ライスシャワーを救うためにできること。   作:さんさか

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1.ライスと同世代ってマジ?

 チャリで通勤中、暴走トラックに轢かれた。

 

 と思ったら「馬」に生まれ変わっていた。

 

 えぇ……

 転生とかマジであるんだ……

 でもそこは異世界転生じゃないのか? 何故に馬? 

 牧場の外の景色や僕の世話をする人たちを見るに、間違いなく現代の日本だ。

 車の外見や世話する人たちのファッションが若干古臭いので、年代的にはバブルの時代くらいだと思う。少なくとも僕が死んだ令和ではない。

 前世に後悔は数ほどあれど、未練はそんなにない。高校以来友達らしい友達もおらず、ブラック企業に勤めてやっすい給料を得るために精神を摩耗させるだけの生活だったのだ。そこから解放されてラッキーまである。

 今世は前世より有意義な人生(馬生?)を送りたいものだ。

 

 ともかく僕は馬に、それも競走馬に生まれ変わったらしい。

 生まれた直後は滅茶苦茶混乱したね。だって気づいたら目の前に自分より大きい動物がいるんだぜ? パニックになってもしょうがないだろ。

 逃げようとしているうちに、どうやら馬に生まれ変わったらしいとはわかったけどさ、それでも頭の中には疑問符がいっぱいで母馬の乳を飲むのなんかは少し躊躇してしまった。

 

 そんな混乱の極みにいた僕も、季節が2周し、何度か住まいを変えさせられた今となってはもう馬の生活に慣れた。正しくは慣れるしかなかったというべきかもしれないけど。

 一応少しばかり競走馬の生活については予備知識があった。死ぬ1年ほど前から『ウマ娘プリティダービー』という競走馬が擬人化されたゲームをやっていたので、元ネタを調べるついでに競馬のことも調べていたし、そうでなくとも大学時代に競馬好きの知人がいて、無駄に話を聞かされていたのだ。くだらない人生だったけど少しは役立つじゃないか。

 馬の生活に慣れるため、よりよい食事を得るため、そして何より長生きするため、予備知識をもとに人間には積極的に媚を売り、放牧に出されれば率先して走り回った。調教では人間の言うことをよく聞き、そして自分の体をいじめ抜いた。

 そうして気が付けばあっという間に月日が流れ、もうすぐ僕のデビュー戦をすることになった。

 

「ハヤテ、いよいよお前のデビューだぞ。元気に走って、あわよくば私に金を恵んでくれ」

 

 僕の頭を撫でながらそう語りかけるおっさんは滝澤さん。

 僕、競走馬キザノハヤテ号の馬主である。

 馬主というのは馬が生きていくための費用を払ってくれる人なので、いわば滝澤さんが僕の生命線だ。

 彼が馬主になったのはここ数年のことらしい。僕以外にも馬を何頭か持っているそうなのだけど、未だに勝ち星が全くないそうで。

 

「羽田調教師、ハヤテはどんな感じだ? 行けるのか?」

「大丈夫ですよ。見た目はまだちょっと細いですが、走る力は抜群です。ここ最近は機嫌もよさそうですから、暴走も起こさないでしょう。滝澤さんに勝利の美酒をお送りできそうです」

 

 いつもは自信たっぷりな滝澤さんだけど、流石に新馬戦前ともなると不安なのか、羽田調教師に何度も僕の出来について確認している。

 そんな心配しなくても大丈夫だって! 周りの評価を聞くに僕ってばそこそこ走れるっぽいし、新馬戦くらいは勝ってみせるよ! 

 

「そりゃ楽しみだ。ただまぁ、まずは無事に帰ってくることを第一に、な」

「えぇ。まだまだ若駒ですからね」

 

 せやな。折角生まれ変わったこの命、どうせなら長く楽しみたい。

 競走馬はレースで結果が残せなければ天寿を全うすることができない。

 しかし頑張りすぎれば予後不良で安楽死されてしまうのも事実。

 怪我なく走ること。レースで勝つこと。両方やらなくっちゃあならないってのが競走馬のつらいところだな……

 ぃよーし、まずは新馬戦がんばるぞ! 

 

 

 

 そして数日後、馬運車に載せられやってきました新潟競馬場! 

 ここでの新馬戦芝1000mに出るんだって。

 正確な日付まではよくわからないけど、まだまだ夏真っ盛りな8月。アプリ版の新馬戦がこのくらいの時期だし、競走馬としては平均的なデビュー時期になるのかな? 

 鞍やらハミやらを装着し検量をして、さぁいざレース……の前にパドックだ。ここで出走馬の紹介をするわけだな。

 

 ほえー、パドックってこんな感じなんだ。

 出走する時のゲートの順番に並んで、小さいコースを歩いて回る。

 新聞を片手に観客が僕らをじっくりと観察している。時々「あれはいいな」とか、「うーん微妙か?」とか呟いているのが聞こえる。それ以外は割と静かなもので、えもいわれぬ緊張感が漂っている。

 競馬場に行ったことはないからパドックは前世含めて初体験だ。

 大学時代の知人から競馬の話を聞いていても、そもそもあの時はウマ娘に嵌る前だから話半分。一緒に見に行こうと誘われたことが一度だけあったけど、別の用事が合って断っちゃったんだよね……。馬に生まれ変わった今からするとあれはちょっと惜しいことしちゃったなぁ。

 なんてどうでもいいことを頭の中でくるくる考えながら、出走馬みんなでくるくるパドックを回る。

 

 ここで馬体の良さとか調子とかを見る、ってことは知っている。でも、そんなの見てわかるもんなのかな? 

 試しに周りの馬を見てるんだけど、さっぱりわからん。馬の本能的に強そうな馬ってのは何となく感じ取れるのだが、人間にそんなことが感じ取れるとは思えないし。

 人間的感性で区別がつきそうなのは体の大きさとかムキムキ具合とかくらいなものかな? 例えば僕の3つ前を回っている8番のゼッケンをつけた黒っぽい馬なんかは小さめじゃなかろうか。

 えーとゼッケンに書かれているお名前は……「ライスシャワー」か。

 

 ……

 

 ん? 

 

「ハヤテ? ほら歩いて」

 

 思わず足を止めてしまい、厩務員の宮尾君に手綱を引っ張られる。

 いやでもちょっと待って。見間違い……じゃあないな。

 黒鹿毛の馬で、8月の新馬戦で、新潟芝1000mに出る、ライスシャワー……!? 

 

「ヒヒ──ン!!?? (ライスだぁあああ!!??)」

 

 思わず立ち上がって嘶いてしまうのも仕方ないと思う。

 




競走馬キザノハヤテ
1989年6月10日生まれの葦毛(まだ黒鹿毛っぽい)の牡馬。
元ヒト息子。最推しはライス。
初戦直前で突如興奮しだした模様。
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