚どもなんか粉砕でしょ!!」
「あ……あの……。嬉しいんですけれど、DLV92オーバーの超絶的存在なんて使役できないんですけれど……」
それはそう、とスライム(仮)は頷いた。アオバは成長限界がレベル20、今は鍛えている中のレベル10程度である。そんな状態でレベル28の邪龍ワイバーンなど制御できるはずもない。しかも邪龍は属性がDARK-CHAOSである。自分より弱い術者など迷いなく頭から貪り食らうだろう。
「えぇ~? しょうがないなぁ……。霊酒とか贈り物で忠誠度マックスにしても格上の邪竜だと暴れそうだし仕方ないかぁ。それじゃ【妖獣ガルム】*8行っとく? でもただのガルムじゃ面白くないしなぁ……。【勇敢なガルム】*9作ってあげよっか!」
合体事故などを利用して、自分よりレベルの高い悪魔を仲魔にして、霊酒やプレゼントなどで忠誠度をマックスにさせる。成長限界が厳しいこの世界では、自分よりレベルの高い悪魔を従えるというのは、極めて戦力的に有効な手段ではある。……だが、あまりに危険すぎるのでショタおじが真顔で「危険だからやめろ。(真顔)」と言ってくるレベルの禁忌の手段である。おまけにDARK-CHAOSの属性の悪魔ならば、例え忠誠度が高くても自分よりレベルが低い人間ならば頭から食べられる危険性もある。ともあれ、いとも簡単に【勇敢なガルム】を作り上げたアカネは、ついでに適当なCOMPも渡して、ガルムをアオバの仲魔へと登録した。
「ま、アオバちゃんの制御のこと考えればこんなモンでしょ! 自動的にレベルアップもしてくれるからメディア(LV14で覚える) リカーム(LV19で覚える)、 天狼牙(LV20で覚える)とか使えるようになればスラム街の雑魚どもに舐められないっしょ! この地は黄泉の【黄泉比良坂】もあるし、オーディン自体も蘇生と相性がいいだろうしね」
「あとはおねーさんの自腹でドクターネキ*10に頼んでゾイド系シキガミ買ってあげよっか! んー恐竜っぽくて威圧感があるゾイド……『ラプトリア』でも買ってあげよう!! 【勇敢なガルム】と【ラプトリア】型ゾイドシキガミを従えるならそうそう舐められないっしょ!! この程度大した出費じゃないしね!!」
それでも舐めてくる雑魚がいたら私自ら「お願いだから死なせてください」と懇願するような目に合わせる、と彼女は心の中でそう呟いた。スカディをオバタリアンに変えるほどの悪名高い『分からせ部隊』の彼女が本気を出したらスラム街など文字通り紙切れのように吹き飛ぶだろう。
ともあれ、彼女から大した金額ではないだろうが、わざわざ自腹で【勇敢なガルム】と【ラプトリア】型ゾイドシキガミを彼女のために用意するほど、アオバのどこが気に入ったのか、念のためスライム(仮)は彼女に問いかけることにした。
「可愛いから! もちもちほっぺしてるから!! 可愛いもちもちほっぺは正義だよ!! いやーゆかりさんの気持ちが分かるなー」*11
アオバのほっぺをつんつんつんとつつきまくるアカネ……とどこからか現れたのか、人魚ネキの分身である『舞』や『歌』も交じって三人でアオバのほっぺをつんつんつんしているのを見ながら、さよけ、とスライム(仮)はアカネがアオバの事を気に入った事に対してほっとしていた。
―――魚沼シェルター第三外壁。そこではあばら家やボロ家などが多数存在していたが、魚沼シェルターはスラム街の人材をがっつり囲い込む方針を取っているため、定期的な【炊き出し】や【簡単な仕事】【水汲み場】などが用意されており、救護ネキの強い意向により【大浴場】の用意や【天使石鹸】の供給も行っている。
そして、近くに開墾・開拓した畑や田んぼなどの農作業などを手伝ったりして、作り出した食糧を分けてもらってる。そうやって分けてもらっているキクリ米以外に、自分たちが独自に稲などを植えて作り出した米を使用したコメを炊いて、それを乾燥して保存食である『干し飯』を大量に作り出している。
