リトル・ヤタガラスは妖怪を狩るようです ~正義の妖怪ヒーローが往く退魔怪奇譚~   作:小村・衣須

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其の漆拾肆 再起を目に灯す

 ヒバチ・ヒトウバンの術と、九十九の術が真っ向からぶつかり合い、夜空を派手に飾り付けた大爆発。

 地上の面々は数瞬、その形式と爆音に意識を向けていたが、その中にすぐさま我に返った者がいた。

 

「……っ!? 何をしている、タザイガキツキ! そんな雑魚ども、さっさと踏み潰しちまえよ!」

 

 自分は何を呆けていたのか。ヒョウタン・アブラスマシは声を荒らげ、同じく呆けたままのタザイガキツキへと指示を飛ばす。

 それを受けて正気に戻った(そもそも正気と呼べるモノがあるのかはともかく)巨妖が、ゆっくりと己の右足を上げ、眼下の惰弱な者どもを見た。

 

 胸の内に2匹の妖怪を抱いたままこちらを見上げている人間の少女は、どうやら今になってこちらに気が付いたらしい。

 どうする事もできないまま、ただただ硬直しているだけの矮小さなぞ、容易く圧殺できる。

 そうやってタザイガキツキの右足は、鉄槌のように彼らへと襲いかかり──

 

「……ギャハァア?」

 

 するり。

 虚空を踏んだかのように、踏み潰した達成感が無かった事を知覚した。

 

 確かに、巨大な足は地面に叩きつけられ、アスファルトの路面に更なる破壊をもたらした。

 けれども、そこには「踏み潰せるだけのナニカを踏みつけた」と言えるような、血肉の感触などが何も無かったのだ。

 

 そしてそのトリックは、遠くから一部始終を見ていたアブラスマシが看破した。

 タザイガキツキの足が振り下ろされる寸前、その足元にあった彼らの姿が、溶けるように崩壊したのを目撃したのだ。

 

「──チィッ、“ごまかし”の術だ! お前が踏み潰したのはただの幻影、本物はまだ近くにいるぞ!」

 

 その声に呼応して、タザイガキツキは左腕を横に薙いだ。

 中空を引き千切るかのような5本の指は、ただそれだけで凄まじい突風を生む。

 

 妖気を孕んだ風塵が、何も無かった筈の空間に揺らぎを形成し、やがて覆われた幻惑の膜を粉々にしてしまう。

 

「ヤバっ……イナリさん、もうバレちゃったよ!」

「へっ、焦るこたぁありやせんぜ嬢ちゃん。ここまで態勢を整えりゃあ、こっちのもんでさ!」

 

 そこにいたのは、やはり姫華たちだ。

 アブラスマシよりも先に意識を戻し終えた彼女たちは、イナリの展開した“ごまかし”の術に紛れてその場を離脱。

 当然、姫華の腕の中にはお千代もいる。全員が無事だった。

 

 彼らが無事であると、攻撃から逃げ果せたと分かった以上、追撃しない選択肢は無い。

 今度こそ確実に潰すべく、腕を持ち上げたタザイガキツキを前に、ちっちゃなバケギツネは尻尾を逆立たせた。

 

「【(コン)()(コン)(コン)】!」

 

 途端に弾ける幻惑の煙が、巨妖の視界を眩ませる。

 直後、真っ白い煙幕を真っ二つに切り裂いて、中から巨大なキツネの化け物が現れた。

 

【COOOOOOOOOOOOOOON!!】

 

 口元が大きく裂け、ベトベトの血を張り付けた異形のバケキツネ。

 その姿は、イナリのようにデフォルメされたものではない。スプラッタじみたリアルなクリーチャーだ。

 爪を尖らせ牙を剥き、全身の毛を逆立たせながらタザイガキツキへと襲いかかる。

 

「エギャハオォォォォオオォォォオオォォォォオオオオォオォオオオン!!」

【COOOOOOOOOOOOOOOOOOOONッ!!】

 

 即座に取っ組み合いを始める2体の巨大妖怪たち。

 必死に戦うその背中に、アブラスマシの呼びかけは決して届かない。

 

「何をやってんだ、タザイガキツキィ!? そこには何も無い、ただの幻覚だ! “ごまかされて”んだよ、お前は!」

 

 苛立ちを交えながら視線を下ろし、周囲を見やる。

 けれども、自分が追っていた敵の姿はもう見えない。今しがたの隙を突いて、どこかに隠れてしまったらしい。

 自分で探そうにも、幻影と戦っているタザイガキツキの暴れっぷりによって、それができない有様だ。

 

「クソォ……ッ! 後少しで殺せたってのに……!」

 

 憎々しげに歯を鳴らすアブラスマシから少し離れた廃屋の影で、小さく息を吸う影があった。

 

「……ようやく、一息つけた」

「ええ……間一髪、で御座いやしたね」

 

