──―呪わしき日々を終わらせよう! 幸福に死のう!!
最近奇妙な都市伝説が流れつつあった。
それは「とあるキーワードを言うと、絞首刑の絞縄が目の前に現れる」「これに首をかけると幸福のまま死ねて楽園へと行ける」という都市伝説だ。
実際に悪魔の存在が半公式として表れつつある現在、それを信じる人々は多かった。
この半終末の時代、誰もが薄々は気づいているはずだ。
人類の黄金期、万物の霊長だった時代は終え、これから先は悲劇的な世界に変貌していく、と。
そんな世界において苦しむよりも、速やかに死んだほうがいい。
そこから生まれた都市伝説であろう、と皆推測していた。
「ああ! ああああ! 救済が! いまそこに救済が現れるなんて!!」
目の前に現れた絞縄。その絞縄に対して号泣しながら少女は迷いなく自らの首を縄にかけた。
それと同時に、彼女の脳内にこれ以上ないほどの幸福感があふれ出していった。
恐らくは、何らかの特別な能力なのだろう。この幸福感の前では、痛みなど全く感じないに違いない。
幸福に死ねて、死後も幸福に包まれるならいうことはない。
彼女は微笑みながら何のためらいもなく踏み台を蹴り飛ばし、最後に叫んだ。
「──―幸福こそ万物の救済なり! 呪わしき日々を終わらせよう! 幸福に死のう!!」
ガイア連合の本拠地である山梨支部。そこには借金返済のため、山梨支部の修行用異界に定期的に潜っている凍矢の姿があった。
LV70に到達している彼は修羅勢たちとも協力して、上位悪魔を倒してそのフォルマなどを売り払って懸命にマッカなどを稼いでいた。
地方異界などではブフゴリ押しで攻略できるが、魔界に通じている(彼らは知らないが)山梨支部の修行用異界はそうはいかない。
ここに籠っている修羅勢の力を借りて、彼は定期的に出稼ぎを行って、そのあとで魚沼へと帰還していた。そして、帰ってきた凍矢は、他の人から指摘されたアクエスストーンの危険性について思いを馳せていた。
「うーん、やっぱりアクエスストーンは危険すぎるか……。アクアストーン(弱)の方が安全だし、そちらに切り替えていくか」
いろいろ掲示板やら何やらの突っ込みを受けて、凍矢は腕組みして考え込んでいた。
一応、彼なりに安全を考えて、億が一暴走してもいいように対クズリュウ異界(仮)で製作を行い、対クズリュウ異界の地下に地下室を作って保管をして、厳重に封印したアタッシュケースでガイア連合に渡していたが、やはりそれでも輸送中の事故などが起こる可能性はある。そうなれば魚沼に対しても大ダメージになりえる。
だったら無理せずにもっと下級ストーン、アクアストーン(弱)を生産して海外に販売したほうが万が一の事故も比較的軽くすむし、テロの危険性も少なくなる。
それに一気に大量の水が出るアクエスストーンよりも、それに加えれば水量が低いアクアストーンの方が品物の回転数も上がってかえって利益が出るかもしれない。
ガイア連合員のMAG登録認識制にしておけば、テロの可能性も少なくなるだろう。
「そうですね。それで結果魚沼が大被害を食らっては元も子もないので、そうした方がいいと思います」
それを聞いて、静はほっとした顔でそれに賛同する。アクエスストーンは強力な分危険すぎる。どうも凍矢は急速に力が高まってしまったので、自分自身の力に無頓着な部分があるらしい。
対クズリュウ異界で制作・保管はしていると言っても、安全のためアクアストーン(弱)に切り替えてくれるのは嬉しいことである。
「海外に販売する分もアクアストーン(弱)に切り替えて、ガイア連合員のMAG登録認識制にしておくか。
今まで販売したアクエスストーンもMAG認識制に改造しておいてくれ、とオーストラリアガイア連合に言っておくか」
アクエスストーンはまだ十にも満たない数しか販売しておらず、十分に追跡はできる状況である。追跡を行って魔術改造を行い安全性を高める分には文句も言われまい。(そもそもほとんどがガイア連合支部所属であるし)
