終末後、しばらくした後で、魚沼シェルターに転移装置を使用して自分の弟子を連れた一人の女性黒札が訪れていた。可愛らしい容貌に妖精を連想させるような可憐な衣服を身に纏った彼女の名前は『トトリネキ』幼い容貌をした美少女ではあるが、れっきとした黒札の一人である。
そして彼女が転移装置を使用して同じく連れてきたのは、一人の黒髪の鋭い目つきをした少年『エレン』である。*1
悪魔に襲われた彼は悪魔を倒す力を求め、トトリネキに弟子入り。そして悪魔を成仏させるための『施餓鬼米』製造を行えるようになったのだ。……もっとも『できるだけ悪魔を苦しめて倒したい』という彼にとって悪魔を成仏させる施餓鬼米の効果は不満そのものだというのが悲しい所だった。いわゆる『自分の資質と性格が合っていない』典型例が彼である。
トトリネキは自らの弟子としてエレンをこの魚沼シェルターへと連れてきて、一面に広がる田んぼを見せていく。
「うんうん、ここの『キクリ米』は君や私の『施餓鬼米』と相性バッチリだしね♪ 君の『施餓鬼米』も大量に必要とされるんだからここで大量にキクリ米をまとめ買いしていこうね~」
魚沼シェルターからすれば『施餓鬼米』を作成するために大量の『キクリ米』を購入していくトトリネキはまさにお得意様である。キクリヒメは現世と冥府を繋ぐ神であり、その彼女の力を秘めた『キクリ米』は飢えと渇きに苦しむ霊魂に対しても親和性が高い。元より親和性の高い霊力を秘めたコメを使用する事によって、黒札であるトトリネキはもちろん、現地民であるエレンは比較的簡単に『施餓鬼米』を作成することが可能なのだ。
「できれば農地できちんとキクリ米を苗から植えて米を作成する所から始めたほうがいいかもだけど……。それだともう農家になっちゃうからね。君にとっては不満か~」
それを聞いて、エレンはあからさまに不機嫌になる。堕天使によって襲われた彼は「悪魔をできるだけ苦しめて死なせたい」という強い復讐の思いを持っている。こんなところで農家になってのんびり暮らすなど彼の本意とは反対であり、本音では最前線に立ってバリバリに戦いたいのだが、そのための力がないのが実情だ。
「それよりもトトリネキ様。今回は俺の『能力の強化』の話なんですが……本当なんですか? 本当に俺の能力が強化されると?」
「うんうん♪ 君の能力強化に最適な神が一柱いるからね。彼……いえ、彼女の力を借りれば君の霊能力向上間違いなし!! 満足できる結果になるかも!!」*2
ともあれ、彼女たちは魚沼支部の中枢部ともいえる旧公民館内部へと足を踏み入れる。そこでトトリネキは同じ黒札である凍矢と面会して凍矢が引き連れている一人の女性とエレンを引き合わせる。ロングヘアを三つ編みにして肩に流している髪型、ふんわりとした雰囲気とガーリーな服装で身を固めた彼女は、まさに『綺麗で穏やかな女性のお姉さん』といった感じである。そんな彼女はエレンに対してにこりと微笑みながら言葉をかける。
「こんにちわ。その子が聞いていた子ですね? なるほど……ううむ、無茶苦茶徳を積んでいますね……。これは高僧レベルの徳の積みっぷりですよ……」
「初めまして。私は『桑山千雪』。女性の姿をしていますが本来の姿は『破壊神ザオウゴンゲン』です。よろしくね」
「ざ、蔵王権現!? 蔵王権現ってあのイカつい顔をした仏像の!?」
そう、彼女……『桑山千雪』こと『ザオウゴンゲン』は以前敵対したが現在では凍矢の仲魔の一人である。
そのふんわりとした外見と異なり、ザオウゴンゲンはバリバリに前線に立って戦うタイプであり、『破裂の人形』と共に凍矢を守るために前線で悪魔たちと殴り合いを行っているのだ。
蔵王権現は日本独自の仏であり、同時に日本特有の山岳宗教である「修験道」の本尊でもある。その右手の三鈷杵は天魔を粉砕する相を示し、左手の刀印は一切の情欲や煩悩を断ち切る利剣を示すため、降魔の力は凄まじいの一言だ。
彼女は、新潟の大霊山ともいえる『八海山』に結界を張り、そこで強くなりたいもの、覚醒したいもの、またはペルソナ覚醒をしたい者たちを山岳で厳しい修行をさせる「修験道修行」の大元締めでもある。*3