 お千代を抱き留めたままに座り込んだ姫華と、辛坊堪らずその場に這いつくばったイナリだ。

 先ほどから言及されていた通り、タザイガキツキを襲っている巨大なキツネのクリーチャーは、イナリが生み出した幻影である。

 認識と五感を“ごまかされ”た巨妖は、暫くはこちらに注意を向けられないだろう。

 

「申し訳、ありませんわ……わたくし、足を……引っ張って、しまって……」

「ううん。気にする事は無いよ、お千代さん」

「ケッ……スズメは黙って、自分の回復に努めてろってんだ。……しかし、ここからどうしやしょうね」

 

 その言葉は言外に、今の状況ではあの妖怪たちを倒せないと、そう語っていた。

 悔しいが、それは姫華にも理解できた。自分たちでは、アレらの注意を引き、食い止めるのが精一杯だろう。

 

 仮に九十九がヒトウバンを排除できたとて、元よりあの怪我だ。

 アブラスマシやタザイガキツキに追撃をかけられるだけの余裕があるかは分からない。

 

 ジリ貧、或いは手詰まり。

 そう評せる状況に、少女は小さく歯噛みした。

 

「それに、あのクソガキから渡された呪具も壊されちまいやしたし……あいや、嬢ちゃんを責めている訳ではありやせん。悔しいでやすが、あれは敵の方が1枚上手で御座いやしたから」

「……うん、分かってる」

 

 不安げな表情でそっと、胸に手を当てる。

 

 あの神楽鈴は、瀬戸から借り受けたものであると同時に、強力な呪具──(まじな)いに用いる道具であるという話だった。

 人間は、何らかの媒体を介さなければ(まじな)いを行使できない。妖気を操れない。

 その為の補助として用いられるものこそが、呪具。

 

 つまり、それを失った以上──今の姫華は、(まじな)いを使えない。

 いや、元より彼女は己が振るう(まじな)いを完全に形にはできていなかった。仮に神楽鈴が手元にあったとして、果たして戦う事ができていたかどうか。

 

 結局のところ、一番足を引っ張っているのは他ならぬ自分だ。

 そんな無力感と罪悪感に塗れながら、姫華は無意識に服の下へと手を伸ばし──

 

「……あ」

 

 そこに何を仕舞い込んでいたのかを、唐突に思い出した。

 

 導かれるように取り出したのは、祖母の形見である手鏡。

 セピア調の柄や装飾はそのままに、ヒビ割れた鏡面には、ヒビに添って幾重にもガムテープが貼られている。

 そして、それら全てを上書きするように貼り付けられた、1枚のお札。

 

 奇妙な文様の描かれたそれは、(まじな)いの秘められた古い品であるらしい。

 貼った道具の耐久性を高めるとして、四十万から譲ってもらったものだった。

 これがあれば、戦闘中に何かの拍子で割れずに済むだろうと。

 

 だって、これは大切な……

 

「……ジョロウグモちゃん」

 

 キュッと、両手を使って柄を握る。

 お札が貼られていて、ガムテープが貼られていて、鏡としては使えない有様だけど。

 でも、鏡面の向こうに“彼女”がいるような、そんな気がしてやまなかった。

 

「そう……だよね。私は、決めたんだ。あの子のヒーローになるんだって」

 

 手鏡の柄を握っている内に、思考がクリアになっていく。

 あれだけ負の感情が渦巻いていた頭の中を、強い炎が掻き消していくようで。

 

 そんな中で姫華は、1つの可能性に思い至った。

 神楽鈴は、あくまで瀬戸から貸し与えられたもの。確かに高度な回路が仕込まれているかもしれないが、神楽鈴と姫華の関係性は半日すら無いものだ。

 

 だがこの手鏡は、祖母から譲り受けて以降、ずっと肌身離さず持ち歩いていたものだ。

 その上で、フデ・ショウジョウという魔の手の介入によるものであれど、テカガミ・ジョロウグモという妖怪に変化(ヘンゲ)した事すらある。

 つまりこの手鏡には、九十九神に成れるだけの妖気と、持ち主である姫華との色濃い“縁”が宿っているのだ。

 

 関わった誰もが言っていた。(まじな)いを、妖術を、妖気を扱う為に必要なのはイメージであると。

 で、あるならば。

 

「──嗚呼、そういう事だったのね」

 

 ()()()()()()

 

「……嬢ちゃん?」

「イナリさん。お千代さんを安全なところにお願いします」

 

 衰弱したお千代を優しい手付きで地面に寝かせ、すい、と滑らかに立ち上がる。

 絶え間なく轟いてくるタザイガキツキの暴れる音を聞きながら、小さく何度も深呼吸。

 

「私は、何度も間違えた。ミスもたくさん犯した。正解なんて掴めてなくて、良かれと思ってやった行動は失態ばかり」

 

 でも。

 そのように台詞を区切った直後、凄まじい轟音と揺れが彼女たちを襲った。

 

「エギャハァアアアァァアアァァアアアアァァァアアァァァァァアアアァアァアア!!」

「よーしよし、ようやく正気に戻ったか! どこに誰がいようと関係無ェ、手当たり次第にぶっ壊しちまえ!」

 

