さて、LV60という戦力を獲得した一神教調和派。だが、ただでさえ癖の強いメルキセデクがそのまま大人しくしている訳はなかった。
「我々は、もっと正義のために動くべきである!!」
一神教教会内部。メルキセデクは目の前の机に自らの金属製の拳を叩きつけて粉微塵に粉砕する。
メルキセデクにとってはちょっと力が余ったよ程度ではあるが、桜子やシスター・グリムデルにとっては冷や汗物である。目の前の存在は十戒プログラムによってガチガチに縛られているとはいえ、自分たちより遥かに強いいつ暴れだすか分からない存在であることには間違いない。
メルキセデクは、拳を振り上げながら朗々と宣言する。
「一神教の教会を守るのに否はない。喜んで守ろう。だがしかし!! この世界には弱き民が! 人々を苦しめる悪魔が跳梁跋扈している!! 弱き民を守護らずして何が正義か!!」
拳を振り上げながら熱弁するメルキセデク。それに対して、シスター・グリムデルは黙ったまま、ちらりと桜子の方を見る。つまり、「お前が説得して見せな」という事だ。
それを受けた桜子は、メルキセデクの前に進み出て彼の説得を行う。
「まあ、落ち着いてくださいメルキゼデク様。確かにおっしゃる事はごもっともです。ですが……そうはできない理由があるのです」
「むっ? 金の問題か? ならば我が悪魔どもを倒して倒して倒しまくってマッカをかき集めればよい!」
「まあそれもありますが……我々一神教は安易に動くわけにはいきません。レベル60の天使を好き勝手にさせては、私たちがメシアンと大して変わらない存在と思われます」
「天使を自在にさせているとなれば、我々はメシアンと同じ。それほどメシアン、過激派は人々から忌み嫌われているのです。正義のために活動したいのは理解できますが、ここは堪えていただけると……」
ふむ、と腕を組んで考えこんだメルキセデクは、やがて一つの答えを出した。
「なるほど。つまり……私が正義を行えないのも!! 全て過激派の陰謀というわけだな!!」
「はい! その通りです!!」
何か間違ってる気がするけど、大体同じ! 嘘はついていないのでセーフ! と桜子は心の中で呟いた。
「おのれ過激派ァアアア!! どこまでも正義の邪魔をするかぁあああ!!
ともあれ理解した。目の前の事に目を取られ、大儀を成せないようならそれは正義ではない。
元は人間とはいえ現世はまだ不慣れゆえ、お主たちの指示に従おう」
ふーっ……。と桜子は額の汗を拭いながらもメルキセデクの説得が成功したのに安堵する。
正義に強く拘るメルキゼデクならいつかはこういう問題が起こるとは思っていたが、何とか説得が成功したのは幸いだった。
しかし、このまま暇をもて余していては、いつまた暴走するか解らない。
何らかの仕事につかせるのが一番だろう、と判断した。
「メルキセデク様は使える秘技は、メディアとマハンマでしたっけ?」
「うむ、他にも、カバラを使用できるな。元々、アブラハムにカバラを教えたのは私であるからな。許可さえ出ればこの教会を大神殿並みの守護結界で覆うこともできる」
なにそれすごい。と桜子は心の中で呟いた。
カバラとは、ユダヤ教に基づく神秘主義思想で神智学、魔術のうちの一つである。
カバラはユダヤ教の密教的教義であり、世界を理解し、神を理解し神に近づこうとする学問だ。
回復、破魔、厳重な結界作成といまの一神教調和派に不足している部分を一人でカバーできるほどの存在だ。一神教調和派の教会限定なら、地脈を用いずに大神殿クラスの防護結界を張っても問題はない……はずである。
「分かりました。それでは、一神教調和派の拠点をさらに厳重な結界化をお願いしていいですか? それに加えて、怪我人の治療を行ってもらうと。怪我人は山ほどいますからね」
その桜子の言葉に、メルキセデクは大きく頷く。
「うむ! よく考えるのならば、敵を倒すだけが正義ではない!! 人々を癒すのも立派に正義といえるだろう!!」
何であれ、彼自身が満足しているのならそれが何よりである。
正義の行動を取っていると彼が認識していれば、それ以上の暴走は行わないだろう。
人々の役になってもらって、彼自身も満足してもらう。三方良しのこれが一番いい選択だろう。
「それに加え、私にはパンとワインを生み出せる権能を所有しているらしい。これで最低限は食いつなげるだろう。飢えた人々に食料を与え、彼らの傷を癒す。これぞまさしく揺ぎ無き正義!! 盛り上がってきた!!」
飽食の時代を生きた人々に、パンとワインだけはきついものがあるが、それでも飢えに苦しんでいる人々にとってはこの上ない救済になる。しかも、メディアによって大多数の人々の様々な傷を癒せるとなればなおさらである。それに、これで正義を行ってメルキセデクが安定するのなら、桜子たちにとってこれ以上ないほどのウィンウィンな関係である。
