リトル・ヤタガラスは妖怪を狩るようです ~正義の妖怪ヒーローが往く退魔怪奇譚~   作:小村・衣須

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其の陸拾伍 可視化された思惑

「で、ちょっと真面目な話するわよ」

 

 姫華とのやり取りから数秒置いて、五十鈴は話を切り出した。

 手には再び熱々の緑茶。数秒の間に口に含んだそれを嚥下して、体を温めてからの発言である。

 

 彼女の視線が向かう先は、ちゃぶ台に寝かされたままのイナリだ。

 瀬戸の“施術”で多少は負傷も回復したらしく、先ほどよりは耳もよく立っている。

 

「八咫村の人間である以上、私だって遠いご先祖様の血を引いてるんでしょ? 単刀直入に聞くけど、私も今から妖怪の血に覚醒できない?」

「……いえ、とても難しいでやしょう。()()()()()()()()んでさ。元々あった才能を後天的に引き出した姫華の嬢ちゃんとは訳が違いやす」

 

 寝そべったまま、首だけを緩く振る。

 彼の傍に降り立ったお千代も同様に、申し訳無さそうに視線を落とした。

 

「そもそも妖怪は、99年使われ続けた道具に命が宿って神と成る存在ですの。その血を継いだ人間に、正当な手段で妖怪となり得る機会があるとすれば……それは間違いなく、99歳を迎えた時でしょう」

「それ以外の“たいみんぐ”で妖怪に成るのであれば、やはり命の危機に陥った状況下で、極限まで高まった生存本能から無理やり引き出すしかありやせん。ご当主様の場合は、結核で生死の境を彷徨った時。坊ちゃんであれば……」

「博物館で、カタナ・キリサキジャックとかいう妖怪に襲われて、殺されかけた時……だよね?」

 

 姫華の補足を、召使いたちは示し合わせた訳でもなく同時に首肯する。

 

「“火事場の馬鹿力”……と言ってしまえば少々陳腐になりやすが、しかして事実でさ。良くも悪くも、妖怪は人の心と精神に由来しやす。その“人”が最も生存を欲求する状況だからこそ、妖気は活性化する……とはいえ、坊ちゃんの場合は血の濃さもありやしょうが」

「そうねぇ……さしもの私も、ワンチャン成功するか失敗して死ぬかの賭け(ギャンブル)は少し怖いわ。相手は暴力が目的の不良じゃなくて、ハナっから殺害が目的の化け物軍団だものね」

 

 どうしてそこで「不良」が出てくるのだろう。

 そう聞きたい気持ちはあったが、それほど気にするべき場でも無いのでそっとスルーした姫華。

 彼女たちとちゃぶ台を囲みながら、四十万は「ううむ」と唸りつつ湯呑みに口をつけた。

 

「となると、やはり……戦えるのは九十九しかおらん、という事か。じゃが、重傷を負ったあ奴を戦いの場に駆り出すのは無理じゃ。儂とて、死ぬと分かり切っている状況で孫を死地に送り出すのは……」

「これから行くんが死地かどうかは別として、坊主の傷ならもう心配無いで」

 

 2階に続く階段を降りながら、居間に向かってそう声をかけたのは瀬戸だ。

 居間に顔を出してきた彼は、如何にも「いやー、いい仕事した」とでも言いたげな表情を顔一面に貼り付けている。

 

 事実、集中する必要があるような事をやっていたのか、彼の顔には幾筋もの汗が滴っていた。

 けれども、わざとらしく汗を拭う仕草を気障ったらしく演出しながら、あまつさえ女性陣に見せつけている辺りがどうにも胡散臭い。

 

「ふぃー。久々にやったさけ少し大変やったけど、ま、ボクにかかればあんなモンやろ」

「そういうのいいでやすから。お前さんが汗をかいてるって事は、()()をやったんでやすか?」

「まぁ、そういう事やね。“縁”をちょいとばかし“たぐって”弄ってきたし……あの様子なら、あと1時間もあったら立って歩けるくらいにはなるやろ」

「えっ……1時間!? あんなに傷だらけで、意識も朦朧としてたんですよ!?」

「せやさけボクが動いたんやろ」

 

 額の汗をハンカチで軽く拭い、よいせとちゃぶ台周辺の空いているスペースに腰を下ろす。

 驚くほど綺麗な姿勢で正座した瀬戸は、近くの棚からせんべいの袋を取り出し、中のせんべいを噛み砕いた。

 当然のようにお菓子の隠し場所を知っているが、お千代たちは特に驚いていない。

 

