リトル・ヤタガラスは妖怪を狩るようです ~正義の妖怪ヒーローが往く退魔怪奇譚~   作:小村・衣須

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其の弐 戦国時代展にて

 そして、土曜日。

 

「へぇ……! これは本当に凄いな……」

 

 光太から譲り受けたチケットを手に、街の博物館を訪れた九十九。

 戦国時代展と書かれた案内表示を抜ければ、そこにはチケットに写されているような和の雰囲気が、まさしく目の前に広がっていた。

 

「これは光太に感謝しないとね……ここの展示だけで1日潰せちゃいそうだよ」

 

 博物館の中なので、周りの客の迷惑にならないように声を潜めながら。

 忙しなく周囲を見回す九十九の手には、今回の特別展示のパンフレットが握られている。

 パンフレットを読み込むだけでも楽しかったのだ。況や展示を直接見るともなれば、その心は自然と高揚する。

 

「えーっと、まずは……へぇ、戦国時代初期の甲冑かぁ」

 

 展示品はどれもこれも魅力的で、あちらこちらについつい目移りしてしまうほどだった。

 厳かな雰囲気を感じさせる戦装束に息を呑み、さる武将が描いたという掛け軸に惹き込まれ、合戦の様を事細かに描写した屏風に快哉を上げる。

 

 普段はダウナーで暗い雰囲気の九十九だが、高揚のままに展示品を見て回る内に、その目はキラキラと輝いていく。

 彼以外の入館者たちも、楽しげに展示を見て回っている様子が見て取れた。

 いつの間にか、手に持ったパンフレットは汗と握力でクシャクシャになっている。

 

「これ、は……? うーん……千人もの侍を斬り殺した刀ねぇ……」

 

 ふと九十九の目についたのは、まさしく彼が口にした事が解説されている一振りの刀だ。

 流石に刀身は綺麗に磨かれている為、血塗られた妖刀という訳ではなさそうだが、だからこそ胡散臭く感じられた。

 

「多分……どこかの武士が、箔付けの為にそう謳っただけのものだろうけど。……ちょっと、怖いな」

 

 綺麗に磨かれたこの刀が、かつては数多くの人間の血脂でベトベトになっていたのだとしたら。

 ほんの少しの怖さを感じて、九十九は足早にその場を去った。彼はビビりだった。

 だから他のところに意識を向けようと、まだ見ていない展示品を探そうとして──

 

 それを、見た。

 

「……これ」

 

 そこに展示されていたのは、1丁の火縄銃だった。

 なんの変哲も無い、木と鉄でできた射撃武器。戦国時代、かの織田(オダ) 信長(ノブナガ)が戦に用いたとされる南蛮由来の鉄砲。

 戦国時代展であるからには、火縄銃が展示してあってもおかしくないだろう。でも……

 

「……凄い」

 

 何故だか、九十九はその火縄銃に心を奪われた。

 なにか特別な謂れがあるものでもないのに、どうしてか目が離せない。

 思わず手を伸ばし、ガラスのショーケースに手を触れる。ガラスのひんやりとした冷たさが、この感情が夢や幻ではないのだと告げてくる。

 

「僕は、どうして……この銃が気になるんだろう……?」

 

 ポツリと零したその呟きは、誰に聞かれるでもなく人々のざわめきに溶けていって──

 

 

 

 

 

「おやァ、おや。その鉄砲が気になるのかい?」

 

 ヌラリと、甘い香りが鼻を刺す。

 その青臭い甘ったるさに不愉快さを感じた直後、九十九は自分の隣に見慣れる男がいる事に気付いた。

 

「うわっ!? ……っと、すみません」

「ヒヒヒ。なァに、驚かせたのはあたしの方だからねェ。気にする事は無いさ」

 

 枯れ木のような人だ。和装をした男の振る舞いを見て、九十九はそう思う。

 からからと薄っぺらく笑うその男は、吹けば折れる枝のような雰囲気を持ちながら、風を受けて揺れる柳の葉のような柔軟さを感じさせた。

 着物の袖から見える手には、彼の腕ほどに長い煙管(キセル)が握られている。ここが博物館だからか、流石に煙は出ていない。

 

