ライスシャワーを救うためにできること。   作:さんさか

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本編再開まで閑話的なもので時間稼ぎをしていくスタイル
今回は厩務員の宮尾君から見たハヤテのエピソード


19,キザノハヤテという馬(夢の舞台への思い)

 ダービーを目前にしたソエの再発は、俺にとってすごく苦い思い出っすね。俺がきちんと見てさえいればよかった話っすから。

 なんだかんだ、浮かれてたんすかね。俺たちの馬がダービーに出られるんだって。

 で、オーバーワークになってしまった。大人しくて賢い馬だったから、ハヤテも痛みを我慢しちゃったのかもしれません。

 ハヤテの様子がおかしくなってからようやく気付いて……何やってんだ、って話っすよ。

 それからハヤテの関係者が集まって今後の方針を決めることになりました。

 つまり、ダービーに出るか、出ないか、ってことです。

 

 

 お医者さんの意見では、ダービーに出走することだけを目標にするのであれば、回復は間にあうとのことだったんすよね。

 もちろんその場合はほとんど調教ができないままレースに臨むことになるから勝利を諦めるような形になるでしょう、とも言われたんすけど。

 

 それを聞いた俺とテキそして澤山騎手は、迷いはしましたけども、勝てないことは承知でダービーに出したいって思いました。

 でも、滝澤オーナーだけは、ダービーを回避して回復に専念させるべきだと主張したんすよ。まだ菊花賞、そして有馬や天皇賞があると。

 でも有馬や天皇賞とは違うんすよね。俺ら競馬関係者にとって、ダービーは特別っす。ありきたりな言い方っすけど、夢の舞台なんすよ。出走できるだけでも名誉なんです。ダービーとは縁がない厩舎でしたし、このチャンスを逃したくなかった。

 それに、なんだかんだでハヤテなら勝ち負けにまで持って行けるかもしれないって思いもあったんで。

 そりゃあ多少無理をしてでも、って考えちまいます。

 ただ、滝澤オーナーは頑として首を縦に振らなかった。「ハヤテをこれからも走りたいように走らせ続けるためにも、今回の出走は認められない」と。馬が第一の人でしたから。

 それでダービーには出ないことになったんすよね。

 

 

 その後、俺とオーナーの前でハヤテが暴れたときは怖かったですね。

 いやぁ本当にあの時は怖かったっす。睨み付けられて、耳をつんざくような嘶きを向けられて。あれが殺気っていうやつなんでしょうね。

 しばらく威嚇されてましたけど、その後は一転、急にめそめそと泣き出すもんだから、当時は何が何だかよくわかんなかったっすね。

 

 それからしばらく、ハヤテは全く元気がなかったんすよ。

 ホントに意気消沈しちゃって、時折「びぃーん」と悲しそうに嘶いてたっすね。

 あの頃は食欲もなかった。だからどんどん痩せちゃいました。

 馬体重が、えーと確か、450kgを割ったんだったっけな? 皐月賞の時と比べて-30kgとかになってましたからね。

 好物の梨を混ぜてやらないと碌に食べない状態になって、一時期はガリガリもガリガリ、骨が浮いて見えるレベルにまでなってたんすよ。

 それ以前はよくしていた、馬房から頭を突き出して隣のカタフラクト号にちょっかいを出すこともしなくなってたっけ。逆にカタフの方がハヤテを心配してましたね。

 

 俺が特に衝撃的だったことは、あんなに好きだったラジオを馬房の前で付けても、ラジオの近くによって来なかったことっすねぇ。

 それどころか、日本ダービーの時はラジオを持った俺を威嚇してくる始末。ラジオを消してご機嫌取りに終始する羽目になりました。

 まるで聞きたくないと言わんばかりでした。

 

 それでようやく、俺はハヤテの気持ちを理解できたんすよ。

 ハヤテは痛みで鳴いている訳じゃなかったんだ。ダービーに出られないのが悔しいんだって。

 思い起こせば、ハヤテが滝澤オーナーの前で暴れた時、直前にオーナーが呟いていた言葉を、俺は聞いてまして。「私だって、お前が走るダービーを見たかった」と。あぁこの人も本心ではそう思っていたのかと、そばにいた俺が同意の言葉を投げようとしたとき、ハヤテが暴れ始めてたんすよね。

 だからきっと、オーナーの言葉を聞いて、ダービーに出れないことがわかって、それでアイツは悔しくて、怒って、それで泣いたんだなぁって、すごく納得しました。

 人間の俺たちと同じかそれ以上に、アイツはダービーにかける思いがあったってことでしょう。

 

 

 え、なに? 馬がそんなこと思うわけがないって? 

