リトル・ヤタガラスは妖怪を狩るようです ~正義の妖怪ヒーローが往く退魔怪奇譚~   作:小村・衣須

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【第壱幕】八咫村 九十九が覚醒(めざ)めしこと
其の壱 九十九という少年


「……戦国時代展?」

 

 5月の柔らかな朝日を浴びながら、八咫村(ヤタムラ) 九十九(ツクモ)は緩やかに首を傾げた。

 

「そーよ、九十九っち。次の土曜からさ、街の美術館でやるんだってよ」

 

 そんな九十九と並び立って河川敷を歩きつつ、日樫(ヒガシ) 光太(コウタ)が肯定の意を示す。

 彼が持つチケットは朝の冷たい風に吹かれ、柳のように揺れ動いていた。

 

「戦国時代のさー、武将ってーの? 大名ってーの? そういう偉い人らの鎧とか刀とか、鉄砲とかを展示してんだってよ。超カッケーじゃん?」

「その初日チケット……って事? でも、なんだって僕に……」

「だってお前、そういうの好きそーじゃん」

 

 能天気な声を出す幼馴染の言葉に、九十九の首がもう1度傾けられる。

 朝の日差しを目一杯に吸い込んだ黒髪の隙間から、眠たそうな瞳が光太を真っ直ぐに見つめた。

 

「好きそう……って、そうかな?」

「おっと、自覚ナシ? 漫画とかゲームとかでも侍系のキャラ好きじゃん、お前。だから喜ぶかなーって」

「光太は行かないの? チケット、1枚しか無いけど」

「ホントは俺が行く用だったんだけどネー。こないだの小テストの点数見た兄貴がさ、土日は勉強漬けだーって怒ってやんの」

 

 てへ♪ とわざとらしく舌を出して笑う。

 九十九の深い溜め息が、そんな親友を前にして発せられたものである事など自明の理だ。

 

「ちゃんと勉強してないからだよ……。高校入学したらちゃんと勉強するんじゃなかったの?」

「馬鹿言うな、俺だって全力で勉強してるぜ? ただちょっと、俺の全力が点数に反映されてないだけで」

「されてるんだよ……低い数字として」

 

 それもそうだと笑う光太の姿に、九十九は首を振るしか無かった。

 いつもと変わらない能天気な友人を、少しダウナー気味な眼差しと共に()()()()

 

「光太も変わらないね……。身長は高いのに成績は低い」

「それはお前だって同じでしょー、成績は高いのに身長は低い九十九クン。いつまで経っても伸びないねぇ、背」

「……身長が低くても、成績は落ちないから」

 

 そう呟く九十九の背丈は、一般的な男子にしては明らかに低い。

 丁度自分の胸辺りに来る彼の頭を、光太はポンポンと撫でるように叩いた。

 まるで年下の子供をあやすような手つきのそれに唇を尖らせつつ、九十九の伸ばした手は、光太の手からチケットを掠め取る。

 

「とりあえず、これはもらっとくよ。爺ちゃんに土産話ができるかもしれないし」

「そーいや、お前のじーさんってこの辺に住んでるんだっけ。よく行くのか?」

「ん? まぁね。婆ちゃんも死んでだいぶ経つけど、思い出のある家を手放したくないって言って今も1人で住んでるから。時々姉さんと一緒に遊びに行くんだ」

 

 チケットをリュックサックの中に仕舞い込みつつ、のんびりとしたペースで学校への道を行く。

 朝の河川敷を支配する静けさが、九十九に心地良さを感じさせていた。

 

 いつもと変わらない日常。中学校を卒業して、高校に入学した今でも、八咫村 九十九の世界は変わらない。

 今日も、昨日と同じ日常が過ぎていくのだから、明日もきっと同じ日常がやってくる。

 それが九十九の──

 

「いやぁーっ! 返して頂戴っ!」

 

