リトル・ヤタガラスは妖怪を狩るようです ~正義の妖怪ヒーローが往く退魔怪奇譚~   作:小村・衣須

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其の伍拾玖 『げえむ』の審判者

「なに、あれ……!? なんで、街が燃えてるの……っ!?」

 

 小高い坂の上から遠くの景色を見渡して、五十鈴は呆然と呟いた。

 

 思えばここ数日、意味の分からない事ばかりが続いていた。

 地元での妖怪騒ぎと、それを政府が隠蔽している事実。そして上司からの「歪められた地脈を直してこい」という謎の命令。

 

 その為の準備やら、奉納する舞の選定やらが終わり、やっとの事で金鳥市に向けて出発したのがつい数十分前の事。

 上司の運転する車に乗っている最中、スマホのニュースアプリに届いた「金鳥市の繁華街で大規模な火災発生」との1文を見た時には大いに度肝を抜いたものだが、実情はもっと凄惨なものだった。

 

 今、車から降りたばかりの五十鈴の視界には、夜の空を赤く染めながら轟々と燃え盛る繁華街が見えている。

 周囲には野次馬もチラホラ見受けられるが、消防車のサイレンはちっとも聞こえてこない。見えるのは、遠くで通行規制をしている警察官のみだ。

 

 運転席から降りた上司──瀬戸もこの事態は想定していなかったらしく、しかしいつもと変わらない風に「お~」などと言って遠景を望んでいる。

 

「うわ~、派手にやりおったなぁ。まさか、こないな短期間の内に次の行動を起こしよるとは思わんかったわ。流石にボクも想定外やで」

「なに呑気に言ってんですか瀬戸課長!? ってか、消防署は何やってるの!? SNS見ても、警察が規制張ってるだけで消防車らしいものは何も見えてないって……」

「そらなぁ、当たり前やろ。あんだけ炎ビュービュー飛ばしよるような術使うんが相手やで? そんなんがわぁわぁやっとる中に消防車行かせたかて、あっちゅう間に燃やされてホトケさんなるんがオチやろ。無駄死にや、無駄死に」

「術、って……まさか」

「火事と喧嘩は江戸の華。火ぃ扱わせたら妖怪に敵うモンはそうそうおらんで。炎は文明を象徴すると同時に、死と恐怖の権化でもあるんや」

 

 ヘラリと笑って、目尻を弓のようにしならせる。

 いつもの事ながら、糸目で笑う上司の姿はどうにも胡散臭い。

 

「それは……いえ、分かりました。それで、私はどうすれば?」

「静観しか無いやろなぁ。五十鈴ちゃん、妖怪と戦う為の手段とか持ってへんやろ?」

天狗(イキ)った不良(ガキ)教育(わか)らせるのは得意ですよ」

「蹴った殴ったで殺せる相手なら楽やねんけどなぁ。生憎、奴さん方はそういうのやないねん。妖気から生まれたモノは、妖気を以て斃すべし。それが不文律や。せやさけ、あそこで暴れとるんを止められるとしたら──」

「……それが、九十九だと? 私の弟が今、あそこで戦っていると?」

 

 その問いに、答えが返ってくる事は無かった。

 瀬戸はただ、困った風なフリをして肩を竦めるだけ。

 不服そうな五十鈴を余所目に、彼は手を額に翳して目陰(まかげ)を作り、炎に包まれた繁華街をじっと見据えている。

 

「ま、一応こっちにも考えはあるさかい。どうしようもあらへんようなったら、昔のボクのツテをちょいと……辿っ、て……」

「……課長?」

「……最悪や。よりによって自分が来るんかい」

 

 その言葉の意味を問うよりも早く、巨大な爆発音が轟いた。

 繁華街の向こう側にナニカが墜落したらしく、それによって生じた衝撃と爆音が、遠く離れた2人の肌をビリビリと痺れさせる。

 眼下では、野次馬たちも悲鳴を上げていた。視線の彼方に見える金鳥市に向き直れば、墜落地点らしき場所から大量の砂煙が巻き起こっている。

 

「い……一体、今度は何が起きたのよ……っ!?」

「……かなんわぁ」

 

 そんな中で、瀬戸は小さく呟きを落とした。

 

「せいぜい死なんように気張りや、八咫村の」

 

 

 

 

 びゅぅ、と砂混じりの風が吹く。

 襲来した者の帯びる威圧感をこれでもかと溶かした砂塵の風は、単純な温度とはまた異なる冷たさを孕んでいた。

 ビルや路面を舐めては焦がす妖気の炎が、おぞましげな風に()み潰されて、徐々にその勢いを衰えさせていく。

 

