「というわけで、平家になりました」*1
「何で???????」
馬ニキの治める長野県上田市に存在する『浦野牧』派出所。シェルターとしておよそ2000人程度の人々を保護しているこの場所は、現状では『派出所』から『支部』へとさらなる拡大を目指してシキオウジロボの導入など様々な活動を行っている。
馬ニキがここを支部ではなく、派出所にした理由としては「デパート【ジュネス】を勧誘するだけの資金も市政の強いコネを持っていなかった」「長野県は人口が少ない田舎であること」「馬ニキが長野県全域をカバーしようと欲張らずにまずは小ぢんまりと始めよう」とした理由がある。
だが、終末環境では霊道だけではなく、やはり大ターミナルがなければ物流が不便であり、馬ニキは『浦野牧』派出所を支部へと格上げして大ターミナルを作るべく活動を始めたのだ。
新潟県と長野県という隣接する県であり、わりと距離的にも近いシェルターを運営している男性黒札ということもあって、凍矢は馬ニキのところにはわりと遊びに来ている。お互い酒を飲んでどうでもいい話をダベって気晴らししたり相談に乗ったりと割と仲のいい関係である二人は、今日も馬ニキの家に遊びに来たのである。
そして、ダベり始めてからのいきなりのこれには、さすがに凍矢も驚いていた。
「いや、そうか……。馬ニキの本霊って『馬背神』じゃなくて英傑『平維茂』だっけ……。どうも『馬背神』のイメージが強すぎて……。なるほど。それなら不思議でも……」
「いや、ちょっと家系を捏造して自分から平家に……」*2
「本当に何で???????」
「黒札」というブランドだけで大半の神や悪魔、人間や権力者たちから特別な目で見られるのがこの終末の世界である。そんな時代にわざわざ「平家」というブランドがいるか? となれば凍矢的には首を傾げざるを得ない。だが、馬ニキ自身が望んだ事なら「いや……。まあいいんだけどさ……うん」と凍矢は馬ニキのその辺の事情をスルーした。
ともあれ、凍矢は自分が持ってきた霊酒と馬ニキが用意した美味だれ焼き鳥やワサビ漬けなどを肴にしながらどうでもいい話をしていく。それほど高級な霊酒やトリコ系食べ物でもなく、安酒(彼ら基準)と野沢菜漬などのおつまみを口にしながらどうでもいい話をお互いに話していく。(なおお互いまともに聞いてない事もある模様)
お互い霊酒を飲んでつまみを食べながらどうでもいい話を愚痴っている中、ふと凍矢は馬ニキの本霊『平維茂』についての情報を思い出す。平維茂は鎮守府将軍や信濃守などを歴任し、軍事的な実力者であり、卓越した武勇と合戦の逸話を持ち、鬼女紅葉伝説で彼女を倒し、越後国(現在の新潟県)を本拠地とする有力豪族「越後城氏」の祖ともなった存在であり、新潟県とも縁の深い英霊でもある。
(しかし、平維茂って将門公を倒した平貞盛の養子(甥)だから、将門公から見たら「敵の息子の転生体」に見えるんじゃなかろうか……? まあ、俺たちが将門公に関係することはあんまりなさそうだしいいか)
こうしてどうでもいい話をしてストレス解消をするのがいつもの二人である。魚沼と上田という割と近い場所の二人の黒札ということで、二人はわりと仲が良くそれなりに飲み会もする中である。
馬ニキはどうも自分は小じんまりとした『浦野牧』派出所を運営しているのに対して、それなりに大規模な魚沼シェルターに対して劣等感を持っているらしく、時折愚痴を吐くが、凍矢にとってはいつものことなので、その愚痴を受け流していく。
「あーあ。そっちが羨ましいなぁ。劣等感がパルパルしてしまうわ……。」
とはいうものの、馬ニキはレベルも60代というシキオウジロボと同レベル程度ある現地民からしたら大英雄クラスであり、最近はシキオウジロボも導入しようと色々働いている。派出所から支部にするために懸命に働いて、大ターミナル導入のためにシキオウジロボも導入するために頑張っているとかもう十分すぎるほど立派なのでは? と凍矢は考えていた。
(山梨支部のニート系黒札やそれ以下のろくでなし未覚醒黒札を見ながら)
(今でも十分だと思うんだけど、馬ニキも気合を入れて一大勢力である諏訪大社を取り込んでトップになって君臨すれば、東信地方と北信地方を纏め上げれば長野県の半分ぐらいは支配すれば十分俺と同じぐらいになれると思うんだけどなぁ……。まあ本人にその気がないなら仕方ないか。)
凍矢からすれば、「シェルター運営してるだけで百点満点!! 滅茶苦茶偉い!!」と「気合い入れて長野県の半分を支配してくれればこっちも楽なのにな~」と「心が二つある~」の状態である。
