銭と課金のノスタルディア  ~異世界行ったのに、仲間増やすにはガチャしか手がないんですが~   作:Rameso

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真面目にやろうと思っても、相手がまともとは限らない

「なっ、しゃっ、遮光神ではなく、しゃ、射幸神……だと?」

「そ、そんな神様の事なんて、一度も聞いた事がありませんわ」

 

 驚愕で顔が真っ青を通り越して、白くなっているエステルとアンクの二人を尻目に、

 ガチャ演出の添え物の猫娘は「むふふん」と満足げな声を出した。

 

「射幸神様は、この世全てのわくわくする気持ちのほとんどに関連しているのにゃ。人を人たらしめる最も重要な一つ、それが射幸心なのにゃ」

「……それはまやかしだ、そんな妄言になんて私は決して屈しないぞ!」

 

 ギッと悔しそうにエステルが唇を噛む。

 アンクは未だ混乱が続いてるようでとうとう目を閉じた。

 

「そう、確かに射幸神様の信徒は数が少ない。だからこそ誤解をされ、排斥されるのにゃ。

 多数派が牛耳れば少数派は逼塞した人生を送らなければならない。だからこそ我輩は射幸神の福音を説くのにゃ」

「ぐっ、貴様、黙って聞いておれば猫耳など生意気にも生やしおって! この猫テロリストめ!」

「にゃはは、何とでも言うがいいにゃ。真面目に生きるだけが取り柄とか、本当人生損してるのにゃ」

 

 猫娘はその巧みな会話でエステルを翻弄する。

 

「なんだと、私が真面目一筋で可哀相だと! ふざけやがって!」と相当なお怒りだ。

 

 もうやめて、この人スタメンで大エースだったんだけど。ついつい恥ずかしさの余り、俺は手で顔を覆ってしまう。

 

「だからこそ、一つの価値観が正しいと妄信してこんな強制洗礼のような暴挙を敢行する。我輩はただでさえ少ない射幸神様の信徒を失う訳にはいかないのにゃ」

 

「このにゃんこテロリストめ! 遮光神だろうが、射幸神だろうが関係ない! ヴェリ、貴殿は薄汚れた信仰を捨ててやはり陽光神の洗礼をきちんとうけるべきだ!」

「にゃははは、ヴェリ君って言うのかい。射幸神様の恩恵は凄いのにゃよ? そう、だからこそ、──―我輩は君の奇跡を導いてあげる」

 

 猫娘がパチッと警戒に指を鳴らす。ごごごごごごごと大地を揺さぶるような音が響く。

 ……そこには何と"ノスタルディア ストーリー"上の演出で出てくるガチャ演出の門が現れた。

 突然現れた門に、エステルは「ま、まさかこれが魔界と繋がる煉獄門か!?」と怯える。

 アンクはぷるぷると震えて「神よ、陽光神様よ」と繰り返す。

 

「──―さぁ、ヴェリ君。君は奇跡を起こすのにゃ。因果さえ引っ繰り返し、世界を揺るがし、亜空間から人と人との縁を繋ぐ。これぞ君の奇跡」

 

 猫娘はくるっと華麗にターンを決めて、身に着けたローブを脱ぎ捨てる。中から現れたのは奇術師然とした、この世界にはそぐわない燕尾服。

 

「名づけて──―"神技 ジュウレンガチャ" にゃ」

 

 ばばーんと満面の笑みを取りながら、猫娘は決めポーズを取った。って、そのまんまじゃないか! なんだこのネーミングセンス! と言うかアプリ上で表示される十連ガチャってそのまんま魔法名だったのかよ! 

 

「うっそだろ」と思わず声を出した事に猫娘は満足そうに頷く。

 

「我輩は門を呼び出すだけ。だけれど、奇跡を起こすのはヴェリ君、君自身にゃ。この契約石は初回限定のサービスにゃ。さぁ、どーんと行くにゃ! あっそれ、やんや、やんやの大当たり!」

 

 そう言って猫娘は俺に、アプリで見た形状そのものの契約石を渡してきた。あ、これ、チュートリアルなんだな?! 完全に頭おかしい方向にいってるけどチュートリアルなんだな!!!??? 