 緩やかに、周囲の明度が低下する。

 あれだけ轟々と炎上していた筈の繁華街は、ただ1体の妖怪が出現しただけで、児戯の如く鎮火されつつあった。

 

「なに、を……ぐ、ぅっ!?」

「くっ……坊ちゃん。今は、動かないのが得策で御座いやす」

 

 満身創痍も同然の体を押して立ち上がろうとするも、両腕の痛みに耐え兼ねてその場に膝をつく九十九。

 その傍へと、全身を煤だらけ埃だらけにしたイナリが、ズリズリと這いずりながら近付いてきた。

 

「間違いねぇ。奴ァ……『現代堂』の幹部にして最強の武人、神ン野でさ。幾多の傷をつけられてなお、その鎧が砕ける事は無し。その膝が地につく事は無し……。(いわん)や、今の坊ちゃんでは太刀打ちもできやせん……」

「あいつが、神ン野……。は、はは……体が、震えて仕方ないや……」

「……無理もありやせん。80年前の大戦にて、奴に勝てた者は誰1人としておりやせんでした」

 

 立ち上がる気力さえ残っていないと言わんばかりに、ちっちゃなキツネの肢体は這うように倒れたまま動けない様子。

 せめても彼の盾になろうと、九十九は痛む体を動かして己の位置を前にズラした。

 言う事を聞かない膝から下は軋みを上げて、少年に膝立ち以上のモーションを許さない。

 

 頭痛を堪えて前方を見れば、2つの異形が対峙している様を目の当たりにできた。

 

 神ン野と名乗った、甲冑姿の大男。そして彼から薙刀の切っ先を突きつけられている、妖怪ヒョウタン・アブラスマシ。

 特にアブラスマシの方は、先ほどまでの威勢のよさが嘘のように、血の気の失せた顔で酷く震えているようだった。

 

「み、見逃してくださいよ、ねぇ? 今の戦いは見ていたでしょう? あっし、あっしの妖術は、こいつらよりも強いんです。ヒバチなんかよりも、あっしの方が、げっ、『げえむ』の舞台に相応し」

「それを判断するのは俺ではない、山ン本だ。そして、山ン本は『ぷれいやあ』としてヒバチ・ヒトウバンを指名し、『げえむますたあ』である信ン太がそれを認可した。そうである以上、これはヒバチの『げえむ』であり、その領域を貴様が侵す事は罷りならん」

 

 薙刀を持ち直し、持ち手を勢いよく地面に叩きつける。

 石突が砕け散ったアスファルトを叩き、再び大気を鳴動させる。クレーターの上から刻まれた亀裂の数々が、薙刀単体ですら相当の重量を誇っていると告げていた。

 

「貴様の賢しらな提案は、全て信ン太が却下した。山ン本の決定以上に、『げえむ』において重要となる『げえむますたあ』の決定だ。それさえ、貴様は踏み躙っている。その愚かさが、まだ理解できぬか?」

「……っ、『げえむ』の枠組みがそんなに大事ですかい!? あっしは、好きなだけ人間を甚振り害する事ができると聞いて、『現代堂』に入ったんだ! それなのに何故、好き放題に振る舞っちゃいけねぇんですか!?」

「……成る程。そういえば貴様は、80年前の大戦以降に入った新参だったな。だが、そんなものは言い訳にならぬ。『げえむ』の摂理、道理については懇切丁寧に語り聞かせた筈。それを理解してなおの暴挙であるならば、それ即ち──」

 

 1歩、踏み出した。

 全身に纏う甲冑、具足、鎧、兜、装束、その全てが連動してガシャリと音を鳴らす。

 ただ金属と金属が擦れ合った結果の音でしかないのに、この場に集った者たちは、その音を死神の嗤う声であるかのように錯覚する。

 

「我らが百鬼夜行、『現代堂』への造反である。故に俺が、貴様に『ぺなるてぃ』を下そう」

 

 その重く低く冷たい声色は、まさしく死刑宣告のようだった。

 

「……尤も、ここで貴様を()()()()とするのは簡単だが、それによって他の者どもに『げえむ』への参加意欲を削がれても困る。よってまずは、貴様から『げえむ』への参加権を剥奪する。次いで審判役、つまり俺の手による『ぺなるてぃだめえじ』の執行。そして──」

「ふ──ふざけるなっ! こんなところで、“魔王”への道が断たれて堪るかァッ!!」

 

