リトル・ヤタガラスは妖怪を狩るようです ~正義の妖怪ヒーローが往く退魔怪奇譚~   作:小村・衣須

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其の拾弐 妖怪を知る者、知らぬ者

「いないわよ、妖怪なんて」

 

 唐突にかけられたその言葉は、少し強めに発せられた女性の声色だった。

 突然の物言いに九十九と光太が振り向いた先で、やや銀がかった白い長髪の少女が2人を見つめていた。

 

「……なんだ、白衣(シライ)か。いきなり後ろから言われてビックリしたわ」

「あ……おはよう、白衣さん。僕たちに……なにか用?」

「……別に、なにかあった訳じゃないの。八咫村君と日樫くんが妙な事を口にしていたから、少し気になっただけ。でも……」

 

 そう言って、白衣(シライ) 姫華(ヒメカ)は眉を寄せた。初雪のように白い肌が、険しい表情によって微かに歪む。

 彼女は九十九たちのクラスメイトだ。その白銀の髪と淡く白い肌が織り成す美貌から、入学して早々に「学校で1、2を争う美少女」として話題になっている。

 身内以外には人見知り気味の九十九でも、流石に彼女の存在は認知していた。

 

「妖怪なんて、この世界にいる訳無いじゃない。……馬鹿馬鹿しい」

 

 だから、姫華がそういう風に吐き捨てた事に驚きを隠せなかった。

 目を丸くする親友の横で、光太は椅子の背もたれで頬杖をつく。

 

「ん、白衣ってばそういうの嫌い系? 意外ってほどじゃないけど、そんなに強い言葉が出るとは思わなかった」

「……ごめんなさい、あなたたちを侮辱するつもりは無かったの。ただ、ちょっと頭に血が昇ってしまって……なんでもないから、忘れて頂戴」

 

 首を横に振った彼女は、申し訳なかったと頭を下げる。

 険しく歪められていた眉も、今度はどこか悲しそうに垂れている。その様子が、九十九にはどうしてか気になった。

 

「……昔、なにかあったの? 妖怪の事で」

「えっ……?」

 

 唐突にぶっ込まれた問いかけに、姫華はほんの小さく身を震わせた。

 両手で自分の体を抱く彼女を見て、眠たげな目を細める九十九。

 その所作は体を抱いているというよりも、服の下に隠している何かを掴んでいるかのような──

 

「このバカチンッ!」

「あいたっ」

 

 光太のチョップが、九十九の頭に直撃した。

 驚く姫華の目の前で、チョップは数回繰り返された。

 

「ンモー、九十九クンったらすぐそういうデリカシーの無い事言うー! 下手! 身内以外とのコミュニケーションが下手! ほら、お母さんついててあげるから、ごめんなさいしなさい!」

「痛っ……くないけど、分かった、分かったから。……ごめん、白衣さん。不躾だった」

「ううん、気にしてないから大丈夫。私の方こそ、突然割り込んでごめんなさい」

 

 顔を上げ、微笑む。

 その柔らかできめ細やかな笑みは、確かに美少女と呼ぶに相応しいものだった。

 

 流石の九十九や光太をしても、その微笑みの前には見惚れる他無い。

 それを知ってか知らいでか、姫華は肩の力を抜いたように2人の下を離れた。

 

「じゃあ、もうすぐ授業だから。私は自分の席に戻るわね」

「おっすおっす。さっきの事はあんまり気にすんなよ~」

「あ、うん……。またね、白衣さん」

 

 軽く手を振って姫華を見送ったのち、九十九は不思議そうに首を微かに傾ける。

 どうにも、何かが引っかかるような。そんな思考は、光太の「はぁ~」という溜め息に破られた。

 

「ったく、ビックリさせるんじゃないよ九十九っち。いつもは知ってる奴以外とあんまり話さない癖に、突然ああいう事言い出すんだもん。距離の測り方、もうちょっと学ぼう?」

「うん……ごめん。確かに、デリカシーが無かったよね……」

「分かればいいんだよ分かれば。……っかし、クラスで話題の美少女がオカルト嫌いだったとはね。光太様はコンプライアンスを分かってるので吹聴したりはしねーけど、ちょっと意外だったって感じだな」

「そう……だね。うん、そうかもしれない。……じゃ、僕もそろそろ」

「おー、また休み時間になー」

 

 そんな光太の言葉を背中で聞きながら、自分の席に向かう。

 リュックサックを机の上に置いてファスナーを開いた直後、その中からイナリがスポッと顔を出してきた。

 面食らって周囲を見回そうとする九十九を、イナリはちっちゃな前脚で制止する。

 

「今も“ごまかし”の術は使っていやす。誰も気付きやせんぜ」

「あっ……そっか。そういえば、そうだったね」

「ですから、ちょいとお耳を拝借したく。……先の事件についてで御座いやす」

 

 キツネ耳がピコピコと震える。

 事件、というのは先ほど話題に出ていた猟奇事件の事だろう。

 

「……やっぱりあれ、妖怪の仕業なの?」

「確証はありやせんがね。ですが一晩で10人も喰い殺せるような生き物が、誰にも見つからないまま街の中をうろついているとは思えやせん。それに、あの掲示板とかいうのの……」

「うーん……でもあれ、結構アングラなところの情報だから信憑性は……」

「何事も考え過ぎはよくありやせんが、かといって楽観視し過ぎるのも禁物でやすぜ、坊ちゃん。妖怪のやる事なす事は、得てして奇々怪々。況や、それを人に対して振るうともなれば……」

