リトル・ヤタガラスは妖怪を狩るようです ~正義の妖怪ヒーローが往く退魔怪奇譚~   作:小村・衣須

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其の漆拾玖 (はし)日ノ出(ヒノデ)

「げ──ぎゃぎっ!?」

 

 “3本目の足”に殴り飛ばされ、地面に叩き落されたヒトウバン。

 これまで浮遊能力によって悠々と空を飛び、高高度からの爆撃という暴威を振りかざしていた異形の妖怪は、遂に地上へと墜落した。

 

 激突の拍子、焼け焦げたアスファルトへと体を叩きつけ、頬が大きく欠ける。

 痛みを堪えながら浮遊を再開し始めた時、陶磁器のように欠けた頬の奥からは、火の粉と炭の弾ける香りが漂ってきた。

 

「ぐ……チク、ショウ……ッ! このっ、オレサマが……! この、妖怪ヒバチ・ヒトウバン様が、こんなっ、ところでェ……!!」

 

 形勢が逆転してこちら、九十九から与えられた数々のダメージは、確実に体を蝕んでいた。

 如何に同じ炎の妖気の使い手であろうとも、ヤタガラスのような大妖怪とは違い、他者の生み出す炎を受ければ少なからずの痛痒になる。

 そうでなくても、銃床による殺撃を始めとして、殴打などの物理的な攻撃は数々受けてきた。これで命脈が衰えないほど、ヒバチ・ヒトウバンは強力な妖怪ではない。

 

「……」

 

 相対する九十九は、よろよろと衰弱した様子で起き上がる敵妖怪の姿に目を細めていた。

 地面に叩きつけられ、なおも浮遊しようとした寸前、その体には煤や塵が多く付着していたのだ。

 

 ……その煤や塵がどこから来たのかと言えば、廃墟同然と化したこの繁華街一帯からである。

 つい2日前まで人で賑わっていた場所は、ヒトウバンの──彼ら『現代堂』の巻き起こす、ふざけた『げえむ』によって全てを奪われた。

 

 その事実を再認識すると共に、喉から出かかった悔恨の言葉を口内で噛み潰し、火縄銃を構え直す。

 左手と“3本目の足”でしかと構えたその銃口に、燃え盛る妖気の弾丸を拵えながら。

 

「……この一撃で、全部終わらせる。お前の、罪を償う時だ」

「つゥ、み、だとォ……!? 弱くてちっせェ人間どもを甚振って、恐怖に駆り立てる事の、一体何が罪だってんだ! 我らが総大将は約束してくれたぜ? 『現代堂』がこの世の覇権を握ったその時には、好きなだけ人間どもをブッ殺してもいいんだってよォ!」

 

 返ってきた言葉は、完全なる価値観の断絶。

 彼らは人間を害する事こそを是とし、自分たちが支配種に成り変わる事こそを望んでいる。

 果たしてそれは、かつて九十九が考察したような、人間に捨てられた道具が故の攻撃性と残虐性……だけでは説明がつかない。

 

 もっと、直接的に──彼らの心を掻き立て、煽り立てたナニカがある。

 憎悪でも、恩讐でもなく。ただただ「人間を甚振りたい」という欲望だけを煌々と宿したその目に、九十九は甘ったるい煙の匂いを見た気がした。

 

「終われねェ……! オレサマはッ、こんなところで終われねェんだ……! もっと……もっと、もっと! 惰弱な人間どもをブチ殺し足りねェんだよォッ!」

 

 妖術の行使によって、吹き荒れた炭火の雨が九十九を強襲する。

 その弾幕は攻撃よりも目眩ましの意味合いが強いようで、1発1発の威力が低い代わりに、視界のほとんどが燃える炭で埋め尽くされた。

 

 それでも、当たれば脅威である事は何も変わらない。

 不意打ちに対応し切れなかった甘さを歯噛みしながらも、銃口に込めた弾丸を、まずは目の前の弾幕を打ち払う為に運用した。

 

「妖術……《日輪》っ!」

 