 それは別に、理不尽への怒りとか正当性の主張とか、そういう義憤何某(なにがし)に由来するものではない。

 ただ、自身に近付く“死”の圧に気を()られ、思考を放棄して自棄(やけ)っぱちになってしまっただけ。

 その結果として──アブラスマシは、瓢箪の蓋を引き抜いた。

 

「妖術《油一匁(アブライチモンメ)》ェッ! その薙刀さえ呑み込んでしまえば、あっしにも勝機がある筈だ!」

 

 油が溢れる。あらゆる道具を殺す魔の油が瓢箪の口から膨れ上がり、妖怪はそれを渾身の力で振り撒いた。

 どぱどぱと際限無く放出される油玉の群れが、神ン野ただ1人を排除する為に猛進する。

 

 狙うは、彼が右手に持つ巨大な薙刀。

 油が包み込む事のできる道具には、大きなの上限など無い。当然、彼の持つ得物とて対象になり得る。

 

 あの薙刀さえ油玉で包み込み、諸共に破壊してしまえば、相手は丸腰も同然だ。

 後は上手く不意を討つなり逃げ果せるなり。いくらでも勝機は巡ってくる。手繰り寄せる事ができる。

 頭を使えばこの程度の窮地、どうとでもなるものだ。アブラスマシは内心でほくそ笑む。

 

 それが、(はかりごと)と呼ぶにはあまりにも浅はか過ぎると理解しないまま。

 

「ふん」

 

 嘲りでも、呆れでもなく、ただの動作として呼吸音が漏れる。

 

 呼吸を待って、薙刀がゆっくりと動いた。

 人間であれば両腕で抱えてもなお持ち上げられないだろう寸法と質量を持つそれを、神ン野は軽々と片手だけで振るっている。

 油の波濤が今にも眼前に迫る中、彼は何の感傷も抱かないままに佇み……そして。

 

「稚拙」

 

 

──するり

 

 

 その時、九十九は自分が認識を狂わされているのかと感じた。

 そうでなければ、今まさに神ン野へ到達しようとしていた油玉が、まるで柔らかい焼き菓子か何かのように切り裂かれる筈が無いからだ。

 

「……は?」

 

 豆鉄砲を食らった鳩のように、惚けた風の声がアブラスマシの口から零された。

 なんせ、あれだけの数を放った筈の油玉が今、1つ残らず両断されていたのだから。

 

 いっそ穏やかとさえ思える動きで振るわれた薙刀は、迫る油の塊全てを切り捨てていた。

 ヒトウバンの放つ炭火を幾多も呑み込み、妖術同士のぶつかり合いでは優勢ですらあった筈の術が、いとも容易く。

 ただの1つも撃ち漏らす事無く切断された妖気の油は、最初から存在しなかったかのようにその場から溶け消える。

 

 神ン野は薙刀を振るい、自らに襲い来る妖術を切り捨てた。

 文字に起こせばただそれだけの事である筈なのに、誰もがその事実を認識できずにいた。

 

「え……なん、で?」

「惰弱。己の才覚(ぽてんしゃる)に驕り、鍛錬を怠った結果が()()だ」

 

 自らの得物を軽く上下に振って、刀身にへばりついた油の残滓を払う。

 そうして再び、石突をそっと地面に置いた。軽い動作で置かれたにも拘わらず、薙刀は重い震動を微かに残す。

 

「強い妖気は、己より弱い妖気を捻じ伏せる。弱い妖気を込めた術は、己より強い妖気を込めた術に競り負ける。それが妖術の道理。大方、容れ物を由来に持つが故の潤沢な妖気に胡座をかいていたのだろうが……」

 

 ギロッ、と。

 刃のように鋭い殺意を宿した眼光が、痩せぎすの妖怪を強く()めつけた。

 

「その程度の木っ端な妖気では、俺の得物はおろか、篭手すら傷つける事は叶わぬだろうよ」

 

 何も、難しい事ではない。

 神ン野の方が、ヒョウタン・アブラスマシよりも遥かに強い。

 これは、ただそれだけの話だ。

 

()()()はこれで終わりか? 審判役への攻撃もまた、違反行為と見做される。自ら『ぺなるてぃ』を増やすとは、殊勝な心がけだな」

「あ、あぁぁああぁぁぁあ、ぁあ、あっ、あ」

「そして……攻撃とは、このようにするのだ」

 

 瞬きをする間に、神ン野の姿は消えていた。

 否、彼の巨体は驚くべき速さで地面を蹴り、刹那の内にアブラスマシへと接敵していたのだ。

 その手に握られた薙刀は、大きく後方へ伸ばされ──つまり、振りかぶられている。

 

 くるり。手の内で柄が転がされ、刀身と(むね)を裏返した。

 轟、と空気さえ殴り飛ばしながら、武器と呼ぶにはあまりに巨大な鉄の塊が──

 

 

──ズ、コォッン!

