リトル・ヤタガラスは妖怪を狩るようです ~正義の妖怪ヒーローが往く退魔怪奇譚~   作:小村・衣須

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今日2話目の投稿です。ご注意ください。


其の弐拾玖 餓鬼憑き

 妖怪は昼を厭い、夜を好む。

 故に、昼から夜に移り変わる夕方頃──誰そ彼刻(たそがれどき)に、彼らは妖怪としての力を得る。

 

 ならば、事態が大きく動く出来事が夕方に起きたのも、当然の帰結というものだろう。

 

「……結局、あの子たちも占い師と会った場所については覚えてない……か」

 

 イナリがいない分いつもより軽めのリュックサックを背負って、九十九は帰路の中で小さく呟く。

 

 あの後、姫華の友人や彼女たちと語らっていた女子生徒たちにも、占い師に会った時の状況について詳しく聞いてみた。

 その結果、どこでどのようにして会い、どういうやり取りを書紋(シンボル)を書いてもらったのかを誰も覚えていなかった。

 

 指摘されるまでその事に気付いてすらいなかった彼女たちは、不思議だねーと顔を見合わせていたが……

 

「これ……明らかにおかしい、よね。イナリの“ごまかし”の術みたいな……人の認識に働きかける何かが、仕掛けられている……?」

 

 顎に手を当てて考え込んでも、一向に答えは出てこない。

 分かっている事と言えば、これが明確な異常事態であり、何らかの妖怪が関わっている()()()()()()という事くらい。

 今、彼の手元にあるカードは、何1つとして確証を宿してはいないのだ。

 

 なんとなしに立ち止まって、空高くに意識を向ける。

 この街から見る夕日の橙色は、いつもと変わらない見慣れた鮮やかさを九十九の目に届けてくれる。

 

 けれど彼は、夕日が意味するもう1つの世界を知ってしまった。

 日の沈みゆく夕暮れ時の裏側で、どのような存在が蠢きつつあるかを知ってしまった。

 

「……もし、本当に『現代堂』の仕業なら……」

 

 ふと思い立った事があり、周囲をキョロキョロと見回す。

 周囲に誰もいない事を確認したのち、足の裏に妖気を巡らせ、熱を帯びた火の妖気を一気に点火。

 その勢いで空中に躍り出た九十九は、間髪入れずに更なる点火を起こし、さながら大道芸じみた空中ジャンプをやってのける。

 

 タン、タン、と軽やかな動きでビルとビルの間を蹴り飛び、あっという間にビルの屋上まで辿り着く。

 トン……と柵を乗り越えて屋上に着地すると、振り向きざまに街中を一望した。

 

「まだ……僕にも、できる事はある……よね」

 

 もしも『現代堂』の妖怪たちが何かを企んでいるならば、こうして街を俯瞰する事で何かおかしな妖気の類いが発見できるかもしれない。

 

 話を聞いた時点で彼女たちの持つ書紋(シンボル)入りの小物を回収する事はできなかったが、それは致し方の無い事だ。

 あの時点では占い師を取り巻く異常はあくまで疑惑でしかなく、それらを馬鹿正直に話したとして信じてもらえる訳が無い。

 

 故に今の九十九にできるのは、いち早く異変を察知してそれを抑える事。その為に使えそうな技術は、祖父たちから教わった。

 先ほど足に妖気を通わせてジャンプ力を強化したのと同じように、体を流れる妖気を今度は目に集中させて──

 

「あれ……は──!?」

 

 体を走る悪寒。

 妖気の集中した目を通して、ゾワリとした不快な気配を直感的に察し取る。

 

 見渡した街のどこかから、悪意的な妖気が発せられている。

 それはキリサキジャックやネコマタほどに強いものではなかったが、それでも九十九が過去に2度感じた、悪しき気配である事は明らかだった。

 

 恐らくは……『現代堂』の手先。

 

 今、この場にイナリはいない。お千代も祖父の四十万もいない。

 この場で何を判断して、どう行動するか。その全ては、九十九に委ねられていた。

 

「なら……っ!」

 

 自らの首に手を添える。

 全身を駆け巡る「見えない力の流れ」に意識を置き、その流れに干渉・変質させる。

 妖怪にとって、体に流れる見えない力──妖気は、自分の手足も同然に動かせる。それが祖父の教えだ。

 