「それよりもねェ、お前さん。この鉄砲に注目するたァ、お目が高いってモンだよ」

「は、はぁ……そうなん、ですか?」

「あァ、そうとも。これはねェ、雑賀衆(サイガシュウ)の小坊主どもが使っていた鉄砲なのさァ」

「雑賀衆……っていうと、戦国時代に存在した傭兵集団ですよね。鉄砲の扱いに優れていて、あの信長を苦戦させたっていう」

「ヒヒッ、よく知ってるねェ。奴ばらは鉄砲使わせれば紀伊一ってくらいの技量でさァ、その大将が……あァ、孫市(マゴイチ)だったかねェ。あれの掲げる八咫烏(ヤタガラス)の紋所と言えば、当時は鉄砲の象徴みたいなところがあったのさァ」

「……八咫烏?」

 

 訝しむように首を傾げる所作を見て、男は「ヒヒヒッ」と嘲笑うかのような声を漏らした。

 手の内で煙管(キセル)がクルリクルリと回転し、その度に甘ったるい香りが九十九の鼻に突き刺さる。

 

「おやおや、不勉強だねェ。八咫烏ってのは、3本の足を持つカラスのバケモノさァ。勝利を司るってんで、雑賀衆どもが有難がってたのよォ。まァ、バケモノというよりは……」

「……いや、それは知ってます。知ってるんです、けど……」

 

 そこでもう1度、九十九はショーケースの中の火縄銃を見た。

 銃を構成する木も鉄も、長い時の中でボロボロになっている。もしもケースを砕いて中の銃を取り出せば、容易く壊せてしまいそうなくらい。

 そんな火縄銃の存在を確かめるかのように、指先がガラスの上を滑る。

 

「なんか、よく分かんないんですけど……()()()()()()()

「……へェ?」

「こう……火縄銃の事も、八咫烏の事も。なんというか……僕の中で、妙にしっくりくるって言うか……パズルのピースが嵌ったみたいな感じというか……」

 

 口元に手を寄せて、ブツブツと呟きを繰り返す。

 そんな九十九の様子に男が口角を吊り上げたが、その事実に気付く者はいない。

 

「……あっ、すみません。全然意味分かんないですよね、いきなり変な事言って……」

「ヒヒヒヒヒ。いやァ、そんな事は無いさ。とても面白い意見だったよォ」

 

 ヌラリと笑みを深くして、男は九十九の顔を覗き込む。

 その瞳は、光の一切を飲み込むブラックホールを思わせるほどに暗く、底が見えなかった。

 

「でもねェ、用心した方がいいよォ。道具に深入りしてもロクな事にならないからねェ」

「どういう……事、ですか?」

「ヒヒヒッ。お前さん、九十九神(ツクモガミ)って知ってるかい?」

 

 やおらに後ろを振り向く。

 男の視線の先では、数多くの展示品……大昔に作られた道具たちが、所狭しと並んでいた。

 

「99年使い続けた道具にはねェ、100年目に神サマが宿るのさァ。ま、神サマと言っても幽霊みたいなモンだけどねェ。とにかく、道具は別のナニカに成る……変化(ヘンゲ)するのさァ」

「……この火縄銃も、そうだと?」

「さァねェ。こいつはただの古臭い鉄砲、それに変わりは無いさァ。でもね、覚えておくといいよォ」

 

 踵を返し、男が歩き出す。

 手元の煙管(キセル)を弄びながら、彼はするすると九十九から離れていく。

 

「想いってのはねェ、容易く世界を変えるのさァ。99年も想いを込めりゃ、そりゃ道具だって手足が生えて動き出すものよ。でもね、そうなったらもう道具じゃなくなるのさァ。九十九神に成っちまった以上、そいつはもう人の理を外れた存在──」

 

 つい、と。九十九の視界を、数人の客が横切った。

 人の波が九十九と男の間に割って入り、一瞬だけ男の姿を見えなくする。

 そうして、客たちが通り過ぎた後。

 

「妖しい怪しい、夜の世界の住人たち……“妖怪”、と呼ぶのさァ」

 

 男の姿は、どこにもなかった。

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