 

 

 超常の膂力で殴り飛ばされた生物は、ボールのように容易く、そして軽い拍子で吹っ飛んでいく。

 人の常識の中で過ごしていては決して知り得なかった摂理を、九十九は目撃した。

 

 渾身の力を込めた、薙刀の棟での一撃──即ち峰打ちはアブラスマシの脇腹を強かに打ち据え、そして思いっきり吹き飛ばした。

 骨が粉砕される歪な音が明らかに聞こえた後、酷く痩せた薄汚い体躯は少年の視界から消失する。

 あまりに高速で吹き飛んだせいで、その様を肉眼では捕捉できなかったのだ。

 

 一瞬遅れて、見当違いの方向から盛大な炸裂音が轟く。

 ハッと我に返ってそちらを見れば、焼け焦げたビルの壁面が派手に砕け、細かいコンクリートの欠片によって煙をもうもうと立てていた。

 

 峰打ちを喰らった妖怪の体が壁面まで叩きつけられ、あのように煙が立つほどの衝撃を伴って激突した……らしい。

 ()()()というのは、その事を状況から推測できるだけで、実際に目に見えた訳では無いからだ。

 

「加減はした。その程度で死ぬほど妖怪はヤワではない。立て」

 

 数秒の残心を置いて、体勢を整えた神ン野がゆるりと兜の切っ先を持ち上げる。

 直立した構えを取る4mの巨体は、ガシャリと音を鳴らして頭の向きを動かし、煙の立ち込めるビルを睨んだ。

 

 訝しむように首を傾けたのち、うちわで仰ぐような動作と共に軽く左右へ振られる薙刀。

 それによってぶわりと吹き消された煙の向こう側、壁面に大きな亀裂を生み出した衝突地点に……ヒョウタン・アブラスマシの姿は無い。

 

 死んだ訳でも無ければ、どこかに隠れ潜んでいる様子も見受けられない。

 ならば、残る答えはひとつ。その結論に至り、面頬の奥から溜め息を吐き出した。

 

「……逃げたか、くだらん。あの調子では、店に戻る事も無いだろうな。己を知恵者だと思い込む愚者は、これだから扱いに困るのだ」

 

 吐き捨てる風にそう零した後、神ン野の巨躯が後ろを振り向いた。

 ガシャガシャと無機質な音を立てて彼が見据えたのは、黙したままに一部始終を見ていたヒトウバンだ。

 蹂躙とすら呼べない一方的な攻防を目の当たりにした異形は、浮遊しながら己の体を縮こまらせている。

 

「ヒバチ。審判役としての判断を以て、貴様の『げえむ』は一時中断とする。『現代堂』に戻って傷を癒し、妖気を練り直すがいい」

「な、何故だ!? おっ、オレサマはまだやれる! 違反行為だって何も……」

「貴様に瑕疵は無い。仕切り直せ、と言っているのだ。ヒョウタンの愚かな介入によって、貴様という怪談(げえむ)の価値は落ちた。それを払拭する為にも時を置き、改めて侵攻せよ。いいな?」

「ぐっ……あァ、分かったよ! クソッ、あのカス野郎のせいでケチがついちまった!」

 

 不承不承といった具合に了承したヒトウバンは、自らの浮遊する高度をグッと引き上げた。

 この場にアブラスマシへの侮蔑だけを残して、異形の生首は黒ずんだ空の向こうに飛び去り、小さくなっていく。

 

 その様子を見届けて、面頬から小さく「さて」の一言が漏れる。

 鎧の擦れる音を幾度も立てながら、甲冑の巨漢はまた異なる方向へと視線を動かした。

 彼が見やる方向にいるのは──

 

「妖怪リトル・ヤタガラス……いや、八咫村家の長子」

「……な、に?」

 

 ギラリと鋭く光る目線に睨まれて、傷だらけの九十九は僅かに怯む。

 しかし、怯んでいる訳にはいかない。奥歯が痛くなるほど噛み締めて気を入れ直し、立ち上がる為の気力を全身に巡らせようと試みた。

 