 そうして体から吹き出した妖気が、首に纏わりついてマフラーを形成する。

 風にたなびく長い漆黒のマフラーは、九十九の正体を他者に認識されなくする認識阻害の妖術装束だ。

 

 武器として使う火縄銃は、今は手元に無い。

 あんなものを持ち歩く訳にもいかない以上、今その事に論じていても仕方が無いだろう。

 

「よし……行こう!」

 

 マフラーを数回引っ張って具合を確かめたのち、柵を乗り越えて屋上から飛び降りる。

 すぐさま妖気をコントロールして、空気を手で掴むようなイメージを意識して自らの体を浮遊させる。

 1秒ほどの浮遊感は、瞬きする間に風を切って滑空する感覚へと切り替わった。

 

 夜の迫る夕暮れの空を裂いて、宙を走る九十九が目指す先は──

 

 

 

 

「んじゃ、姫華にゃん。あーしと美季にゃんはこれからバイトですゆえっ!」

「そゆ事。じゃーね、また明日~。姫華も塾頑張ってね」

「うん、ありがと。また明日ね、美季、弥生」

 

 気の置けない友人たちに手を振って別れを告げ、姫華は彼女たちとは別の路地に向かう。

 夕方のこの時間帯、姫華がいつも塾に通う為に使う路地は人通りが少ないが、同時に見晴らしもいい。

 何か事が起きればすぐ目立つ立地である為、彼女にとって怖い場所ではなかった。

 

 1人、夕暮れ時の静かな路地をてくてくと歩く。

 顔を上げると、遠いビルとビルの狭間にゆっくりと沈んでいく夕日が見えた。

 その色濃いオレンジ色の光に目を細めていると、いつか聞いた言葉が思い浮かぶ。

 

──この街は、他の街よりも夕焼けの光が濃い。

 

 それは、昔からよく語られていた事らしい。

 他の街から夕日を見れば、鮮やかな橙色の光が街を優しく照らし、穏やかな夜の帳へと導いてくれる。

 けれどもこの街の夕日は色濃く強い光を帯びていて、夜の帳もどこか薄ら寒さを感じさせる暗い気配を宿している。

 

 それが何故だかは、誰にも分からない。

 それでも、昔は多くの大人たちがそう言っていたらしい。

 今の時代になって、若者たちはそれを一笑に付し、子供たちも夕日の色に意識を向けないようになったという。

 

 だって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なのだから。

 

(こんな話……誰に聞いたんだっけ?)

 

 なんとなしに足を止めて、夕日を見ながら考える。

 きっと、クラスメイトや友人たちに言っても鼻で笑われて終わってしまうだろう。

 そんな話を、一体誰に聞かされたのだっけ。

 

 この街だけ夕焼けが濃いなんて、常識的に考えてあり得ない。

 この街だけ夜が薄ら寒いなんて、そんな証拠はどこにも無い。

 

 常識的にあり得ない。証拠が無いからあり得ない。皆があり得ないと言っているからあり得ない。

 あり得ない。嘘つき。法螺吹き。そんな話、誰も信じない。証拠を見せてみろ。

 

 証拠が無いなら、妖怪なんてこの世のどこにも存在しない。

 

 でも……昔は、そうじゃなかった筈なのに。

 

「……あ」

 

 自然と手が動き、制服の内ポケットに仕舞い込んだ手鏡を抱くようにして握る。

 その行為が、姫華をグルグルと空回る思考から抜け出させて……漸く、思い出した。

 

「お婆、ちゃ──」

 

 

 

 

 

「いやぁーっ!?」

 

 絹を裂く音にも似た悲鳴が、静かな路地を震わせた。

 跳ねる肩を抑えて悲鳴の在り処を探す姫華の視界に、少し離れた路地裏で蠢くナニカが映り込む。

 

 そちらに目を向け切るよりも早く、路地裏から転がるようにして出てきたのは1人の若い女性。

 装いからして、どこかの会社に務めるOLらしいが……そんな事よりも、よっぽど重要な事がある。

 

「な……なにこれっ!? なんで……私の口紅が、どうなって……!?」

 