「別にボクは小説のチートキャラやないし、ボクが利用しとる“縁”かて、言うほど万能の概念やあらへん。ただ、坊主の自己治癒力をそっと後押ししただけ。そいでも、“縁”っちゅうんは馬鹿にできんモンや」

「“縁”……運命を操作した、って事ですか?」

「せやから、そないけったいなモンちゃうって。“縁”は常に世界を流転しとる。“縁”が運を招き、運は福に転じ、福は人の心身を富ませる。ここで大事なんは、“縁”を操る事やない。“縁”の行き先を、ちょいとズラしてやる事や。(まじな)いと同じ理屈やね」

 

 理解できるような、できないような。

 ケラケラと怪しげに笑いながらせんべいを貪る成人男性を前に、姫華は彼に対する評価を定めかねて口をモニョモニョと動かした。

 

「っちゅう訳や。坊主にまだ戦う意志があるならやけど、ほっときゃその内治るやろ。せやさけ、ここからはボクらの話をしましょか」

「話……で、やすか。それは五十鈴お嬢様を妖怪の世界に関わらせ、この場に連れてきた事にも、大いに関係があるんでやしょうね?」

 

 ジロリ、と。キツネの鋭い眼光が突き刺さる。

 如何に傷だらけの状況と言えど、如何にぬいぐるみのようにデフォルメされた外見をしていようと、彼とて江戸時代より生きる妖怪である。

 酸いも甘いも噛み分けた年長者の視線は、鋭く重く、そして的確だ。

 

「そもそも、霊的事象担当課とはなんですの? わたくしたちはご当主(ダーリン)から、五十鈴お嬢様はお役所にお務めになられたとだけ聞いておりましたのだけど」

「うむ、儂も十五月(モチヅキ)……儂の息子で、五十鈴と九十九の父からそのように聞いておった。のちに五十鈴本人も『お役所務めになれた』と報告しに来たしの」

「うん……その節はホンットにごめんね、お爺ちゃん。そこのアホ課長から『機密性の高い業務だから』って言われてて……それがなんで今、話してもいいってなってるのかは分かんないんだけど」

「そら、ワインに飲み頃があるように、物事にも話すべきタイミングっちゅうのがあんのや。五十鈴ちゃんを起用した頃は、ボクも『現代堂』が復活しとるって知らへんかったし。普通に地脈鎮めるだけの業務のつもりやったで?」

「地脈、っていうと……妖気が湧き出してくるスポットでしたっけ」

 

 少女の問いを、瀬戸はコクリと頷いて肯定した。

 それから五十鈴を見て、どこか気まずそうに後頭部を掻く。

 

「これは誓ってホンマやねんけど、五十鈴ちゃんスカウトするまで、彼女が八咫村の人間やて知らんかってん。ただちょっと、僅かながら妖気を操る才がありそうっちゅう事で調べたら、ものの見事に舞の素質があったさけ声ぇかけただけで」

「って事は、五十鈴さんにも私みたいに(まじな)い師の才能が……!?」

「そら、五十鈴ちゃんかて始祖ヤタガラスの血ぃ引いとる訳やからな。けど、姫華ちゃんとはちょいと訳が違う。五十鈴ちゃんの才能は、そのほとんどが舞に特化しとる」

 

 舞の才能。

 その言葉に首を傾げる少女を他所に、胡散臭さ全開の男は自分の分の湯呑みを持ってきて、自分でお茶を淹れ出した。

 急須からふわりと持ち上がった湯気は、彼がかけているサングラスをたちまちに曇らせる。

 

「踊りっちゅうんは、それ自体が儀式みたいなモンや。足のステップや振り付け、その順序そのものが、(まじな)い師の使う補助具の代替になる。そして舞によって成立する(まじな)いの多くは、妖気の流れを鎮め、沈静化させる部類に秀でとるんや」

「……ああ、読めましたわ。さてはあなた、五十鈴お嬢様を全国に連れ回して、各地で踊らせていましたわね? 舞の奉納によって地脈を鎮め、妖気の流れを整える為に」

「お千代さん、前半めっちゃ正解です。地脈云々については全然詳しく教えてもらえてなかったんですけど、全国連れ回されたのはマジです。しかも日帰りです。酷くないですか?」

 

 疲労感たっぷりに項垂れた五十鈴を、労し気に見つめる一同。

 なお、この「一同」の中に瀬戸は含まれていない。彼はどこ吹く風でお茶を啜っている。

 