「僕、を……殺す? これまで、散々……()っ!? ……お前たちの仲間を、倒して……きた、もんね」

「確かに、貴様はこれまで、我ら『現代堂』の妖怪を3体も屠ってきた。カタナ・キリサキジャック、チョウチン・ネコマタ、フデ・ショウジョウ。カタナだけは直接目にした訳でこそ無いが、そのどれもが、山ン本の認めた実力者だった」

 

 だが。

 区切るように言葉を発し、目が細まった。

 その素顔は装甲で覆い隠されているが故に見えないが、それでも九十九には、神ン野が目を細めたように感じられた。

 

「奴らが死んだところで我らは悲しまない。憎まない。憤らない。弱い妖怪が死ぬのは当然の事だ。我らは仲間ではなく、“魔王”の名を継ぐ山ン本の下に集っただけに過ぎない。貴様ら人間や“八咫派”の妖怪どもと違い、我らは憎悪などというくだらぬ理由で戦いはしない」

「なら、どうして……? どうして、僕に矛を向ける……っ!」

 

 愛用の火縄銃を杖のように扱ってまで、無理やりに立とうとする。

 足腰が痛むが、それ以上に油玉の破裂を至近距離で受けた両腕が狂いそうになるほど痛い。

 銃を手に持ち握っているだけでも苦痛に襲われる始末だ。杖代わりにするべく力を込めれば、それだけで血が噴き出した。

 

 そんな彼に対して、神ン野は薙刀の切っ先を向けていた。

 人間の身長の倍ほどはあるだろう長さの得物は、今にも独りでに動いて敵を切り裂くと説明されたとして、容易に納得できるに違いない。

 

「見定める為」

「見定め……。なに、を……僕を?」

「ああ。山ン本は、貴様を『げえむ』の『敵きゃら』として扱おうとしている。だが、『げえむますたあ』である信ン太はまだ納得しかねている。俺もそうだ。故に、見定める。貴様が、静観するに足る存在かどうか」

 

 徐に吹いた風が、ビルに灯っていた最後の炎を掻き消した。

 夜の暗がりに満ちた繁華街から、全ての炎が消える。ヒバチ・ヒトウバンの術によって炎上していたビル街は、闇に閉ざされた残骸へと果てる。

 

「選べ。この場から遁走し、以後『げえむ』に関わらぬ道か。それともこの場で武器を取り、俺に挑む道か」

 

 巨体がゆるりと動き、究極の選択肢を突きつける。

 薙刀を手に、巨躯の甲冑は戦闘の構えを取った。

 

「逃げればまず生き延びるが、“八咫派”は失墜する。挑めば……生と死、どちらの結末に至るかは、俺ですら確約できぬ」

「逃げて……くださいやし、坊ちゃん。元より、これは……わてら先代連中の、無能が招いた道。坊ちゃんが、関わる義務や、義理、など……最初から、無かった……ん、でさ」

 

 負担(ダメージ)を受け過ぎたあまり、潰れた饅頭のような状態から脱却できずにいるイナリ。

 その上でなお、彼はガラガラの声で逃げるよう説く。自分たちの名誉や使命よりも、九十九が生きる道を選ぶよう説く。

 

「スズメや、ご当主様……とて、きっと、同じ事を……仰る、でやしょう。でやすから……」

「……うん。ありがとう、イナリ」

 

 緩く頷く。

 そうして完全に立ち上がった九十九は、火縄銃をグッと握り締めた。

 力を入れた拍子に腕の傷が開くが、そんな事を気にしている余裕すら無い。

 

「でも……僕は、戦うよ。ごめんね。本当に、ごめん」

「な……!? 馬鹿な、事を……っ! 勝機なぞ、どこにも……」

「うん……無いだろうね。無謀なのは分かってるし、こんな事をしても僕になんの得も無い事だって……一応、分かってるつもり」

 

 そう言いながらも、銃口からは赤く穏やかな光が漏れた。

 弾丸が、込められている。妖気より生成した炎の弾丸が、装填されている。

 それは果たして、九十九が妖術を行使した事の何よりの証明となった。

 

「それでも、僕は……ここで、戦わなくちゃいけない気が、するんだ」

「……その意気や、善し」

 

 ズイ、と神ン野が深く腰を落とした。

 薙刀を後ろに構え、いつでも薙ぎ払える態勢を取っている事は明らかだ。

 

「来い。この俺に、傷の1つでもつけてみよ」

「そのつもり。……行くよ」

 

 気の昂りにつれて、首元の黒いマフラーが風も無くはためいた。

 その感覚に背中を押され、リトル・ヤタガラスは前方に向かって飛翔した。

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