「……少し仕掛けるか」
向こう正面半ばで澤山さんが手綱をしごく。
ブルボンに競りかけてプレッシャーを掛けるようだ。今の時点でブルボンとは1馬身差とちょっとくらい。
外から少し速度を上げ、じわじわとブルボンに迫っていく。
「む」
ブルボンと半馬身差に迫ろうかというところで今度は差が詰まらなくなり、逆に徐々に広がっていく。ブルボンが速度を上げたのだ。
ブルボンの騎手が何かしたわけではなさそうだから、かかってくれたらしい。しかしこちらをチラチラ確認している騎手は抑える様子を見せず、馬なりに任せていた。
馬群は3コーナーへと入っていく。
かからせることができたと判断したのだろう澤山さんは、離されすぎないよう1馬身差の斜め後ろに僕を位置取らせる。
コーナーでこの位置取りならば相手の騎手の死角になりやすい。しかし馬の視界には映る。
僕ら先頭の2頭が速度を上げるのに伴って後続も速度を上げつつある。
「スタミナには余裕があるってことか……? それでも」
さて澤山さん、いつスパートをかければいい?
予定だと最終コーナー半ば。しかし、ブルボンは思ってた以上に楽々と走ってそうだし、かかっても騎手が焦っている様子はない。それなら……
最終コーナーに差し掛かろうかという時、澤山さんが鞭を振り上げた。
「ハヤテの方が強いっ!」
(早仕掛けだなっ!)
スパートの指示に大きく息を吸い込み地面を蹴飛ばす。グンッとブルボンに一気に迫る。
ブルボンの騎手はこちらがスパートをかけたのを見てから、慌ててブルボンを鞭で叩く。ブルボンもそれに伴ってスパートをかけた。
反応が少し遅れたな、その一瞬が命取りだ!
どんどん差を縮める。
やっぱり澤山さんが言ってた通り末脚は僕の方が速い! 末脚勝負で言えば僕はブルボンに勝てる、行ける、勝利は目前!
勢いあまって少し大回りになりつつも、最終直線の入口で僕とブルボンは完全に横並びになった。
チラリとブルボンを見れば、視線が交錯した。
(皐月賞は僕が頂く! ブルボン、君の負けだ!)
そう思いを込めて睨んだのが相手を逆に呷ってしまったか、ブルボンが負けじと速度を上げた。
なんだコイツ、まだ速度が出せるのかよ!
ブルボンが差し返してアタマ分前に出る。
澤山さんが手綱をしごいて「もっと飛ばせ、もっと飛ばせ」と訴えてくる。僕もそれに応えてもっともっと速度を出さんと力を振り絞り、差し返し返してクビ差前に出る。
そうしているうちにゴール板が近づいてきている。
残り200mの標識を通過し、ゴール前の上り坂を駆け上がる。ブルボンとの差が再び詰まってくる。
(あのゴールで、少しでも前に出られれば!)
「行ける、行けるぞ! 頑張れ! ハヤテ!」
全身全霊をかけて足を動かす。
ともすれば転んでしまいそうな低い姿勢で走る。
ブルボンも疲れてきているだろうに、それでもなお速度を緩める様子はない。
僕らは一心不乱に走り続け──
──横並びになって、ゴール板の前を駆け抜けた。
澤山さんが手綱を引っ張るのでそれに従って減速する。
「はぁっ、はぁ……勝てたか……?」
澤山さんが息を整えながらつぶやく。
疑問符を付けているから、澤山さんの視点からでもどっちが勝ったかわからなかったらしい。
ミホノブルボンの騎手さんもどっちが勝ったかわからないようで、僕らを見た後、掲示板に目を向けていた。
その掲示板には1着、2着は表示されておらず、着差を示すはずの枠には『写真』の文字。
2頭揃って減速していき、遂には立ち止まって結果が出るのを待つ。
観客のざわめきがターフにまで届く。
息を整えながら、息の詰まる時間を過ごす。
どれほど待っただろうか。
『写真』の文字がパッと『ハナ』に変わった。
澤山さんは、一瞬顔をゆがめ、しかしすぐに拍手をして相手を讃えた。
【皐月賞】ミホノブルボンが激闘を制する
第52回皐月賞は、ミホノブルボンとキザノハヤテによる一騎打ちの様相となった。
最終直線で2頭は熾烈な競り合いを繰り広げ、ゴール板前も横並びで駆け抜けた。
写真判定の結果、ミホノブルボンが僅か9cmで勝利を手にした。
騎乗した生島はこれがクラシック初勝利。インタビューでは「僕を男にしてくれたミホノブルボンにお礼を言いたい」とうれし涙を浮かべた。
ミホノブルボンは重賞3勝を含む5戦全勝。無敗での皐月賞制覇は昨年のトウカイテイオーに続く14頭目。
無敗のダービー制覇にも期待がかかる。
【小物馬主の独り言】白熱の皐月賞
地方の小物馬主が中央競馬を好き勝手に批評するこのコーナー。今回の話題はもちろん皐月賞!
