私、グロリアグラチアの相部屋の子は……バカだ。
日本中央トレセン学園。
栄誉あるこの学園に無事入寮できた私は、地元を離れて学園寮に住まうことになった。
私に与えられた部屋は美浦寮1階の二人部屋。相部屋で過ごすことになる相手の名前はキザノハヤテ。私と同期の新入生らしかった。
「アンタが私の相部屋の、キザノハヤテかしら? 私はグロリアグラチアよ」
「えと、初めまして、キザノハヤテです。よろしく、グラチアさん」
これがハヤテとの初対話。
夕飯を食べ終えた後だったから、19時頃だったか。だいぶ遅い時間にハヤテはやって来た。
最初の印象は、不健康そうなやつだなというものだった。
ハヤテは見るからに痩せぎすで、素肌は美白を通り越して青白い。濃い葦毛はボサボサで、目には濃いクマがある等、ずぼらな性格も伺えた。
こんなヤツ中央でまともに走れるのかしらと、疑問に思ったものだ。
ただ、既定の時間から3時間くらい遅れて美浦寮にやって来たくせにそんなことを感じさせない落ち着きぶりだったから、これは大物か、よほどのバカなんだろうなと感じた。
「えぇ、よろしくハヤテ。荷物解き、手伝いましょうか」
「助かります。それじゃあ服を整理してもらっていいですか?」
はたしてハヤテがそのどちらだったのかと言えば……まぁ世間一般から見れば前者と言って差し支えないだろう。
私だってつい最近まではハヤテはものすごい大物だと思っていたのだし。
入寮の翌日からキザノハヤテは優れた才能を周りに示した。
まずは走力。美浦寮内の新入生を対象とした新歓模擬レースでは連戦連勝。スタートが上手く、尚且つ最後の直線の粘り強さがある。私も一度一緒に走ったけど、ゴール直前で差し返された。まさに惚れ惚れとする走りだった。
授業が始まればその秀才っぷりは私がいる隣のクラスにも伝わるほど。私自身、寮の自室でハヤテに勉強を教えてもらったりもした。ハヤテは見た目とは裏腹に割と気さくでお人よしなヤツだったから、「教材のここがわからないの」と尋ねれば肩を寄せて懇切丁寧に勉強を教えてくれた。近づいてきたハヤテはいい香りがしてちょっとドギマギした。
お人よしだから何か悩んでいる風の子がいると、積極的に声をかけに行っていた。ケンカの仲裁や、親元を離れてホームシックになっている同級生のケアもお手の物だった。最初は外見で引かれてたけど。ハヤテって絶対に見た目で損してるわ。着飾ればきっとカッコいいのに。
そうして入寮から1週間経つ頃には、ハヤテはその誠実な性格から皆に頼りにされる存在になっていた。
そのくせよく忘れ物をしたり、迷子になったり。ちょっと抜けたところがギャップになっていて、かわいい。
中央トレセンにいる人は皆すごい部分があったけどハヤテは格別だった。足が速くて、頭もよくて、気配りもできて、でもちょっと抜けたところが可愛くて、一緒にいると心が温かくなる存在。
ハヤテと一緒の部屋になれたことはとても幸福なことだと思っていた。
そんなある日のこと。
「グラチアさん、ちょっと大事なお話があるんですが」
二人っきりの部屋(自室なのだから当然)で突然そう切り出された。
だ、大事な話?
その声に応えてハヤテを見れば、とても真剣な眼差し。心なしか緊張しているようにも見える。
そんな心構えが必要な話となると……もしかして、もしかすると告白……!?
なんて、そんなわけないわよね。
「え、えぇ。いったい何の話かしら?」
「その、実は──」
ドキドキ。
「──部屋にポスターを飾りたいんです」
……
うん、まぁ私が勝手に期待してただけだし。むしろ変な話じゃなくってちょっとホッとする。
ポスターを飾るくらい別にどうってことはない。
トゥインクルシリーズを走る私たちには多かれ少なかれ憧れの先輩がいるもの。
かくいう私も実家には憧れのメジロラモーヌさんのポスターを飾っていたりする。麗しのティアラ三冠ウマ娘。私もいつかあんな風に……そのためにはまずこの小柄な体を成長させなきゃいけないけど。
ハヤテにもそんな憧れの人がいるというわけね。
ルームメイトの私に配慮してくれたんだろうけど、そんなことわざわざ聞かなくってもいいのに。私ってそんな狭量な女だと思われてるのかしら。
「別にいいわよ。誰のポスター? ちょっと見せてよ」
「あ、注文はまだです。これなんですけど……」
ハヤテがスマホを私に見せてくる。
その画面を見て、私は固まった。
映し出されていたのは私も知る人物だった。
「……ライスシャワーさん?」
「はい!」
ライスシャワーさんが控え目に笑顔を浮かべている写真だ。
いつもとは比べ物にならないほど速く思考が巡りだす。
背景は学園の練習コース。服装は体操着。少し頬が赤いのは緊張しているのか、もしくは状況からして少し走った後なのだろうか。
そもそもデビュー前の私たちと同世代のウマ娘なんだから、まだポスターなんて作成されるはずなんてないのだけど……?
