リトル・ヤタガラスは妖怪を狩るようです ~正義の妖怪ヒーローが往く退魔怪奇譚~   作:小村・衣須

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其の肆拾弐 貫く曙

 その時起きた爆発は、それまでの比ではない……という表現すら生易しかった。

 

 街のどこにいても見え、そして聞こえるほどの爆炎。轟音。衝撃波。そして熱風。

 どこかの国の軍が開発した新型爆弾。そう言われた方がまだ納得できるほどの大火力が、裏山の麓を尽く蹂躙した。

 

 大地を抉り、木々を吹き飛ばし、空気すら灼き焦がして。

 少し離れたところにいたショウジョウですら、墨を用いて防御しなければ巻き込まれて蒸発していただろう。

 

 やがて、網膜を破壊するほどの閃光と炎熱が収まったのち。

 その場に残ったのは、酷く抉れ果て、完膚なきまでに熱され切った巨大なクレーターだけだった。

 そして傍に鎮座しているのは、墨が四方を覆い尽くして形成した鉄壁の殻。

 

「ふぅ……。やれやれ、我ながら派手にやり過ぎましたねぇ」

 

 表面が著しく焼け爛れた墨の殻を破り、ショウジョウがその姿を現す。

 墨の殻に包まれて防御を図っていた彼は、傷1つ負う事なく平然と降り立った。

 

「これで、ニンゲン・ヤタガラスは『げえむおおばあ』と。そういう事で、よろしいでしょうかね。まったく、こちらに損害ばかり与えて……まさしく『敵きゃら』でしたよ」

 

 そう溜め息をつきつつ、未だ熱波の残る大地を見回す。

 チリチリと体毛を焦がす熱い空気、足をジワリと焼く熱さに眉を潜めるが、その程度は何も問題無い。

 そんな事よりも、ようやく敵を倒した事への安堵で息を吐き──

 

「……な、に?」

 

 目を、見張る。

 自分の眼下に広がる惨状の最中に、驚くべき光景を目にしたからだ。

 

 だって、あり得る訳が無い。あり得ていい筈が無いだろう。

 常人であれば、触れるどころか近付く事すら困難なクレーター、その最も熱量が高いだろう中心部に──

 

「……ありがとう。妖気の充填に必要な時間をくれて」

 

 八咫村 九十九は、未だ立っていた。

 火縄銃を構え、狙撃の態勢を取りながら。真っ直ぐ、フデ・ショウジョウへと狙いを澄まして。

 

「そんな、馬鹿な……!? あれほどの、地形すら変える爆発を至近距離で受けて、無事でいられる筈が……っ」

「……確かに、無事じゃないよ。それに、爆発そのものは流石に耐えられないさ」

 

 その言葉通り、彼の体はズタボロだ。

 焦げ尽くされた装束はボロボロに破れ、噴き上げられた砂利を真正面から受けた為か、全身が傷だらけ。

 あれほど巨大な爆発を、馬鹿正直に喰らったのだ。無事なところを探す方がよほど難しい。

 

 けれども、今の彼にはおかしな点が1つある。

 確かに、彼の纏う装束は焼け焦げている。如何に妖気を編み上げた装束、そしてマフラーと言えど、爆炎を受けて無事な訳が無い。

 

 ならば何故──九十九自身は1つも火傷を負っていないのだろうか?

 

「でも、僕はヤタガラスだ。爆発自体は耐えられなくても……太陽の化身が、炎や熱で死ぬ訳無いだろ?」

 

 ニッ、と不敵に笑う。

 激しい戦闘で気が昂り、それに伴って妖気も巡りを速める。その余波が、彼に普段はしないような笑みを浮かべさせた。

 

 既に、銃身の奥底では迸るほどの妖気が、その圧縮を終えている。

 引き金さえ引けば、致命の一撃がショウジョウを貫くだろう。

 

「させません……っ! 如何に射撃の精度が高くとも、ワシの妖術の方が早い!」

 

 だから、その前に仕留める。

 素早く描かれた墨は電流を宿して、雷の矢となって放たれた。

 

 弾丸よりも雷撃の方が速いのは自明の理だ。

 九十九が引き金に指をかけるよりも早く、墨色の雷は彼を貫いた。

 

「だから、嵌まるのでやすよ」

 

 ゆらりと、九十九を象ったヴィジョンが崩れ去る。

 クレーターが発する熱に紛れて、腹に穴の空いた幻影は陽炎のように溶けていく。

 

「なん、ですと……っ!?」

 

 ショウジョウは驚きを露わにした。

 それは、自分がただ幻影を攻撃しただけという事実そのものではなく、先ほど受けた術とまったく同じ構図に嵌ってしまった事実に対してだ。

 

 そうして、気付く。

 

「わての妖術は、術中に嵌っているという自覚すら奪いやす。故に何度も、何度も引っかかる。意識する程度で、キツネとの化かし合いには勝てやせんよ」

 

 またも、認識を“ごまかされた”のだと。

 

「どこだ……!? どこに隠れているっ!?」

「ヘッ、スズメばかりに良いカッコはさせらせやせんからね。ここらが仕舞い時でやすぜ、老いぼれエテ公」

 

 鼻で笑う音が聞こえる。

 どこにいるかも分からないバケギツネが、大胆不敵な声を放つ。

 

 慌てて周囲を見回すサルの妖怪を見て、イナリはちっちゃな後ろ足で己の頭を掻いた。

 自身が張り巡らせた幻の最中に隠れながら、彼が思い出すのは先ほどの光景。

 