 静かな河川敷に轟いた甲高い悲鳴に、九十九と光太の肩が跳ね上がる。

 顔を見合わせた2人が声のする方を見ると、そこには体勢を崩して座り込む老婆の姿。

 彼女の視線の先には、ブランド物の鞄を抱えて走り去る男の背中があった。

 

 何が起きたのかを察して、光太がうへぇと声を漏らす。

 その傍で、九十九が険しく眉を寄せている事には気付かない。

 

「うわ、ひったくりかよ。朝っぱらからよくやるぜ……って、九十九!?」

「僕が追う! 光太はお婆さんを!」

「あっ、おい待てって!」

 

 九十九は制止する光太すら意識の外に追いやって、脇目も振らずに走り出した。

 駆け出した拍子に背中のリュックサックがズシンと重たくのしかかるが、今はそんな事を考えている場合じゃない。

 河川敷の砂利を蹴飛ばすように踏み締めて、ひたすらにひったくり犯の男を追いかける。

 

「待て!」

「……!? ちっ、ガキが」

 

 追ってくる九十九の存在に気付いたらしく、ひったくり犯の舌打ちが聞こえる。

 彼は近くに落ちていた大きめの石を拾い上げると、後ろに向かって放り投げた。

 

「うわっ!? ……っと、不味い!」

 

 自分の頭を狙って飛んできた石に驚き、咄嗟に避ける。

 九十九が思わず足を止めた一瞬を突いて、男は更に加速。

 避けた拍子に転びかけた足を立て直した時には、先ほどよりも大きく距離が離されていた。

 

「止まれーっ!」

「へっ、誰が止まるかよマヌケ!」

 

 嘲笑と共に、小さくなっていく男の姿。

 九十九も負けじと走るが、この調子では到底追いつけないだろう。

 

(このままじゃ、お婆さんの鞄が……)

 

 手も足も、逃げゆく背中に届かない。その事実に九十九は歯噛みする。

 だが、はいそうですかと諦める訳にもいかない。だから、更に力を込めて地面を踏み締める。

 その程度で何かが変わるという事は無いだろう。それでも、自分の持てる全力を足に──

 

 

 

──ボオッ

 

 

 

 胸の奥で、炎が弾けたような気がした。

 

「──っ!?!?」

 

 自分の身に何が起きたのか。一瞬、九十九はそれを理解できずにいた。

 周囲の景色が異常な速度で後ろへ過ぎていき、あれほど遠かったひったくり犯との距離が見る見る内に縮まっていく。

 全身を殴りつけてくる風を一身に浴びながら、振り向いた男の驚愕を目にして九十九はようやく理解する。

 

「んな、速っ──」

「──あぁあああぁあああぁぁぁぁああああ!?!?!?」

 

 全力で地面を踏み締めた直後、強烈なスピードで加速しながら前方に吹っ飛んだのだと。

 

「ぐえっ!?」

「いぎっ!?」

 

 九十九がそれに気付いた時には、彼の超高速タックルをまともに喰らったひったくり犯が盛大につんのめっていた。

 同時に、九十九もまたタックルの拍子に姿勢を崩し、背中から地面に叩きつけられる。

 ドタァン! という音が轟いたのち、リュックサックを通して衝撃を受けた彼の背中に痛みが走る。

 

「あいっ、たぁ……!? おっ、覚えてろっ!」

 

 痛みに目を眩ませる九十九の目に、男が鞄を捨てて逃げていく姿が映り込んだ。

 乱暴に投げ捨てられた鞄が、視界の隅にチラリと見える。

 

「い……今の、って……?」

「──おーい、九十九―! 大丈夫かー!?」

 

 遠くから聞こえる光太の声に、砂まみれになった制服のままで起き上がる。

 ジンジンと痛む背中をさすりながら、九十九の視線は自分の足へと向けられた。

 

 お気に入りのシューズからは、まるで火をつけたかのように煙が立っている。

 よく見ると、靴裏が真っ黒に焦げていた。一体どれほどの摩擦熱があれば、ここまで焼け焦げるのだろうか。

 