 

 ちっちゃな前脚を組み、うむむと唸るイナリ。

 会話の傍らで教科書やノートをリュックサックから出しながら、九十九は不安そうに呟いた。

 

「『現代堂』……か。本当に、そんな事を仕出かす奴らなんだね」

「へぇ。奴らの所業はまさしく悪逆非道。妖怪に善悪は無いとは言いやしたが、奴らを人間の尺度に当て嵌めるならば、所謂“てろりすと”というやつでさ」

 

 ピン! とキツネ耳が垂直に立てられた。

 強い義憤の込められた彼の言葉を受けて思い返されるのは、土曜の出来事。

 八咫村家の成り立ちを聞いたのち、四十万の口から語られたとある因縁についてである。

 

『……今から数百年前、恐るべき大妖怪がいたそうじゃ。その者はあまりに強大な妖気を帯び、他のあらゆる妖怪たちを己の配下とした。夜の闇を統べるその大妖怪を、昼を生きる人々は「魔王」と呼び、恐れ慄いたという』

()()……って事は、今はいないの?』

『うむ。その名を、山ン本(ヤマンモト) 五郎左衛門(ゴロウザエモン)。かつて、自分に従う妖怪ども──“魔王派”と共に江戸時代の日本を恐怖のどん底に陥れ、儂ら八咫村家の初代……妖怪テッポウ・ヤタガラスが刺し違える形で倒したとされておる』

『山ン本……それって、確か』

 

 山ン本。

 その名は、倒されたカタナ・キリサキジャックが死に際に放った言葉だったように思う。

 

『かつての大妖怪亡き今、山ン本の名は別の妖怪が(あざな)として名乗っておる。……妖怪キセル・ヌラリヒョン。奴こそ当代の山ン本であり……『現代堂』を称する妖怪どもの長じゃ』

『キセル・ヌラリヒョン……もしかして、あの』

『イナリとお千代から聞いた、奴もあの博物館にいたようじゃな……。奴は恐ろしいほど長い煙管(キセル)を使い、妖気の溶けた煙を操る。ほぼ間違いないじゃろう』

 

 その言葉に、博物館で出会った奇妙な男の姿が九十九の脳裏に蘇る。

 四十万の言う通り、彼は驚くほど長い煙管(キセル)を手から離さず、その立ち振る舞いには常に煙の香りがあった。

 恐らくは彼が妖怪キセル・ヌラリヒョン──山ン本なのだろう。

 

『『現代堂』は山ン本ら“魔王派”の残党どもが結成した一味であり、奴らが活動を始めたのは今から80年前。第2次世界大戦の動乱の影で、奴らは大勢の妖怪どもを引き連れて日本本土を攻撃したのじゃ。人間の文明を転覆させる為にの』

『えっ……!? そんな事、日本史のどこにも……』

『そりゃ、歴史の裏で起きた事じゃからの。儂ら“八咫派”にとって、“魔王派”の妖怪どもは初代様の代より続く因縁の敵。儂のかか様……お前の曾祖母は、“八咫派”の妖怪たちを引き連れて最後の決戦に挑み……そして、その命を散らして『現代堂』を退けたのじゃ』

『爺ちゃんも……その決戦に?』

『いいや。……さっきも言ったように、当時の儂は病弱でな。妖怪になったばかりの儂では足手まといになるだけと、家で戦いの終わりを祈っておった』

 

 お茶を啜りながらそう語る四十万は、どこか悲しそうな顔をしていた事を覚えている。

 勝利を信じて待った結果が、母の死。その時の彼は、どのような気持ちだったのだろう。

 

『……その決戦で多くの幹部、多くの構成員を失った『現代堂』は、そのまま闇の中へと消えていったそうじゃ。それから80年、妖怪による事件は鳴りを潜めた……そう、思っておったのじゃが』

『……今になって、活動を再開した。しかもあの男……山ン本は、目の前で妖怪を生み出してみせた』

『妖怪は、道具が99年を経て初めて成るもの。儂ら八咫村家の人間は混血ゆえにそうではないが……それでも、よもや人為的に妖怪変化(ヘンゲ)を起こさせるとは……。この80年の間に、奴らもそれだけの力を得た……という事か』

 

 そこまでを思い出して、九十九は現実に意識を戻す。

 チャイムが鳴り響き、教師が教室に入ってきた。これからホームルームが始まる。

 

 机に引っ掛けたリュックサックの中からは、イナリの気配が感じられる。

 それを確認して、ふと窓の外を見た。綺麗な青空が、今が「昼」である事を雄弁に語っている。

 

『貴様らが恐怖し、絶望し、妖怪に……『夜』に畏れを抱けば抱くほど、貴様らの生きる『昼』に闇が満ちる。闇が『昼』を埋め尽くせば、それは『夜』になる。即ち、我ら妖怪が世の覇権を取り、人間に取って代わる文明の覇者となるのだ』

 

 博物館での惨劇を引き起こした妖怪、カタナ・キリサキジャックの言葉を思い出す。

 あの時、九十九は自分が生き延びる為に妖怪としての力を振るい、戦った。

 

 けど、今は?

 

「……僕は、戦うべきなのかな」

 

 誰にも聞こえないほど小さな声で、そう呟いた。

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