また、魚沼シェルターや中越地方のシェルターは霊山である『八海山』からの地脈供給によってガイア連合のシェルター結界が行われているため、そこの管理を任されているということで重要な任務を任されている。
……とはいえ、普段は配下の天狗たちに八海山を任せて凍矢の仲魔として魚沼シェルターに存在しているが。
……なお余談ではあるが、彼女の分身として『デモニホ軍曹』が存在しており、魚沼シェルターの新入りの現地民のデビルバスターやデビルサマナーたちに対して『デモニホブートキャンプ』を行っているとかいないとか。*4
蔵王権現である彼女が女性化しているのは、三重第二支部デビルハンター(バスター)事務所*5に存在している魔神『愛染明王』こと『ハナコ』と同じく昔は忿怒の顔こそが【強い対魔】に繋がっていたが、今の時代では女性の見た目でも【強くて友好的な神仏】と判断され【親しみやすい】けど【強い存在】に繋がるから、という理由である。(なお当然黒札受けがいいなどという理由もある)ともあれ、エレンの疑問に対して、千雪はにっこりとほほ笑んでそれに答える。
「はい♡貴方の場合、『施餓鬼修法で徳を積んで高位の仏尊の加護なり守護をもらったほうがいい』とトトリネキさんが判断したので、私……ザオウゴンゲンの加護を与えようかと。私は修験道の主神でもありますが、同時に密教系の仏神でもあります。徳を積んだ高僧に対して私の加護を与えるのは実に理にかなっていますね」
本来、蔵王権現を始めとする仏教の神々の力を加護を受けるには厳しい修行なり徳を積むなりの行為が必要となる。だが、エレンの施餓鬼米は力ずくで成仏させるのではなく、無念を抱えた霊たちを成仏させるという非常に徳の高い行為だ。しかもそれを多数行っているので、今のエレンには非常に高い『徳』が溜まっている。そんな高い徳を積んだ高僧に仏教・修験道の神である蔵王権現が加護を与えるのは実に理にかなったことである、とトトリネキも千雪も判断したのである。
「つ、つまり、俺にザオウゴンゲン様の加護が与えられると!?」
「はい♡貴方ほどの高僧レベルの徳の高さならば、私が加護を与えるのは何も問題はありません。それではさっそく行いましょうか。」
ついに自分にも悪魔を苦しめて殲滅できる攻撃的霊能が!!という期待に、エレンはうぉおおお!!と喜び勇んで向かっていった。
―――魚沼シェルター内部に存在する『黄泉比良坂』修行場。
ここは色々あって存在している『黄泉比良坂』の異界を利用して修行場としている異界である。最上階は大改造が行われ、もはや都市ともいえる形に変貌しており、ここで以前馬ニキが提案した山ブドウとタケノコ栽培・加工や果樹園で仙桃を栽培したり大規模なノロイ米栽培が行われており、それらを外界に販売している。
最上階は凍矢やその家族が隠居するための冥界の安息地としての側面が強く、いざ隠居しても不自由な生活をしないように今から様々なインフラが建設されており、快適に暮らせるための場所として変貌しているのだ。
そして、その第三階層で、エレンはキクリヒメの力でガイアレベル15まで弱体化されているヨモツイクサとヨモツシコメと向き合っていた。彼は、指でいわゆる『刀印』を作りだし、蔵王権現の真言を唱えて四方に向かって刀印を振り下ろす。
「うぉおおおお!! 食らえ!! これがザオウゴンゲン様からもらった俺の新しい対悪魔の力!! これを食らってくたばれ悪魔ども!! 防護結界『四方拝』ッ!! 」
エレンは蔵王権現からもらった加護の力を発動させ、見事に仏教・修験道寄りの『防護結界』の発動に成功していた。その防護結界はガイアレベル15のヨモツイクサやヨモツシコメたちを完全に防御できるほどの結界である。それを見て、蔵王権現である千雪も彼の師匠であるトトリネキもおおー!!と思わず歓声を上げた。ここまで見事に見事にスムーズに結界を張れるとはさすが高僧レベルの徳の高さ!と喜ぶ二人を後目に違うそうじゃない……とエレンは見事なorzの状態になって酷く落ち込んでいた。
施餓鬼修法で積んだ徳を持っている今のエレンはそこらへんの高僧など及びもつかないほどの徳の高さである。これほどの徳の高さならば自分の力を与えても問題ない、と判断した蔵王権現は修験道・仏教系の『防護結界』を与えたのだ。*6