自分の記憶の中のチュートリアルとはかけ離れた現状に眩暈を起こしそうだが、ええいままよと契約石をかざす。

 

「!! 馬鹿な、そんなことはやめるんだ! それは人の手に余るものだ!」

 

 エステルが急いで俺を止めようと駆け寄ってくるが、猛烈な光がそれを遮った。

 部屋一面に溢れるほどの光が、俺をどこか遠くへと誘う。気付けば、いつもアプリで見ていたガチャ空間。そこには当然のように猫娘も居た。

 

「むふふふ、思った通りにゃ。だからこそ、君はこの物語で"特別"であり、"主人公"なのにゃ。さぁ、恐れ多くも見るがいいにゃ。天上世界から神の調べが流れ、君が起こした結果が現実として具現化される。その神のごとき御業を」

 

 ……うん、ガチャの射幸心を煽る演出の事だよな!? 知ってるわ! ガチャ専用の壮大な音楽が流れて、確かにキャラや武器が具現化するな、ああ! 半ばやけくそに悪態をつく。

 

「さぁ、既に奇跡の結果は現れてきてるにゃよ。なになに、これはっ……!」

 

 俺は、ごくりと唾を飲む。確かにツッコミ所しかないが、緊張はするのだ。 アプリのガチャというものがこの世界においてどのように落とし込まれてるのかは分からない。だがしかし、神の御業ということだ。凄い事が起こるのだろう。

 

「これは…………?!」

 

 猫娘が、大粒の汗をかきながらさめざめと驚愕の表情を浮かべる。 アプリのガチャでは武器、防具、アニマ、それともキャラ本人がそのまま手に入る。しかも、猫娘がここまで反応しているという事は滅多にない事が起きてるのかもしれない。

 

「なんと、にゃんと……これは?!!」

 

 思わず、祈るようなポーズを俺は取ってしまう。この際武器でも防具でもなんでもいい、ただただこの世界を生きていく上で有利になれば。

 

 神よ、俺に祝福を──―

 

「ブリオ!」

 

 は? 

 は?? 

 は???? 

 

「……と見せかけて──―」

 

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「ブリオ! ──―」

 

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「のアニマにゃ!!!!!!」

 

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「あ、次の結果もまた出たにゃ! ……ブリオのアニマ!」

「今度は何にゃ……ブリオ! の武器!」

「ブリオの防具!」

「ブリオのアニマ!」

「ブリオのアニマ!」

「ブリオ……と見せかけて、ブリオ! ブリオのアニマ!」

「次は、……おっ、大当たりにゃ!」

「"帝国銃使 エンタル"の星四つ武器にゃ!」

「次は、お! またかにゃ、ブリオのアニマ!」

「ブリオ! の武器!」

 

「──―終わり、以上、閉廷にゃっ!」

「あ、必要数アニマが揃ったから、現実世界でブリオを呼び出せるようになったにゃ!」

「やったのにゃ!」

 

 

 俺は、天を仰いで「いや、そこはせめて全部ブリオにしろよ」と、がらにもないツッコミを入れてしまう。あまりの悲惨な結果に強烈に脳を揺さぶられるような不快感を覚えたが、不覚にもちょっと笑ってしまった。

 気付けば色彩豊かな空間から、教会内にへと景色が変わっている。エステルは急に姿を表した俺達の姿を見てぎょっとしており、相変わらずアンクは目を閉じて神に祈りを捧げていた。

 

「偏りは起こりうることだけども、我輩もまさかあんな結果になるとは思っていなかったにゃ。今回は別にヴェリ君は契約石を失っていないのだし次があるにゃ」

 

 猫娘は、慰めるようにぽんぽんと俺の方に手を置いた。まぁ、チュートリアルの無料ガチャなんだから俺は確かに損はしていない。……損はしていないし、結果はこの際考えないようにする。

 

 だが、一つだけどうしても負に落ちない事があった。

 

「"農民 ブリオ"って、星一つだよな」

 

 そう、本来は彼が契約石を用いるガチャで選択される事はありえないのだ。

 猫娘が手に持つ、ブリオのアニマが怪しくうねうねと蠢きながら光輝いている。

 ──―って、気持ち悪っ! なんだあれ! 