特に厳しい冬であり、豪雪地方である魚沼地方は、食料を蓄えておかなれば外に出れず凍え死か飢え死してしまうため、スラム街でも食料保存を行っている。
さらに、保存食である『味噌』『切り干し大根』『漬物』『きりざい』(刻んだ野菜と納豆・身欠きにしんなどを混ぜた郷土料理)などを作成したり、近くの山で冬用の大量の薪を用意したりして冬に備えているのだ。そんなスラム街のバラックに住んでいて慎ましい生活をしていた家族は、そんな保存食などの用意をしている中、急にぴくん、と受信したように急に叫んだ。
「そうだ!!首吊りしよう!!」
「そうね!家族皆で首吊りが幸せよね!!」
「わーい首吊り首吊りー!!」
何かを受信した家族は大喜びで首を吊る用の縄を用意を始めた家族に対して、何者かかバン!と扉を開けると同時に、家族に対して魔術を叩きつける。
「パトラ!なんですけど!」
それは修行によって自分の才能限界のガイアレベル20まで上げたアオバである。今の彼女はオーディンの影響かある程度の魔術も使用することができる。彼女の【パトラ】によって家族は瞬時に正気を取り戻す。そこで、アオバはバラックの近くから逃げ出していく不審人物たちが一斉に逃げ出していったのを確認した。彼女たちが一瞬で首吊りに洗脳されたのは、イシュタムの力が込められた石を家の外に置かれて、その波長で一瞬で思考誘導されたためである。そんなイシュタムの信望者に対して、アオバは家の外に飛び出すと、そこから逃げ出している信望者たちに、アオバは自らの魔術を叩き込んでいく。
「マハジオ!!」
そんな風に逃げ出していくイシュタムの信望者たちや協力している【外道ヤクザ(レベル2)】を、アオバの放った【マハジオ】が焼き尽くしていく。さらに逃げていく彼らの後を【勇敢なガルム】やロックの手の物たちが追いかけて拠点を探り出していく予定である。マハジオを食らって黒焦げになってしまったヤクザやイシュタムの信者たちを、アオバは冷たい視線で見下ろす。
「ジオで焼いたヤクザや信望者を代わりに吊るしておくんですけど。イシュタム信者に対しての威嚇行為になるんですけど。」
いや、気弱とか言ってたけど、君スラム街の纏め役の才能あるよ……とロックは心の中で呟く。結界が弱いスラム街では、【外道ヤクザ(レベル2)]が沸く事もあるが、アオバはヤクザたちの脳天をパイプレンチで吹き飛ばし、ジオで次々と焼き払っていく。ロックたちの協力もあって、勇敢なガルムを引き連れたアオバは、たちまち第三外壁の有力者へとのしあがっていった。*12
そんな風にイシュタムの信望者を追い詰めていったアオバたちだったが、気になるのはイシュタムの信望者の多さである。第一外壁内部にもどこからかイシュタムの信望者が入り込んでいたのだ。これを重視したロックは、九重家の暗部のトップであるある女性に連絡を取ることになった。
そして、連絡を取ってすぐに、九重家の暗部のトップである女性、デモニカを装備しているわけでもないのに、ガイアレベル30に到達したいわゆる現地民の中では天才の中の天才である黒髪ロングで妖艶な雰囲気を宿している一人の女性。すなわち本名アルトリア・ジアロこと【ヴィルトゥオーサ】である。ソロモン72柱の二体【アムドゥスキアス】【アンドロマリウス】との二重契約を行っており、ガイアレベル30に到達している現地民としてみれば天才といえる彼女は、九重家の暗部の切り札の一人である。魚沼シェルター暗部の長である彼女はむせかえるような血の匂いが漂ってきており、その妖艶な笑みを向けられただけで未覚醒者は腰を抜かして逃げ惑うほどの霊圧を有している。
「こんにちわ。ロック。まだ第三外壁住民を掌握しきってはいないでしょう。私も力を貸します」
特に彼女が契約した悪魔【アンドロマリウス】は、邪悪を見つけ出し、振る舞いを理解し、泥棒やその他の邪悪な者たちを罰する権能を所有している。まさに対犯罪者としては最適の権能である。