……まあ当然のことながら防御結界では悪魔退治はできないため、エレンはorzになっているのだが。
「いや、「悪魔から家族を守れる力が欲しい」というので防護結界の加護を与えたのですが……。これなら十二分に悪魔から家族を守れますよ? レベル15以下の悪魔からの襲撃から身を守れる結界を展開できるなんて大したものです。うまくすれば『エストマ』も覚えられるかもしれません」
「そうなんだけどそうじゃない……。確かに『いざという時に悪魔から家族を守る力が欲しい』って言ったけどさ……。」
そんな落ち込んでいるエレンに対して、ザオウゴンゲンこと千雪はやれやれと肩を竦める。現地民としては破格の才能を持っているのに何が不満なのだろうか? これだけの僧侶としての才能を持っているのだからそちらの才能を伸ばしていくというトトリネキの判断は彼女からしてみても実に正しいと判断していた。
「何で結界なの……? もっとこう攻撃系のとかないの……?」
「そりゃ僧侶といえば結界でしょう。仏教でも修験道でもどちらでも結界は得意中の得意。貴方ほどの高僧が高位な結界を構築できるのは実に道理にかなっています。」
僧侶といえば最も得意とするのはやはり『結界』である。本来の仏教における結界は「修行の秩序や清浄な環境を守るための制限区域」であり、それを作り出す僧侶は結界構築のエキスパートと言えた。そして、そこから悪魔たちを退ける結界にも長ける事になったのだ。施餓鬼修法で高僧レベルの徳を積んだエレンにとっては、まさに身を守るための最適な手段といえるだろう。
千雪は腕を振るって防護結界に阻まれているヨモツイクサやヨモツシコメを消し飛ばすと、そのまま会話を続ける。
「実際、レベル15までの悪魔を退けられる結界を張れて施餓鬼米で敵悪魔を牽制できるなんて上澄みですよ? あなたのトラウマと同じようなレベル20の堕天使に囚われてもかなりのところまで抵抗できるでしょうし。あとは時間を稼いで救援を求めれば助かる確率は飛躍的に高まります。家族を守りたいというのなら最善の能力ですよ? 普通の人間はそんな能力なんて喉から手が出るほどほしいんですからね。」
「それはそうかもだけど……。もっとこう悪魔どもを薙ぎ払えるような能力は……?」
贅沢だなぁ、と千雪とトトリネキは二人そろって思いながら、千雪は顎に指を当ててうーんと考え込む。
「ふむ……貴方の素質からすると『不動金縛りの法』とか覚えますか? 『不動金縛りの法』は貴方の素質にもあっていますし、私もスムーズに加護を与えることができるのでおすすめです!!」
『不動金縛りの法』は文字通り悪魔を金縛りにする真言であり、高い僧侶の素質を持つエレンにとって極めて親和性の高い真言である。『防御結界』『施餓鬼米』に加えて『不動金縛りの法』を覚えれば護身のためにも家族を守るための大きい力にもなる。蔵王権現こと千雪は純粋な善意から提案しているのだが、エレンのお気に召す答えではなかったらしく、彼はがっくりと肩を落とした。
(護衛用に私……ザオウゴンゲンの力が籠った『三鈷杵』*7でも渡そうと思いましたが、前線に飛び出していきそうですしね……。黒札様とその友人から「後方にいさせるようにしてくれ」と言われた以上それに従うしかないですね。『施餓鬼米』と『防護結界』の二つがあれば十分自分自身も身内も守れるでしょう)
実際、マントラには攻撃的な呪術はそれなりに存在する。例えばインドラ神……帝釈天の力を借りて雷撃を放つ帝釈天雷霆真言、不動明王の力を借りて炎を放つ不動明王咒真言、降三世明王の力を借りて大量を滅ぼす降三世明王咒などだ。だが、彼女はそれら攻撃的なマントラを教える気はないし、自分の力を籠った『三鈷杵』なども渡すつもりは毛頭ない。そんな力を与えたら喜々として前線に飛び込んでいってしまうからだ。
千雪……蔵王権現からしても、これほどの高僧が前線に飛び出してあっさりと死んでしまうのはあまりに惜しい。そんなミカサ、トトリネキ、千雪の思惑が合わさって、エレンは今日も「悪魔を苦しめて死なせる戦闘的力」は与えることはなかったのである。しかし、エレンの徳の高さと僧侶としてのずば抜けた才能(現地民にしては)に対して、修験道の主神である蔵王権現は、思わず彼を育てたい欲がむくむくと湧いてきた。