そして、それを聞いてぴーん! と桜子の中で閃くものがあった。
「桜子、閃きました。試してみましょう」
そして、しばらくして調和派で新しい食品が販売されることになった。その名前は
「霊験あらたか! メルキセデク印のフレンチトースト!」
「霊験あらたか! メルキセデク印のワイン!」
というものである。
そう、桜子はメルキセデクの産み出したパンを使ってフレンチトーストにする事を思いついたのである。
メルキセデクが生み出した種無しパンに溶いた鶏卵と牛乳などの混合液をパンに染み込ませ、フライパンなどにバターや植物油を熱して焼いたパンを販売することによって、原材料費を大きく浮かせることに成功したのだ。これは、一神教の信者たちが飛ぶように買っていくらしい。
「むう、本来は無償で提供すべきだと思うが、卵などの原料費がかかるらしいからな。やむを得ない」
無料で作り出したものを金を出して販売するのは、メルキセデクの本意に違反するが、それもフレンチトーストの原材料費、牛乳や卵などの費用がかかると言われてしまっては納得するしかない。
そんなことをしているうちに、一人の男性が調和派の教会へと尋ねてきた。長身で巨大な十字架を抱えたサングラスの男性。それはガイア連合の黒札の一人、天使部に所属している”ウルフウッド”である。
元は一神教である彼は、一神教調和派に大天使メルキゼデクが降臨したと聞いて、その善悪を見定めるべくガイア連合からやってきたのである。
さらに、それだけではなく、それはメルキセデク自身の要望でもあった。
「あーお前さんかぁ……。聖書の勉強したいとかいう物好きな大天使はぁ……。まあ、確かにメルキゼデクは元は人間の司祭だったという話やしなぁ。聖書については学んでいるかぁ」
そう、それは『近代の聖書研究、神学について勉強したい』と要望したメルキセデクに応えるものだった。
彼の要望を果たし、彼自身を見定めるためには、天使部に所属しており、彼自身も一神教に属する者であるウルフウッドが最適であったからだ。
「うむ、我のいない間、聖書の解釈がどうなっているのか。神学はどのような発展を遂げているか、それを学ぶことも我が正義に繋がる。よろしく頼む。黒札殿」
そう言ってウルフウッドに対して頭を下げるメルキセデク。元々彼も人間であり、王であり司祭であったとされる。そんな彼が長い年月の後の聖書研究や神学研究に興味津々なのもある意味当然だった。
だが、そんな彼に対して、数が非常に少ない一神教に属する下級天使は恐る恐る質問を投げかける。
「あの……メルキセデク様。聖書は人間たちの物であって、我々天使には関係ないのでは?」
そんな天使に対して、メルキセデクは拳を握りしめ、それをまるでハンマーのように天使の脳天へと迷いなく叩きつけていく。
(さすがに聖書を叩きつけるのは元司祭としてまずいと判断したらしい)
「この不信心者がぁっ! ディア!!」
凄まじい打撃音が響き渡り、天使の頭部にメルキセデクの拳が振り下ろされる。そのハンマーのような拳の一撃で天使の頭蓋骨が粉砕されて瞬時にディアによって修復されていく。
流石に数少ない一神教の天使を滅ぼすのはまずいと判断したらしい。
だが、その一撃によって傷は癒されてもぴくぴくと地面に倒れ伏している天使に対して、メルキセデクは吠える。
「聖書は主の言葉が記されている書物! それに対して何たる無礼! 聖書に刻まれている主の言葉が我々天使にも向けられていると知るがいい!!」
「いやまぁ確かにそうかもしれんけど……。ちょっとやりすぎとちゃうん?」
確かにウルフウッドも、【神の使い】名乗っときながら教えはガバガバだし聖書も知らない天使に対して色々教育して仲魔にはした。
だが、さすがにここまでの肉体言語教育は行わなかったのである。
「主は我ら大天使に対して『自立せよ』とおっしゃった!! *1自らの意思で正しき道と善を理解して歩まねばならぬのだぞ! それを理解しているのか!!」
「「「「えっ?」」」」
「?」
疑問符を浮かべるメルキセデクに対して、ウルフウッドや桜子は慌てて彼に向って問いかける。
「ち、ちょっと待ってください!! 主が言ったってどういうことなんですか!? 本気で神意が大天使に下されたのですか!?」
「うむ、下級天使はともかく大天使には主自ら『自立せよ』との神意が下っているはずである!」
「じゃあ他の大天使とか4馬鹿……。いや3馬鹿天使とか過激派とかは何でこんなことしとるんや?」
「私にも理解できん!! 発狂しているか神意を歪めて解釈しているのではないか!?」
鳩と大天使ェ……。とその場にいる人間たちの気持ちはほぼ同じにシンクロしていた。