 まぁ、関わりがない人たちからしたらそう思うかもしれないすけど、俺らが思っている以上に馬は頭がいい動物なんで。

 特にハヤテは頭が良かったからなぁ。アイツはこっちの言葉がわかってたと思いますし、文字もわかってたんじゃないかなぁ。雑誌を見せたら目線が完全に文字を追っていたことがあったんすよね。

 そんなのあり得ない? 

 あー文字はともかく、少なくとも自分の名前とライスシャワーって言葉は確実に覚えてましたよ。

 特にライスシャワーについては俺たちが話すだけでも、ラジオで読み上げられるだけでも、必ず耳を動かしてましたし。アイツはライスシャワーにメロメロでしたから。

 

 あぁ、そういえばダービーではそのライスシャワーが2着になってたんだっけ。

 ハヤテのせいでラジオでは聞けなかったから翌日の新聞を見てね、やっぱりハヤテが目に付けた馬だけあって、強い馬なんだなって滝澤オーナーと話してた思い出があります。

 ふふっ、まだこの時はライスシャワーの等身大の写真を馬房に貼ることになるとは思ってなかったなぁ。

 あれを考え付いたあの時の俺はマジでどうかしてた。でも、あれは効果あったと思うんすよね。張り替えてやればそのたびにご機嫌になってましたし。

 まぁそれはまた別の話だから、もうちょい後で話しましょうか。

 

 えーと、あの時はどうやって元気が出たんだっけな。

 あぁそうだ、プール! 

 アイツ、プールが大好きになって、それで機嫌が一気に直ったんすよ。

 ダービーから数日後だったかな、足に負担をかけないトレーニングってことでプールに連れてったんすよ。当時はまだ美浦にプールが出来てからそんなに経ってない頃っすから、テキもプールの利用はあの時が初めて。

 ノウハウとか全然なかったんすけど、聞けばブルボンもダービー前にソエになりかけてたっていうじゃないっすか。それをプールで治してまた坂路調教をしたとか。 

 あちらさんはハヤテよりは幾分かマシな状態だったらしいっすけど、それでもそんなに効果があるのならば、まぁ物は試しだと。

 それで行ってみたらハヤテが気に入っちゃって。

 2回目以降はプールに行くとわかった途端ぶんぶん尻尾を振るんすよ。プールに着いたら着いたで飛び込まんばかりにプールに入って、元気に泳いだり潜水して遊んだり。俺は何回かハヤテが潜水した時に引きずりこまれてプールに落ちましたからね。あれマジで死ぬかと思いました。

 テキはすっかりハヤテのはしゃぎっぷりに絆されちゃって引退まで何度も何度もプールに通うことになりましたから、俺はそのたびに戦々恐々としてましたよ。

 思えばハヤテのあのスタミナはプールで育まれたんすかねぇ。

 

 

 6月にもなると、食欲もまぁそれなりに戻ってきましてね。足の方も治ってきてたんで、ここらで一度放牧に出しておきますかとの話になりました。

 体重が戻ることを期待して放牧に出したんすけど、それがまぁ失敗。

 アイツ、制御する俺らがいないと放牧地をひたすらに走り続けたんすよ。食いっ気より走りっ気ってことなんすかね、放牧場の芝をまぁ荒らしに荒らして走る。

 前回放牧に出したときはそんなことなかったんすけど、ダービーを回避したことで走り足りなかったのかも。

 ハヤテは元々そんな食う方でもないし、放牧地で運動しまくってるせいで体重もあんまり回復しなくってですね。変な走りの癖がついてもいけないんで2週間くらいで慌てて戻しました。

 

 放牧から戻ってきた後はしっかり管理して調教を積んでいきました。プールがいいリフレッシュになるみたいだったから、調教はすこぶる順調でしたね。

 目指すはもちろんクラシックの終点、菊花賞っす。

 世間では無敗三冠への期待が高まっていたけど、そんなの関係なかった。

 ただハヤテの強さを証明したかった。

 GⅠを取りたかったんすよ、俺たち……そして何より、ハヤテ自身が。

 

 

 次回、菊花賞編:因縁の対決! 

 ついにヤツが覚醒する。キザノハヤテは史上最強の敵に太刀打ちできるのか! 

 

 

 ってな感じで次の記事に繋げたらどうっすかね。

 え、微妙? スベってる? 

 うーん、割と真面目に考えたんすけど。

 




美浦トレセンのプール開設年は平成3年(1991年)11月だそうです。
本編が今1992年夏なので、ちょうど半年前くらいにできたピッカピカの新施設ってところですね。
なお、栗東トレセンのプール開設は1988年9月である模様。坂路といい、美浦トレセンは何故施設整備が後手に回ってしまったのか。
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