| 枠番 | 馬番 | 馬名 | 人気 | オッズ |
| 1 | 1 | ミホノブルボン | 2 | 4.7 |
|---|---|---|---|---|
| 2 | 2 | タイガーエース | 6 | 15.9 |
| 3 | 3 | ライスシャワー | 13 | 71.2 |
| 3 | 4 | サクラバクシンオー | 3 | 5.9 |
| 4 | 5 | マーメイドタバン | 14 | 234.1 |
| 4 | 6 | カミノエルフ | 7 | 16.1 |
| 5 | 7 | マチカネタンホイザ | 5 | 15.3 |
| 5 | 8 | ダッシュフドー | 8 | 26.0 |
| 6 | 9 | マイネルトゥルース | 10 | 41.8 |
| 6 | 10 | マイネルコート | 11 | 48.0 |
| 7 | 11 | シロキタシンザン | 9 | 30.5 |
| 7 | 12 | キザノハヤテ | 1 | 2.6 |
| 8 | 13 | セイショウマインド | 15 | 298.9 |
| 8 | 14 | ノーザンコンダクト | 4 | 7.3 |
| 8 | 15 | リワードガルソン | 12 | 57.5 |
ははは。
乾いた笑いが出てくる。
僕はこんな化物相手に勝たなくちゃいけないのか?
これまでに感じたことの無い威圧感を馬の本能が感じ取る。もはや一頭だけ纏うオーラが違うんだよ。
訳わからんし、でたらめだし、ホントに同世代なのか疑いたくなる。
これが未来の無敗二冠馬、か。
「ん、ハヤテ、どした」
宮尾君に引っ張られ、自分が立ち止まっていたことに気付く。
茫然とした気持ちのまま、促されるままにパドックを回る。
油断していたつもりはない。そんなつもりはないが、正直、想像以上だ。だって戦う前から「追いつけるわけがない」とどこか諦めの気持ちが出てきてしまうほどなのだから。
あぁ、そういえばどっかのまとめサイトで見たっけ。
そもそも競走馬は、新馬戦を勝ち上がれるだけでも優秀な部類なんだとか。一度も勝てずにターフから去る馬も少なくないので。
そこから重賞を取れる馬はもっと限られる。勝てる勝てない以前に怪我で引退してしまう馬だっているから。
だから、重賞の頂点であるGⅠ競争に勝てるのは一握りのエリートだけだという。
なるほど、実物を目の前にすれば嫌でも納得させられる。ミホノブルボンは間違いなく、本当に、一握りの、エリート中の超エリートだ。
たかが人間の頭脳が入った程度の馬とは比べ物にならないってことだ。
「とまーれー」
ブルボンの無敗二冠を崩す。
当初掲げたその目標がどれ程無茶なことなのか、過去の自分に教えてあげたいくらいだ。
彼我の実力差を見るに、夢物語としか言いようがない。
「宮尾さん、ハヤテどうしたんです? やっぱりレースで一緒だとダメですかね?」
「いや、今回はミホノブルボンっすね、見てたのは。あと、初戦は考え込んでるような感じでしたっすけど、今回はなんというか、茫然としてるというか」
「……宮尾さん、この前の話、試してみますか?」
「この前のって、あぁ、そうっすね。試す価値はあるかも」
いつの間にか騎手乗り込みの時間になっていたらしい。澤山さんが近くまでやってきていた。
そして僕に乗り込む、のかと思いきや、僕の顔の真正面に立つ。
「ハヤテ」
はは、僕を笑ってくれ澤山さん……
今日はどんなに頑張っても勝てない。そんな不甲斐ない僕を笑ってくれ。
「大丈夫、大丈夫だ」
……何が大丈夫なのさ。
あの化け物相手に勝てるとでも?
「だから、ライスシャワーにカッコいいところを見せようぜ」
チラっと、澤山さんの視線が僕以外に行く。
その視線の先には、ライスがいた。
しかもライスも僕のことを見ている。闘志に燃える目で。
「さ、いくぞ」
ポンポンと僕の額を撫でて、澤山さんがやっと僕に乗り込む。
……そうだな。
レースに絶対はない。だというのに何を最初から決めつけてるんだ?
第一、こんな卑屈な気持ちで走ってはライスに顔向けができないじゃないか。
気合を入れろよキザノハヤテ。ここからが正念場なんだ。
ふぅー……
ぃよーっし、やってやろうじゃねぇーか!
