明けましておめでとうございます。
年が明けて平成4年(1992年)、僕は4歳(現基準3歳)になった。
今年はいよいよクラシック競争に挑戦する年だ。まだ見ぬミホノブルボン相手にどれだけ勝負ができるのか。
恐ろしくもありながら楽しみにも感じてくるのは、僕も一端の競走馬になれた証だろうか?
ちなみに僕は正月を放牧場で過ごしていた。
詳しい場所はよくわからないけど、雪はあんまり降らなかったから北海道ではなさそう。トレセンに来る前にも一度お世話になった牧場だ。ここで初めて鞍を付けたり騎手の指示ってどんなものなのかを学んだんだよね。育成牧場って言うんだっけ、こういうの。
なぜトレセンで年明けを迎えていなかったのかと言えば、僕ってば足を少し痛めてしまったのだ。
や、本当に軽いものだけどね。症状名は骨膜炎っていうそうな。
去年のラジオたんぱ杯3歳ステークスではありったけの力を振り絞ったわけだが、どうやらやりすぎたらしい。
レース後にちょっと歩くのに違和感があるなと首を傾げていたら、宮尾君が目ざとく僕の様子が少しおかしいことに気付いた。調教師の羽田さんに報告して、お医者さんに診てもらったら発覚したって感じだ。
僕はあっさりと限界を超えた走りをしてしまったことに驚いた。自分の限界をきちんと見極めねば……
幸いにも程度は軽いもので、なんなら1か月くらいの間隔を置けばレース出走は問題がないそう、なんだけど、意外と心配性な滝澤さんの判断で年末から約2か月間の放牧となったのだった。
放牧から戻った後にレースに向けた調整とかが必要なので次走は3月予定。弥生賞かスプリングステークスになるそうだ。僕としてはライスにブルボンにマチタンにバクシンオーにと知ってる馬がたくさんいるスプリングステークス希望だけど、最終的に決めるのは滝澤さんたちだしなー。そうなってくれるように祈ることしかできないや。
そんなこんなでトレセンに戻ってきたのは2月も半ば頃。
月末には放牧で落ちた筋肉を取り戻すため、僕は羽田厩舎の先輩のお馬さんたちとよく併せ馬、競い合いながら走るトレーニングをするようになった。
『まだまだ寒い日が続きますねぇ』
「ひん」
『こう寒いと甘いもの食べたくなりますよね』
「ひひん」
『先輩はそうでもないんですか? 意外です』
パカラパカラと歩きながらお隣の馬とお話しする。
このお馬さんは僕がよく併せ馬する先輩馬。同じ羽田厩舎所属で、僕の隣の馬房で暮らしているカタフラクト号だ。
カタフラクト先輩は僕より4つ年上で、オープン戦にも勝ったことがある凄いお馬さんなのだ。僕が重賞を勝つまでは、羽田厩舎で一番の稼ぎ頭だったとも聞く。
今は併せ馬をし終えて、2頭一緒に羽田厩舎に戻るところ。その道すがらのお喋りを楽しんでいるわけだ。
「ぶるる」
『えーと、草ですか? 草があればそれでいいと?』
「ひん」
なお、僕は馬の言葉は完全にはわからない。
元人間な頭脳が入っているせいだろうか?
それでもなんとなくニュアンスはわかるし、大きな感情の変化は言葉関係なしに伝わるからそんなに不便だとは思っていない。幸い僕の言葉は相手の理解できるものらしいし。
……会話できてるよね? 実は全部僕の一人芝居だったりしないよね?