彼女は私と同じ美浦寮所属ではあるものの、あちらが引っ込み思案な性格のようで、私は直接話したことがない。
食堂でよく大盛りの食事を平らげているのを見かけるくらい。
そんな間柄ながら名前がわかるのは、単にハヤテが彼女の話題を出すことが多いから。
ハヤテは彼女がクラシック三冠路線の有望株だと睨んでいるのか、行動を逐一観察しているのだ。つまりは敵情視察……と思っていたのだけど。
目線をスマホから外してハヤテを見る。
心なしかいつもより笑顔のような。気のせいかちょっと血色がいいような。尻尾は誤魔化しようがないほどぶんぶん振られてご機嫌である模様。
しかし私がすぐに返事をしなかったせいか、尻尾の勢いが徐々に削がれていく。
「やっぱりポスターはダメ、ですかね……?」
「あ、いえ! そういうことではないの。そういうことではないんだけど」
……これは確かめねばなるまい。
「えっと、ポスターが出るの? そんな話聞かないけど」
「いや、近くで写真を拡大印刷してくれるところがあるみたいなので、そこに頼もうかなーと」
「そ、そう……それはその、ええーっと、臥薪嘗胆みたいな感じってことよね……?」
「?」
「何でライスシャワーさんの写真を張りたいのかがちょっと疑問で、何と言うか、ライスシャワーさんはクラシックを走る予定のハヤテにとってライバルなんでしょ? だから、ちょっと言い方はアレだけど、にっくき敵を忘れない様に、みたいなかんじなのかなぁと……」
「にっくき敵だなんてとんでもない! ライスさんは僕の推しですからこれはガッツリ応援の意味を込めたものですよ。ただ、あんまりぐいぐい行くとお互いちょっと距離感がつかみにくいところがあるでしょう? この写真を獲らせてもらうのも個人的にはちょっとやりすぎたかなとは思ったんですけど、やっぱり一枚くらいは盗撮じゃない写真も持っておきたいですし、後々ライスさんが有名になるのは確定ですけどそれ以前に自分に対してだけの笑顔の写真を撮らせてもらって後方古参ファン面したいというかそんな欲もちょこっとあったりしてバクシンオーさんの介護付きでデビュー前のこの時期に何とか取らせてもらったんです。で、最近はこの写真見てによによしてたんですけど、やっぱり部屋に飾りたくなって。昔宮尾君が部屋に写真を貼り始めたのは正直引いたんですけど、あれに慣れちゃってたからどうにもこっちに来てからは部屋の中が物寂しい気がしまして。で、折角写真があるんだから綺麗に打ち出してもらおうかなとカメラ屋さん行ったら拡大印刷サービスやってるっていうじゃないですか。これはもう実物大にまで引き延ばして印刷してもらおうと。そしてその写真に向かって部屋の中でひっそりと応援の念を送りたいなと思った次第です、はい。
……すみません、考えてたことがちょっと溢れ出しちゃいました」
……うん。
あんまり理解したくないけど、ライスシャワーさんのことはライバルではなく、身内というか、崇拝対象というか、そんな感じのカテゴライズらしい。
ハヤテの新しい一面を垣間見た。
できれば見ないままでいたかった。
こうして、私たちの部屋の一角には、でかでかとライスシャワーさんの写真(およそ等身大)が飾られることとなった。
特に文句を言うことではないのはわかっている。憧れの人のポスターを張るくらい、誰でもやることだ。
なにより個人の趣味趣向は自由だから、ルームメイトとはいえ他人が口出しすることではない。
(ニコニコ)
「……はぁ」
それでもライスさんの写真を眺めてご満悦な表情を無言で浮かべるハヤテを見ると、思わずため息が出てしまう。
何だろう、夢破れたような、敗北感というか、残念というか? そう、残念な気持ちだ。
ちょっと尊敬を抱いていた相手が、意外に俗っぽくて勝手に幻滅して、残念な気持ち。これはきっとそういうものだろう。うん、そうであってほしい。
私の中に芽生え始めていたはずの淡い感情は実ることなく散った。
私、グロリアグラチアの相部屋の子は、ライスシャワーバカだ。
キザノハヤテのヒミツ
写真が趣味。バズーカのような望遠カメラから、どんなことに使うのかわからない小さいカメラまで色々持っている。
今更感ありますがウマ娘キザノハヤテ君のイメージなんか作ってみました
【挿絵表示】
灰色(葦毛)の髪、不健康そうな隈、くせっ毛が中心的な要素