ぼ喜多の小説(仮題) 作:百合を継ぐもの
ひとりは昼食の弁当を、階段横にある誰も来ないスペースで食べる。積み上げられた机と、教室から出たであろうゴミ袋が放置されている暗い場所。隅の方は目で見えるほどに埃が溜まっていた。
「……」
先ほど、喜多に弁当を一緒に食べないかと誘われた。魅力的な提案だと考えるべきだ。好きな人の方から何かに誘われるというのは、普通はみんなそう考えるはずだから。しかも、ひとりに配慮してくれたのか、他の友人との交流を断ってまで、二人きりで食べようと思ってくれていた。
それでもひとりが断ったのは、喜多の顔を見たくなかったからだ。
練習の時は仕方ないとして、それ以外では喜多と二人きりになりたくない。
これ以上喜多に想いを募らせたくない。ただでさえ取り返しがつかないと感じているのに、今よりさらに好きになってしまったらどうしたらいいのかわからない。
「後藤さん!」
「きっ!? き、喜多さん……?」
唐突に声をかけられて、ひとりは転がるようにして仰け反る。すでに弁当は平らげてしまっていたから、少しの食べかすが散らばっただけで済んだ。それでも、ああ、喜多に汚いところを見られてしまった。
慌ててポケットからティッシュを取り出して拾う。
「あっごめんね後藤さん。突然叫んで」
ひとりが米粒をティッシュで拾うのを、近づいて手伝ってくれようとした喜多だったが、本当に少ししか散らばっていない。ひとりの側に来るまでの僅かな時間でひとりは全てを拾い終えていた。
喜多の方を見ると、喜多もひとりの顔を覗き込んでいたために目が合う。慌てて目を逸らした。
逸らした先の、壁の汚れを眺める。そうして喜多の方から何か話し始めるのを待っていた。しばらくの沈黙。
ようやく普段の喜多と少し様子が違うことに気づいた。改めてひとりは、喜多を見る。相変わらずかわいらしい顔。本当に可愛い。ひとりがどれだけ頑張っても手が届かない程に。
しかし、普段ひとりに向けられる表情と違って、僅かな憂いが見えた。喜多は憂わしげな表情をしていても綺麗だった。
「き、喜多さん? あっえっとどうしたんですか?」
「後藤さん……最近、何かあったの?」
「えっ? な、なにもないです」
咄嗟に否定したが、喜多はそれでもひとりをじっと見つめ続けている。ここで目を逸らしたら何かあると思われるだろう。気を張って喜多の目を見つめる。
徐々に顔が熱くなって、結局すぐに逸らした。
「その、もし何かあったら……」
喜多はそんなひとりにそう言いかけて口を噤み、少し考えてから。
「お弁当まだ食べれてないから、ここで食べて良い?」
☆
ひとりは最初こそ曖昧な反応をして逃れようとしたが、結局断ることは出来なかった。
「それでねー――」
弁当を食べつつ、時折喜多はひとりに話しかけてくれる。
もう弁当を食べ終わっていたひとりは喜多の横にしゃがんで、時折つまらない返事をするだけなのに。
こちらも何か話をしなければと思い、けれど、何も考えずに喜多の話し声に意識を溶かしたいとも思った。
ひとりの勝手な妄想ではあるのだけれども、喜多もそれを望んでいるように思えてしまう。喜多の話をしっかりと聞き取るのではなく、その声色に自分を溶け込ませるように埋没させて、それが快感だった。快感というと強い言葉になってしまう。より優しい表現を目指すならば、安心したのだ。これ以上なく、そもそも比較の対象もないくらいに。
「喜多さん……」
「? なぁに後藤さん?」
思わず名前を口にした時に、喜多はひとりの顔を覗き込みながら、優しく微笑んで見せた。それがひとりにはどうしようもないほどに毒だった。
可愛いかどうかなんて、ひとりが喜多を好きになった理由にはそれほど関係ないのだけれども、それでも好きな相手が可愛らしい表情で、至近距離で、こちらを見ていたら耐え難いと思うのは自然だろう。
「あ゛! す、すみません……! 何でもないです!」
慌てて顔を逸らして言うひとりだが、それに対して喜多はあまり納得のいっていない様子だった。近頃のひとり自身、自らの変化を悟らせずにいられた自信はない。初めて本気で好きになった相手に、相手次第によっては気持ち悪いとすら思われてしまうかもしれないこの感情に、どう向き合えばいいのか教えてくれるモノはこの世に存在しえなかった。
☆
放課後、今日は自主練の日であったために、それにアルバイトもないので、ひとりは自室にこもってギターを弾いていた。
流行のバンドの曲はもちろん弾けるが、近頃は結束バンドのオリジナル曲を重点的に弾いていた。練習中に、ふと喜多のことを考えてしまって弾けなくなる。それを少しでも減らすために、途中で何か考え事をしてしまっても、手だけは勝手に動き続けるようになるまでずっと練習をした。だというのに、いつもなら無意識にでも動き続けているはずの手が止まる。
「……嫌だ……」
楽になりたい。これ以上苦しみたくない。この感情をどう処理したらいいのかわからない。
狭い押し入れの中で、手元すら見えない薄暗い押し入れの中で、ひとりは自らの感情すらも見失いかけている。暗く湿ったこの感情は、たとえどのような感情を持っても変わらないその在り方は、どうあれ喜多に相応しくないと思えてならない。
壁は多い。同性である事、自分は明るく活発的な人間でない事。
前者は、とても辛い事だけれど、喜多がリョウを見ている表情からして大きなものではない。後者も、必ずしもリョウが活発な人間でないことから、障害とは言えないことは分かる。なるほど、そう考えればひとりにも勝機がありそうにも感じられてしまう。
ただ、その判断基準にもなっている、山田リョウこそが問題なのだ。ひとりには絶対に勝てない相手。
「もう、嫌だよ…………」
孤独は嫌だ。
たとえ友がいたとしても分かち合えないであろうこの苦しみを知った時に、その恐ろしさと切なさを、初めて理解したような気がした。
流石に三話までにはタイトル確定させたいです。
次回はアニメ最終回までに更新されると思われます。
追記:間に合わないっぽいです。
よかったら高評価お願いするです。