アンドロマリウスの権能を使用すれば、まだ掌握しきっていないスラム街に潜んでいるイシュタムの信望者たちを徹底的に根切りにすることも可能だろう。そして、わざわざ暗部のトップを差し向けるということは、九重家のトップである静はこの件を非常に重要視しているということである。
「……貴女が出てくる、ということは静様はかなりこの件を重視しているという事で?」
「ええ、調査の結果にもよりますが……静様は『あの方』へ連絡を取る事も検討しているようです。どうしようか随分と頭を悩ませていたようですが……」
その彼女の言葉を聞いた瞬間、ロックの顔が引きつる。静が『あの方』に連絡を取るということは、それだけ状況が深刻であり、自分たちの手では負えないと判断しているということである。
『あの方?』とアオバはきょとん、と首を傾げる。
「……アオバも『あの方』の事は知っておいた方がいいだろうな。凍矢様と同じ、いやそれ以上に絶対逆らってはいけないお方だ。切れたら俺たちの命なんて紙切れのように吹き飛ぶぞ」
ぴえっ、とアオバは心の中で悲鳴を上げる。目の前の黒を基調をした黒髪ロングの女性……ヴィルトゥオーサですら、アオバにとっては腰を抜かして逃げ出したい相手である。それ以上の相手など到底アオバの想像のつく存在ではなかった。
「あ……あの……私はよくわからないんですけれど、このシェルターの黒札様に頼ってはいけないんですか?黒札様なら例えイシュタムであろうとも倒すことができるって聞いたんですけど。」
それはよく知らないアオバなら当然だろう。実際、以前凍矢はイシュタムを打倒した経歴を持っている。ならばもう一度、となるのは自然なことだ。だが、それをに対して、ロックはうーん、と腕を組んで考える。確かに何も知らない彼女はこう思うのも自然だからだ。
「うーん、なんと説明したらいいのか……。まあ簡単に言えば黒札様のメンタル保護のためかな。どうもこの一件もロクでもない事案が絡んでいそうだから、明らかになったら黒札様のメンタルが削れそうだし……。俺たちで解決できるのなら俺たちで解決しないとな。」
「……あと忠告だけど、ハマ機能付きの下着買っておいたほうがいいぜ?いやセクハラとかじゃなくて、皆の前で尊厳を守りたかったらな。俺も買ってるから……。恥ずかしくないから……。」
そのロックの言葉を聞いて、ど、どんな存在が来るんですか?めっちゃ怖いんですけれど……?とアオバは恐怖に震える事になった。
そこからしばらくした後、魚沼シェルターのターミナルを使用して、一人の女性が山梨支部から魚沼シェルターへと転移移動を行ってきた。暗部の長であるヴィルトゥオーサですら霞むほどの圧倒的な血の匂い、そして完璧には制御されているが、その圧倒的な霊圧は見る人が見れば、瞬時に高レベルの黒札の一人だと分かるだろう。黒髪ロングで黒のスーツを纏った妖艶な美少女。それこそが黒札の一人である『黒死ネキ』*13である。
九重家のトップである静のみならず、ヴィルトゥオーサ、ロックが優雅に一礼する中、彼女は鷹揚にそれを受け入れ、ヴィルトゥオーサに向けて話しかける。その中にはアオバも交じっているが、アオバは彼女を見た瞬間思わず漏らしそうになったのは秘密である。静かではあるがその圧倒的な威圧感はアオバからすれば『魔王か何かの顕現体か?』と思わず誤解しそうになっても不思議ではなかった。
「ふむ、久しぶりだな。ヴィルトゥオーサ。いつもお前の演奏は気に入っているぞ。定期公演を頼んだのは正解だったな」
「光栄の至り。黒死ネキ様のご要望があればいつでも」
ヴィルトゥオーサは、黒死ネキの要望に応え、定期的に彼女の元に訪れて自分の演奏を聴かせる『定期公演』を行っている。ソロモン72柱【アムドゥスキアス】と契約している彼女の演奏は世界最高峰の腕前を誇ると言ってもいい。【アムドゥスキアス】もその彼女の才能を認め、喜んで契約に応じたのだ。
