ぴゅあ×ぜろ★みらくる   作:いぶりがっこ

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メロンの花言葉:「飽食」「豊富」「潤沢」「裕福」「多産」



第十一話「ひとつめのルイズ」

礼拝堂の一角に柔らかな光がこぼれる。

光の下、少女の手の平が幾分、赤みを取り戻したのを確認すると、

ウェールズはほうっ、と一つ息を吐いた。

 

「……さて、ひとまずこれで、当座の痛みくらいは和らげるハズだ。

 とは言え僕は水系統に関しては素人も同然だからね。

 無事にトリステインに辿りついたならば、専門のメイジにしっかり診て貰うと良い」

 

「本当に、感謝の言葉もございません。

 これしきの事で、わざわざ殿下の御手を煩わせるなんて……」

 

「いや、礼を言わなければならないのはこちらの方だ。

 君たちのおかげで、どうやら王族の最後の務めだけは果たせそうだからね」

 

言いながら、ルイズの影で俯く少女にちらりと視線を移す。

ロバ・アル・カリイエの誇り高きメイジ、プリマ・プラム、

可憐なる東方の聖女の正体が、目の前の幼い少女であると聞かされた時には、

さすがにウェールズも驚きの色を隠しきれなかったものの、

一方で、すとんと腑に落ちる部分があったのも事実である。

彼女の瞳には、無垢な少女の輝きが宿っていると、

そう語ったのは他ならぬウェールズ自身なのだから……。

 

「王族の義務……、それでは、殿下はやはり……?」

 

ためらいがちなルイズの言葉に、重々しくウェールズが頷き返す。

 

「この礼拝堂で、大分時間を浪費してしまった。

 あるいはもう、前線では衝突が始まっているのやもしれない。

 王国の名誉のために踏み止まった彼ら将兵たちを、

 むざむざ孤独で戦わせておくわけにはいかないよ」

 

言いながらすっくと立ち上がる。

王子の瞳はすでに、扉の外の戦火に向けられているようであった。

 

「言わずもがな、既にこの城は危険な状況にある。

 我々が敵の目を引き付ける。

 ミス・ヴァリエール、君たちは互いに協力して、何とか無事に……」

 

ぼふん、と、

鳩尾に触れる軽い衝撃に、思わず言葉が止まる。

見下ろすウェールズの胸元には、新緑髪の少女の特徴的なボブカットがあった。

 

「……プリマ・プラム?」

 

「…………」

 

「君の言いたい事は分かるよ。

 だが、今はこのまま行かせてほしい、

 大切な同胞達を、このまま見殺しにするわけにはいかない」

 

「……そんなの、そんなの私、分かんないもんっ!!」

 

ウェールズの言葉を打ち消して、顔を上げたユーリが爆発する。

だが、その表情はすぐにくしゃくしゃと歪んでしまう。

 

「だって、だって私、凄く頑張ったんだもん!

 せっかく王子様が助かったのに、こんなのって無いよ!?」

 

「……それは」

 

「行かないでください、王子様、行かないで……、

 大切な人が目の前からいなくなっちゃうのは、もう嫌なの。

 そんなの、そんなの嫌だよう……」

 

少女の未熟な誤謬は支離滅裂なものへと変わり、

ついに少女はぴいぴいと泣き始めてしまう。

ごく自然に、ウェールズの右手が少女のクセッ毛を優しく撫ぜる。

そんな無意識の動きを、当のウェールズ自身はやや困惑して見つめ続けていた。

 

自分はいったい何をやっているのか?