「……一体、何が……」

「おお、いたいた……って、マジで大丈夫!? えっ、俺っちが追いかけてくるまでの間に何があったの!?」

「あ、はは……な、なんでもないよ。あ、そこにお婆さんの鞄があるから、届けてあげて」

 

 そう言って、道の端に落ちていた鞄を指差す。

 それを見つけた光太が拾い、後ろからついてきていた老婆に手渡した。

 

「ほい、ばーちゃん。俺のマブダチがちゃーんと取り返してくれたぜ」

「ああ、ありがとうねぇ……おかげで助かったよ」

 

 少し埃っぽくなったブランド物の鞄を、老婆は大切そうに抱きかかえる。

 その柔らかな微笑みに、九十九と光太は顔を見合わせて笑った。

 

「いやいや、俺はなんもしてないッスよマジで。やってくれたのは、こっちの九十九っちだけです」

「ん……いや、そこまで言われるほどじゃないよ……」

「ばっかオメー、お前が追いかけなきゃ俺だって動いてなかったっつーの」

 

 コツンと、九十九の頭が軽く叩かれる。

 それを為した光太は、間髪入れずに彼の黒い髪を撫で回した。

 やや不満げな九十九だが、背中に走る痛みのせいで抵抗する気になれなかった。

 

「昔っからそうだよな。いつもは眠たそうな、暗いツラしてる癖に、ここぞの時はハッキリシャッキリ決断して動く。そういうとこがカッケーんだよ、お前」

「そう、かな……? よく分かんないや。体が勝手に動いただけだし……」

 

 ポリポリと頬を掻く。

 それが謙虚に見えたのか、老婆はニンマリと笑って2人に言い募った。

 

「とにかく、本っ当にありがとうね。あんたたちは恩人だよ、何かお礼がしたいんだけど……」

「いやいやいやいや! だぁから、そんなつもりでやったんじゃないんですってば! お礼なんていいッスよぉ! なっ、九十九?」

「あ……ああ、そうだね。僕らは何も……?」

 

 目が瞬いた。

 不思議そうに目をパチクリとさせて、九十九は老婆を──老婆の後ろの景色を見る。

 

(キツネ……? それと、鳥……)

 

 さながら蜃気楼か何かのように。朧げなシルエットが2つ、九十九たちの遥か後方に佇んでいた。

 片方はデフォルメされたキツネか何からしく、モコモコの尻尾を揺らしている。

 もう片方は小さな鳥であるようなのだが、どの種なのかは遠目には確認できない。

 

 そのどちらも、白く反射する眼光で九十九を見つめているような……

 

「九十九?」

「えっ? あっ、はい。ぼ、僕たちはお礼なんて要りませんから」

 

 尻の砂埃を軽く手で払いつつ、立ち上がる。

 そうやって老婆に向き直った時には、遠くに見える2つのシルエットは跡形もなく消え去っていた。

 最初から、そんなものは存在していなかったとでも言わんばかりに。

 

「じゃ、俺らは学校がありますんで、これで!」

「おお、そうかい。それは済まなかったねぇ。気を付けて行くんだよ」

「ばーちゃんこそ、またひったくられねーように気を付けてなー!」

 

 朗らかに手を振り去っていく老婆へと、光太も手を振り返す。

 やがて老婆の姿が見えなくなった頃、ようやく一息つけたと肩の力を抜いた。

 

「んじゃ、行くべ。早く行かねーと遅刻すっからな~」

「……うん、そうだね」

 

 緩く頷きを返して、歩き出した光太の後を追う九十九。

 砂利を踏む音を耳にしながら、先ほど起きた事を思い返す。

 

(……あの、よく分からない加速は……なんだったんだろう)

 

 ひょっとすると、あれはただの錯覚で、本当はあっさりとひったくり犯に追い付いていたのかもしれない。

 でなければ、現実にあんな事が起きる訳が無い。

 

(……だから)

 

 だから、シューズの裏が焦げているのも何かの勘違いなのだと。

 そんな思いを隠しつつ、九十九は高校への道のりを急いだ。

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