まずは、ガイア連合員のMAG登録制にして、その人間だけしかストーンを扱えないようにしてテロを防ぐ。さらに追跡魔術をかけることによって、万が一強奪などされてもすぐに突き止められるようにする。これだけ行っておけば、遠いオーストラリアの地にあることもあってこちらは問題はないはずである。
「それで、次の問題点としては、こちらの部下たちが霊山同盟支部に対しての好感度が低いことですかね……。下の人間からしたら、いきなり訳わからずにこちらに殴りかかってきたのですから低くなるのは仕方ないのかもしれませんが……。ともあれ、暴走させるわけにはいきませんから、こちらでも抑えてはおきますが。」
なるほど……。まあ確かにいきなり殴り込みをうけたら普通はそう思うかもしれない。脳缶になったのは別段霊山支部のせいではないし、それをした本人たちは殲滅したのだからまあいい。
あれだけの戦力と仲が悪くなるのは避けたいし、できることならば仲良くやっていきたいところだが、とりあえずビジネスライクの付き合いに留めて少しづつ関係を修復していったほうがいいだろう。
しかし、感情的な問題は上から抑え込んだとしても、いつ爆発するか分からない。何とか彼らを宥めていくしかないだろう。
「まあ、理論的にはいい商売相手とは解っているんでしょうが、感情的に納得できない! というのが大きいでしょうね。とりあえず、霊山同盟支部とはいいビジネス相手アピールをちょくちょくする事ですかね。トップ同士がアピールしていれば、暴走する輩もでないでしょう。後はその間で飴玉を転がして大人しくさせるしかないですね。」
部下たちもいいビジネス相手に対して喧嘩を売るような真似はしないだろう。後は少しずつお互いビジネスを通して融和していく関係性にしたほうが一番いい流れである。
「俺から彼らに直接色々飴玉やっちゃダメなの? 」
「こちらの忠誠心が高まって向こうへのヘイトが高まるだけですね……。アピールでも「向こうから提供された」という事実がないと……。
私の考えとしては、サクヤ米を初回だけ高めに買い取ってもらって、その金額分を向こうにこっそりシノ様に渡して、デモニカや破魔弾、呪殺弾などをこちらに無料供給(無料とは言っていない)で、感情を和らげる手段はどうかと」
もし何ならシノさんから何かの依頼を行う事によって、それらの物品を無料供給(無料とは言っていない)を受けるのもありかもしれない。
そちらの方が「初めだけ高く売り付けやがって」というヘイトが発生しなくなる。
(まあ、そちらのトップが暴走したんだから慰謝料としてこれくらいは当然では?という大義名分はあるのだが)
ともかく、霊山同盟支部とは仲良くいいビジネス相手としてやっていきたいのが本音のため、部下が霊山同盟支部に変なヘイトを向けるのは非常に困るのだ。
その感情を和らげるためには、飴玉を転がしながら気長にやるしかないだろう。
「後は、向こうにもこちらのヘイトがあるかもしれませんから、災害対策用の備蓄米としてサクヤ米の無料供給を行うのもいいかもしれません。
ともかく、地道にやるしかないですかね」
鉛筆で額を掻きながら静は、はぁとため息をつく。相手は感情という厄介な物だが、何とか部下たちの感情を宥めていきイメージ改善を行っていくしかないだろう。また爆弾が破裂する事態は誰も望んでいないのだから。
その隣で、事務スキルを手に入れた『破裂の人形』は、ズバババという勢いで書類を片付けていた。とりあえず静に山梨支部の土産の若返りの水や化粧水にまで薄めた若返りの水、色々なオカルト系の化粧品などを渡しながら、日ごろの感謝の気持ちを形にしていた。
そんな中、ふわふわふわ、と飛行スキルを使って浮かんでいるキクリヒメが彼らの元へとやってくる。
だが、その顔には深刻そうな影が浮かんでいた。
「こんにちわ~ちょっといいかしら? 少しやべぇ事になっていますわ~」
