──―それからしばらく後。
凍矢は山梨支部の修行異界へと訪れていた。
ここでは、特有の『式神遠征』でパーティを組んだ式神たちが一緒にダンジョンに潜ったり、または修羅勢と呼ばれる黒札の中でも指折りの強者たちがダンジョンに挑戦したりと非常に賑わっていた。
このガイア連合最大の拠点では、【回復サポート】や【装備修繕】【アイテムサポートあり】 【修行場完備】と非常に装備が充実しており、山梨支部から一歩も出ない黒札たちも多数存在する。
凍矢もここに来るのは久しぶりだったが、以前よりも遥かに賑わって和気藹々としているのは肌で実感できた。
彼があまりここに来ないのは、純粋にあれやこれやとクソ忙しくて来る暇がないだけである。
そんな中、凍矢は顔見知り、というか時々掲示板で話を行うとある黒札……『美大生ネキ』鈴原るるを見つけて声をかけていく。*1
「おっ、田舎ニキじゃん。おひさ~。君がここに来るなんて珍しいじゃん。どうしたの?」
彼女は【悪魔変身能力】デビルシフターの力を秘めており、【鬼女ダーギニー】に変身できるが、その人食いの特性を危惧したショタおじの手によって【ハオマ】や 【ノルン】などにも変身できるようにして、食人鬼にならないように調整されている。
悪魔変身能力者俺たちの中では【やや地雷持ち】ではあるが、それでも修羅勢の一人であることは間違いない。
「えっ? 九頭竜? うーん、僕はパスかな~。だって岩石と土の塊じゃんアレ。食べるところないし美味しそうじゃないしねぇ~」
まあ、それはそうだ、と凍矢は彼女の言葉に納得した。
彼女のモチベーションは「美味しい物を食べたい」であり、岩や土の塊であるクズリュウと戦う理由がない。
しかし、彼女に話しかけたのはそれが主な理由ではない。
「えっ? ほかの良さそうな修羅候補? うーん、ああそうだ。ショタおじ超えを目指してる効率厨ニキ……もとい、マーラニキ*2がいるじゃん。あの子なら「ショタおじ超えには九頭竜倒しは最適だよ」といえば喜んでやるんじゃん? 後は……」
そう、美大生ネキに話しかけたのは、他に喜んでクズリュウと戦う物好きはいないか、と情報収集のためであった。修羅勢と一言で言ってもそのモチベは様々であり、自らのモチベに沿った理由でなければ、わざわざバックアップが完備されている山梨支部の修行用異界から出る理由がない。
そのモチベにあった修羅勢を見つけ出して、もし自分が九頭竜を倒せなかった場合、九頭竜の後始末を依頼するのが、彼の目的である。
弱った九頭竜の始末をつけてくれそうな修羅勢の情報を得て、彼は満足そうに頷く。
そんな彼をジト目で見ながら、美大生ネキは言葉を放つ。
「というか、自分の故郷がヤバそうだからって九頭竜と真っ向から殴り合いとか、君も立派なガンギマリ修羅勢だからね? 普通はそこまでやらないんよ」
彼女の言葉に、まあ……そうですね……としか彼も言いようがない。ともあれ、一度やると決めたらやるしかない。
美大生ネキと別れて、他の修羅勢を見つけて話をつけようと思った瞬間、いきなり、ショタおじ(分身)の一人がニコニコしながら瞬間転移してきた。
そのにこやかなショタおじの顔を見て、彼の背中に悪寒が走った。
「おっ、田舎ニキいい所にいたじゃん。君九頭竜と戦う気なんだって? なら、僕からの試練を受けて貰わないとね」
凍矢は逃げ出した!
しかし、ショタおじに回り込まれてしまった!
どうせショタおじからの試験なんてろくでもないから帰りたいよーと彼は心の中で叫ぶ。
「あの……受けたくないんで帰っていい?」
「ダメです☆ゆっくり受けて行ってね!!」
そして、彼と『破裂の人形』がずりずりと引きずられていったのは、特定の用途のために用意された『人工異界』である。*3
こちらの修行用異界の『人工異界』の法は、超短期間限定+特殊な用事限定が主な用途として作成される。
『特殊依頼・決闘! 神主の試練(クリア1回限定)』やら『お試しクエスト ハムネキとの手合わせ』やら『検定 修業場中層試験 (費用・そこそこ クリア報酬・修行場中層入出許可)』などやらである。
……どれもこれもクソ難易度と言ってはいけない。
そんな広大な人工異界にショタおじが召喚したのは、20mもの巨体に八個の首を持つ巨大な竜神。
八つの頭と八つの尾を持つ巨大な龍。身の丈は山ほどもあり、目は赤くらんらんと輝いており、腹は血に濡れているという。
>龍王 ヤマタノオロチ レベル72
そのビル7階にも及ぶほどの巨体をもったヤマタノオロチは、八個の首から咆哮を上げながら牙を向いて凍矢へとその視線を向ける。
「九頭竜と戦うならこれぐらい倒せないと! おまけに竜退治の概念も積めるしね! 優しいね僕!!」
「あああああ! あああああ! ど畜生! 帰る! 俺帰るぅうう!」
「はいはい騒がない騒がない。これぐらいの敵軽く倒せるようじゃないと九頭竜との戦いなんて認められないよ。ほら頑張れ頑張れ♡」
仲魔を召喚し、『破裂の人形』も戦闘態勢に入った状態で、凍矢はヤマタノオロチに戦いを挑む。
【氷結貫通】を持っているとはいえ、ヤマタノオロチは【氷結無効】を持っているため、凍矢にとっては相性の悪い敵である事には変わらない。