 

「我輩にも分からないことはあるにゃ」

 

 何故かポーズを決めてドヤ顔を取りながら、猫娘はブリオのアニマを俺に放り投げた。だから、気持ちわるいって! 慌てて受け取ってしまうが、ほんのり暖かい上に生臭かった。あまりの嫌悪感に思わず、床に落としてしまう。

 

 

「どうにも、教会に入ってきたその時からヴェリ君からは恐ろしいほどのオーラを感じてるのにゃ。まるで射幸神様の恩恵が体からダダ漏れしてるような……」

「!! 確かに、私もヴェリを最初に見た時に只者じゃないと思っていたが、まさか貴殿は神の代理人なのか」

 

 唐突にエステルが会話に割ってはいるが、ハンプに"そなたが自由の旅人か"とか言ってたのは忘れないぞ。ただ、俺もヴェリという人物についてそこまで詳しくは無いので、分からないとしか答えようがない。

 

「むふふふ、ブリオという人物は星一つなのかにゃ? ヴェリ君はその事実を知っている。 そう、この世界の根源を少しでも理解している人物は周りにも影響を及ぼすのにゃ」

「……な、なんと。私も聞いた事があるぞ。神の代理人と呼ばれる聖人は、世界を変えうる力を持つと」

 

 猫娘とエステルが、にわかに色めき立つ。ってことはなにか、ガチャにも影響を及ぼしてるのか。 ……って俺損しかしてねーじゃないかこれ。神の代理人って有料ガチャで星一つが出る人間の事か。

 

「いずれにしろ面白い事になってきたにゃ、どうせヴェリ君はアニマの使い方も知ってるにゃ?」

 

 猫娘がちらりと流し目を送ってくる。あぁ、それは確かに知っている。

 

「一定数アニマを集めると、その人物の強化や、呼び出しに使う事ができる……この認識であってるか?」

「大正解、そもそもアニマとは"人としての位階をあげる事ができる魂の外部機関"にゃ。だけど、本来その人物が持っているアニマよりも多くを持ってると、外部機関が本体となるにゃ。それこそがジュウレンガチャが神業と言われる所以なのにゃ」

 

 本来はこんな事を陽光神の教会でおおっぴらに言うべきではないのにゃがと、おどけたポーズを取る。それに対して先ほどまで一心に祈りを捧げていたアンクは、目をかっと見開いた。

 

「アニマの存在は教会でも秘匿中の秘匿……! 魂の冒涜を行う物しか知りえない死霊術の一つです! 

 あ、あなたたちはやはり、邪教! 悪魔! いえ、本来考えられていた遮光よりも達が悪い!」

「にゃはははは。射幸神様は悪い神じゃないのにゃ。ただ単に"ルールでそうなってる"だけにゃのだから」

「……いや、やはりジュウレンガチャは人には過ぎた力だ。聞けば、貴殿はその農民の生殺与奪の権を握ったということなのだな。

 

 それは我らが人である限り、同じ人に対しては絶対にやってはいけない事だ」どうやら結局は分かり合えないようだな、とエステルは剣を構えなおす。猫娘──―キャットテールは、目を細めた後に腰にぶらさげているレイピアを手に取った。

 

「人に対して絶対にやっちゃいけないのにゃら、さっきの強制洗礼はなんだったのかにゃ?」

「うるさい、遮光だろうが射幸だろうが結局のところ、それは世を乱す悪だ」

 

