ファイヤーに転生したけどこのカントー地方、色々おかしい!? 作:氷水メルク
夕日が名残惜しそうに空をオレンジ色に染め上げる。
どこか哀愁漂うオニスズメの鳴き声が響き渡り、少女が家へと帰る時間を告げてくる。
空を飛べるようになった俺を見届けると、少女は何を思ったのか悲しそうな顔を晒す。
「これで、ファイヤーがここにいる理由も無くなるんだよね」
「ギャーオ(そういえばそうか)」
「ねぇファイヤー! その……よかったらなんだけど、私のポケモンにならない? 半年後、トレーナーになれたらまたここに来るから! その時に! ……なんて」
少女は非常に言いづらそうな顔で指を弄ぶ。
一か月も居た付き合いから、少女の瞳が何を映しているのか何となく分かる。
きっと、迷惑だと感じているのだろう。
自分の頼みが。
自分の存在が。
空を飛べるようになった以上、俺は今すぐにでもここを抜け出せる。
縛り付けておく必要はない。
そう考えているのだろう。
少女は僅かに目線を俺から逸らす。
地面に刺したつま先を躍らせて、少女は何も言わずに走り去ろうとして振り返る。
「リーフ! それが私の名前だから! おぼえててくれると……うれしいな!」
少女、リーフは目尻を震わせた。涙をため込み、零れ落ちる寸前で振り返って走っていく。
リーフの背中は茂みに入った後に見えなくなった。
次の日からリーフがここに来ることは無かった。
俺が出す答えなど、空を飛べるようになった時から決まっているというのに。
* * *
あれからまた、月日は流れていった。
虫ポケモンが活発な夏の終わり。
肌寒さを感じる涼しい秋も終わりを迎え、冬の寒気が到来する。
冬眠ってわけではないけど、ボールの中は暑さも寒さも感じない。
木の実を溜め込みボールの中で修行を兼ねながらゆったりと過ごす。
木の実が足りなくなれば外に出る。
そんな生活を繰り返しているうちに、ようやく冬も終わりを迎えた。
葉や木に溜まった雪解け水が太陽の光を反射する。
ぽたっ、ぽたっ、と一定の間をおいて葉にしがみ付いていた雫が零れ落ちる。
それから数日経った頃、ふと茂みが左右に揺れ動いた。
現れたのは人間の手。
草がかき分けられ、顔を出したのは見覚えのある女の子。
始めに見た時と変わらない長い髪の毛に水色のノースリーブの服に赤いミニスカート。
レッドを女体化させた顔立ち。
そして、
「ファイ……ヤー……」
聞き覚えのある天真爛漫を形にしたかのような声。
久しぶりに会ったリーフはほとんど変わっていない。
しいて変わったことがあるとすれば、腰にひとつモンスターボールを付けていることだろうか。
俺を目にしたリーフは長いまつ毛を細かに揺らしながら声を震わせた。
そして初めて出会ったときと変わらず、リーフは感情を抑えることなどできないといった様子で駆け出した。
おい、久しぶりに会ったから忘れたのか!?
俺の特性は!
「あっつーい!」
炎の身体なんだよ。
リーフはあの時と同じように、自身の手を炎上させて飛び上がる。
がむしゃらに動かして炎を消したリーフは、火傷した手を押さえつける。
しかしそんなことはお構いなしに、俺をじっと見つめていた。
目元は既に潤んでいて、声も震えている。
「ここにいるってことはゲットしてもいいんだよね!」
リーフの言葉に、俺はゆっくりと頷いた。
ファイヤーの鋭い目を受けながらも、リーフは一歩も怖気づくことなくモンスターボールを構えた。
あっ、待った。
そのボールそのまんま投げても俺は。
投げられたボールはこつんと俺の身体にぶつかり跳ね返る。
上下に開けられたボールはすぐにでも俺をその中に捉えようと赤い光を飛ばし、バチンと弾いた。
リーフの持つ図鑑からは無機質に「ひとのものをとったらどろぼう!」という音声が鳴り響く。
完全にボールを投げた状態で固まったリーフ。
そうだった。
俺の方こそ既に捕獲ボールがあることを伝えるの忘れていた。
っていうか、その言葉図鑑から鳴るんだ……。初めて知った。
あと、誰が物やねん。
こちとら生物だぞ。
……あぁ、生
「ファイヤーは……すでに……ゲットされてる?」
「ギャーオ(いやほんと、申し訳ない)」
俺はおずおずとした感じで手に持ったウルトラボールをリーフに差し出した。
現実を受け止めきれないといった様子でリーフは瞬きしながら片言で言葉を呟く。
「トレーナーは……いなかったんじゃ……」
その答えに俺は首をどう振ればいいのか分からないが縦に振っておく。
「今はいるの?」
首を横に振る。
「いない?」
首を縦に振る。
「この場にいないとかじゃ?」
首を横に振る。
「じゃあこのボールは誰のモンスターボール?」
翼で自分自身を指し示す俺。
「じゃあファイヤーはトレーナーがいないけど、既にゲットされている状態ってこと?」
最後の言葉に俺は首を縦に振った。
「なにそれぇぇぇ!?」
流石に俺が置かれている状況にはついていけなかったのだろう。
瞼をきっと開いたリーフの叫びが森の中に木霊していった。