そして、その全力の演奏を黒死ネキただ一人の前で演奏する。それこそが「定期公演」である。特に黒死ネキが気に入っているのは『死の舞踏:サン=サーンス-』の楽器演奏である。これだけでヴィルトゥオーサに金札を渡してやってもいいのでは? と黒死ネキが考えるほどのお気に入りなのだ。
ともあれ、黒死ネキは静とヴィルトゥオーサから大体の事情を聴く。「死神イシュタムの再臨」「そしてそれによる魚沼シェルターの強襲」恐らくこれを企んでいるのであろう、という予測に、黒死ネキは頷く。一応、静は黒死ネキに対して、以前凍矢が戦った「人類安楽死計画」のことも含め、イシュタムについての感想を聞く。
「ちなみに、黒死ネキ様から、イシュタムの思想は……」
「つまらんな」
静の疑問に対して、黒死ネキは一刀両断で切り捨てた。普段は完璧な霊的制御を行っている彼女がほんの少し、ほんの少しだけ揺らいで瘴気を放ち、それだけで霊的に相性が悪い静は思わず気絶しそうになる。
「つまらない上にクソウザい思想だ。目障りだしムカつくから殺すしかあるまいよ。」
無表情で淡々とイシュタムに対して敵意を明らかにする普段は享楽を重視する黒死ネキにしては、かなり珍しく嫌悪感を明らかにしている状態だ。しかし、黒死ネキの機嫌を損ねてしまったか?と慌てた静に対して、黒死ネキは静に対して狂暴な笑みを向ける。
「ああ、安心しろ。別にこの依頼を持ってきたお前に思うところはない。むしろ逆だ。よく持ってきた、と褒めてやりたいぐらいだな。これで直々に『ムカつく奴を直接殴ることができる』のだ。そうだな。『ストレス解消のサンドバック』と言ったところか。それにちょうどいいから試してみたいこともあるしな。」
そんな中、第三外壁に潜んでいたイシュタムの信望者たちは、ヴィルトゥオーサの【アンドロマリウス】の権能やロックやアオバたちによって大量に捕らえられている信望者に対して大いに脅威を感じていた。
これではイシュタム様からの命令……『イシュタム自身の再召喚』が行えない可能性すら出てきてしまった。……そう、凍矢の『魚沼シェルターの目と鼻の先で』である。
どうやら、イシュタムは以前凍矢に倒された事を酷く根に持っていたらしい。そのため、彼の根拠地である魚沼シェルターの目の前で召喚を行い、そのまま強襲をかけて魚沼シェルターへと襲い掛かる算段だったらしいのだ。凍矢を倒すことはできなくても、彼の大事にしているシェルターを無茶苦茶にする……少なくとも打撃を与えることができれば少しは屈辱が晴らせるはずである。多数の生贄によるMAGと「切り札」を使用すれば、LV80もの大悪魔として降臨して大打撃を与えられるはず……であるが、このままではどんどん弱体化顕現になってしまう。イシュタムの楽園『ヤシュチェ』で永遠にハピルマをかけつつけられている多数の魂の代価、そして「切り札」である女性……両手両足が切り取られて、多数の拷問跡がある全てに絶望した目をした少女が虚ろな目でぶつぶついっているのを司祭は見ていた。
「お願いします……。死なせて……。死なせてください……。お願いします……。何でもしますから……。お願いだから死なせて……。死なせてぇ……。」
「切り札」それはつまり『イシュタムの転生体である少女』である。この少女を徹底的に拷問して、心をへし折って死を望む気持ちを強くさせる……つまり、イシュタムとの親和性を高めた転生体こそが、イシュタム再臨の切り札である。自らが両手両足を切り落として、徹底的な拷問で追い詰めた少女が『いい感じに仕上がっている』のを見て、司祭は満足げに頷く。
「ふむ、ちょうどいい具合に仕上がっていますね。安心しなさい。「お願いだから死なせて」と殺し乞いをしてからが拷問の本番といいますが……。これぐらいでちょうどいいでしょう。イシュタムの転生体である貴女はイシュタム様降臨の最高の媒体となります。貴女の肉体を触媒として、イシュタム様は再度この地上に降臨するのです。」