 “3本目の足”が指先で引き金を引き、撃ち放たれた小さな太陽。

 凝縮された妖気の炎は、今にも降り注ぎつつある弾幕の中心部へと正確に喰らいつき、巨大な爆発を引き起こした。

 尋常の妖怪ならば容易く爆散させる事のできる(よう)の気である。視界を埋め尽くす程度の弾幕を、吹き飛ばせない訳が無い。

 

 爆発が爆発を呼び、夜空を火炎のカーテンが覆い尽くす。

 しかし、それも一瞬の話。爆炎はすぐに鳴りを潜め、煙が晴れると同時に、視界から隠されていた向こう側を晒し……

 

「──!? いない!?」

 

 そこに、ヒトウバンの姿は無かった。

 先ほどの術は、本当に目眩ましだったのだ。九十九がそれに対処する事を分かっていて、その隙にこの場からの離脱を図った。

 

 ならば、奴はどこに消えたのか。

 不意を打たれる可能性を危惧し、急いで周囲を見回すも、その気配は一向に来ない。

 まさか。ある種の確信と共に妖気で視力を強化し、遠く空の向こうを睨むと……いた。

 

「まさか……逃げたのか!?」

「チッ! もうバレやがったか!」

 

 全速力、持ち得るありったけの妖気を自らの加速に使い、ヒトウバンは飛行しての逃走を選択していた。

 注げるだけの妖気によって限界までブーストされた移動速度は、戦闘機もかくやというほどに高まっている。

 そう簡単には追いつけないほど距離を離しつつも、背中から感じる殺気を受けて、異形の生首は自らの企みが見抜かれた事を知覚した。

 

「このオレサマが逃げを選ぶなんざ業腹の極みだが……それでも、死ぬよりはマシだ! 傷を癒やして妖気も満たして、今度はもっと効率的な『げえむ』を仕掛けてやる……! そん(ときゃ)ァ、オレサマに逃げを選ばせた報復も存分になァ──!」

 

 距離の都合で、もう相手には聞こえないだろう捨て台詞を残しながら、遠く彼方へと消えていく異形の姿。

 彼は憎き敵への恨みとリベンジに燃えながら、自分たちの本拠地たる『現代堂』へと向かう。

 

「……困った。ここで逃がすと、また厄介な事に……」

 

 これだけ離れてしまえば、こちらも飛行によって追い縋る事はできないだろう。

 それどころか、銃の射程からも外れている。この場から超ロングレンジの狙撃など、いくら九十九と言えども不可能だ。

 さて、どうするか──

 

「……?」

 

 ふと、身じろぎした拍子に蹴ってしまったモノがある。

 それが何かと見下ろしてみれば、そこにあったのは1本の鉄パイプだ。

 何か、特別な謂れがある訳でも無い。繁華街だったこの場のどこかで使われて、或いは保管されていたのだろう、ただの鉄パイプ。

 

 であるにも拘らず、九十九はその鉄パイプを拾い上げた。

 その理由は、彼自身にも分からない。直感か、本能か、それとも無意識下からナニカに呼びかけられたのか。

 火縄銃は左手に保持し、空いた“3本目の足”で掴み取ったそれを、まじまじと見つめたのち。

 

「……行ける」

 

 そう呟き、ヒトウバンの去っていった方角へと体を向き直す。

 左足を前に出して踏み縛り、右足は後方にズラして膝を曲げ、バネのような形を取る。

 左手はそのままに、鉄パイプを握った“3本目の足”もまた後方へ向けると、全体をグッと引き絞った。

 

 簡潔に語るならば、それは「()()()()の構え」と言って差し支えないものだった。

 

 ところで、このような話を聞いた事は無いだろうか。

 人間は、数ある動物の中でも身体能力に劣っているが、どの動物よりも優れているものが2つ存在する。

 持久力と、投擲力である。

 

 人間は、モノを投げる力に優れている。この世界の何よりも。

 であれば、そこに妖気が、妖怪として持ち得る異能の力……妖術が加われば、一体どうなるだろうか?

 

(道具そのものは、壊さないように……。けど、目一杯に妖気を乗せて、高めるべきは速度と飛距離……!)

