ぼ喜多の小説(仮題) 作:百合を継ぐもの
文化祭ライブの真っただ中。先ほどから違和感を感じていたけれど、突然だった。
一弦が切れた。二弦のペグが壊れている。音を合わせられないし、そもそも一弦が切れた状態でギターソロなんて出来るない。
ソロの高音が弾けない。ある程度まで二弦でカバーできても限度があるし、その二弦の音もあっていないのだから全く弾けない状態だ。
どうしようどうしようと何度も心の中で呟きながらも、けれど何も考える事が出来ていない。パニックに陥った脳は活動を停止した。
自分の所為でこのライブが台無しになってしまう。
誰か助けてと心の中で誰かへ救いを求めた時に、
「あ……」
喜多の奏でる音が耳を貫いた。リードギターとは違って格好いいメロディがあるわけでも、素晴らしい演奏技術が駆使されているわけでもないただの和音が、けれど曲を支える大切なバッキングギターが、確かにひとりを支えた。
笑みを見せた喜多に、混乱に支配されていた思考が一瞬で正常になる。足元に転がっていたカップ酒に気が付いて拾い上げる。音を確認し、耳を頼りに弾く。リョウも虹夏もひとりを信じてくれたらしく、八小節を再度繰り返してくれている。
最後まで演奏し終えて、心地の良い喪失感を感じながらも、歓声が耳に入ってくる。興奮して、激しくなった心臓の音に合わせて鼓膜すらも鼓動しているように感じた。
☆
「ひとりちゃん」
文化祭ライブ。
その終了後に客席にダイブしたひとりは、客に避けられて床に激突し気絶して、保健室へと運ばれていた。そこでひとりが目を覚ますのを待ってくれていたらしい喜多は、なぜかこれまでの「後藤さん」という呼び方から、名前呼びへと変わっていた。
これは距離が縮まったということなのだろうか。そうだとしたら嬉しいと思う。嬉しいと思うのだけれど、何度もこの気持ちに蓋をしようとして、もういっそのこと恋愛感情すら忘れてしまおうとすら決心して、それなのに喜んでしまっている自己を嫌悪した。
「私が、ひとりちゃんを支えられるようになるから」
ひとりの手を力強く握って喜多は言う。左手の先が硬くて、いっぱい練習したんだろうなと考えて、先ほどのライブの光景が勝手に浮かんできた。
一弦と二弦が駄目になって、本当にどうしようもない状況だと思っていたけれど、カップ酒のお陰で乗り切れた。観客は「弦が切れたのに頑張った」と褒めてくれたけれど、それは違う。あの時ひとりが演奏をあきらめなかったのは、喜多がいてくれたからだ。
あの時支えてくれたからだ。
このあとひとりはどう行動すればいいのだろうか。
喜多の手を握り返して、すでに十分支えられていることを伝えて、そのままこの秘めた思いをさらけ出してしまおうかとすら思った。
もう本当に駄目だ。先ほどのライブで見せられたかっこいい演奏も、普段のかわいらしい表情にも、凛々しい歌声にも、今の蕩けてしまいそうな甘い言葉にも。ひとりはもうどうしようもできないくらいに惚れこんでしまっている。
後先考えずに行動しようとさえ思った。このまま告白して、振られても、それはとても悲しい事だけれども、けれど間違いなく今よりは楽になれる。
それで、もしかしたら喜多が結束バンドを辞めてしまうかもしれない。辞めなくとも関係がぎくしゃくして、結束バンドの活動に影響が出るかもしれない。いよいよどうしようもなくなって、結束バンドを辞めることになるかもしれない。それでも今は楽になれるのだからいいじゃないかとすら考えてしまった。
「喜多さん、ありがとうございます。でも、私は大丈夫です」
ひとりの精いっぱいの拒絶の声は、不思議と淀みなく。
「え?」
何かが抜け落ちたような、色彩にかけた感情の見えない声に、ひとりは喜多の顔を見た。すぐに後悔した。
視線を逸らして、全身に重くのしかかる沈黙に耐える。
「あっ、えっと……急にごめんなさいっ! あっ、おだいじにっ!」
保健室から走り去る喜多に、反射的に伸ばしそうになった手を抑えて。
秋はそこまで冷えない。ひとりの手も冷えていない。喜多の手の温もりは残っていなかった。
どうしても今年中にもう一回更新しておきたかったので、質を下げつつ書きましたがそれでも短いです。
とりあえず更新できなかった後悔を遺さずに来年を迎えられそうなのでよかったです。