「さあ皆イシュタム様降臨の儀を!!この地にイシュタム様の畏怖を知らしめるのです!!」
そして、その後しばらくして、ヴィルトゥオーサの【アンドロマリウス】の権能によりイシュタム信望者の拠点を叩くために強襲しようとしていた彼女たちは、それが手遅れだったことを知った。
死神特有の猛烈な死の気配が振りまかれる異様な気配の中、ヴィルトゥオーサは九重家の暗部の人員たちに退避を命じた。自分より遥かに強い大悪魔の気配に、到底九重家の人材では対応できないと判断したのだ。そして、拠点を破壊しながら猛烈な死の気配をバラまきながら出てくるのは【死神イシュタム(LV60)】だ。
本来はLV80で顕現する予定だったのだが、ヴィルトゥオーサたちの地道な活躍によって不完全で召喚されてしまったのである。
「ふむ、これはどうやら私の出番のようだな。お前たちは下がっていろ。」
黒死ネキは、ぱちんと指を鳴らすと、自らの【
そして、顕現したイシュタムに対して対面した黒死ネキは不敵に微笑みながら、死神イシュタムに対して言葉を紡ぐ。
「今の私の気持ちを一言で言ってやろう。「お前の思想はつまらない上にクソウザい。目障りだしムカつくから殺す」ただそれだけだ。」
「黙れ!!救いを求める人々に救済を与えて何が悪い!!皆救いを!幸福を求めているのだ!!幸福を求めている者たちに幸福を与える。それこそが神である私の役目だ!!」
そのイシュタムの言葉に対して、黒死ネキは小馬鹿にした笑みを浮かべながら挑発する。
「ほう?神としての役目だと?その言葉を口にしておきながら、やっている事が以前やられた田舎ニキに対しての復讐などやってる事が矛盾していないかお前?何が役割だ。自分の私怨で動きまくってるじゃないかお前。だから貴様はつまらん女だというんだ。」
その言葉に嫌な予感を覚えて、イシュタムは、黒死ネキに対して「天扇弓」を叩き込んでいくがその程度の攻撃が彼女に通用するはずもない。それらを回避しながら、黒死ネキは不敵にほほ笑む。
「何、つまらん女相手ならば、自分自身で場を面白くするしかなかろうよ。ちょうどよくヤバ女とヤバ女が二人で踊っているのをネットで見かけてな。*14あれを再現するのも悪くなかろうよ。ヴィルトゥオーサ。
「了解いたしました」
黒死ネキの言葉と共に、ヴィルトゥオーサは自分の楽器で音楽を紡ぎだす。曲目は『死の舞踏』。カミーユ・サン=サーンスが作曲した交響詩である。その曲に合わせながら、黒死ネキはイシュタムの懐に飛び込み、彼女の腰に手を回し、彼女の手を取ると、イシュタムの手のひらはバキボキ、と音を立てながら黒死ネキの手によって握りつぶされた。
痛みに悲鳴を上げるイシュタムに構わず、彼女はイシュタムをダンスパートナーにしながら、まるで人形か玩具のように彼女を弄ぶ。そのダンスによって、イシュタムの手足は粉微塵に砕け散る。だが、手足が砕けて踊れなくなるのを許すほど黒死ネキは甘くない。
「【ドロイド】」
黒死ネキは、イシュタムに対してドロイドをかけて、彼女の砕けた手足を無理矢理人形のように動かす。当然、粉微塵に骨が砕けた手足をドロイドで無理矢理激しく動かされれば、それは地獄の苦しみでしかない。
「ハハハハハハ!! ハハハハハハハ!!」
「がぁああああ!! あああああ!!」
それだけではなく、人形のように黒死ネキにダンスパートナーにされるイシュタムは、手足だけではなく、全身の骨が粉微塵になりながらも【ドロイド】によって操作されて人形のように弄ばれながらダンスパートナーとされる。全身の骨が砕け散りながらなお踊り続けているのはまさに地獄の苦しみそのものだろう。楽しそうにヴィルトゥオーサの奏でる音楽に乗って踊り狂う黒死ネキと反対に、全身の骨を砕かれながらそれでも【ドロイド】で無理矢理踊り狂うイシュタムの苦痛は想像を絶していた。
「【マハムドオン】!! 【ブフダイン】!!」