僕が不安を感じている中、僕の背に乗った羽田調教師と、カタフ先輩の騎手の守田さんは先程の併せ馬を振り返って話し合っている。
「うーむ、ハヤテの成長が著しいな。今日は週末にレースを控えたカタフの調整のはずだったんだが……守田はどうだった? 乗ってた感じ、カタフは問題なさそうか?」
「そですね。特に悪い感じはせぇへんかったんですが……歳なんでしょか」
「カタフは今年で8歳だからなぁ。今年いっぱいで引退も決まったし流石にそろそろな」
「ウチがレースで初めて乗った馬だけに、引退ってなると寂しいです」
「あぁ、そうか。守田はカタフが初騎乗だったか。ま、よほどのことがない限り見習い騎手のお前を背に今年いっぱいまでは走らせるって言ってくれたんだ。馬主の期待にこたえられるように、せめてもう1勝は頑張れよ」
「はい!」
「しっかし、本当にハヤテは強くなった。放牧明けでまだ全然仕上がってないうちにこれほどとは。カタフで相手にならないんじゃ併せ馬の相手がいないな。どうしたものか……」
「そもそも、ウチの厩舎におるんは短距離馬ばっかりですからね。他厩舎さんに声をかける感じで?」
守田さんが羽田さんに今後の僕の併せ馬をどうするか尋ねると、僕の背の上で羽田さんが「まぁ、そうするしかないなぁ」と唸る。
でも僕としてはもうちょっとカタフラクト先輩と併せてもいいと思う。
確かに今日はカタフ先輩より早く走れたけど、コーナーを曲がる上手さで言えば先輩に軍配が上がる。今日もコーナーではだいぶ膨らんでしまった。そのおかげで直線で外から抜きやすかったのはあるけど。僕の気持ち的にはもっと小回りで回るつもりだった。
他にもカタフ先輩は馬場が荒れたところを走るのも上手だ。バランス感覚というか、体幹の使い方が上手いんだよな。
だから、カタフ先輩の優れた技術を盗めるまでは他の馬とは併せなくてもいいように思う。
なんて人間に伝えられたらいいんだけど、人間とは意思疎通できないからなぁ。ダメ元で先輩にコーナー技術教えてもらえないか聞いてみよ。
『先輩、曲がる時のコツとか教えてくれません?』
「ひひん」
『そこを何とか……ここはお隣さんのよしみで』
「ひひん」
ぐぬぬ、教えてくれないらしい。
「おっと、ちょっと道開けようか」
羽田さんが前方からお馬さんと人間がやってくるのに気付いた。
2頭並んで歩いていたところを、縦列に並び直してすれ違いやすいようにする。
前から来るお馬さんはこれからトレーニングかな? がんばえー
……む?
あっ、あれは!
「ん、どうしたハヤテ。おい、おーい」
くいくいと手綱を引っ張られるのにもかまわず、前方の馬の元へ少し歩く速度を速める。
向こうの馬が僕を警戒してか立ち止まる。
その間にも僕はぐんぐん歩を進め、お馬さんの目の前で停止。
お馬さんをじっくり観察。
……うん、これは、間違いない!
僕は頭を下げた。
『ライスシャワーさん、ども、こんにちは。僕、キザノハヤテって言います。あの、その、自分、あなたのファンでして。えっとあの、これからも、頑張ってください!』
「……」
あ、困惑してるっぽい。
流石にちょっと近づきすぎたのかもしれない。ちょっと後ずさりして、と。
「あーすいません、飯山さん。うちのキザノハヤテが気になったみたいでして」
「あぁ、羽田さんのところのキザノハヤテですか。噂はかねがね。新馬戦振りですからあいさつにでも来たんでしょうかね?」
「新馬戦振り……アッ、もしかしてそちらの馬は」
「えぇ。ライスシャワーです」
ううむ、距離を少しおいても困惑の雰囲気が収まらないっぽいぞ……
ストレスになってもいけないから、ここは早急に撤退するべきか? うん、そうしよう。
『すいません、ありがとうございました。自分、これで失礼します!』
「おおっと? あ、すいません、また後でお話よろしいですか!?」
「えぇ、はい」
さっさと撤収じゃー!
あれ、そういえばライスがいるってことは……ここ美浦トレセンだったのか! (今更)
今まで特に意識したことなかったけど、そういや東京レース場に行く時は新潟に行くよりずっと移動距離少なかったもんね。
ほえー、それなら今日みたいにトレセン内ですれ違う機会はそれなりにあったり……しないか。すれ違ったの今回が初だもんなー。
次に会えるのはいつになるかわからんけど、その時は少しでもお話しできたらいいな。
……なんて思っていたのだけど。
その願いが人間たちに伝わったのか、数日後、ライスシャワーと併せ馬をすることが決まったのだった。
厩舎所属の他騎手、守田さんを初めて出したけどたぶん今後殆ど出ない。カタフラクト号もたぶん出ない。
それと筆者は競馬にわかなもので、併せ馬ではそれぞれの主戦騎手が乗るのか、調教師が乗るのか、そもそも調教師って自分で管理馬に乗ることあるのか、併せ馬の相手はどうやって選ぶのか、併せ馬で走る距離はどのくらいでコーナーを含むのかどうか、そしてトレセン内のコースと厩舎を繋ぐ道がどうなっているのか、移動時は乗ったまま移動するのか手綱を持って一緒に歩くのか、あとすれちがいが発生しうるような道なのかどうか……
一応調べたとはいえ、この話を書くだけでもざっとそのくらいがよくわからないまま書いているので実情と違うところが多々あるかも。
ま、まぁ、実情と違ってもフィクションということでここはひとつ……