ソウルナ   作:モンです

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始まり
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 黒い世界で、俺と少女は向かい合っていた。

 その少女は、幻想的に光る白髪を靡かせ、空よりも青い瞳を俺に向けて。

 

 口を、開く。

 

「…………敵?」

「違います」

 

 ファイティングポーズを取る少女に、即座に両手を上げて否定する。

 

 出会いはそんな、しょうもないやり取りだった。

 

 

 

 

 キイ、と木造の扉を開けて、喧騒が止まない建物へ足を踏み入れた。

 

 周りを見渡すと、自分よりも一回り下であろう子が多く、どこどなく居心地が悪い。思わず顔をしかめる俺を、彼らは気にすることなく、奥の壁に貼られている紙を一心に見つめている。

 それも当然だろう。この子たちは憧れの職業につけたかどうか、気が気じゃないだろうから。

 

 受付を済ませ、俺も奥の紙へと向かう。軽く緊張している自分がいる。受からなくてもいいなんて嘯いていたが、存外に期待していたのだろうか。おっさんが一丁前に気合い入れてるんじゃねぇよ。

 

 貼られた紙に書かれた数字を見れる位置まで来て、手元にメモした番号を確認する。

 果たして自分は受かっているだろうか。ま、この若さ溢れるライバルたちに勝てているとは思えないけどな。

 苦笑して顔を上げ、番号を探す。

 

 目を瞬く。

 

「……んー?」

 

 俺の番号が書かれている。

 

「いや。嘘だろ?」

 

 頭を振って、もう一度見てみるが、やはり書いてある。見間違いではなかったようだ。

 ……本当に受かるとは思っていなかった。ただ義理として受けただけ、だったんだが。

 

 呆然と立ち尽くしていると、思った以上に時間が経っていたらしい。どうしましたかと、先程の受付の方に声をかけられてしまった。

 

「あ、いえ。どうやら受かったようでして、驚いてしまって」

「おぉ、それはおめでとうございます!」

「ありがとうございます。それで、これから俺はどうすればよいですか?」

 

 にこやかに祝福してくれた受付の女性は、こちらへどうぞと歩き出す。

 

 ホールから出て、大理石でできた白い廊下を歩いていく。喧騒は消え、靴が鳴る音だけが響く。やがて辿り着いた扉には、「応接室」と書かれていた。

 

 受付の女性がドアをノックする。

 

「失礼します。合格者をお連れしました」

「ん、いいよー、入って」

 

 のんびりとした声を聞き、女性がドアを開ける。

 部屋には机を挟んでソファーが2つ配置されており、手前の席に眼鏡をかけた中年の男性が座っていた。

 

 促され、俺が奥のソファーに座ったのを確認すると、男性は一つ頷く。

 

「はじめまして。僕は《月明かり》トランクル本部長のエリックだ。彼女は受付のメアリー」

「ご紹介にあずかりました、メアリー・ローズです」

「あー、どうも。傭兵のグレイです」

 

 挨拶を済ますと、エリックは鋭い目を俺に向ける。

 

「うん。まずは合格おめでとう。《月明かり》は君を歓迎しよう」

「……本当に合格したんですか」

 

 未だに俺は信じられていなかった。

 

 《月明かり》に限らず、戦闘を生業としたギルドは十代から二十代前半までの募集が多い。肉体的なピークを過ぎ、衰えていく者を入れてもどうしようもないからだ。

 だからこそ、俺のような30歳のおっさんを入れるメリットが分からない。

 

「うむ。間違いなく合格している。君の傭兵として培ってきた戦闘経験は、必ず《月明かり》の力になるだろう。即戦力になってくれるかもと期待しているのだよ」

 

 それに、と続けてエリックは口角を上げる。

 

「うちが特殊なのは君も知っているだろう?」

 

 低く響くその声は、奇妙な説得力を持っていた。

 エリックはおもむろに手のひらサイズの箱を取り出すと、中身がこちらに見えるように開ける。真っ白な石だ。この世のものと思えない程に、色が抜け落ちている。

 

 白い石は俺を覗き込むかのように光を反射した。

 思わず身を引き、呻くように答える。

 

「……ソウルナ」

 

 世界を変えた発明。

 魂を籠める月の石。

 

 月明かりだけが作成できるその石は、過去の英雄の力を借りることができるという。

 

「確かに他のギルドでは君を取らないだろう。だが《月明かり》にとって、年齢は問題にならないんだよ。ソウルナが使いこなせるかどうかに年齢は関係がないからね」

 

 むしろ若い方が難しいかもしれないとエリックは笑う。

 メアリーも頷いて言葉を続ける。

 

「英雄と対話して力を得るのがソウルナです。英雄になる人というのは一癖も二癖もある方々ですので、年齢よりもコミュニケーション能力が重要となるわけですね。彼らといかに親密になれるかは強さに直結します」

「長い間傭兵として活動してきたグレイ君ならば、気難しい者たちとも上手く付き合えるだろうと判断したわけだ」

 

 傭兵というのは雇い主が次々と変わる。金を持っている者は有名なギルドに頼めば良い訳で、傭兵に頼む者の大半は金が無い奴か人員不足のギルドだ。

 

 割に合わない仕事ばかりの上に、ギルドを通さない、通せない奴らを雇い主にするんだ。そりゃ色々と気を使ってきたが、それを評価されるとは思ってもみなかった。

 