イシュタムは苦し紛れに、黒死ネキと踊り狂いながら黒死ネキにほぼゼロ距離でマハムドオンやブフダインを叩き込んでいく。だが、当然のごとくその程度の魔術が黒死ネキに通用するはずもない。彼女は【ムドダイン】相当である【飲むムドダイン】と言われる『魔酒ゲーデ」のハイエンド版を好んで口にするのだ。その程度の呪殺が通用するはずもない。逆に全て吸収するぐらいである。さらにブフダインも、田舎ニキの猛烈な冷気と比べればその程度の冷気など取るに足らない。
「【子守唄】!!【永眠の誘い】!!」
それを通用しないと知ったイシュタムは、今度は眠りにつかせる【子守歌】から眠りについた者を死亡させる【永眠の誘い】のコンボを炸裂される。……だが、これは人魚ネキの王道コンボであり、黒死ネキからすれば二番煎じ、三番煎じにしか見えず面白みが全くなかった。それを見て、踊り狂いながら黒死ネキは肩を竦めた。
「全く貴様はつまらんな。田舎ニキや人魚ネキの劣化コピーしかできんのか?一人遊びにも飽きたし、そろそろ始末してやるか。」
そうして、黒死ネキは飽きた玩具のように全身の骨を砕かれたイシュタムを勢いよく放り捨てると、壁に激突してずずず、と地面に倒れこむイシュタムを見下ろしながら言い放つ。
「つまらん女にはそれ相応の相手をしてやろう。お前は蛆の餌だ。【シシリッカ】」
黒死ネキの放ったシシリッカは、そのままイシュタムへと襲い掛かる。本来ならば単純に黒死病の症状になって襲い掛かるシシリッカだが、今回は特別にカスタムして、蛆の形へと変貌したシシリッカがイシュタムへと襲い掛かり、彼女の肉体を食らいつくす。その悲鳴を聞きながら、黒死ネキは楽しそうにほほ笑んだ。
「ははは、元から貴様の体は腐っていると伝承にあるからな。死肉を食らう蛆とは相性がよかろう?そのまま大人しく食われてしまえ。」
普段は黒死病の形で襲い掛かるシシリッカだが、今回は特別に無数の蛆の形へとわざわざ形を与えてイシュタムへと襲い掛からせている。これは、イシュタムの肉体が腐敗しているという伝承から、それならば腐敗している肉体には、それを食らいつくす蛆が最適だろうとわざわざシシリッカに形を与えているのである。蛆に肉体を食らいつくされていく恐怖に怯えながら、イシュタムは叫んだ。
「な、なんだ貴様は!?何なんだ貴様!?それ程の力があって、何故ガイア連合の犬なんてやっている!?なぜだ!?」
「ワンワンワーン」
そのイシュタムの言葉に対して、黒死ネキは面白そうに微笑みながら犬の真似をする。
「おやおや、蛆に喰われてカース・マルツゥ*15になるより、犬に食われて糞になるのがお望みかな?」
黒死ネキは穏やかなほほ笑みから、凶悪な笑みを変えてイシュタムへと言葉を放つ。
「よかろう。死神イシュタム。お前は犬の餌だ。何心配するな。死神を生きたまま頭から躍り食いできる絶好の機会だ。髪の毛1本血の一滴まで残さん。そのまま犬の餌になってしまえ。」
その言葉と共に、黒死ネキの体の一部が膨れ上がり、巨大な犬……『黒犬獣』へと変形してイシュタムをうなり声と共に睨みつける。そして、彼は巨大な顎から鋭い牙をむき出しにして、イシュタムへと襲い掛かった。
「お前はまるで犬のクソのような女だ。そのまま犬のクソになってしまえ」
人間より巨大な、まるで怪獣のような黒犬獣は鋭い牙をむき出しにしてイシュタムの肉体を食らいつくし、噛み潰す。そして彼女の肉体はバキボキと音を立てながら、黒犬獣によって貪り食われていた。だが、それでも黒犬獣の牙から出ているまだ咀嚼を逃れているイシュタムの腕は、とある術式を発動させる。
「【ヤシュチェ】!!」*16
そのイシュタムの最後の足掻きともいえるスキル【ヤシュチェ】によって、光り輝く首縄が生まれ、それが黒死ネキの首に巻き付く。おっ?という顔をしている黒死ネキに対して、その縄が強く引っ張られ、ごきり、という音と共に彼女の首の骨が折られて黒死ネキはいったん死亡する。このスキルこそイシュタムの切り札であり、実質的な相打ちスキル。絶対に相手を共倒れにするスキルである。だが、首の骨がおられて死亡しても、瞬時に黒死ネキは復活して微笑んだ。