 幻影のバケギツネを捻じ伏せ、その首をへし折る事で四散させたタザイガキツキが、とうとう現実世界を認識した。

 アブラスマシの命令に従い、腕を振り足を振り、当たるに幸いを破壊しようとしている。

 

「不味っ……! すぐにここも巻き込まれちまいやすぜ、嬢ちゃん!」

「……大丈夫」

 

 かっこと靴を鳴らして、廃屋の影から出ようとする。

 そんな少女の背中に向けて、イナリは慌てて声を出した。

 

「どっ、どこへ行かれるんでやすか!?」

「あいつらのところ。もう1度、戦いに行くの」

「それはっ……いえ。何か、掴めたんでやすね?」

 

 その問いに、振り返る事無く頷いた。

 

「……私は何度も間違えた。多分、これからも間違える。でも、けど……!」

 

 ギュッと握った手鏡を、先ほど神楽鈴でそうしたように、杖に見立てて軽く振るう。

 その際の手触りも、感触も、振り心地も、手に馴染む具合も、何もかもが違っていた。

 

「私はっ、()()()()()()()()()()()()っ! それが、私の憧れる九十九くん(ヒーロー)だから!」

 

 彼女の意思に呼応して、昂った妖気は再び、彼女の瞳を淡い緑色に染める。

 それと同時に、姫華が持つ手鏡もまた、その鏡面に緑色の光を帯び始めていた。

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……すぅ……ふぅ……すぅ……」

 

 息を吸って、吐いて、吸って、吐いて。

 その度に右腕の全てが痛むけれど、荒れ果てた呼吸と鼓動を整えないままにここから先は動けない。

 己の気を落ち着かせる事に全神経を注ぎ込んで、呼吸する度に上下する肩も、次第に鳴りを潜めていく。

 

 焼けた空気を肺に取り込む度、心臓ではなく、心と呼べるモノが稼働していく感触を覚えた。

 冴えていく心魂の片隅で、姉から贈られた言葉がふつふつと蘇る。

 

 

──私が恐怖の感情を発露したのであって、恐怖の感情が私を生み出した訳じゃないの。恐怖は私のご主人様なんかじゃあ無いわ。むしろ逆、私が恐怖のご主人様なのよ。

 

 

 ようやく、その意味が理解できた。恐怖を感じる事はあっても、恐怖に支配されてはいけないのだ。

 恐怖の感情を拒絶するのでも、忘却するのでもなく、受け入れ、御する必要がある。

 それこそが強さなのだと、妖怪と戦う上で必要なピースなのだと、ようやく理解できた。

 

 そう思えばこそ、体の震えは自然と無くなった。もう、恐れを恐れる事は無い。

 そうして九十九は、強い意思の籠もった瞳を取り戻す。

 

 真っ黒い瞳孔が映すのは、額を殴られて怒り心頭のヒバチ・ヒトウバン。

 殴られた痛みと怒り、そして自分の罵詈雑言をまったく聞き入れない九十九の姿に、攻撃すら忘れて喧嘩腰の言葉ばかりを浴びせかけていた。

 

「──オイッ! なんとか言えよテメェッ!! よくもオレサマの額を……」

「……悪いけど、どんな戦い方をしてでも、ここから先は通さないよ」

 

 気を整えたからと言って、何も状況が好転している訳ではない。

 右腕は傷だらけに成り果てて痛いどころの話ではないし、左手だけで火縄銃を扱っていてばいつまでも不利なままだ。

 

 それでも。

 

「どんなに劣勢でも、どんなに敵が強くとも、どんなに勝ち目が薄くとも」

 

 視線は動かさず、しかし地上に意識を向ける。

 今も戦っているだろう、姫華たちに……否、姫華に想いを向ける。

 

 今、彼女たちがどんな状況下にあるかは分からない。把握している暇が無い。

 けれど、九十九には1つの確信があった。

 

 彼女はいつだって、自分が動くべき時に1歩を踏み出せる人だ。

 

「──僕は、姫華さん(ともだち)に恥ずかしくない自分で在り続けるんだ」

 

 だから、戦う。だから、踏み出す。だから、挑む。

 手札として使えるのは気合と根性以外に無いけれど、そんな事は挑まない理由になどなりはしない。

 劣勢も力不足も、戦わない、踏み出さない理由にならない。そんな()()()()()()の理由にしてはいけないのだ。

 

 

 その1点で、九十九と姫華は共通していた。

 

 

「僕に託してくれた姫華さんの為に、僕はお前を倒す……!」

「私に任せてくれた九十九くんの為に、私はあいつを倒す……!」

 

 心だけでは勝てない。精神力だけでは戦えない。

 けれども、心の伴わない戦いに勝利は有り得ない。

 心と力、その双方が欠けた時に敗北が訪れるのならば。

 

 今の彼らは、まだ負けていない。

 力が無くとも、心が残っているならば、彼らの敗北は決定づけられていないのだ。

 

 故に。

 

 

──シャリィ……ン

 

 

 透き通った鈴の音色が、煌めくような旋律を奏でていた。

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