「ほんで、こっからが本題や。ボクらが五十鈴ちゃんの地元であるこの金鳥市に来たのは他でもない、この街の地脈の流れを整え、直す為やねん。なんや知らん()にえろうめちゃくちゃになっとるからな、ここの流れ」

「地脈……フデ・ショウジョウの『げえむ』でやすか! 奴のばら撒いた妖術のせいで、この街を巡る妖気の流れは、奴が儀式を行うのに都合の良いように改竄されたんでさ」

「やっぱそいでかー……。まさしく、儀式の類いをやるんに丁度ええ感じになっとんねん。ホンマきっしょく悪いわぁ、()()()()()()()()()()()()()って感じ。立場柄、この街おると肌がゾワゾワしてしゃあないねん」

 

 鳥肌が立つ、と言わんばかりに自分の体を抱き締める。やはり、その動きはどうにもわざとらしい。

 上司の前であるにも拘らず無作法に頬杖をついて、五十鈴はむっすりと声を発した。

 

「そのゾワゾワを直す為に踊るのは私なんですけどね。……実際問題、地脈の流れ? が今のままだと、どんな不都合があるんですか?」

「まぁ、そやな。小難しい話とかはざっと端折って分かりやすう言うと──」

 

 そこで、湯呑みの中のお茶を飲み切って。

 ふぅ、と一息ついた後に、まるで夕飯の献立を告げるかのような気軽さで。

 

「ほっとくと敵がめっちゃ(つよ)なって、坊主が段々まともに戦えへんようになってその内負けて死ぬと思うで」

「「「「──はぁっ!?!?!?」」」」

 

 四十万以外の全員が声を荒らげた。その四十万とて目を見開き、驚いた拍子に姿勢を崩してしまっている。

 彼らの驚愕をBGMか何かのように聞き流して、瀬戸は急須からお茶のおかわりを注ぐ。

 

「そない驚く事でもあらへんがな。あの流れは、『現代堂』の妖怪が『現代堂』に都合の良いように整えたもんや。あっちにとってはホームで、こっちにとってはアウェー。そら坊主も苦戦するやろ」

「布石……って事でやすか。あっちにその気があったかどうかは別として、確かに奴ばらの使う術が、自分たちの帰属する『現代堂』に不利益をもたらすとは考えにくいでさ」

「そういう事や。せやさけ坊主を勝たしたいんやったら、まずは地脈を整えなアカン。ホームグラウンドをこっちに取り戻す必要があるんや。その為に五十鈴ちゃんを連れてきてん」

「うわぁ、責任重大……。私がしくったら九十九が負けて死ぬかもしれないって事でしょ? ひえ~、地鎮祭の時とは比べ物にならないプレッシャーだわ……」

「……でやすが、現状それくらいしか手が無いのも確かでさ。仮に奴ばらの言が正しく、ここまでの流れが『現代堂』の思惑通りなのだとしたら……奴ばらの言う“昏い太陽”も、あながち法螺の類いでは無いのやもしれやせん」

 

 “昏い太陽”。

 その単語を聞いた瞬間、サングラスの奥で瞳が揺れた。

 胡散臭い表情に明らかな変化が現れ、「何故そこでその言葉が」と言いたげに困惑を見せている。

 

「……ちょい待ち。“昏い太陽”ってなんや? なんで、そないな与太話が今の話題に出てくんねん」

「……今回、『げえむ』と称して街を火の海に変えた妖怪ヒバチ・ヒトウバンが言ってたんでさ。『げえむ』の目的は“昏い太陽”を呼び寄せる事であり、それを成した者に“魔王”の称号が与えられる、と」

「神ン野も、似たような事を仰っておりましたわ。人の恐怖が“昏い太陽”を招く。だから妖怪たちは、人を恐怖に駆り立てるのだと。聞いた時は、わたくしたちも驚いたものですが……」

「マぁジでぇ~? 80年前の大戦は共倒れで終わったさけ、連中の目的も分からず仕舞いやったけど……まさか、そない目的があったとは思わんかったわ」

「……あの、神ン野? とかいう妖怪がそう言ってた時、イナリさんもお千代さんもとても驚いてました。そもそも“昏い太陽”っていうのは、一体何なんですか?」

 

 少女の呟きに、妖怪たちは一様に顔を見合わせた。

 どう話したものか。そう思案する2匹を遮って、瀬戸が咳払いをひとつ。

 

「……“昏い太陽”っちゅうんには、別の呼び名があってな。ボクらはそっちの方……“空亡(ソラナキ)”っちゅう名前で呼んどる。そんで“空亡”は、()()()()()()()()()()()()()やて言われとるんや」