 一食触発の空気。恐ろしいくらいの緊張感が肌を刺す。

 俺としてはさっきのアニマが蠢いているので、お取り込み中の所すいませんがと、声をかけたいのだが。

 あ、光った。なんか人の形を取り出してるし。

 

「さっき落としたブリオのアニマが固まって、光を放ちだしてるんだけど」

「「!!」」

 

 思わず剣を構えた二人が手を止める、アンクは怖いくらいの凝視をしていた。 青くほのかに輝いたアニマは、空中にふわふわと浮かび、壮年のヒトの形を取った。徐々にその輪郭を現したそれは、神妙な雰囲気の中不意に言葉を述べる。

 

「おっす、おら、ブリオ! いっちょやってみっか!」

 

 薄汚く髭を生やした人物が、俺に向かって前口上を述べる。俺は早くも深い後悔と共に「完全に駄目な方の奴じゃねぇか」と、さらに頭痛を強めるのだった。唐突に現れた大根を抱えたブリオの姿に、その場は凍りついた。

いや、アプリの演出で腐るほど見てはいたんだけどいざ召還ってなると何か、うん。

 

「それで、ヴェリの旦那。おらぁ、このこんまいおなごをやっつければいいべ?」

 

 大根をビシッと、キャットテールの方にへと向けるブリオ。全てを間違えてる気がしてならないが、俺は胃の底から「違うぞ」と無理やり言葉をひねり出した。

 

 

「にゃっ?! 我輩は君の……うん、少なくともヴェリ君の味方ではあるにゃ!さぁ、その土臭い大根をこの騎士然とした腐れ女に向けるのにゃ! あいつは敵にゃ!」

「なんだと、黙って聞いておれば! それならお前は本当、腐ったにゃんこだな!」

 

 低次元の醜い言い争いを続ける二人を尻目に、ブリオは改めてエステルへ向き直す。

 

「お米のようすは知りゃすまい 知らなきゃ教えてあげやんべ おらが農場に招待すんべ

 輝く金波の文様は そりゃ踊りゃんせ 踊りゃんせ ほほっほい! ほほほい! ほほっほほい!」

 

 掛け声と、大根と共にほほほい! ほほほい! と華麗に飛び跳ねながら踊るブリオ。その奇妙な様子を呆気に取られながら見ていたら、ぴろりんと効果音がなった。

 

 ──―あ、なんか体力が三くらい回復してる気がする、俺。

 

「!!」

 

 アンクはその奇妙な踊りを見て、「邪神の舞ですか、これは!」と絶叫を上げる。はたから見たらそうだよなぁ、ははっ。と、ぴろりんぴろりんと継続した効果音を聞きながら思う。

 

「本来、回復魔法とは陽光神の奇跡による物です! それが、こんな、ありえない!あなたのその面妖な舞いは全ての治癒術士に喧嘩を、いえ、神に喧嘩を売るものです!」

 

「ほほっほい! ほほほっほい!」

 

「聞いているのですか! その気持ち悪い動きと掛け声を即刻止めなさい!」

 

 以前、産業廃棄物肥溜めクソ雑魚農民ブリブリオとの蔑称があると説明した理由はここにあった。そう、ブリオの大根踊りを発動する度にスマホから「ほほほい! ほほっほい!」と掛け声が聞こえる。しかも詠唱が短いので、こちら側のエステルの「貴殿を守る!」やアンクの「治癒を!」をかき消して、延々と「ほほほい! ほほっほい!」が対人戦中に繰り返される。

 

対人戦中、耳がその汚い掛け声に汚染されるのだ。

 

 上位廃人ランカー(しかもブリオアイコン)の、ブリオ全体回復ごり押しラッシュは、単純に強いということもあるのだが、相手に相当な不快感と煽られたという屈辱感を与える。星一つの頃みたいに性能として弱ければ何の問題も無かったのだ。愛されるネタキャラとして定着していただろう。

 

 だが、毎秒三百程も全体を回復しつつ迫り来る星四ブリオはもはや狂気そのものを体現していた。

 

 ──―というか、今更だけどなんでこいつこの場で大根踊り踊ってるんだよ! 