こんな茶番に拘泥している今も、

扉の外ではウェールズを信じる輩たちが刹那の時を刻んでいる。

そう理解しながらも、ウェールズの足は動きだそうとしてくれない。

右手の小指に絡みついた温もりが、少女の体に引き寄せられているように感じた。

先刻、目の前の少女はその小さな体で、

昨夜のウェールズとの約束を必死に果たし抜いて見せた。

だが、当のウェールズは今、そんな少女との約束を反故にして戦場に赴かんとしている。

 

同胞達の魂の救済と、たった一人の少女との約束。

どちらが重いかなど、今さら比べるべくもない。

にも拘らず、今日まで貴族の義務と覚悟を支えに生きてきたはずの自分が、

指先のちっぽけな約束事に囚われていると言う事実が信じ難かった。

 

そんな二人のやり取りを、やや俯きがちに見つめていたルイズであったが、

長い思案の後、ついに意を決し、ウェールズの前に片膝をついた。

 

「ウェールズ殿下……!」

 

「……どうやら、君も彼女の味方のようだね、ミス・ヴァリエール」

 

「……畏れながら」

 

「しかし君は、年端の行かない少女ではあるまい。

 トリステインの名門・ヴァリエールの家名に連なる貴方ならば、

 貴族の果たさねばならぬ義務を理解できるはずだ」

 

「ですが殿下、あえて不敬を承知で言わせてもらうならば、

 アルビオンの皇太子、ウェールズ・テューダーは、既に死んでいるのです!

 つい先刻、レコン・キスタの刺客に胸を貫かれて」

 

「――!?」

 

心胆にまで踏み込む一言に、ユーリが、

そして事実を知らぬウェールズまでもが戦慄する。

常識として、死んだ人間を蘇生させる術などあろうはずがない。

それゆえに他愛のない妄想として忘れようとしていた感覚が、

ルイズの口舌によって現実の出来事として揺り起こされる。

 

胸元に突き込まれた刃の鋭さ。

破れた心臓から溢れ出す熱さ。

意志とは無関係に揺らぐ視界。

大理石の床の硬さ、血液と共に失われていく生命の温もり。

徐々に緩慢になっていく思考、圧倒的なまでの孤独。

 

刹那の感覚に、思わずぶるりと総身が震える。

否定など出来ようはずもない。

ウェールズは確かに一度、あの瞬間に死んでいたのだ。

 

「失われたはずのウェールズ様の生命を、

 再びこの世に呼び戻したのは、他ならぬ彼女、プリマ・プラムです」

 

呆然と言葉を失うウェールズに対し、淡々とルイズが事実を告げる。

 

「彼女は幼い身でありながら、

 私との友誼のために戦場に駆け付けてくれました。

 スクエアクラスのメイジを精一杯の勇気で退け、

 そして、危険な魔法を命がけで行使して、殿下の窮地をも救ってくれたのです」

 

「そんな、事が……」

 

真っ白になりかけた思考の中で、かろうじてウェールズが呻く。

唐突にウェールズは、ぼんやりとした世界の中で聞いた、少女の嗚咽を思い出した。

炎も無い聖堂の中で、何故にルイズは両の手に火傷を負っていたのか、

ウェールズは理由を聞けなかった。

だが、その痕が何らかの儀式の代償であったとするならば、

あるいは目の前の少女は、ルイズの火傷以上に深い傷を心に負ってしまったのかもしれない。

 

「殿下!」

 

ウェールズの思考の間隙を縫って、ルイズが深々と首を垂れる。

 

「殿下、譲れぬ敵に戦いを臨む事が貴族の務めであるならば、

 受けた恩に対し正しく報いる事も、何より、

 己を慕うか弱き命を守り抜く事もまた、大切な貴族の務めであるはずです!」

 

「…………」

 

「お願いします!

 どうか生き延びて下さい、殿下!