──―修行用異界。黄泉比良坂。
普段はガキ程度しか湧かない比較的平穏な表層部だが、その状況は一変していた。
ゴゴゴゴと黄泉比良坂の封印を行っている大岩、千引の岩とショタおじが作り上げた二重封印の注連縄が不気味な鳴動を上げていた。
どうやら、黄泉の奥底にいる冥府神、黄泉津大神イザナミは大層ご立腹らしい。
せっかく作り上げた中層修行用異界もその怒りに呼応して大量のヨモツシコメが右往左往している地獄へと変貌してしまっている。
その状況に驚いたキクリヒメは、慌てて封印を強化して凍矢の元へとやってきたのだ。
「中層部に誰もいなかったのが幸いだったな……。しばらく修行用異界は中止すると各地に連絡してくれ。後は万が一を考えて、ほむらはすぐ近くに新しく分離して作った桃園作成用異界『桃源郷』に詰めておいてくれ。下手に刺激するとまずい」
黄泉比良坂の破邪の桃概念を分離して、別の異界へとその異界に移植、大量の桃を作り出すという新しい異界『桃源郷』が新しい異界として作成されていた。
黄泉比良坂の桃の概念を利用して、さらに『桃源郷』の概念を利用すれば、より多くの仙桃を大量に生み出せるという理論からである。
さらに、『桃源郷』には仙桃管理用に神樹ククノチ(意富加牟豆美命の分霊)の力で桃を育てる事を試している。
天津神的には、天津と国津どちらにも属さないキクリヒメと、イザナミを焼いたヒノカグヅチというはぐれ者だけの集う凍矢はどの戦力が非常に困る。せめて天津神を一柱入れてほしい、という要望にキクリヒメが答えた形である。
さらに、それだけでなく黄泉比良坂だけが単体で存在していると少しずつ陰の気が溜まっていくので、それを『桃源郷』の陽の気で中和する役割を有している。
しかし、黄泉比良坂から破邪の桃の概念が抜けたため、中層部にヨモツシコメが大量発生してしまったのでは?という可能性も出てきたので、現在桃の概念を黄泉比良坂に戻し、『桃源郷』は桃の概念のコピー&ペーストで行う予定である。
イザナミを葬ったヒノカグヅチの化身であるほむらは確かに黄泉津大神イザナミ特攻の力を所有しているが、下手に触れさせるとイザナミが切れる危険性もある。
もし封印を突破して襲い掛かってくるのなら切り札になりうるが、そうでないのなら刺激する必要はない。黄泉津大神が怒るという事は何らかの元因があるということ。それさえ解消できれば元に戻るはずである。
「しかしどうするべきか。馬ニキ*1のところの道敷大神と接触して状況を聞くべきかな?」
「いえ、彼女も分霊である以上理由を知らない可能性もありますわ~。私が直接行って話を聞いてきますわ~」
そういいながら、キクリヒメは霊酒を手にしながらするりと千曳の岩をすり抜けて黄泉の国へと向かった。イザナミとイザナギを和解させたという彼女なら、むやみやたらと攻撃させることもあるまい。
「戻りましたわ~。とりあえず黄泉津大神イザナミから直接話を聞いた結果、彼女が怒っているのは『大和の民の魂がだれかに横取りされている』かららしいですわ~」
さらに、イザナミの言葉を思い出しながら、頬の指を当てながらキクリヒメはさらに言葉を続ける。
「ええと……『何者かが大和の民を自殺に誘導して、その魂を掠め取っているらしい。しかもここ最近それが大規模になっているから何とかしてほしい』とのことですわ~。これを解決してくれればまた元に戻るとは言っていましたが」
ぶっちゃけ、この世界では他の悪魔たちに日本人の魂が奪われるのは仕方ないことだと思うが、彼女がここまで激怒したのは「幸せになれると騙して自殺させて、その魂を奪い取る」という行動が特にお気に召さない感じだったらしい。しかも、それが大量であるとするならなおさらだ。
確かに、それなら怒っても不思議ではないだろう。ともあれ、これを解決しないと下手をすると黄泉津大神イザナミが大暴れという結末にもなりうる。それは阻止しなければならない。
凍矢は渋々ながら動くことにした。