「《月明かり》に入る君にはこのソウルナが与えられる。貴重な品だ、大事にしてほしい」

「……はい。ありがとう、ございます」

 

 ソウルナが俺の前に置かれるのを、実感がないまま見つめる。

 

「そして月明かりに所属するグレイ様には、アンデッドの討伐義務が発生いたします」

 

 メアリーが契約内容が詳細に並ぶ用紙を机の上に広げ、一点を指し示す。そこにはアンデッドの討伐についての規約が書かれている。

 

 アンデッドとは、超常的な現象を引き起こす人型の化け物だ。今から50年前に唐突に現れ、人を襲い始めた生ける屍であり、今もその生態は謎に包まれている。

 ある村は炎を吐くアンデッドによって全焼し、ある国はアンデッドによる津波で滅亡したという。

 

 そのアンデッドに対抗するために人類が作りだしたのがソウルナである、らしい。

 

 だからこそ、ソウルナを作成できる《月明かり》は、この世界で唯一のアンデッド討伐専門のギルドとして名をはせているのだ。

 

「つまり君がこのギルドで行うべき事は、ソウルナを使ってアンデッドを倒す。これだけだよ」

 

 簡単に言いやがる。何度殺されかけたか分からないってのに。

 ……嫌な事を思い出してしまった。気疎さが顔に出てしまっていたのか、苦笑したメアリーが宥めるように言った。

 

「ソウルナを扱えるようになるまでは、アンデッドの討伐業務は発生しませんからご安心ください」

「先程は即戦力として期待していると仰っていませんでしたか?」

「あくまで期待だよ。君なら応えてくれると信じているけどね」

 

 エリックは先程から実に楽しそうだ。そんなに人の嫌がる姿を見るのが楽しいのだろうか。そんなに嫌なら、そもそも試験を受けるなって話なんだけども。

 

「兎にも角にも、まずはソウルナを起動してみるといい。その結果によって、この後の予定も変わるからね」

 

 英雄から借りる力にも種類があり、その能力によって業務内容や訓練期間が変わってくる。

 大半が戦闘向けの様だが、探知や通信等のサポートに向いている能力であれば、ギルド内で書類仕事をこなしてもらうようだ。

 

 安全な上、サポート系の能力は貴重であるから、給料も高い。何とも魅力的な話である。

 

「起動と言っても、どうすればよいのですか?」

「まずはソウルナを手に取り目を閉じます。そして心の中で、呼ぶのです。呼びかけはどんな言葉でも構いません。あなたの言葉が英雄を呼び寄せるんです」

 

 メアリーは俺の目を見つめ、目尻を下げた。

 視線をそらし、ソウルナを手に取った。見た目は鉱石であるが、不思議と暖かい。

 

 指示の通りに目を閉じる。呼びかけといっても、何が良いのだろう。「助けて」とか「力が欲しい」とかだろうか。

 

 いや、そういうことではないのか。良いとか悪いとかじゃない。ただ自分の想いを伝えれば良いだけ。そんな気がする。

 

 ……そうだな。それなら。

 

(英雄さんよ。暇があるなら、ちょっと付き合ってくれねぇか)

 

 別に何か求めるわけでもない。

 ただ少し、側にいて。

 

(寂しい時に、話し相手になってくれよ)

 

 頼むよ。英雄さん。

 

 願いを石へと届けると、瞼の内に光が見えて。

 手足の感覚が消え。

 世界が裏返った。

 

 

 

 目を開くと、塗りつぶすような黒が広がっていた。

 見渡す限りの闇。光が存在しないのかとも思ったが、自分の体は見える。

 

 体に向けていた視線を正面に戻すと、誰もいなかったはずの場所に、少女が立っていた。

 

 幻想的な美しさだった。

 口元は甘く幼く、眠たげな瞼の下に空色の瞳を覗かせている。生のままの無気力さが、妖しげな雰囲気を醸し出す。

 

 黒い空間で一際映える白い髪とワンピースは、神秘のベールのごとく靡いている。透き通るような肌色は桜が散る瞬間を想起させ、優美と閑寂を兼ね備えていた。

 

 綺麗な髪の少女は、俺を認識したのだろう。瞬きを三度して、首を傾けて、目を擦った。

 

 幻ではないと理解し、両手を胸の前に持ってくる。

 

「…………敵?」

「違います」

 

 眉をひそめ、構える彼女に思わず両手を上げる。

 確かにいきなりおっさんが目の前にいたら警戒するだろうが、問答無用の敵判定はないんじゃないか。

 

「なるほどね。とりあえず話はボコってから聞くね」

「やめて」

 

 シュッシュッと拳で素振りをし始めた少女は聞く耳をもっていない。脳筋過ぎないか。

 

 ……あれ、この娘、たぶん英雄だよね。攻撃されたら死ぬのではないだろうか。

 

 俺は慌てて首を横に振り、訴える。

 

「いや、ほんとに敵じゃ」

「問答無用! くらえ、コハクストレートォ!」

 

 言葉を遮って放たれた右拳は、俺の腹部に突き刺さり。

 

 少女の手首がべきりと折れ曲がった。

 

「ア゛ッ゛」

 

 少女は手首を抑えて叫ぶ。

 

「ア゛アア゛ア゛アアア゛ァァ゛ァ゛ァァァーーー!!」

 

 なんか陸に上がった魚のように暴れてる。

 

「……いや、なんだこれ」

 

 ついていけねーよ。

 俺はのたうち回る少女を見て、そうぼやく事しかできなかった。

 

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