 アンリエッタ様のためでも、ウェールズ様御自身のためにでもなく、

 貴方の目の前にいる、哀れなローザの魂をお救い下さい!」

 

ルイズの必死の懇願に、今度こそウェールズは絶句する。

彼女の言葉は人として正しく、それゆえに卑劣であった。

 

今、現実にこの部屋を飛び出して行った所で、ウェールズが救える者など誰一人いない。

死にゆく部下に希望を与え、その魂を救えるはずと言ってみた所で、

それも突き詰めればウェールズの自己満足に過ぎない。

一方で、目の前の少女達には、脱出のための護衛が絶対に必要な状況であり、

また二人は、危うい従妹の未来のためにも、絶対に失ってはならない存在であった。

 

だとすれば、今のウェールズに取れる選択肢はただ一つしか残されていないだろう。

未来永劫、部下を見捨てて逃げ出した王族という恥辱を受け続けねばならない、

ウェールズ自身の心情を無視できるなら、と言う前提の話ではあるが。

 

ぎりりと歯を食い縛り、ウェールズが苦悶の表情を浮かべる。

生まれた頃より、誇り高き貴族の在り方を骨身に刻むように生きてきた人間である。

どれ程の理があろうとも、貴族であるウェールズには選べない決断がある。

 

だが……、

 

「……アルビオン貴族のウェールズは死んだ。

 今生で名誉を回復できる機会など、

 もはや私には残されていなかったと言うのだな……」

 

「王子様……」

 

泣き腫らした大きな瞳が、寂しげにウェールズを見上げる。

ふっ、と諦観と共に自嘲がこぼれる、

幼き日の従妹と同じ瞳をした少女を見捨てる事など、

元より今のウェールズには、出来ようはずも無かったのだ。

 

「ミス・ヴァリエール、よくぞこの不明たる身に道を示してくれた。

 ならば私はこれより、ただ一介のメイジとして、貴方たちの力になるとしよう」

 

「殿下……! あ、ありがとうございますっ」

 

「いや……、礼を言わねばならないのは僕の方さ、

 貴方は僕に真実を伝えてくれたのだからね」

 

改めて深々と頭を下げるルイズに対し、

ウェールズがおどけた仕草で肩を竦める、が、

すぐにその瞳の色を現実主義の指揮官のそれへと改めた。

 

「……とは言え、どうしたものかな。

 もはやイーグル号は出航した後だ。

 果たして戦闘の最中に、脱出の足を用意できるだろうか?」

 

「……ローザ」

 

ルイズが不安げにユリーシアを見やる。

当のユーリは、手にしたレードルを額に合わせるようにして瞳を閉じていたが、

やがて一つ頷くと、瞳を開け、再び両者と向かい合った。

 

「……うん、大丈夫。

 クローチェも、もう少しだけ頑張れると思います」

 

「頑張れる?

 一体、何をしようと言うんだい?」

 

「ローザは私たち、ハルケギニアのメイジとは、

 まったく違った飛行魔法が使えるんです。

 杖に飛び乗るようにして、時には竜よりも速く」

 

慮外のルイズの言葉にウェールズが鼻白む。

ユーリは一瞬、気恥ずかしそうな顔を見せたが、その内にさっと眉を曇らせた。

 

「あ、でも……、その魔法は今の私では、だいぶ制御が難しいんです。

 大人を二人も乗せたら、きっと私、うまく操縦できません」

 

「……重量を軽減すれば、飛ぶ事は出来るのかい?」

 

ウェールズが軽く笑って、手にした杖を振るって見せる。

 

「ならば僕がレビテーションで、三人分の重量を軽減するとしよう。

 君はいつも通りの感覚で、飛行に専念してくれればそれで良い」

 

「ほ、本当ですか!? それだったら!」

 

「と、なると、後は……」

 

ちらりとウェールズが扉を見やる。

礼拝堂の唯一の出入り口の外からは、

すでに時折、重なり合う金属音や物々しい雄叫びが聞こえつつあった。

 

「……出来る事なら、正面からの脱出は避けたい所だな。

 他に脱出の経路と言えば、頭上のステンドグラスから、くらいになるだろうが、

 遥か上空からの脱出となれば、その分、敵の飛行部隊に捕捉されるリスクも増えるか」

 

ウェールズの言葉に、二人も共にしばしの思案に入る。

やがて、先に顔を上げたのはユーリの方だった。

 

「あ、あの……!