 女性が瞳いっぱいに恐怖を潤ませて見やる先、路地裏の影から這い出てきたのは、宙に浮かぶ口紅だった。

 宙に浮かぶ時点で異常だというのに、更に輪をかけて異常な点。それは口紅を覆うように、妖しく発せられた紫色の光だ。

 

「なんなの、あれ……? 口紅が……光ってる?」

 

 絶句する姫華。

 少し離れた位置からでも理解できてしまえるほどの、明確過ぎる異常事態。

 濃い夕焼けの中にあって放たれる紫の光は、まるで暗く恐ろしい夜を暗示しているかのようにすら思えた。

 

「エヒッ、エヒヒヒヒヒヒヒヒャハッ……♪」

 

 紫色の光から……否、光を纏った口紅から歪な声が漏れ出る。

 壊れたオモチャのように狂った嗤い声が路地に響き、口紅の持ち主()()()女性の恐怖をこれでもかと煽り立てた。

 

 やがて見る見る内に、光がグネグネと形を変えて口紅を呑み込んでいく。

 光から手が生え、足が生え、サメの(あぎと)ほどに裂けた大きな口がねっとりと開き──

 

「エヒヒヒヒヒヒヒヒッ! エヒャヒャヒャヒャヒャヒャッ!」

 

 幽鬼。そう形容するのが最も適しているだろう。

 

 素顔と胴体を覆い隠す襤褸切れ同然の外套と、枯れ木の如く痩せこけた土気色の手足。

 擦り切れたフードが形成する暗闇からは、焦点の合わない目とグロテスクな口周りのみが露出している。

 

 人間の子供くらいに背丈の低いそれが、宙に浮きながら狂ったような嗤い声を上げている。

 その異様さと異常さと異質さが、当事者の女性だけでなく、傍観者でしかない筈の姫華からも「思考」と「逃走」を奪っていた。

 

「オレ、ヨウカイ! オマエ、クウ! オマエ、シヌ! オモシロイ!」

「妖、か……!? わっ、私を食う……食べ、るって……」

「オモシロイ! オモシロイ! ニンゲン、シヌ、オレ、オモシロイ! オマエ、クウ!」

「ひ……ぇひっ!? や、やめっ、やめて──きゃぁあああっ!?」

 

 牙が突き立てられた。

 ロクに手入れのされていない、刃毀れだらけ錆だらけのナイフ。1本1本をそのように例える事のできるだろう無数の牙が、女性の右肩に喰らいつく。

 皮膚が裂かれ肉が千切られ、吹き出した鮮血が夕暮れの路面を紅く汚す。

 

 そうして遂には、肩の肉が食い千切られる。

 抉れた断面から溢れる血は女性の衣服を真っ赤に染め上げ、彼女により強い苦痛と悲鳴を振り絞らせた。

 

「あ──ぁああああぁぁああぁぁああぁあぁああああぁぁぁあああ!?」

「エヒャヒャヒャヒャヒャヒャ! オイシイ! オイシイ! ニンゲン、オイシイ!」

 

 グチャ、グチャ、グチャ、と。

 わざとらしく音を立てて、妖怪は食い千切った女性の肉を咀嚼する。

 歯並びすらボロボロに成り果てた口内から、咀嚼の度に血肉が漏れ出て地面に滴り落ちている。

 

 痛みと恐怖で錯乱し切ったらしく、右肩を喰われた女性はその場に尻餅をついたまま、枯れ潰れた喉から血の混じる涎を流している。

 その有様のどこがおかしいのか、妖怪を名乗るナニカはゲラゲラと下劣に嘲笑した。

 

「何が……起きてるの……? アレ、が……あんなのが、妖怪? そ、んな……嘘でしょ……」

 

 あまりに非日常的な、猟奇的な一部始終を目の当たりにして、姫華は顔を引き攣らせるしか無かった。どんな感情を出力すればいいのかすら判断できないのだ。

 そんな彼女の足が自然と後退り、砂利を踏んだ拍子に乾いた音が鳴る。

 

 ……砂利の音が、この場で鳴り響く。

 その事実が意味する不味さに姫華が気付いた時には、もう遅かった。

 

「エヒッ……ヒヒヒヒヒヒ、エヒッ」

 

 目が、合ってしまった。

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