「クソつまらんヤツだったが、MAG自体は割と美味いじゃないか。ゲテモノほど美味いと言うのは、結構正しい説かもな。ムカつく思想をバラまく奴を殴れたし、ゲテモノとはいえ美味いものを食えたしまあ満足というところか」
その彼女の言葉と共に、黒犬獣は高らかに咆哮した。
「あ……あわわ……。こ、腰が抜けて動けないんですけど……。助けてほしいんですけれど……」
「大丈夫だ安心しろ。……俺も動けない。ヴィルトゥオーサ様が守ってくれなかったら余波でもヤバかったな」
ヴィルトゥオーサがMAGの防壁を張って守護した二人だが、それでも黒死ネキの圧倒的な戦力によって二人とも腰を抜かしてしまったらしい。ハマ効果のある下着がなかったら、二人とも尊厳崩壊していただろう。
そんな二人を余所に、黒死ネキは食らったイシュタムから生贄になったイシュタムの転生の少女の魂を取り出し、彼女を輪廻転生の輪に導くことにした。
「イシュタムの要素をできる限り排除し、私のMAGの匂いにつけておいた。これでイシュタムに付け回されることもあるまい。後は輪廻転生の先で幸せになることだな。私にはここまでしかできないが。」
「……本当に、本当にありがとう。……あり……がと………」
その言葉とともに、少女の魂は輪廻転生の輪に戻っていった。
―――魚沼シェルター内部。旧公民館内部。凍矢の中心拠点地としての活動場所としてなっているその場所で、凍矢はとある報告を受けていた。それは魚沼シェルター外部に急に出現した「死神イシュタム」の件である。イシュタムの強大なMAGを探知した凍矢(分身)は慌ててその場に駆け付けたのだが、すでにイシュタムは何者かによって消滅させられていた。
「……死神イシュタムを倒した? 九重家だけで?」
「はい。(震え声)まあ……協力していただいた『外部協力者』はいましたが。(震え声)」
本来は完全に隠し通すつもりだったのだが、さすがにイシュタムが降臨したという事実までは隠し切れなかった上に凍矢がそれを探知してしまった以上、完全に隠しきれるわけにはできなかった。そのため、さらっと軽く報告するだけで流す方向性に切り替えたのである。
「……うーん。まあデモニカ部隊でも軍隊になればLV50ぐらいにはなるというし……。で、被害は?」
実際、イシュタム降臨時には念のためにほむらやシンジ、黒騎士部隊が魚沼シェルター内部でいつでも迎撃できる準備を整えていた。これは万が一黒死ネキが逃してしまった際に、魚沼シェルター内部に入り込む前に迎撃して黒死ネキと協力して確殺しようという考えだったのである。確かにLV60のイシュタムなら彼らが協力すれば十分迎撃は可能だろう。
「ありません。(震え声)」
「……被害なしで? 死神イシュタムを倒したの?」
「はい。(震え声)」
うーん……と凍矢は腕を組んで考え込む。まあ、凍矢の言う通り、LV30のデモニカ部隊でも軍隊として運用すればLV50のデモニカ部隊として十分大悪魔に対抗できる戦力になりうる。それにイシュタムはデビルサマナーではLV21であり、そちらならまぁ九重家自身で何とかできるだろう。
だが、あれだけのMAGのぶつかり合いがその程度のLVか? と言われると激しく疑問はある……が、まあ解決してるからいいか! と凍矢はそれを流す事にした。
これで解決してなかったら問題……というか凍矢自身が出張るのだろうが、もうすでに解決しました! となれば特にやることはないし、まあいいか……と流す事にしたのだ。
「まあ……いいけど。それよりピンチになりかけてたら真っ先に俺を呼んでくれよな。呼ばなくて魚沼シェルターに多大な被害が出たとかそっちのほうがマジでヤバイんだから。そんなになったらさすがに俺も怒るよ」
その言葉に、はい……と静は素直に頷いた。
逆襲(できるとは言っていない)