 私たちの国には、壁に抜け道を作れる魔法があります。

 私がそれを使えば……」

 

「……いいえ、それはダメよ、ローザ」

 

「ふぇっ?」

 

思わぬ否定の声を受け、反射的にユーリが振り向く。

ある種の確信をもって、顔を上げたルイズが持論を紡ぐ。

 

「ローザ、あなたはここまでだけで、

 身の丈を超えた強力な魔法を、何度も使ってしまっているでしょう?

 今はあなたの飛行魔法だけが頼りなの。

 それ以外の事で、軽々しく力を使ってはいけないわ」

 

「だ、だけど、それじゃあ、他に方法が……」

 

(……大丈夫、任せて、ユーリ)

 

「えっ?」

 

「殿下!」

 

ルイズはユーリに対し、小声で囁きウィンクすると、

すぐに真面目な貴族の顔に戻り、ウェールズに対して向き直った。

 

「殿下、由緒あるニューカッスルの礼拝堂に、これから傷をつける事

 なにとぞお許しください」

 

「あ、ああ、どの道、すでに戦場となっている古城の事だ。

 今さら何をされても困るものではないが、傷つける、とは……?」

 

「はい」

 

ルイズはそこで一つ頷くと、はっきりと自信を持って、次の言葉を口にした。

 

「この礼拝堂の壁に、私の『魔法』で、脱出口をこじ開けます」

 

 

「……ルミニス・アヴィ」

 

凛としたユーリの声と共に、聖堂に澄んだ光が溢れる。

やがて光は潰え、少女の手には、再びスマートに形を変えた銀杖が残る。

 

「やれやれ、前もって聞かされていたとは言え、

 こうして変じた姿を目の当たりにすると、やはり君には驚かされるばかりだな」

 

「そ、そうですか?

 確かに杖の形を変える魔法は、向こうでも裏技みたいなものですけど」

 

「いいや、僕が言っているのは君自身の事だよ、ミス・サツキ」

 

「ふぇ?」

 

ウェールズの指摘を受け、すっかりうら若き乙女の姿となったプリマ・プラムが、

王子の前でくるりと一回転して見せる。

無論、本来のユーリにとっても、大人になったこの姿は特別なものであったのだが、

ここ数日はこちらの姿でいる事の方が多かったため、

知らず自分では、あまり意識しないようになっていたらしい。

 

「そうしていると、本当に立派なメイジのように見えるよ。

 僕がそのくらいの歳の頃には、

 とても今の君のようには振る舞えはしなかったものさ」

 

「そ、そうなんですか?

 ふふっ、でも、本当は私もびっくりしているんです」

 

「うん?」

 

「ルイズさんが教えてくれたんです。

 本当は私、自分が思っているよりも、もっともっと、ずっと頑張れるんだって!」

 

「……そうか、いい友人を持ったね、プリマ」

 

「はい!」

 

溌剌と笑い合いながら、二人が視線を話題の少女へと向ける。

件のルイズはと言えば、一人壁面と向かい合いながら、

愛用の杖を手に深呼吸を繰り返していた。

 

 

『すごい! すごいよ! ルイズさん』

『ルイズさんは、爆発の魔法が得意なんだね!』

 

 

いつだったかの無邪気な少女の声が、ルイズの耳に残響する。

この世界の魔法の常識と言うものを知らぬ少女ゆえの、残酷で不躾な称賛であったが、

同時にそれは、ルイズの秘めた魔法の資質を、最も端的に評した言葉でもあった。

 

(どうして私はユリーシアのように、

 自らの本質を、『可能性』と思う事が出来なかったんだろう……?)

