リトル・ヤタガラスは妖怪を狩るようです ~正義の妖怪ヒーローが往く退魔怪奇譚~   作:小村・衣須

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其の拾肆 ちょっとした解決策

 最初に誰何(すいか)の声を上げたのは、姫華だった。

 

「あっ、あなた……は……八咫村、くん?」

「なんだぁ……? 誰かと思えばちびカラスじゃねぇか。陰キャの根暗オタクが、俺らに何の用ですかぁー?」

 

 路地裏の入り口に九十九の存在を認め、灰管が嘲るような罵声を放つ。

 しかし、九十九は動じない。その目は、じっと4人を見つめている。

 普段見せているぼんやりとした表情は、光太の言う「ここぞの時」らしいキリリと鋭いものへとすり替わっていた。

 

「……白衣さん、嫌がってる。そういうの、あんまり良くないと思うよ」

「は? なに粋がっちゃってんの? ちびの癖してヒーローごっこ? ダッサ、そういうキモいのメイド喫茶とかでやれよな」

「ぷぷっ、ウ~ケる~。あんな小学生みてぇな体で俺らをボコボコにできるつもり? ラノベ主人公みたいなイキりっぷりだわマジで」

「おーい、ちびカラスく~ん。アニメ大好きキモオタくんは早くおうちに帰りましょうね~? じゃないとボコボコにしちゃいまちゅよ~?」

 

 嘲りと侮辱がこれでもかと込められた品の無い声に、それを聞かされている姫華でさえ不快感を隠せない。

 しかし、彼らと相対する九十九は至って冷淡な表情のまま、怒るどころか苛立つ素振りさえ見せていない。

 

「……逃げた方がいいよ?」

「あ?」

「おまわりさんがそこにいたから、呼んできたんだ。補導されてもいいの?」

「ははっ、そんな見え透いた嘘にノセられる訳ねーだろ。あー、なんかキモすぎて腹立ってきた。姫華を虐める前に2、3発──」

 

──ピピーッ!

 

 耳をつんざく、甲高いホイッスルの音。

 突然鳴り響いた音に灰管たちが身を竦ませた直後、九十九の背後から自転車の走行音と、ベルを鳴らす音が聞こえてきた。

 ついで轟く、野太い男性の叫び声。

 

「お前らー! そこで何をしているー!?」

「笛の音にこの声、マジでサツ呼んだのかよ!?」

「やべぇって道人さん! 逃げなきゃ!」

「チッ……! 陰キャのちびカラス如きが調子に乗りやがって……覚えてろ!」

 

 本当に警察が来たのだと認識して、途端に慌て出す男子生徒たち。

 灰管は九十九に対して捨て台詞を吐くと、自分が拘束していた姫華をその場に突き飛ばして路地裏の奥へと消えていく。

 取り巻きの2人も、彼を追って一目散に逃げていった。

 

「きゃっ!? 痛た……本当にあいつら……」

 

 突き飛ばされた姫華が、小さく悲鳴を上げてその場に尻餅をつく。

 ジクジクと痛む手首をさすりつつも顔を上げると、そこには自分に向けて手を差し伸べる九十九の姿があった。

 

「……大丈夫? 白衣さん」

「あ……八咫村、くん。あの、あいつら逃げちゃったけど、おまわりさんは……?」

「ああ……あれ、嘘」

「えっ?」

 

 呆気に取られる少女の前に突き出されたのは、何かの実写ドラマを再生しているスマホ。

 

『お前らー! そこで何をしているー!?』

 

 その動画の中では、主人公らしき警察官が自転車を漕ぎながら不良を追いかけるシーンが描写されていた。

 主人公が発した叫び声は、先ほど聞こえた男の声と見事に一致してる。

 

「昔、光太と考えたイタズラなんだ。これで不良を撃退できるかも……って。上手く行ってよかった」

「イタズラ……って。よくやるわね……本当」

 

 少し呆れた風に笑う。乱暴に言い寄られる恐怖から脱却できた安堵感が、姫華の口角を無意識に吊り上げていた。

 まだ震えの残る手を伸ばして、差し出された手を掴む。

 灰管とは違う優しい手つきと力加減が、彼女の手を引っ張って立たせてくれた。

 

「よいしょ……っと。本当に……本当にありがとう、八咫村くん。おかげで助かったわ」

「……そんな、大した事はしてないよ。今回のだって、上手く行くかどうかは賭けだったし……」

「ううん、それでも八咫村くんが来てくれなかったら今頃どうなってたか……」

 

 面と向かって目を合わせ、両手で握手するように手を包み込む。

 すべすべと滑らかな手の感触に、流石の九十九もドキリとせざるを得なかった。

 

「ありがとう。何か、このお礼をしたいんだけど……八咫村くんは、何がいいかな?」

「えっ? ああ、えっと……別に、お礼してほしくてやった訳じゃないから……」

「私が、どうしてもお礼したいの。……道人に詰め寄られた時、本当に……怖かったから」

 

 明らかに気落ちした声色が、夕暮れの路地裏に染み渡る。

 九十九の手を包み込む姫華の両手は、先ほどの恐怖を思い出してかまだ震えていた。

 