 

「ブリオ、違うぞ! 大根踊りは確かに強力なスキルだけど、この場で行う事じゃないぞ!」

「ほほっほい! ほほ……さ、流石、ヴェリの旦那だべ。はぁはぁ。お、おらのスキルを一目見て見破るとは。はぁはぁ」

 

 汗だくになったブリオは肩で息をしながら、むわっと室内の温度を急上昇させる。いや、スキル発動したらお前は一丁前に疲れるのかよ! 

 

「い、以前、おらの畑を救ってくださったヴェリの旦那には、是非とも渾身の踊りを見てもらいたかったんだべ」

「……なに、俺と面識があったのか」

「も、勿論だぁ。おらぁ、死ぬまで忘れないべ。ハンプとかいう卵形のまるっこい魔物様、今はいないんだべ?」

「あ、あぁ、今は宿で待機させている。街中で魔物が単独行動をするのはよくないからな」

「それにしても凄いべ。おらぁ、農作業中に意識を失ったと思ったらこんなところに居ただ。すんごい魔法だか? 

 

 あ、全然それについては気にしなくてもいいべ。今は農閑期だし、お役に立てるならこれ以上嬉しいことはねぇ」

……いや、別に呼ぶ気なんてさらさらなかったし、むしろ来て欲しくなかったとは口が裂けても言えない。それにしても、ヴェリはこのおっさんをクリューゲル時代にでも救ってたんだな。

ふと思う。もしかして面識がない人間は呼び出さないように、ある程度の「補正力」が加わるのか……? 

 

 例えばストーリーをクリアする度に解禁されるガチャキャラクターのように。

 

「むふふん。ヴェリ君! 善行を重ねていたらこうやって人は助けてくれるんだよ! なんて素晴らしい。さぁ、我輩と一緒にこんな所はさっさと抜け出して福音を広めに行くべきだ」

「!! 煙に巻いて逃げ出そうとしてもそうはいかんぞ! 貴殿には聞きたい事が山ほどあるのだ!」

「そうです、世界を揺るがしかねない背信者達を捨て置くわけにはいきません」

「ちっちっち。甘いね、我輩が逃亡手段を用意してないと思うのかい」

 

 猫娘は奇術士然とした衣装の中から、小さな粉上の物を取り出して勢い良く床に投げつける。ぼわっと大きな音がして部屋中に煙が蔓延した。

げほっごほっとむせ返るような悲惨な音がする中、俺は猫娘に手を取られ駆け出す。

 

「さぁ、ヴェリ君! 君はこれから世界を引っ繰り返すんだ! 射幸心の望むまま! 我輩はキャットテール! 自由と変革とぱちすろを司る神の信徒にゃ!」

「はいはい、さっき聞いたよ」

「むふふん、つれないにゃあ。我輩は君の為に、具体的に言うと毎日、君をサポートする用意があるにゃ」

 

 あ、ログインボーナスの事ですね。分かります。

 

 駆け抜けて、駆け抜けて、メルカトル内の目立たない裏路地にへと辿り着いた。気付けば日はとっぷりと暮れていて、夕闇に街は支配されていた。

 

「さぁ、さっさとこんな街とはおさらばにゃ。メルカトルから脱出する手筈は整えてるにゃ! "自由の旅人"はこれからもっと大きな自由を手に入れるのにゃ!」

「……いや、そもそも馬車と従者を宿屋に置いてるんだけど。あと別にお尋ね者にはなりたくないし」

「にゃっ?!」

 

 ぴたりと猫娘は動きを止める。

 