 

今さらのように、素朴な疑問が胸を突く。

分かり易い原因を用意するならば、それはルイズが物心ついた時より、

周囲の大人達が彼女の力を『失敗』と断じ続けた所為なのであろう。

ブリミル教六千年の歴史の中にあって、ほんのちっぽけな歯車に過ぎない少女が、

社会秩序の決定に背いてまで自らの可能性を訴える勇気を持つなど、

有体に出来ようはずもない。

 

だが、それはあくまでも表面的な理由に過ぎない。

誰が信じずとも、口に出さずとも、自分だけは自身の資質を信じられたはずだ。

それでも尚、自らの本質を探し出す勇気が持てなかったのは、

結局は己の臆病さに起因するのだ、と言う自覚が今のルイズにはある。

才能の井戸の奥深くまで覗き込んだ挙句に、

自分は他のメイジのようには普通の魔法を使う事が出来ない、

と言う事実を確認するのが、何よりも恐ろしかったのだ。

 

成程、確かに自分は『ゼロ』のルイズであったのだ、と今さらながらに得心が行く。

自らの力の異質さに気付きながらも、芽吹くはずの無い種をまき続けていた。

なぜ自分は、他のメイジのように魔法を使えないのかと嘆きながら、

この一年、同じ所をぐるぐると回り続けていた。

上を目指す第一歩を踏み出そうともしていなかった。

 

魔法学院には、国中より集まった優秀な教師達がいる。

アカデミーに匹敵するほどの膨大な蔵書も図書館に存在する。

魔法の演習に十分なだけの環境も、共に学ぶ級友もいる。

あとはルイズに今一つ、謙虚さと貪欲さが備わっていたならば、

少なくとも今日の土壇場になって、力の制御に迷う事態には陥らずに済んでいた事であろう。

 

(……魔法の力は、使い手の心の揺らめき、想いの強さ)

 

ローザが教えてくれたもう一つの言葉を反芻し、余計な感傷を心の隅へと追い払う。

今はただ、彼女たちの流儀に従うべきだと心に定める。

失った過去への後悔よりも、彼女たちと出会えたこれからの時間を大切にするべきだと。

 

(ユーリの未来も、殿下の命も守り通して見せる、全てはそれから……)

 

心の迷いが、指先の震えと共にピタリと止まり、杖先が自然と天を点く。

意識もせぬまま、一つ大きく息を吐く。

唱える呪文は何だっていい。

ならばせめて、少しでも勇気をくれる言葉を。

 

『――ティム・フォールナ・プリンシパトゥッ!!』

 

力強い右腕の一閃と共に、裂帛の気合を勇ましく打ち放つ。

ルイズの唱えた『時間を巻き戻す言葉』は、本人の希望通り、見事に『失敗』した。

刹那、閃光と共に爆裂した粉塵が視界を覆い、やがてその土煙の先には、

大人がゆうに潜り抜けられるだけの大穴が、ぽっかりと口を開いていた。

 

「……できた」

 

「やったぁ! すごい、すごいよ、ルイズさんっ!」

 

「喜ぶのは後だ! 二人とも、早く脱出の準備を!」

 

ウェールズの言葉を受け、慌てて二人が我に返る。

ルイズがユーリの背に飛びつくのと同時に、ウェールズが短く詠唱を完成させ、

レードルを跨いだ三人の体が、ふわりと中空に浮かび上がる。

 

「よし、やってくれ、プリマ・プラム!」

 

『――アラ・ディウム・メイッ!』

 

 

粉塵の海を抜けると同時に、ユーリの視界には広大な天地が鮮やかに広がっていた。

 

ごうっ、と言う風の音に混じって響き渡る、爆音と喧騒、金属音に鬨の声。

突如として五感を襲った圧倒的な情報量に翻弄されて

一瞬、少女の中で世界の上下すらも判断がつかなくなる。

 

「お、王子さま! これから私どこに行けばッ!?」

 

「方角は問わない! ただ真っ直ぐ、あの雲の中へ!!

 一たび飛竜に捕捉されてしまったら、逃げる事は不可能だ!」

 

「ハ、ハイッ!」

 

ウェールズの言葉に従い、ユーリが一心に力を込める。

だが、焦る想いとは裏腹に、レードルの速度は容易に上がっていかない。

予想の範囲ではあったが、飛行能力に特化した形状にしても尚、

今のレードルは安定性を著しく欠いているようであった。

 

(お願い、お願い、クローチェ!)

