リトル・ヤタガラスは妖怪を狩るようです ~正義の妖怪ヒーローが往く退魔怪奇譚~   作:小村・衣須

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其の参 妖怪変化

「ふぅ……結構楽しんじゃったな」

 

 奇妙な男と別れた後も、九十九は特別展示の見学を続けていた。

 途中で喫茶コーナーでの休憩も挟みつつ、全ての展示品を見終えた時には午後3時を過ぎていた。

 

 館内のベンチに腰を下ろして、小さく息を吐く。

 少しの疲労感にどこか心地良さを感じながら、九十九の視線は館内を行き交う人々へと向けられる。

 

「……初日から、こんなにも人が来てるなんて。やっぱり、凄いなぁ……」

 

 子供連れからお年寄り、1人で来た者、恋人や家族と来た者。

 老若男女が九十九の視界を横切っては通り過ぎ、思い思いのひと時を過ごしていた。

 そして、その表情はいずれも楽しげな、満足そうなものばかり。

 

 そんな穏やかな休日に思いを馳せて、九十九の頬は自然と綻び……

 

「……? この匂い、さっきの……」

 

 ふと鼻を刺す、不愉快な青臭さと甘さに満ちた香り。

 その甘ったるさに気付いた直後、九十九は火縄銃の展示で言葉を交わしたあの奇妙な男の姿を見つけた。

 

「……ヒヒッ。幻の妖刀ねェ……随分と大層なお題目じゃないの」

 

 男が見ていたのは、例の千人切りを為したとかいう妖刀だ。

 鏡面のように煌めく刀身を、あのブラックホールを思わせる濃い瞳が見つめている。

 

 だが、先ほど九十九と話していた時とは決定的に違う点が1つ。

 袖口から覗く長い長い煙管(キセル)からは、薄っすらと煙が湧き出ていた。

 目を凝らさないと見えないほどに薄い煙草の煙が、離れた場所にいる九十九にさえ酷く甘い香りを感じさせている。

 

「人の想いが道具を神に変えるなら、恨み辛みに怨念だって、人の想いにゃ変わりない。間抜けな侍どもの血と肉と魂を啜り上げた刀は……ヒヒヒッ、どんな魔物に成るんだろうねェ。あたしは、それが楽しみで楽しみで仕方ないよォ」

「あの……すみません。館内で喫煙はご遠慮頂けると……」

 

 男が煙草を()もうとしているのを見かねて、博物館の係員が注意と制止に現れた。

 その剣呑な雰囲気と奇妙な香り、そして館内に広がりつつある煙を認識して、周囲の客たちもにわかにざわつき始める。

 

 注意を呼びかけてきた係員に対して、男は伽藍のように深く暗い視線を返す。

 周囲からは「ひっ」という悲鳴にも似た声が聞こえ、それを遠くから見ていた九十九も思わずベンチから腰を浮かした。

 

「ヒヒヒヒヒ、そう目くじら立てなさなんな。なァに、すぐ終わるからさァ」

「す、ぐ……? えっと、とにかく煙草の火を消し……」

「ほォら、見てみな」

 

 男が示す先で起きた事に、その場の誰もが注目し、それを異常と理解した。

 

「じきに覚醒(めざ)める。さながら時報だよォ」

 

 展示されていた曰く付きの妖刀が、ガタガタと独りでに震え出している。

 煙管(キセル)から湧き出る煙は、ショーケースをすり抜けて内部を満たし……そして、妖刀がその煙を取り込み、吸収し始めた。

 

 凡そ非科学的な現象に、人々からは悲鳴や恐怖、当惑の声が次々に上がっていく。

 それは、九十九もまた同様だ。とうとう立ち上がった彼は、目の前で起きている不可解な現象に言葉を失っていた。

 

(何が……何が、起きてるんだ……!?)

 

「ヒヒヒヒヒッ。魂持たざる人形(ヒトガタ)よ、邪気を食む憑き物なりて、成るは物の怪、魑魅魍魎」

 

 男の妖しげな呪文に合わせて、妖刀の振動が一層強くなる。

 やがて煙を目一杯に吸収した刀は紫色の光を帯びて、ショーケースに無数のヒビが入り──

 

「さァ、変化(ヘンゲ)しな。山ン本(ヤマンモト) 五郎左衛門(ゴロウザエモン)の名の下に」

 

 全てが弾け飛んだ。

 粗雑なポップコーンのように炸裂したガラス片が、盛大な勢いを伴って撒き散らされる。

 吹き荒れる爆風が近くの展示品を巻き込んで薙ぎ倒し、その煽りを受けて照明が破裂する。

 