(なお、馬ニキのプライドも考えて口には出さない模様)
実際馬ニキからしてみれば「魚沼支部を立ち上げてからずっと借金漬けで馬車馬のごとく働いていた田舎ニキを見て、ほどほどで良いと学んだ」らしいので、無理に大規模になろうとするより、今のまま地道に支部として拡大を目指していったほうが凍矢としても非常にありがたかった。
馬ニキのコップに霊酒を注ぎながら、最近支部にするために頑張っている馬ニキに対して凍矢は癒しの言葉をかける。
「いや、馬ニキは無茶苦茶頑張ってるよ。シキオウジロボも大ターミナルも導入しようとしてるんだろ? シキオウジロボが導入できれば『浦野牧』派出所の防衛も安定するし。馬ニキ自身はどう思ってるか知らないけど、上田市シェルターも山梨支部を守る防衛拠点……山梨を守る『盾』だよ? 位置的に考えると。そこの防衛が安定したのは喜ばしい事……。」
「えっ?」
「えっ?」
お互い顔を見合わせる馬ニキと凍矢。どうも馬ニキ自身もあんまりそんな自覚はなかったらしい。
馬ニキの『浦野牧』派出所が存在しなかった場合、日本海側の上越市側から侵攻された場合、長野市もほぼ壊滅状態であることを考えれば、そのまま上越市→長野市→上田市を通して敵戦力が山梨支部に直撃されることになる。
山梨支部防衛を考えれば、上越市→長野市からの侵攻ルートを防いでくれる馬ニキの『浦野牧』派出所はまさに北神奈川支部と並ぶ『山梨の盾』『山梨の北側を遮断する、防衛ラインの最重要拠点』と言っても過言ではない。
上田が突破された場合、敵はそのまま千曲川沿いに南下して佐久盆地へ至り、そこから八ヶ岳の東側、小海線・国道141号ルートを通って山梨(甲府盆地)へ一直線に侵入することが可能になってしまう。つまり、上田は「山梨の北の門番」なのである。
だが、当の本人の馬ニキの言葉はこうである。
「山梨防衛? 山梨ってショタおじとエンドコンテンツ・星霊神社ダンジョン深層に挑み続ける修羅勢複数がいるところだから防衛力過剰ですね。上田市が外郭防衛拠点とか意識したことないです」*3
その馬ニキの言葉に、お……おう。そうか……。と凍矢は答える。
ここらへんは山梨防衛に力を入れているキノネキと「山梨支部? ショタおじや修羅勢がいるから大丈夫だろ」と考える馬ニキの大きな違いだろう。そして、黒札全般的には馬ニキの考えが一般的であり、キノネキのように山梨防衛まで考える黒札が少ないというのが現実なのである。
(それはいいんだけど、例えばメシアンの軍勢が日本海→上越市→長野市と侵攻してきたら真っ先に狙われるのは上田市シェルターになるんだけどいいんだろうか……。まあでも一生懸命支部にするために頑張ってるし大丈夫か多分)
実際馬ニキは派出所から支部にするために頑張っており、シキオウジロボなどを設置するために頑張っているらしい。シキオウジロボとそれと同レベルの馬ニキがいれば、霊的防衛としてはメシアンの軍隊が攻め込んででも来ない限り大丈夫……なはずである。さらにいざとなった凍矢は真っ先に飛来して援護を行うつもりだし、魚沼シェルターからも防衛戦力を出す気満々でもある。
「ともあれ馬ニキ。何かあったら真っ先に俺呼んでくれ。頼むから山梨に帰るとか言わないでくれよな……。帰るとか言ったら俺は寂しくてオンオン泣きつくからな……。」
凍矢からすれば馬ニキは気軽に愚痴を吐いて馬鹿話もできる男性黒札であり、メンタル安定にも重要な存在である。そんな彼が何もかも嫌気が指して山梨支部に帰るということは、凍矢自身の愚痴相手もいなくなる→メンタル悪化になるということである。そのためならすぐに駆け付けるつもりであった。
だが、当の馬ニキはそれを聞いて思わず呆れた顔になった。
「なにそれ怖……。というかそんなこというなよ。ナマモノネキのいいネタにされるじゃねーか。
ああ嫌だ嫌だ。とにかく飲もう!! 飲んで忘れるぞ!!」
〇なおその後
馬ニキ「田舎ニキがあんなこというからやっぱりナマモノネキにネタにされたじゃねーかよ! どうするんだよこれ!!」
田舎ニキ「俺は悪くねぇっ! 俺は悪くねぇっ!! というかナマモノネキどこからこんな情報得てるんだよ!?」
ナマモノネキ「分かった!では田舎ニキではなく田舎ネキを……。」
馬ニキ&田舎ニキ「「そういう問題じゃねーんだよ!!」」
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