 

 “3本目の足”と化したマフラーを介して、鉄パイプに妖気が注がれる。

 鉄パイプを破裂させないよう慎重に注ぎ込まれた力は、やがてロケットのブースターのように後ろの穴から大きく火炎を噴き出した。

 今にも飛び出しそうで仕方の無い力の奔流を、もう遠く彼方に消えてしまった敵へと狙いを定め。

 

「妖、術──」

 

 全身を捻り、より後方へと振りかぶる。

 己の体にバネの役割を付与した上で、持てる膂力を“3本目の足”に集中させる。

 その全てを解き放つ時、九十九の目には炎が宿り、敵の姿を正確に捕捉した。

 

「──《日ノ出(ヒノデ)》ェッ!!」

 

 その時、轟いたのは勝利の咆哮だった。

 全身全霊の力を乗せた投擲の瞬間、ボンッ!! という爆発音が木霊する。

 投げ放たれた鉄パイプは、空気の壁を突き破って破裂させ、音を置き去りにしていた。

 

 ただの比喩などではない。本当に、空気を引き裂いている。

 後ろの穴から吹き荒れる灼熱は、更なる加速と熱量を無制限に積み重ね、さながらミサイルそのものだ。

 

 燃える空気が一筋の軌道を空に残しながら、狙い定められた敵に向かって愚直に、どこまでも突き進む。

 阻むモノ全てを穿って飛翔するそれは、妖術につけられた名の通り、天高く登る日の出の光の如し。

 

 生ける者が夜明けから逃げる事も、夜明けを避ける事もできる筈が無い。

 必死になって逃げていたヒトウバンは、後方から音速で迫る業炎の槍に気付きながらも、回避や迎撃の一切を取る事ができなかった。

 

「が──!?!?!?」

 

 深々と、うなじに突き刺さる鉄パイプ。

 恐ろしい速度と勢いで着弾したその矛先は、肉を穿ち、骨を割り、核を断ち、喉を突き破って口の外まで飛び出した。

 肉体を構成していた陶器や炭の欠片が飛び出し、突き立てられた鉄パイプの帯びる熱によって瞬く間に焼け落ちていく。

 

「あがっ、ががががっ……が……!?」

 

 炎が噴き出る。

 鉄パイプの両端、それぞれに空いた穴から、燃え盛る業炎が噴き上がった。

 

 今の今まで内部に押し留められていた炎の妖気が、突き刺さった箇所を起点としてヒトウバンの全身に行き渡り、隅々まで染み込んでいく。

 昼を司る(よう)の気が、夜を司る(いん)の気を喰い荒らし、徹底的に破壊する。

 やがて行き場を失った妖気は外へ出ようと荒れ狂い──その肉体を、内側から焼き尽くすのだ。

 

「く、ソがァ……クソがァッ! こっ、こんな、ところでェ……『げえむおおばあ』、かよォッ……!? オレ、サマはァ……まだ、まだァッ……! 人間をォオ……ブッ殺してェ、のに、よォォォォォオオオオオ──ッ!?」

 

 

──BA-DOOM!!

 

 

 誰にも聞こえる余地の無い断末魔を上げて、妖怪ヒバチ・ヒトウバンは盛大に爆発四散した。

 内部に貯蔵されていた炭火にも引火したのだろう。連鎖的な爆発が続けて起こり、遠くから見ても分かるほど、真っ赤に鮮やかな爆炎が空を飾り立てる。

 

 闇夜の空を鮮明に染めた業火の光は、それでいて見る者に不快感を抱かせない。

 むしろ、昼の太陽が如く温かさを、惜しげもなく降り注がせていた。

 

 そんな炎熱の間を裂くように、黒煙に塗れながら地上へと落下するモノが2つ。

 今しがたまで1体の妖怪を構成していた火鉢……の残滓と、それに突き立てられていた鉄パイプの残骸だ。

 

 炎に塗れ、熱に凌辱され尽くしたそれらは、誰にも知られない内に地面へ衝突する。

 落下の衝撃で割り砕かれ後、その他大勢の廃材に紛れ込み、息絶えるようにして景色に溶け込んでいった。




今日はこの後【20:00】より追加投稿を行います。
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