「きゃあーっ!?」

「うわっ、な、なんだ!?」

「誰か! 誰か警備員をっ!」

 

 一瞬の内にパニックを起こす人々。咄嗟に逃げ出す者や、その場に座り込む人々の姿が嫌でも目に入る。

 吹き飛んだガラス片や展示品に巻き込まれ、怪我をした者も数人見受けられた。

 

「……なんだ、あれ……。いや……そうじゃない。何が起きてるか分からないけど、でも今は重要じゃない……」

 

 その中にあって、九十九は冷静だった。いや、彼とて混乱と困惑はしている。

 だが、騒動の渦中から少し離れた場所にいた彼は、爆風の煽りをそれほど受けていない。

 

()()は、何者なんだ……!?」

 

 だから、()()を冷静に目視する事ができた。

 

「……フゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……」

 

 刀を手にした、人のようなナニカ。

 ボロボロの黒衣に身を包み、面頬によって素顔を隠された()()は、妖刀が飾られていたショーケースの上に立っていた。

 そして、()()が握っている刀は……間違いなく、あの千人切りの妖刀だ。

 

 突如として現れた謎の存在を前に、煙管(キセル)を持った男は満足そうに笑う。

 ガラスの炸裂を真っ正面から受けていた筈なのに、しかし傷の1つも見受けられないまま、男は異形の刀使いに言葉を投げかける。

 

「お前さん……名は?」

「……カタナ」

 

 そのおぞましく、心臓を鷲掴みにするような低い声色を聞いて、九十九が恐怖に我を忘れなかったのは真実幸運だろう。

 曰く付きの妖刀を握り締め、この場の全員に誇示するかの如く異形は名乗りを上げる。

 

「妖怪、カタナ・キリサキジャック……!」

 

 妖怪。

 その名を聞いた瞬間、男の言葉が九十九の脳裏に蘇った。

 

『九十九神に成っちまった以上、そいつはもう人の理を外れた存在──妖しい怪しい、夜の世界の住人たち……“妖怪”、と呼ぶのさァ』

 

「まさか、あいつが……妖怪。刀の九十九神、切り裂きジャック……!?」

 

 そんな呟きを男は確かに耳にして、一瞬だけそちらに目を向ける。

 しかし、すぐに異形の存在──妖怪カタナ・キリサキジャックに向き直った為、その事に九十九が気付く事は無かった。

 

「ふゥん……? 聞き慣れない名だが……確か、()()()()の辻斬りだったかねェ。妖怪だったのかい、あれ。まァ、今はその辺はいいか」

 

 そうして、男は着物の袖口から煙管(キセル)を取り出す。

 腕ほどに長いそれを口に咥え、息を吹き込めば、たちまちに溢れ出る大量の煙。

 煙管(キセル)を口から離し、もうもうと煙を吐き出しながら、男は妖怪キリサキジャックを見た。

 

「カタナ。お前さんに、『げえむ』の一番手になる権利をやろう。脆弱な人間どもの生き血を啜り、その命を奪い、妖怪への恐怖でこの世を闇に染め上げな」

「心得た、我ら妖怪の長よ」

 

 カチャリと、軽い音を立てて刀が振り上げられる。

 かつて、数多くの侍を斬り殺したという妖刀。普通であれば一笑に付されるようなほら話の刀身が、今。

 

「昼の光を、夜の闇に塗り替える。それは、我の得意分野だからな」

 

 目に見える全てを薙ぎ払うように、振り抜かれた。

 

(……っ!? 不っ、味……)

 

 その剣閃は、刀の間合いを遥かに超えてなお全てを切り裂く殺傷性を秘めていた。

 飛ぶ斬撃。それがパニックを起こした客や博物館の係員、駆けつけた警備員たちへと一斉に襲いかかる。

 

 そしてそれは、九十九とて例外ではなかった。

 あまりにも速すぎる剣閃を前に、彼が回避できずにいた事を誰が責められようか。

 

(だ、め……避けられっ、死──)

 

 恐るべき速度で目の前へと迫る斬撃は、ちっぽけな少年に回避を許さない。

 それは刹那の内に、彼の胴体を真っ二つに──

 

 

 

──ボオッ

 

 

 

 胸の奥で燃え上がる、赤い炎。

 

 九十九がその存在に気付いた時には、激しく動転する視界と強烈な破壊音が彼から意識を奪っていた。

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