「今日の敗北は私の騎乗ミスが原因です。申し訳ありませんでした」
席に着いてお冷が用意されるなり、騎手の澤山はそう切り出した。
馬主の滝澤が眉をピクリと上げる。
調教師の羽田はもう少しオブラートに包んで話を切り出そうとしていたので、こんな話をするなんて聞いてないとオロオロしている。
スプリングステークスを終えたその日、がやがやと賑やかな居酒屋の奥、個室席にて。3人はレース後の打ち上げ兼、反省会のために集まっていたのだった。
滝澤は澤山の話を詳しく聞こうと問いただすことにした。
「馬の能力ではなく? では具体的にはどういうミスがあったと言うのかね?」
「スタートの遅れがあったこと、途中でハヤテの行く気を抑えてしまったこと、仕掛けどころが悪かったこと。これらが無ければ、今日は勝てたレースだったと思います」
「ふむ……」
「ですから、まだテキにも話していませんでしたが、私にハヤテは過ぎた馬だと思うのです」
「なっ何を言ってるんだ澤山君!?」
つまり、澤山は騎手を自分以外に変えた方が良い、と言っているのだ。
実際に敗北の原因が騎手にあったのかは定かではないのだが、澤山は今回の敗北に強く責任を感じているようだった。
事前の相談もなしにこんな話をされては流石に羽田も黙っていられない。
だが、
「テキ、冷静に考えてください。ハヤテはもっともっとやれる馬です。俺みたいな中堅どころで燻ぶってる中途半端な騎手が乗ってることがおかしかったんです。だから、もっといい一流の騎手を乗せてやってください。そうすればGⅠ、いや、三冠だって夢じゃない。いいや、ハヤテならきっとやってくれるはずなんです」
「い、いや、だがな……」
表面上は淡々と語る澤山だが、その瞳には薄っすらと涙が浮かんでいた。手は強く握りしめられて震えている。隠しきれない本音が滲み出ていた。
それでもキザノハヤテのことを思えばこそ、澤山は個人的な感情を押し殺すべきだと考えたのだ。
その悲壮な決意を感じ取った羽田は二の句が継げなくなってしまう。
「もしも騎手が、澤山騎手が言うような一流の騎手であれば、今日は勝てた。澤山騎手も羽田調教師も、その考えは同じか?」
「「……」」
滝澤の問いかけに二人は応えられない。
しかしその沈黙と表情から答えは明らかだった。
滝澤は「ふむ」としばし瞑目した。
「まぁ初めから私の答えは一つだ。騎手は変更しない」
「……へ?」
間抜けな声は澤山と羽田のどちらが発したものだったか。
2人とも呆けた顔で滝澤を見ていた。
今の話の流れでは確実に騎手の変更が言い渡されるところだったのに。
「新馬戦の後、主戦は澤山騎手で行くと決めたからな。だのに騎手を変えたら勝った、なんてつまらないじゃないか」
冗談めかして語られるものの、滝澤の目は真剣だった。
澤山にはそこに自身への信頼があるように感じられた。こんな中途半端な騎手を信頼してくれる馬主が中央競馬にどれほどいるのだろうか。
「よって騎手は澤山騎手のまま。それでいいな? よし、では次の作戦会議だ。次のレースは皐月賞だろう? そちらが警戒している馬とその対応策を聞かせてくれ」
「あっ、はい! えー皐月賞ですが、やはり一番の壁はミホノブルボンだと──」
この信頼には応えねばなるまい。
居酒屋の席で澤山は決意を新たにした。
──────
────
──
僕とブルボンとの初対戦は僕の敗北で終わった。
しかしそんなことを悔やんでいる暇はない。皐月賞はもうすぐなのだから!
「てな感じで最近は残すことなく食べてて、いい食いっぷりなんすよ。ハヤテのメシ増やしませんか?」
「そうだな、そうするか」
まずはご飯をいっぱい食べる!
少しでもブルボンに勝てる確率を上げるために、栄養はいっぱい取らねば。
そして日々のトレーニングで栄養を筋肉に変える!
「澤山、今日の調教はここまでにしよう」
「タイムはどうでした?」
「バッチリだ。身体も仕上がってきてるな」
とはいえ
ブルボンのあの筋肉は驚異の一言だ。スプリングステークスの敗因はそこが一番大きいと思う。僕はあんまり筋肉質な体型じゃないし、重馬場の前走はモロに筋肉の量が結果に直結してしまったのだ。
調教中に羽田さんたちが、敗因は澤山さんの騎乗ミスだってちらっと話してたけど、僕はそうは思わない。
だから皐月賞までは徹底的に自分を鍛え上げるつもりだ。
まぁ、澤山さんたちとはコミュニケーションを取りようがないから、自分を鍛えることしかやりようがないってのもあるけど。
「この調子で行って……皐月賞は勝つぞ、ハヤテ」
「ひひん!(勝つぞ!)」
そうしてよく食べ、よく走って過ごすこと3週間。
ついに皐月賞がやってくる。
【皐月賞】注目馬短評
遂に皐月賞が今週末に迫ってきた。
今年の最も『はやい』馬はどの馬か。筆者が注目する3頭は以下の通りだ。
本命◎ ミホノブルボン
対向〇 アサカリジェント
単穴▲ キザノハヤテ
順を追って簡単に紹介していこう。
まずは文句なしの大本命。ミホノブルボンだ。
騎乗は生島。ジュニア王者であり、直近のスプリングステークスでも勝利を上げた。
これまで4戦全勝。まさに隔絶した実力を見せつけている。
内枠を引けたことも好材料。2000mは未経験だが、華麗な逃げ切り劇に期待したい。
対抗はアサカリジェント。
騎乗は柴野。皐月賞と同じコース条件の弥生賞の勝者だ。
ここまで7戦3勝。特に勝ったレースでの鮮やかな末脚は見事の一言。
本命のミホノブルボンとの競争経験はないので、ミホノブルボン相手にどれほど迫ることが出来るか、期待の一頭だ。
単穴はキザノハヤテ。
騎乗は澤山。2000mになったラジオたんぱ杯の勝者だ。
戦績は6戦4勝。スプリングステークスでは精彩を欠き、ミホノブルボンから1.5馬身差の2着になってしまった。
しかし3位以下には5馬身を付けているあたりに確かな実力を垣間見ることが出来る。対抗と迷ったが、直近のレース結果を重視した。