──・──・──
呼びかけが功を奏したのか、キザノハヤテは気合を取り戻した。
澤山はハヤテに乗って地下馬道を抜けてレース場へ向かう。
今日は午前中から小雨が降り、馬場は重判定。連日のレースで荒れていることもあり、今日はかなりタフなレースになるだろう。
歓声を受けながらスタート場所へ向かう。
「よし、走りに問題はない……すー、はぁー……よしっ、あとはレースで走るだけ……」
返し馬でハヤテの足運びに異常がないことの最終確認を行い、澤山は深呼吸をして気持ちを整えた。
というのも、澤山はいつもより少し緊張していた。
レースに出る時はいつだって少なからず緊張しているものだが、『重賞』で『一番人気』の馬に乗るのは初めてのことであった。
実はキザノハヤテが1番人気になるのも初めてだったりする。昨年は血統で下に見られたり、距離が不安視されたり、他の有力騎手・厩舎に人気が流れたりでなんだかんだ1番人気にはならなかったのだ。
単勝オッズは2.6倍。とすると支持率は約3割か。この観客の3割というと、何千、もしかしたら何万人が自分たちの馬券を買っているのか……なんて、余計なことを考えてしまう。
先程キザノハヤテに投げかけた『大丈夫』との言葉は、その実、澤山が自分自身に言い聞かせる言葉でもあった。
発走時間になるまで輪乗りを行い、ファンファーレが鳴っていよいよゲート入りとなる。
「大丈夫、大丈夫……」
ハヤテは素直にゲートに収まる。
そして全頭ゲートに収まり、
ガチャンッ
「っ!?」
澤山は突然身体を後ろに引っ張られた。
一瞬でレースが始まったのだと理解して体勢を整えるが、ハヤテと呼吸が合わなかった分、出遅れというほどではないものの、いつものスタートに比べ精彩を欠いてしまう。
(あぁー! やっちまった!)
そう思えど、レースはもう始まってしまっている。
あとで方々に謝罪するとして、今はレースに集中しなければならない。刻一刻と状況は変わっていく。
(やっぱりミホノブルボンが前に出ていく、大分追ってるな。っと、ハヤテが上がっていこうとしてる?)
スタートが思うように出れなかった分の遅れを取り戻そうとしているのだろうか。
しかし、この重馬場でそれは不味い。いくらハヤテに中長距離適性があると言えど、スタミナを消費して潰れてしまう。
澤山は手綱を軽く引いてハヤテを抑えようとする。しかしハヤテにしては珍しく反応が鈍い。
コーナーへと差し掛かるころ、ハヤテはスタートの不利もひっくり返して3番手を走っていた。
内に寄せつつ手綱をもう一度引く。
「落ち着け、お前の末脚があれば大丈夫だ」
そして小声で窘めると、今度はスッとハヤテの前進気質が弱まった。
偶然かもしれないが、ライスシャワーのことといい、今の行動といい、こっちの言葉がわかっているようなそぶりだ。
澤山は思わず苦笑してしまい、慌てて今はレース中だと自分を叱咤した。
レースは順調に進んで第3コーナーへと突入していく。
先頭は未だミホノブルボン。ハヤテは2番手のサクラバクシンオーの外、3番手に控えて様子を窺っている状況だ。
ハヤテは序盤で少しかかっていた分、スパートは最後の直線に入ってからにした方が良いだろう。
そんなことを考えながら最終コーナー半ばを通り過ぎた時、先頭を走るミホノブルボンに鞭が入った。
(最初にあれだけ追ってたんだ、ゴール前の坂で止まるはず)
こんな不良馬場であんなに飛ばせば最後に垂れてくるのは必至。ちょうど今、番手を追走していたサクラバクシンオーの勢いが急激に削がれているように。既に勝利の道筋は見えているのだ。
そうして最終コーナーを回って、残るは最終直線。
「よし、いけっハヤテ!」
数秒後、澤山の予想は裏切られる。
──・──・──
『直線向いて先頭は依然ミホノブルボン! その差は3馬身、これは強い!』
あぁ、クソっ。速い。速すぎる。
必死に走るも濡れた馬場が脚に絡みつく。澤山さんに期待されていた末脚が鈍る。
『後続はキザノハヤテが飛びぬけた、1番人気の意地を見せるか!? しかし差を詰められない!』
思っていた以上に肉薄することはできた。あと少し、あと少しなんだ。
だがしかし、その『あと少し』が遠い。
もうこの距離では届かない。坂路の申し子と言われるブルボンだけに、ゴール前の坂で足が鈍ることも期待できない。
なりふり構わず限界を超えれば……いや、もうそれでも厳しいか。
これが僕とブルボンの実力差。
今はそれがあることを認めざるを得ない。
『残り200m通過してミホノブルボン逃げ切り体勢濃厚! キザノハヤテ必死に喰らいつくがこれは間に合わない!』
でもだからって諦めるわけ、ない。
お前の強さをこの走りで思い知らされてもなお、僕の心の炎は決して潰えない。むしろ強く燃え上がる。
『ミホノブルボン、今ゴールインッ! 2着はキザノハヤテ!』
次は勝つ。
だから、首洗って待ってな。
ミホノブルボン……ッ!
1992年3月29日11R スプリングステークス 芝右1800m、小雨、重馬場 15頭立て
1着 ミホノブルボン 1:50.1
2着 キザノハヤテ 1:50.4
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5着 ライスシャワー 1:51.6
6着 マチカネタンホイザ 1:51.8
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13着 サクラバクシンオー 1:53.6
スプリングステークスレース後コメント
2着キザノハヤテ(澤山騎手・美浦・羽田厩舎)
呼吸が合わず、能力を発揮しきれなかった。今日はあと一歩及ばなかったものの、クラシックでも勝ち負けに絡める強さは証明できたと思う。