「ううむ……。しかしこれほどの力と才能を発揮するとは……。エレンさん貴方『修験道』……『神通力』*8か『マントラ』のカルトマジックの修行を積んだほうがいいと思いますよ。どうですか? 修験道学んでみませんか?」
カルトマジック。それは簡単にいうと『人間が用いる各地の信仰に根付いた土着の信仰魔法』である。
この中でも『修験道』『神通力』は日本の神道をベースとして、中国から渡来した仙術や真言密教等の影響を受けつつ、山岳信仰と結びついた日本独自のカルトマジックである。その特質は破邪の力による破魔による退散術と回復に特化されており、修験道はより回復に特化しているといえる。
修験道の神である蔵王権現にとってはまさに得意中の得意といえるカルトマジックであり、人間の術者に対して修験道を教える事も十分可能である。
……なお欠点としては、普通に非常に厳しい修行を積むということと時間がかかるということである。そもそも修験道自体が山岳信仰で人里離れた山奥で修行を積むのがそれが普通なんだから当たり前でしょう? というのがザオウゴンゲンの考えだ。
「いや山奥に籠って長年修行するとかミカサに怒られそうだし……ミカサも心配だし……とりあえずナシで。」
そのエレンの言葉に、そうですか……と千雪は残念そうに答えた。まあ、マントラを身に着けて攻撃的呪法を覚えるより今のままのほうがいいですね、と彼女は心の中で納得していた。
「よし、それじゃいきますよー!」
一方、トトリネキは自分の作り出した高性能の『施餓鬼米』が高位悪魔に対して通用するかの実験・研究を行っていた。そして、その実験台として選ばれた運の悪い存在が、邪竜『アジ・ダハーカ』と融合して魔人へと変貌した『法龍院シンジ』である。いや、でも『施餓鬼米』って確か能力は『広範囲の破魔攻撃』でしょ?そこまで警戒する必要はないんじゃ……と思っているシンジに対して、アジ・ダハーカは猛烈な警告を行う。
『止めろ!!逃げろ!!避けろ!!でなければ死ぬぞ!!』
アジ・ダハーカはとっさに“巨人殖装(ギガンティック)”を発動させ、『ガイバー・ギガンティック』へと変貌させたのを見て、シンジも本気でトトリネキの撒く高性能の『施餓鬼米』を回避にかかる。
高速移動してコメを回避するシンジとアジ・ダハーカではあるが、その回避を嘲笑うように高速でホーミングしてくる高速ミサイルもかくや、という高性能施餓鬼米を見て、アジ・ダハーカは思わず絶望の叫びを上げる。
『うわぁぁあ!!! か、躱さなきゃ、し……あかん、追尾性能が、よけ……はや……!!ぐわぁああああああ!!』
「ア、アジ・ダハーカ&シンジダイーン!!」*9
高性能施餓鬼米が着弾した瞬間、凄まじい爆発が彼らを包み込む。『ガイバー・ギガンティック』になっていた彼らはその分厚い霊的装甲がなければ死んでいたであろうほどの威力だ。
もしアジ・ダハーカ単体ならばその威力だけで死亡したであろう威力はまさにガイア連合の超兵器といっても過言ではない。キクリヒメの『ディアラハン』でボロボロの体を全回復しながら、思わずアジ・ダハーカは愚痴を放つ。
『し、死ぬかと思った……。そもそも『施餓鬼米』って効果は『聖属性広域即死魔法マハンマの効果』のはずだろ!? なんであんな強力な爆弾みたいになってるんだよ!! おかしいだろ!?』
「あーまあ……。ドンマイ」
ボロボロから全回復して愚痴をいうアジ・ダハーカに対して、凍矢は思わず慰めの言葉をかける。彼としてもほむらに続いての実力を誇るシェルター防衛の要をこんなところで失わせる気はなかった。魔人となったシンジはなんだかんだでアジ・ダハーカと相棒となっていい関係のままで魚沼シェルター防衛に貢献しているのだ。
「ところで、黒札に同胞? 分霊? が狩られまくった事については?」*10
『あいつらアホちゃうか? あんな強力な黒札に突っかかっていくなんて……。まあ邪竜としての本能が抑えきれなかったんだろうなぁ。気持ちはわからないでもない。我はしないけどさ!!』*11
それを聞いて、凍矢はさよけ、と軽く流した。
愛染明王ハナコが「先に唾つけやがったなこいつ……」という顔をしてそう。