 あの時、ショウジョウが矢を放つ直前。

 自分たちの仕える主は、確かに()()()()()()をしていた。

 

「わてらの主君が、我に策在りって顔をしてたんでさ。なら、仔細を問わず行動に移すのが……江戸の粋ってヤツで御座いやしょう?」

 

 ニヒルに笑い、視線を遠くに向ける。

 その瞬間、イナリの目が向いた方向から、強い熱気が発せられた。

 

 背中を焦がす熱に気付いて、ショウジョウが咄嗟に後ろを振り向いた。

 最早、隠している意味も無い。イナリの展開した“ごまかし”の術が解除された先、クレーターの反対側に──

 

「さぁ、やっちゃってくださいまし!」

「──うん。ありがとう」

 

 銃を構えた1人の少年──八咫村 九十九(リトル・ヤタガラス)

 

 クレーターの中心にいた幻影と同様、その体は焼け焦げている。

 けれども、それはやはり装束に限った話だ。頬のいくつかは煤けているが、火傷というほどではない。

 彼は確かに、あの爆発を生き残っていた。

 

 彼の傍らには、同じくお千代の姿。

 彼女もまた翼を焦がしているが、その程度で飛べなくなるようなヤワな生き方はしていない。

 

 そして、九十九が手に持つ火縄銃。

 そこに装填された弾丸より先手を撃つだけの余裕は……最早、ショウジョウには残されていない。

 

(重要なのは……威力じゃない。威力が落ちてなお、あいつの妖術は脅威だった。だから、僕もそれに倣う)

 

 込められた妖気は、いつものように炎を圧縮して丸めただけのものではない。

 もっと、意識しなければならない。あの防御を破る為に。より敵と渡り合う為の策を。

 

 弾丸の、形状を。

 

(あいつが言っていた事だ。僕ができると思えば、妖術はそれを実現する。今欲しいのは──全てをぶち抜くだけの貫通力と、速度!)

 

 火縄銃を通して狙う先では、ショウジョウが筆を慌ただしく動かして防壁を書き連ねていた。

 あちらも、迎撃に割くだけの隙が無いと判断したのだろう。防壁であれば、後退しつつ何度も塗り重ねるだけ時間を稼ぐ事ができる。

 

 けれど、もう遅い。

 

「妖術──」

 

 後はもう、撃つ以外の工程は無いのだから。

 

「《日輪・(アケボノ)》ッ!!」

 

 今放たれた、それこそが勝利だった。

 

 銃口から飛び出したのは、極めて細い弾丸。

 尋常の狙撃手(スナイパー)が狙撃に用いるものとは訳が違う。ともすればボールペンの方がまだ太いのではないかというほど、その弾丸は細かった。

 

 空を切るその速度も、それまでとは比較できないほどに速い。

 凄まじい、という表現すら陳腐になる速度で、細い炎が飛翔する。

 

「そう何度も何度も馬鹿正直に、ワシの《万象一筆書き》を突破できると思わない事です!」

 

 対するショウジョウが展開したのは、12層にも及ぶ墨の防壁。

 

 泡の壁が3層、泥の壁が3層、鉄の壁が3層、トドメに岩盤が4層。

 それらが交互に重なり、どんな攻撃を以てしても突破できない堅牢さを発揮していた。

 これまでの九十九であれば、例え必殺の弾丸であっても、これら全てを吹き飛ばす事は極めて困難だっただろう。

 

 これまで、であれば。

 

 

──バスッ、バスバスバスッ、バスッ

 

 

「──は?」

 

 目の前で、壁に穴が空いた。

 ぽっかりと口を開いたその穴は、12層の壁全てが突破された事を、他の何よりも雄弁に語っている。

 

 一切を吹き飛ばすでも、蒸発させるでもなく、ただ貫通する。

 たったそれだけの弾丸は今、それまで突破できなかった壁すら突き抜けて、ショウジョウの左肩に風穴を作っていた。

 

「あ……あぁあ、ぁあ……っ?」

 

 じわりと、穴の中から熱が広がる。

 瞬間的に膨れ上がった炎は爆発を生み、悪辣なサルの胴体から左腕を吹っ飛ばした。

 

 空中をクルクルと舞い踊る左腕は、断面から迸る炎に全てを呑み込まれ、一瞬で灰燼と化す。

 それは同時に、左手に握られていた筆──妖怪フデ・ショウジョウとしての機関部も失われた事を意味していた。

 

「……あ……?」

 

 黒焦げ、2つに割れた筆が、地面にポトリと落ちる。

 それを幼児のように見下ろす狒々の正面で、妖術の消え去った防壁が崩れて消失していった。

 

 その遥か彼方では、九十九が第2射を装填済みである。

 貫通力を飛躍的に高めたものではなく、妖怪を真正面から滅ぼす為の、超火力を。

 

「今度こそ──妖術、《日輪》!!」

 

 バズーカ砲と見紛うほど激しく唸りを上げて、小さな太陽が解き放たれる。

 それを防御するでも、回避するでも、迎撃するでもなく。

 己の半身を失ったフデ・ショウジョウは、呆然とした表情で正面を向き、己へ迫る煉獄を目にして──

 

 

──BA-DOOM!!

 

 

 その上半身を木端微塵にした爆炎の妖気は、胴体全てを喰らい尽くして更なる業火を立ち昇らせた。

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