「というか、勢いのまま出てきたけど、ブリオを教会に置いてきちゃってるんだけど」

「にゃっ」

「流石にこのまま街から脱出なんてできないだろ。きっちりエステル達とも話し合うべきだ」

「にゅ」

「別に俺達は犯罪をおかしたとかじゃない。行き違いはあったけど説明はするべきだ、今後の為にも」

「にょ」

 

 しーんと、夜の静寂が辺りを包み込む。はぁ、とどんよりした空気を見せながら猫娘はその重い口を開く。

 

「やっぱりこのまま逃げ出しちゃだめにゃ?」

「駄目です」

「そこをにゃんとか」

「駄目」

 

 きっぱりと言いきる。

 

 如何にも冒険の始まり──―で、わくわくする、これも射幸心か? な、展開なのだが、今までヴェリが生きてきた、積み重ねてきた物を否定する事は俺にはできない。

 

「はぁ……仕方ない、か。私だけでも逃げるだけならできるんだけど、しょうがない。折角見出したあなたを失うのは"つまらない"。私も粛々と決着をつけることに致しましょう」

 

 急に雰囲気を変えたキャットテールは──―その耳についている猫耳をすぽっとはずした。……いや、それ着脱可能なのかよ! 精巧な作り物?! 

 

「むふふん、驚いた? この猫耳をつけてるだけで、私は亜人と認識されるの。あーあ、エステルの事も散々にからかえたし、面白そうな旅になると思ったんだけどなぁ。あぁ、猫みたいな口調? あんな馬鹿みたいな口調の人いるわけないじゃない」

 

 二重にショックなんだが。……ええ、キャラ作ってたの……。

がーんだなという表情を出してしまった俺だが、元猫娘は不適に笑った。

 

「あなたの事は気に入ってるし、きちんと本当の自己紹介を致しましょう。私の名前はヴェロニカ・エッツラウプ。正真正銘、この国のお姫様。ごくごく親しい友人からはヴェリーと愛称で呼ばれてるわ」

 

 あなたの名前と同じなのよねと、その長く麗しい黒髪を靡かせて自称姫様はくすくす笑う。あぁ、そうだ、簡単な事だ。エステルが言ってた「王族にしか黒髪は生まれない」そして教会付近で見かけたから近くにいると言った、「放火犯のような習性」

 

 全ての条件がぴたりと、パズルのピースのように噛み合うのだ。

 

 俺はまるで月光ですらこの華麗な少女の為に用意されたのだと錯覚するのだが。──え、無理やりいい話に持っていこうとしてるけど、ガチャの時、めっちゃ煽ってきたよね──と、邪念をどうにも拭いきれないのだった。

 

「それでは、とりあえずこの場はお別れと行きますか。明日にでも改めて宿屋に顔を出す事に致しましょう」

 

 ヴェロニカ姫は、手をひらひらとあげて「今宵は騎士団の下に、厄介になりましょう」と去っていった。ぽかんと呆気に捕らわれていると、今日一日の怒涛の展開からかどっと疲労感が襲ってきた。

 

 肩を落として、馬車を預けている宿へと歩を向ける。宿に入ると、すぐにハンプが出迎えてくれた。

 

「旦那様、お帰りなさいませ。それで依頼の方の進捗はどんな感じで」

「あぁ、ヴェロニカ姫は見つかったよ」

「なんと! 流石、旦那様。それで、ヴェロニカ姫の保護をされたので?」

「どうやら自分から騎士団に出頭するらしいぞ」

 

 ハンプは怪訝な顔を隠そうともしないが、「左様で」と呟いた。

 

 買出しに言ってくれた宿の給仕さんに挨拶をして、購入品を確認。

 いかつい顔をしているがどことなく優しそうな宿主に、夕飯を振舞われる。

 なんだ、結構風情があっていい宿じゃないか。

 ただ、異世界特有の食べ物があるのかなとかちょっと期待していたのだが、

 豆を煮たスープに、じゃがいもを煮っ転がしたもの、あと良く分からないけど何か草。

 雑草じゃないだろうとは思うが、食感がもっさもさしている。

 今の日本って、かなり恵まれてるんだなぁとしみじみと感じさせられたのである。

 とりあえず、あえて言うならば、味が薄い。あと苦味が強い。

 

