「おお……」
感嘆の声に俺はハッと我に返る。
定まらなかった視線を前に向けると、ローブを着た男達がこちらを見て何やら唖然としていた。
「どういう・・・ことだ・・・」
キョロキョロと辺りを見渡すと石造りの壁が目に入る。
レンガ調だったっけ? 兎に角、見覚えがない。少なくとも本屋ではない。
下を見ると蛍光塗料を塗られて作られたかのような幾何学模様と祭壇があった。
ファンタジー物に出てくる魔法陣に似たもの……というか、紛れもなく魔法陣そのものだ。
その祭壇の上に俺は立っていた。
ここまではいい……いや、良くはないが予想通りの光景だ。
問題は三つ。
一つ、元の世界で準備してきたアレコレのほぼ全てが無駄になったこと。
元の世界でお金持ちだとしても、異世界に来ては何の意味もない。
尤も、これに関しては想定の範囲内だ。
異世界召喚は【原作】の可能性の一つとして以前から予想していたパターンの一つ。突然、【バイオハザード】が起きるよりはずっとマシである。
二つ、俺の周りに勇者と思しき人影が他に存在しないこと。
ここが予想通りの世界であるのならば、同時に四人の勇者が召喚されるはずだ。
なのに、この場には俺以外の勇者が存在していない。
岩谷尚文、北村元康、天木錬、川澄樹。
本来、この世界に召喚されるはずの勇者の姿が誰一人として見当たらない。
そして三つ、どうして俺は四聖武器全てを持っている?
右手に盾、左手に剣、背中には槍と弓。
本来、勇者一人につき一つであるはずの聖武器を俺は四つとも持っていた。【盾の勇者の成り上がり】の設定からして、こんなことは有り得ないはずなのだが。
盾の勇者の成り上がり。
小説家になろうというWEBサイトで投稿されたのを皮切りに書籍化し、アニメ化までした作品。
図書館に本を読みに来た大学生の岩谷尚文がたまたま見つけた四聖武器書と言う本を読んでいる内に、本の中で活躍する世界を救う盾の勇者として異世界に召喚されると言うありきたりな始まりから起こる様々な陰謀に巻き込まれて行く物語。
ゲーム感覚が抜けない他三人の勇者を皮切りに、宗教的に敵国の神様である盾の勇者を迫害しようとする召喚国メルロマルクが起こす陰謀や冤罪事件を撥ね退けて行く話で、前世の俺は連載初期からこの話を読んでいた。
邪道で王道、王道で邪道と、読む人によって色々と評価が別れる作品で、ストレスがかかる故に苦手な人も多い作品だ。
「おお、勇者様! どうかこの世界をお救いください!」
覚えのあるフレーズだ。
やっぱり、この世界が【盾の勇者の成り上がり】の世界であるのは間違いないらしい。
そうなると、余計にこの四つの聖武器が気になってくるんだが。
まさか、俺が聖武器を不正に所有する力を持つ波の尖兵ってことはないよな?
「それはどういう意味ですか?」
「色々と込み入った事情がありますが、ご理解していただける言い方ですと、勇者様を古の儀式で召喚させていただきました」
「召喚……」
「この世界は今、存亡の危機に立たされているのです。勇者様、どうかお力をお貸しください」
ローブを着た男達が深々と頭を下げる。
……取り敢えず、まずは目の前のことから対処していくべきか?
「まずは、そちらの事情を教えてくれませんか?」
「は、はい。まずは王様に謁見して頂きたい」
ローブを着た男の代表が重苦しい扉を開けさせて道を示す。
「わかりました」
そう言って、ローブを着た男の代表に付いて行く。
暗い部屋を抜けて石造りの廊下を歩く。
空気が美味しい。岩谷尚文がそう表現した気持ちが分かるような気がする。
窓から覗く光景に俺は息を飲む。
どこまでも空が高く、そして旅行のパンフレットにでも描かれていそうな、ヨーロッパのような町並みが其処には広がっていた。
しかしそんな町並みに長く目を向ける暇は無く、通されるまま廊下を進むと直に謁見の間に辿り着いた。
「ほう、こやつが古の四聖の勇者……む、一人しかおらんではないか」
謁見の間の玉座に腰掛ける偉そうな爺さんが困惑の表情で呟いた。
どうやら、この世界でも四聖勇者は四人が召喚されるのが本来のカタチであるようだ。
これで、この世界の四聖勇者は一人である、という可能性は消えたわけだ。
四聖武器を全て一人で所有する俺の方が例外なのだろう。
「ワシがこの国の王、オルトクレイ=メルロマルク三二世だ。勇者よ顔を上げい」
さげてねーよ! と、ツッコミを入れたい衝動に駆られたがグッと我慢する。
「さて、まずは事情を説明せねばなるまい。この国、更にはこの世界は滅びへと向いつつある」
それから、オルトクレイ王が話した内容は原作通りのものであった。