「あいつ、よくない人たちとつるみ出してからパパとママにも迷惑をかけるようになって……縁を切ってもまだ、私に執着しようとしてくるんだ。だから……あそこで八咫村くんが助けに来なかったらきっと、想像できないくらい酷い目に合わされてた」

「白衣さん……」

「だから、八咫村くんは恩人なの。今まであんまり関わった事無かったけど、あなたは本当に優しい人なんだね。じゃなかったら、あんなに怖い道人に真っ正面から立ち向かおうだなんて思えないもん」

 

 そう語る姫華の微笑みは、朝に見た時と同じ柔らかな可憐さに満ちていた。

 その名の通り、まるで白い花が咲き誇るような美の笑みが、今は1人の少年に対してだけ注がれている。

 ドキマギする思春期の男子高校生の背後で、イナリが「アオハルでやすねぇ」などとほざいているが、とても気にしていられなかった。

 

「だからね、感謝を受け取ってほしいんだ。あんまり接点の無い関係だったけど……だからこそ、ちゃんと返したいから」

「う……うん、白衣さんがそこまで言うなら……。何が、いいかな……えっ、何がいいんだろう……?」

 

 そこで、暫し首を傾げる。

 お礼とは言われたものの、何を要求したものかサッパリ分からないのだ。

 

 意識を前に向ければ、数時間前までただのクラスメイトだった筈の少女がコテンと首を傾げている。

 それが可愛いとか、ヤバいときめいてしまったとか、そういう感情が嵐のように駆け巡った。

 

 九十九とて健全な男子だ。ときめきの1つ2つは普通にする。

 グルグルと掻き乱された情緒は、普段なら言わないだろう事を彼に口にさせた。

 

「なら……うん、そうだね。もし、今回みたいな事があったら……ちゃんと『助けてほしい』って言ってほしい、かな」

「……ほえ? そんな事でいいの?」

「う、うん……多分? その時になって、今回みたいに上手くできるかは分からないけど……でも」

 

 コクンと、頷く。何となく、しっくり来たのだ。

 

「もし『助けて』って声が聞こえたら……できる範囲で、どうにかするから」

「──うん、分かった。それが恩人の頼みなら、頑張ってみる」

 

 ニパッと花開く彼女の笑顔は、やっぱり胸をドキドキとさせる。

 これ以上こっちの気持ちを撹拌させてどうするのだと、内心で悲鳴が上がる。

 

「じゃあ、私はこれから今から塾に行かなくちゃだから。またね」

「あ……ああ、うん。また明日ね、白衣さん」

「うんっ! じゃあね、八咫村くん。また明日! 助けてくれて、本当の本当にありがと!」

 

 するりと脇を抜けて路地裏を出て、姫華は手を振りながら駆け出していった。

 互いの姿が見えなくなるまで、走りつつも後ろに手を振り続ける彼女の姿に、九十九は少しばかり呆けるしかない。

 やがて彼女が夕日の向こうに消えていったのち、リュックサック入りのキツネがニタニタと笑いかけてくる。

 

「いやー、流石は坊ちゃん。これが俗に言う“ふらぐ”というやつで御座いやすか?」

「めっちゃイジるじゃん……。それより、協力ありがとね」

「いえいえ。まさか、妖術を使いつつもあんな“ごまかし”方があるとは思いやせんでした。発想の勝利ってやつでさ」

 

 フリフリと大きな尻尾を振り、イナリが感嘆の声を上げる。

 

 九十九が提案した策とはつまり、イナリの“ごまかし”の術を使っておまわりさんの声や音を再現するものだ。

 かつて光太と共に考えた「イタズラ」は、よくよく考えれば「スマホの音量そこまでデカくないし、デカくしたらしたで他の登場人物の声も聞こえてバレるじゃん」という事で頓挫していた。

 

 そこを、妖術という理外の技によって補填。

 動画自体はそのカバーストーリーとして活用するというのが、今回の策である。

 

「これなら、多少の怪しさがあったとしても普通に“ごまかし”が効く範疇でさ。逃げてった連中が後から怪しもうにも、怪しむ材料が無い。なんせ、考える暇も無く逃げちまったでやすからね」

「ん……思いつきの作戦だったけど成功してよかった。白衣さんも助かったし」

「へぇ。彼女はこれから『じゅく』とかいう学び舎に行くようでやすし、もう安心でしょうや」

 

 そう言ったきり、イナリはもぞもぞとリュックサックの中に潜り込み直した。

 大きくフワフワとした尻尾が、ファスナーの隙間からピョコリと顔を出している。

 

「では、わてらも帰りやしょう。ご当主様から、妖気の扱いについて手ほどきを受けるんでさ」

「うん。妖気とか妖術とか……そういうのの使い方も、ちゃんと学ばないとね」

 

 路地裏を出る。

 目に飛び込んできた夕日の眩しさに目を細めながら、九十九は改めて帰路を急いだ。

 

 じきに、夕日が沈む。夕日が沈んで、夜が来る。

 それはつまり、妖怪たちの時間が訪れる事を何よりも意味していた。

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