 

わずかに震えるレードルを力いっぱいに握りしめながら、

ユーリがウェールズの言の正しさを痛感する。

一時的に休息をおいたとは言え、今の状態では速度はともかく、

航続距離の面で敵影を振り切る事は不可能であろう。

 

「クローチェ!」

 

一声振り絞るように叫び、眼前に迫った層雲目がけスパートをかける。

直後、視界が真っ黒に染まると同時に、レードルが一段ガクンと揺らぐ。

 

「キャアッ!」

 

「――プリマ・プラムッ!?」

 

「だ、大丈夫です、でも……!」

 

限界が近い事を悟り、そっとレードルを指先で撫ぜる。

こうまで再三に渡り無茶を掛けながら、尚もレードルが持ち堪えらる事が出来たのは、

一流のステラウェバーたる、姉・エレーナの確かな仕事があればこそだろう。

 

「……今はこれ以上、この杖に負担はかけられません。

 後はもう、風に任せながら、徐々に滑り落ちて行く事しか出来ません」

 

「そうか……、いや、君は十分な仕事をしてくれたよ」

 

そうウェールズに慰めを受けて、なおユーリの心は冴えない。

手にしたレードルは、プラム・クローリスを卒業したエレーナが、

プロのステラウェバーとして、いの一番にユーリのために作ってくれた代物である。

生涯を共にするであろう大切な絆を、

こうまで無残に酷使したことなど、今まで一度もなかったのだ。

 

同時にぞくり、と不安が鎌首をもたげる。

力を使い果たした今のユーリに出来る事は、もはや何も残されていない。

本当に誰にも捕捉されずに脱出できたのか?

あるいはこの分厚い雲の海を抜けた先には、敵の顎が待ち受けているのではないか?

 

(……大丈夫よ、ユーリ)

 

(あ……)

 

少女の動揺を理解したルイズが、きゅっ、とユーリを力強く抱きしめる。

ユーリの胸中に渦巻く不安が、それで一段と和らぐ。

重なり合う月の光すら届かぬ霧雨の中で、

背中の温もりだけがユーリを支える全てであった。

 

やがてレードルは雲の海を抜け、少女達の視界が、再び鮮やかに広がっていく。

荒れ狂う風の音も、ニューカッスルを巡る喧噪すらも、この空域までは届かない。

広大な空と、夜空を照らす月の明かりと、

耳鳴りすら溢れるような静寂が世界の全てだった。

 

「――後方! 下方より敵影、竜騎士だッ!?」

 

束の間の静穏を打ち破る、ウェールズの悲痛な叫び声に、

たちまちユーリの心音が跳ね、さっと全身より血の気が引く。

 

「いえ! 違いますッ!

 大丈夫! ユーリ、シルフィードよ!」

 

「ほ、本当ッ!?」

 

安堵の声と同時にレードルが大きく揺らぐ。

後背よりきゅいきゅいと鳴き声を上げ、風竜の子が猛然と横合いに大きな頬を寄せる。

 

「良かった、本当に……。

 ユーリ、後はもうタバサの誘導に任せましょう」

 

何事か軽口を叩く魔法学院の面々に対しジェスチャーで応じつつ、

ルイズがユーリを優しく抱きしめる。

そんなルイズの優しさに対し、ユーリはわずかに笑って首を振るう。

 

「ううん、私、もうちょっとだけ頑張るよ。

 お仕事には最後まで責任を持たなくちゃいけないから」

 

「そう、でも、もう本当に無理はしなくていいのよ?」

 

「うん……、それからね、ルイズさん……」

 

「なあに、ユーリ?」

 

「……ううん、なんでもない、よ……」

 

そう短く首を振って、再びレードルの制御に意識を向ける。

だが、ようやく一同が歓喜の声を掛け合える距離まで近づいた所で、

ユリーシアは誰にも聞こえぬよう、そっと自らの想いを風に流した。

 

「……ごめんなさい、ルイズさん……」

 

 

 

 




やっぱりメロンちゃんは格が違った!
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