 

「……香辛料はあまり普及していないんだな、メルカトルでは」

「全般的にこの街に限らず高級品ですな。庶民でも岩塩くらいなら手に入りますが、胡椒ともなるとなかなか」

 

 ハンプは、豆のスープを飲むために短い手を必死に伸ばした。

 胡椒と言えば、街に入場する前にリズという女商人が商っていると言ってたな。

 どうにもここまで薄い味付けが続くと、日本食に慣れている俺にとってはきつい。

 

「例えば、胡椒は今日買い出しにいった補給品に追加で買う事はできるか?」

「ふむ……正直、厳しいかと。いえ、勿論、買う事は買えるのですが、予算的に馬車のメンテナンスが疎かになりますな」

「なるほど」

 

 会計をハンプに一任してるので詳しくは分からないが、ヴェリはそこまで豊かではないようだ。

 確か、アプリでは初期資金として千ゴールド持ってる状態から始まった筈。

 物価の事はあまり分からないが、ここら辺はきちんと知識として抑える必要があるな。

 

「ですが、姫様を無事見つけ出されたという事は、かなりの報酬が期待できるのでは」

「……あ、あぁ、そうだな、確かに」

 

 この場合、報酬って貰えるのだろうか。嫌な予感しかしないのだけれど。

 立場も不明瞭だし、無駄遣いしてる場合じゃないよなぁと考え直す。

 ……それにしてもこの草、噛めば噛むほどまずいなぁ。口の中に広がる芳醇なえぐ味。

 鼻にまであがってきたそれを中和するように、俺は水をぐっと流し込んだ。

 

 翌日、ねぼけまなこで二階の寝室から降りると、宿の入り口がどやどやと騒がしかった。

やけに騒がしいなと思い近くに寄ると、そこにはエステル率いる騎士団達の面々がいた。

 

「旦那様はヴェロニカ姫様を助け出された筈。このような無体は騎士団と言えどおかしいですぞ」

「だから、話にならんからヴェリを出せと言うに……む、姿を表したな」

 

 明らかに警戒したように、俺と距離を取る騎士団達。それをエステルが手で制する。

 ハンプと宿屋の主人が困惑したように俺の方を見てきたので、ため息をつく。

 

「とりあえず宿に迷惑はかけたくないし、用件があるなら騎士団をさげてくれないか」

「なっ、この異端者め。ふてぶてしいにも程があるぞ」

 

 昨日、教会前で見かけた若い騎士が憮然とした表情で腰の剣に手をかける。

 それをエステルは「まぁ、待て」と改めて諭した。

 

「貴殿の言い分は承知した。確かに宿屋に迷惑をかける気持ちはない。

 ……姫様から貴殿に伝言がある。昼下がりに、騎士団の詰め所に来るのだ。そこで貴殿の処遇についてはっきりとさせる」

 

「確かに伝えたからな」と、じっとこちらを凝視してくる。

 煙幕のせいか、全体的に鼻が赤かった。

 ちょっと可哀相だなぁと、まじまじと顔を見るとその目に気付いたのか少し憤慨した表情を見せる。

 若い騎士が、怒気を含ませながら「ふん、来なければあの農民がどうなるか分からんからな」と割って入る。

 

「……とにかく、用件は伝えた。あとは、どう判断するかは貴殿次第だ」

 

 エステルはざっと反転して、騎士団もそれに続く。 ハンプが「旦那様、これは何事があったので」とおろおろしていた。

 俺は、心の中で「ブリオが捕らわれのヒロインかぁ」と思いながら、先ほどと比べてやや大げさにため息をついた。

 

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