ぼ喜多の小説(仮題)   作:百合を継ぐもの

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第二話:後藤ひとり・文化祭1

 慣れと言うものは恐ろしい。

 

 高鳴る鼓動にも、脳が頭を飛び出して浮き上がってしまったかのように感じる恐怖心にも、ひとりは慣れてしまった。

 

 今でも喜多と顔を合わせると、頬が熱を帯び、全身を巡る血液の流れがわかるような気がして、溶けるような高揚を感じる。

 今でも喜多がリョウの言動に惚れこむ様を見せられるたびに、全身が冷えて、訳の分からない恐怖が直接脳を握りつぶす。

 

 

 それでも、ひとりはそれを隠すのが上手くなって、いつしか自分すらも騙せるようになって。

 

「…………」

 

 

 そもそも、生きているうえで悩みは尽きない。

 バイトの接客はいまだに不慣れだし、喜多の手伝いもあって赤点は回避したけれど成績は良くない。バンド活動に集中して頑張らなければ、いつか想像した暗い未来が現実味を帯びてくる。

 喜多に対する恋心に変化はなくとも、そのことについて思い煩うことは格段に減った。それこそ、今は文化祭ライブのことを考えなければならない。

 

「……私は、大丈夫」

 

 

 

 ☆

 

 

 

 文化祭の一日目が終わった。メイド喫茶なんて、絶対に無理だと思っていたけれども、終わってしまえば悪くなかったとも思う。

 ひとり以外の結束バンドメンバーがメイド喫茶で手伝い始めてから、戦力外通告をもらったのは、明日のライブの光景がすでに想像できてしまって不安になったが。

 

 メイド服のみんなは可愛かった。虹夏は可愛くて、リョウは綺麗な感じ。同性でもドキッとする、なんて表現はたまに見かけるけれど、二人を見た時はそれを思い出した。二人を見てそう感じたからこそ、喜多に対して特別な想いを持っているという事実を、久しぶりに強く叩きつけられた。喜多のメイド服姿を見た時の、胸が満たされるような喜びと、胸が空っぽになってしまうような淋しさ。矛盾するような感情が同時にやってきて、ああこれが恋なのだと再認識して、やっぱり最後には怖くなった。

 

 

 

 文化祭ライブの前の最後のリハーサルは集中できていたはずだ。以前みたいに何も考えないのではなく、その瞬間の演奏にだけ集中するのが上手くなった。ギターヒーローとしての実力には程遠くとも、何とか人様に聞かせられるくらいには出来ているはず。

 

 リハーサルが終わり、ひとりは思わず喜多を見つめていた。見惚れていたのもあるし、ギター演奏の技術向上にも感心して。そんな視線に気づいたのか、

 

「なぁに? 後藤さん」

「あっいやなんでも!」

 

 声をかけられて慌てて否定する。

 もしかしたら見惚れてしまっていたことに気づかれたのかもしれないし、そのことを知られてはよくない未来が見える。誤魔化すためにも明日の話をすることにした。

 

「ラッ、ライブ少しでも盛り上がるといいですね」

「絶対楽しんでくれるわよ。皆後藤さんにびっくりしちゃうかもね!」

「えっいやそれは……」

 

 咄嗟に否定してしまったけれど、喜多にそう言ってもらえるのは嬉しい。こうして会話しているだけでもどこか多幸感に包まれているというのに。

 

「絶対するわよ。だって、後藤さんは凄く……誰よりも………………………」

 

 言いかけて、なぜだか暫く口を噤んだ喜多に、ひとりは何かを言おうとして。けれどそれよりも先に。

 

「ううん! なんでもない! がんばろーね!」

「えっあっはい!」

 

 にこりとした微笑みに見惚れそうになったのを必死に抑え込んで、慌てて返事をしたひとり。なぜだか喜多の頬が赤くなっていることに気が付いてはいたが、気にしないことにした。

 

 今日は、明日は――少なくともライブのある時は、喜多への恋心すら忘れ去ってしまおう。最高のライブにすることだけを考えなければ、自分の所為でライブが台無しになってしまうようなことがあってはならないのだから。

 

 そもそも、それを言うのならば、本来ひとりが喜多に恋心を寄せている事すら許されない事なのだ。トラブルになり得るし、気持ち悪がって喜多が結束バンドから出て行ってしまうかもしれない。自分の身勝手な感情のために、結束バンドが無くなってしまってはいけない。

 

 

 

「……絶対に、頑張ります」

 

 

 小さく、含むようにして、ひとりは決意を口にした。

 

「ぼっちちゃーん。みんなで晩ご飯食べてかえろーよ!」

「あっはい!」

 

 急に声をかけられて、慌ててひとりは返事をした。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 皆で晩ご飯を食べて、解散してから、空を眺めた。都会の地上の光に溢れた夜空を見ても、点々と星が見えるだけだけれど、強く輝く星はどこからでも見れるのだと実感した。

 今のこの気持ちで、手の届かない星を見上げる何て一層悲しくなりそうな気もしたけれど、実際は逆だ。この世の誰もが手の届かない星を見て、不思議と安心した。すでに秋の気候になっている。時折急に暑くてたまらなくなるような春と違って、秋は意外と安定しているような気がする。外を歩いていると時折吹く強い風が涼しくて。

 

 

 

「ぼっちちゃん!!」

「ひぅっ!?」

 

 

 背後からの叫び声に思わず悲鳴を上げて振り返ると、申し訳なさそうな表情をした虹夏が立っていた。先ほど解散したのだけれど、どうやらひとりを追いかけてきたらしい。

 

「あ、ご、ごめんね」

 

 悲鳴を上げたひとりに謝った虹夏は、普段と違ってどこか緊張したような、不安そうな表情でもじもじと、言葉を探っている様子だった。

 

「あの、さ。ぼっちちゃん。最近何か、悩みでもある……?」

「え? あ、いえ。な、何もないですけどっ……」

「本当に?」

「あっほん、本当に……なんでもないです……」

 

 普段よりもずっと鋭く、だからといって睨むのではなく大切な何かを見るような目で穿つ虹夏の視線に、正面から受け止められなくなって目を逸らしながらひとりは答えた。

 

 

「……あたしに、言えな――――」

 

 虹夏は、何かを言いかけてやめて。

 

「もしね、相談したいことがあったら何でも言って欲しいな。力になれるかもしれないし!」

「あっはい。な、何かあったら……言います」

 

 

 

 そう答えながらも、やはり、ひとりはこの一方的な愛情を絶対に誰にも気づかれないようにしようと、強く決心した。




 最終回良かったですね。喜多さんの呼び方が、「ひとりちゃん♡」って感じなのが脳が震えました。
 
 今回の話ではぼっちちゃん赤点回避してますが、アニメだとその話が無くて、けれどしっかりと補修になっているあたりが、別の世界線感があって面白かったです。


 本当は最終回より先に書くつもりで早足で書いたのですが、それでも間に合いませんでした。マジで遅筆です。
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