「なーんで課長がそういう事を知ってるのかは最早突っ込みませんけど……その“最初の妖怪”とやらを呼び寄せるっていうのは、そんなにおかしな事なんです? 封印されていた大ボスを呼び出す為に儀式をー、なんて如何にも悪の組織のやりそうな事ですけど」

「……誰も知らないんでやすよ。“空亡”が実在するのかどうかを」

 

 ボソリと呟くように零されたイナリの言葉を、その場の全員が耳にする。

 彼の耳はペタンとしなだれて、難しそうに表情を歪めている。どう言葉にしようか。そう悩んでいる顔だ。

 

「わてが妖怪としての生を得たのは天保8年、西暦1837年の江戸でさ。それから200年弱を生きてきやしたが、“空亡”に纏わる記録や史料なぞ、何1つとしてありやせんでやした。ただ、妖怪たちの間で面白おかしく言い伝えられているだけで御座いやす」

「わたくしも似たようなものですわ。江戸時代より連綿と続く八咫村家でさえ、蔵のどこを漁っても“空亡”の『そ』の字も出てきません。あの時、そこなキツネは『御伽噺』と評しましたが、実際は御伽噺未満のナニカ。都市伝説、と呼ぶべきですわね」

「……もしも、その都市伝説が事実だとして」

 

 思考の海から顔だけを上げて、姫華が妖怪たちを見やる。

 彼女はつい最近まで、妖怪の事など何も知らなかった。良くも悪くも、妖怪についての知識量は「まっさら」な状態だ。

 そんな彼女だからこそ、当の彼らでさえ実在を証明できない謎の存在について、フラットな目線でいられた。

 

「もしも、『現代堂』が“空亡”を呼び寄せる事に成功したら……何が起きると、思いますか?」

「……“空亡”に纏わる与太話は、尾ひれがついてるんがほとんどや。せやけど、共通している語り口はある。1つは、先にも言うた『この世で最初に生まれた妖怪である』っちゅう話。そんで、もう1つは──」

 

 神妙な顔つきで、瀬戸は呟く。

 自分ですら、自分の発言に確証を得られていない。そんな表情で。

 

「……『全ての妖怪を統べ、従える事ができる』」

「それって……」

「仮に連中の『げえむ』とやらでホンマに“空亡”を呼び出して、その力を得る事ができるんなら、確かに次の“魔王”を名乗れるわ。“八咫派”なんてレジスタンスもハナっから成立せぇへん。全ての妖怪がそいつに跪いて、人類文明廃滅の為に進軍するやろな」

 

 そこで息を呑んだのは、果たして誰だっただろうか。

 少なくとも、その場の全員──発言した本人を含めて、脳裏に過ったその恐ろしさに戦慄したのは事実だった。

 

 同時に、『現代堂』の悪しき企みを食い止めねばならぬという更なる確信を得た事も。

 

「……元より、これが『昼』の側と『夜』の側を巡る大きな因縁の戦いである事は分かっていたが……まさか、ここまで巨大な潮流を招くものであったとは」

 

 四十万の呟きがやけに大きく、そして重く感じられたのは、果たして気のせいだろうか。

 

 悪しき妖怪集団『現代堂』。彼らが求める“昏い太陽”。その為の殺人儀式『げえむ』。

 『げえむ』から撤退せども未だ健在の妖怪が2体に、彼らを後押しする歪んだ地脈。

 

 老爺の呟いたような「巨大な潮流」が存在するとするならば、それはきっと『現代堂』の側に追い風を生んでいるだろう。

 天秤は今、悪しき『夜』の側に傾いている。この状況から脱却し、逆転する手段(ルート)があるとするならば──

 

「九十九くんしかいない……か」

 

 伸るか、反るか。進むか、退くか。勝つか、負けるか。

 その全てを八咫村 九十九(リトル・ヤタガラス)ただ1人に担わせざるを得ない事を、誰もが歯痒く思っていた。

 

「……ま、これも姉の役目か」

 

 だから。

 五十鈴はそのように溜め息をつくと、ゆったりとした動きで立ち上がった。

 

「……どちらへ?」

「九十九んとこ。あいつの様子も気になるし……それに」

 

 ふぅ、と息を吐いて腰に手を当てる。

 その時の彼女は、己の弟を案じながらも、どこか身内を想う母性のようなものが混じる表情を浮かべていた。

 

「こちとら何年あいつの姉やってきたと思ってるの? あいつの考えそうな事くらい大体分かってるから、久々に『お姉ちゃん』してくるわ」

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