現在、この世界には終末の予言というものが存在する。いずれ世界を破滅に導く幾重にも重なる波が訪れる。その波が振り撒く災厄を撥ね退けなければ世界が滅ぶというのだ。
その予言の年が今年であり、予言の通り、古から存在する龍刻の砂時計という道具の砂が落ちだしたらしいのだ。
この龍刻の砂時計は波を予測し、一ヶ月前から警告する。伝承によれば一つの波が終わる毎に一ヶ月の猶予が生まれる。
当初、この国の住民は予言を蔑ろにしていた。しかし、予言の通り龍刻の砂時計の砂が一度落ちきった時、災厄が舞い降りた。
次元の亀裂がこの国、メルロマルクに発生し、凶悪な魔物が大量に亀裂から這い出てきた。
その時は辛うじて国の騎士と冒険者が退治することが出来たのだが、次に来る波は更に強力なものとなる。
このままでは災厄を阻止することが出来ない。だから国の重鎮達は伝承に則り、勇者召喚を行った。というのが事のあらましだ。
ちなみに言葉が分かるのは伝説の武器にそういう能力があるかららしい。
「話はわかりました。ですが、まさか私にタダ働きをしろ、などとは言いませんよね? 此方は、何の関係のない世界のために命を懸けるのですから」
「ぐぬ……」
オルトクレイ王は臣下の者に向けて視線を送る。
「もちろん、勇者様には十分な報酬を差し上げる予定です」
その言葉に、俺は「ふぅ…」と安堵の溜め息を吐いた。
「他に援助金も用意できております。是非、勇者様には世界を守って頂きたく、そのための場を整える所存です」
「分かりました」
よし! 話し合いの第一歩を踏み出した。
ここはしっかりしておかないとタダ働きをさせられる可能性があった。勇者ならば、この世界のために奉仕するのは当然のことである、とか言って。
正義は見返りを求めないもの……らしいが、別に俺は正義の味方をするつもりはないし。
「では勇者よ。そなたの名を聞こう」
「オルトクレイ王よ、私の名は天川文康と申します」
「ふむ。フミヤスか。ではフミヤス殿、己のステータスを確認し、自らを客観視してもらいたい」
この世界には、ステータス魔法というこの世界の者には誰にでも使える魔法が存在している。
ステータス魔法とは現実の肉体を数値化して見ることが出来るというものだ。
原作知識のおかげでステータス魔法の存在を知っていた俺は、先程から視界の端でやけに自己主張していたマークに意識を集中させた。
ピコーン!
と軽い音がして、まるでパソコンのブラウザのように視界に大きくアイコンが表示される。
天川文康
職業 四聖勇者 Lv1+1+1+1
装備 スモールシールド(伝説武器)
スモールランス(伝説武器)
スモールソード(伝説武器)
スモールボウ(伝説武器)
異世界の服
スキル 無し
魔法 無し
さらっと見るだけでもまだまだ色々な項目があるけれど割愛する。
っていうかなんだこれ!? ツッコミどころが多すぎる!
「それで、私はこの後どのようにすれば?」
「ふむ、勇者様にはこれから冒険の旅に出て、自らを磨き、伝説の武器を強化していただきたいのです」
「自らを磨く、ですか……」
「はい。伝承によりますと召喚された勇者様が自らの所持する伝説の武器を育て、強くしていくそうです」
職業の表記を見る限り、武器毎にレベルを上げる必要がありそうだ。
多分、レベル上げに関しては原作の四人よりも苦労しそうだ。
「ですが、勇者様の場合は懸念があります」
「懸念、ですか?」
「はい。伝承によると、伝説の武器はそれぞれ反発する性質を持っておりまして、伝説の武器を所持した者同士で行動すると成長を阻害すると記載されております」
「それでは、複数の武器を所持する私はレベルを上げることができないのでは……」
と、そこで盾が発光し俺の視界にアイコンが浮かぶ。
『特例許可。四聖の反作用を【四聖勇者】の能力により解除します』
「……問題ないみたいです」
特例許可。書籍版では霊亀の申請で降りた例外処理。
これが降りるということは、本当に、今の状況が例外的な事態であること。
そして、聖武器の精霊達がこの状況を許容している事を意味する。
色々と気になることはあるが、今はそれを調べている暇はなさそうだ。
「しかし、私一人で戦うというのは……」
「ワシが仲間を用意しておくとしよう。何分、今日は日も傾いておる。勇者殿、今日はゆっくりと休み、明日旅立つのが良いであろう。こちらは明日までに仲間になりそうな逸材を集めておく」
「陛下のお心遣いに感謝を」
素直に感謝を示し、その日はオルトクレイ王が用意した来客部屋で休むことになった。
「誰……?」
……この時の俺は知らなかった。
謁見する俺の姿を見て、ひどく困惑する人物がいたことを。