ならば、まずは小手調べと言わんばかりに、凍矢はアクア系の魔術で攻撃を仕掛ける。
「うおおおお! アクアダイン!」
膨大な水の奔流は、ヤマタノオロチに命中しその鱗や肉体を削っていく。
ヤマタノオロチは、俗に洪水の化身であり、オロチ退治は肥河の氾濫と治水を象徴しているとも言われている。そのため、オロチに対して水系の攻撃が無効化されるのではないか、と思っていたがアクア系無効化ではなさそうだ、と凍矢はアクアダインが通ったのを安心する。
「へえ、洪水の化身とも言われるヤマタノオロチを水で攻撃するなんて中々面白いことするね。
アクア系の攻撃も無効化するべきだったかな?」
やめろぉおおお! ショタおじ!! 氷系だけじゃなくて水系の攻撃まで無効化されたら対俺特攻兵器じゃねーか!! 心の中で叫びながら、凍矢は新しく編み出した新技の態勢に入る。
何せこれは危険すぎるのでそこらへんで試すことはできなかったのだが、この人工異界なら被害は及ばないし問題はないだろう。
「だったら……新技の実験にしてやる! 食らえ! マハアクダイン超高圧ウォーターカッター!!」
マハアクダインは、水系魔術の最高位。とてつもない水量と高圧で敵対象を全て押し潰し、押し流す術式である。
そのため、周囲の被害なども激しい事になる市街地などでは仕様できない技だ。
とある漫画を読んだ凍矢は、水を超高圧で噴出させればそこらのレーザーを上回る切れ味を誇るのを見て、それをマハアクダインで試してみようというのだ。
マハアクダインの膨大な水量に対して、出入口を極端に小型化して、高圧力で膨大な水を射出させる。
さらにそれだけではなく、研磨剤代わりに超小型の氷粒を大量に水の中に混ぜてそれもろとも射出させたのだ。
そして、手刀の先から放たれたそのウォーターカッターを横凪にヤマタノオロチに叩き込んだのである。
研磨剤を混ぜたウォーターカッターは、鉄筋コンクリート、ガラス、鉄鋼などから、宝石、ダイヤモンドまでも切断可能である。また、複合材料の加工や厚い材料の加工も可能である。
マハアクダインを圧縮し超高圧で音速で噴出し、さらに氷粒という研磨剤を混ぜたウォーターカッターは、いかにヤマタノオロチの強靭な首といえど切り落とすのには十分な威力があった。
『ガァアアアアアアアア!!』
まさしく、文字通りの横凪の水のレーザーは、ヤマタノオロチに命中し、その内の首2つをスパンと綺麗に切り落とす。
宙を舞う竜の首に、吹き出す大量の血液。
本能的に危険を察知したヤマタノオロチは、首2つを盾代わりにしてそのウォーターカッターを防御したのだろう。
あまりの威力に、凍矢すらも驚いた顔になる。
「うわぁ……。こんなの市街地で使ったらえらい事になるな……。ビルを纏めていくつか両断できそう」
切り落とされた2つの首から噴水のように吹き出しながら、痛みに怒り狂ったヤマタノオロチは、自らの最大の攻撃を凍矢へと叩き込もうと身構える。
『【龍眼】*4【物理プレロマ】*5【カタストロフ】*6!!』
ヤマタノオロチの渾身の力が込められたその首の攻撃に対して、危険を探知した『破裂の人形』は全力の防御態勢に入って凍矢を庇う。
「ッ! マスター! 下がって下さい! 【挑発】【かばう】【防御形態】【食いしばり】ッ!」
ヤマタノオロチの全力の攻撃を食らった『破裂の人形』のラウンドシールドは粉砕され、『破裂の人形』の装甲やパーツなどが周囲に飛び散り、『破裂の人形』も大きく吹き飛ばされる。
「ぐぁああああ!!」
いかに『破裂の人形』と言えども【カタストロフ】をまともに食らって無事ではすまない。
ラウンドシールドは粉微塵に破壊され、『破裂の人形』の左半身が大きく吹き飛ばされている。左腕は吹き飛ばされ、左半身は大きくえぐられ血液が大量に吹き出し、内部パーツがポロポロと落ちていく。【食いしばり】で何とか耐えている状況である。
「キクリヒメ!! 回復呪文を!! このふざけるな!! これでも食らえ!!」
キクリヒメが【ディアラハン】で全回復させるのと同時に、凍矢が投げつけるのは【封技の秘石】
メガテン5のヤマタノオロチの弱点は【毒】【封技】【睡眠】【雷撃】である。
『破裂の人形』を一撃で半死半生状態に追い込むような攻撃力をまずは封じなくてはならない、というのが彼の考えである。
幸い弱点は【封技】なので【封技の秘石】が効くはず……という彼の考えは見事に裏切られることになった。
『【バリア】*7!!』
「はぁあああああ!? 何それ!?」
もちろん、普通のヤマタノオロチが【バリア】など持っているはずはない。
恐らく、ショタおじがわざわざこのヤマタノオロチに組み込んだスキルなのだろう。
この【バリア】の効果で【毒】【封技】【睡眠】の三つの弱点が一気にカバーされたことになる。
それに気づいた凍矢は、思わず絶叫してしまう。
「せっかくのヤマタノオロチが寝たままボコられるのなんて面白くないからね! ほら頑張れ頑張れ♡」
「ショタおじィイイイ! 俺帰る!! お家帰るー!!」
彼の絶叫が空しく響き渡る中、戦いは再開された。