惜しかった! あと9cm!
昨日の皐月賞はミホノブルボンが一着。前回で俺がイチオシしたキザノハヤテは本当にハナ差で二着になってしまった。
ここまでくると首の上げ下げのタイミングとかそういった次元だよな。くぅ~、あとちょっとだったんだけどなぁ!
おかげで俺の単勝馬券はものの見事に吹き飛んじまった。枠連にしておけば……!
だがしかし、あの熱戦の観戦料だと思えば安いものだ。
まさに抜きつ抜かれつのデッドヒート。
先頭を駆けるブルボンをまずハヤテが差し、すかさずブルボンが差し返す。
そこからさらにハヤテが差し返そうとして、でもブルボンも譲るまいとして、2頭だけが抜きんでていく。あとはもう2頭の独壇場。他馬を置き去りにする頂上決戦!
これはダービーが今から楽しみだ!
2頭はともに次戦はダービーだと発表している。
ブルボンが無敗でダービーをも制覇するのか!?
ハヤテが悔しさをバネにリベンジを果たすのか!?
はたまた勝利をかっさらう刺客が現れるのか!?
楽しみでしょうがない。
俺はダービーでもキザノハヤテがイチオシだ! 父内国産馬の意地を見せてやってくれ!
次回は今週末に迫った天皇賞春について語ってくぜ。
TM対決に割って入る意外な伏兵を紹介していこう!
1992年4月19日10R 皐月賞 芝右2000m、雨、良馬場 17頭立て
1着 ミホノブルボン 2:01.0
2着 キザノハヤテ 2:01.0
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8着 マチカネタンホイザ 2:02.3
9着 ライスシャワー 2:02.7
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皐月賞レース後コメント
2着キザノハヤテ(澤山騎手・美穂・羽田厩舎)
馬自身の気合もレース展開も全てが上手く噛み合っていたので、あれで負けては勝ち馬を称賛するしかない。それでも限界だと決めつけずに、次の舞台でリベンジしたい。
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キザノハヤテ、苦渋のダービー回避
キザノハヤテが東京優駿に出走しないことが分かった。
皐月賞ではミホノブルボンのハナ差9cmにまで迫る接戦を演じており、リベンジを望んでいた関係者やファンからは落胆の声が漏れる。
調教師の羽田によると皐月賞後も順調に調教を積み重ねていたが、東京優駿3週間前にして右前脚が腫れ上がっているのを担当厩務員が発見。骨膜炎を起こしていることが分かり、大事をとって回避することにしたという。
骨膜炎はソエとも呼ばれる関節の炎症。体が未成熟な若駒に多く見られ、概ね数週間から数カ月程度で治る。キザノハヤテは昨年末から今年一月までにも骨膜炎を発症しており、これが再発した形。
皐月賞の走りから東京優駿でも優勝候補と見られていただけに、陣営は苦渋の決断を下すことになった。
キザノハヤテは今春シーズンを休養に当て、回復具合を考慮しながら菊花賞を目指す予定。
強力なライバルが出なくなったことで、ミホノブルボンは無敗二冠馬に大きく近づいた。