「──ですから、次走はこのレースがいいんじゃないかと」
「なるほど、考えていなかったが、一理ある。ふむ、羽田調教師はどう思う?」
「うーん、澤山君の言うこともわかります、わかりますが……ただ、ダービーに出走できなかった件もありますし。なぁ澤山君、次走は私かオーナーの案のどっちかの方が良いんじゃないか?」
「いえ、菊花賞で勝つために、どうか」
「そう言われてもな……」
「ううむ、これは悩ましいな……」
「あのー」
「なんだ宮尾君、何かいい案でもあるのか」
「いや、そんな悩んでるなら、いっそハヤテに選んでもらうとかどうっすか」
「はぁ?」
「ダービー出れなくてあんだけ悔しがってたんすよ、ハヤテにもなんかこだわりがあるかも」
「何を言い出すのかと思えば……」
「いや、面白い」
「オーナー!?」
「ハヤテの好きなように走らせてやれ、なんて言ったこともあったしな。実際にハヤテに決めてもらおうじゃないか」
──・──・──
なんか放牧に出されたと思ったらすぐにトレセンに戻ってきてしまったでござる。
折角走り放題のトレーニングし放題と思ったのに……トレセンでの調教はまだまだ疲れてないところで澤山調教師からストップがかかっちゃうから、僕としてはちょっと欲求不満というかなんというかですね。
怪我の療養中にプールトレーニングをするようになってから大分スタミナ面が強化された気がするから、もっともっとトレーニング量を増やしてもいいと思うんだ。
あと、こんなトレーニング量でこの先勝てるのかどうかが不安ってのもある。出来ることはしておきたい。
僕は今、焦りを感じている。
というのも放牧から戻って数週間経った頃、たまたまライスと併せ馬をする機会があったのだ。
ライスと併せ馬をするのはスプリングステークス前に併せ馬をした時以来2度目になる。
同世代で対戦する機会が多いから相手に情報を漏らさないようにしているのか、はたまた単純に羽田さんがライスの調教師さんと仲が良くないのか、同じトレセンにいるのに全然会えてなかったから会えたことは嬉しかったのだけど……
『めっちゃ速くなってますね……? いや、速さというか、粘り強さ?』
「ひひん」
『あ、嫌味じゃないんです、単純に感心してですね』
「ぶふぅ」
『ハイッ、また走るときはよろしくです』
ヤル気満々のライスと走り、一応僕が競り勝った。しかし以前のような余裕はなく、僕はなりふり構わぬ本気で走っての辛勝だった。
僕が休養している間に、ライスは随分と実力をつけたようだ。僕がプールトレーニングで身に付けたものと同等かそれ以上の、天性のスタミナが本領を発揮しつつある。
皐月賞の時点では、正直なところ、ライスに際立った強さはなかった。
レベルで例えるならブルボンのレベルが99のところ、僕はレベル89、ライスはレベル60くらいで、皐月に出走してた他メンバーは大体40~80くらいだと思ってくれれば良いか。
それがここにきてライスは目覚ましい急成長を遂げ始めている。さっき例えたレベルで言えば90に迫ろうかというところ。
この調子で行けば、ライスは菊花賞でブルボンを上回る走りを発揮するだろう。
つまり、ブルボンの無敗三冠を阻んだライスがヒールになってしまう。僕の努力は水泡と化す。
だけど、いや、まだ出来ることはある。具体的には2通り考え付いている。
1つ目は菊花賞前の前哨戦、そこで僕がブルボンを打ち破ること。
ブルボンとライスは菊花賞の前哨戦を一緒に走っており、そこでライスはブルボンとの差をダービーよりも縮めたというエピソードがあったはずだ。
そのレースでブルボンを負かすことができれば言うことはない。無敗三冠の夢は途絶え、ライスが菊花賞でブルボンに勝ってもヒール呼ばわりはされないだろう。
あとはライスの最期を何とか出来れば、可哀そうな馬との評価はされないはずだ。
……うん、そっちは敢えて今まで考えないようにしてたけど、こっちもこっちで中々の無理難題だな。まだ時間の余裕があるからゆっくり解決法を探っていこう。
2つ目は、もうこれは最終手段だけど、ライスの代わりに僕が菊花賞を勝つことだ。
つまり僕がヒールの汚名を被ればいい。
ただし、これは史実からすればライスの勝鞍を奪うことになり、強いてはライスの最期を変える上ではマイナスな改変になりかねない。
ライスが最期の宝塚記念に出走を決めた背景には、種牡馬入りするための実績作りの面があったと聞く。
クラシック世代限定で3000mの菊花と、古馬戦で2200mの宝塚とでは大分話は変わってくるかもしれないけど、種牡馬になるにあたってGⅠ勝利数がものをいうのは間違いない。もし実績不足で種牡馬入りできず、現役引退後は行方不明(≒お肉に……)なんて結末になっては史実以上に報われない。
どちらにせよ、僕がレースで勝たないといけないのがつらい。1つ目の案はブルボンを、2つ目の案はライスを上回る必要がある。
言うは易し行うは難し。だけどそこはもう腹をくくるしかない。
簡単じゃないのは身を持って体験してきた。それでもやるしかないんだ。
2つの案のうち、出来れば1つ目の案で行きたいところなのだけど……実際のところ1つ目の案はそもそも実行に移せない可能性が高い。
クラシックレース最後の大目標である菊花賞は(怪我とかしなければ)出られるとは思うけど、前哨戦はいくつか選択肢があるわけだし。その複数の選択肢から出走レースを決めるのは滝澤さんたちになる。
ただ、そうなるとライスの最期に向けた問題がチラつく。
なんとかしてライスと一緒の前哨戦に出れないものかと考えるも、こればっかりはどうしようもない。
馬の僕には、次に出るレースを選ぶ手段も権利もないのだか──
「ということでハヤテ、次はどのレースに出たいっすか?」
──ぁら?
え? 宮尾君マジで言ってる?
今日は滝澤さんが厩舎にやって来ていて僕の関係者が勢ぞろいしている。
彼らが僕の馬房の前にぞろぞろとやって来たと思ったら、宮尾君が急にそう切り出してきたのだ。
滝澤さんが会話を繋ぐ。
「菊花賞の前哨戦について、私たちの中で案が3つ上がっている。それを選んでほしい」
え、え?
マジでこんな願ったり叶ったりな状況があっていいんですか?
えーとえーと、ブルボンとライスが出た菊花賞の前哨戦って何だったっけ?
「1つは9月27日、中山競馬場で施行される芝2200mのセントライト記念。私の案だな」
くっそ、もう人間だったころの記憶があいまいになってきてるからレース名がわからない。
思い出せ、思い出せ~!!
「次は羽田調教師の案で、神戸新聞杯。これも9月27日開催だが、阪神競馬場で開かれる芝2000mの競争だ」
確かその前哨戦は菊花賞と同じレース場だった、ような。だから──
「最後は澤山騎手の案で、京都競馬場の──」
「ひひーん! (それだぁ!!)」
ぃよっし、これで望みは繋がった!
【注目馬動向】キザノハヤテ、復帰一戦目は京都大賞典
皐月賞ハナ差2着となった後、休養に入っていたキザノハヤテが復帰する。その復帰一戦目は古馬混合戦である京都大賞典だ。
同競争には同期の〇外であるヒシマサルも出走を予定しており、4歳勢が古馬相手に実力を示せるのかが注目の的となりそうだ。
古馬は宝塚記念を制したメジロパーマー、京都記念を制したオースミロッチらが出走を予定している。
ぬか喜びなハヤテ君
人の話は最後まで……聞いてもブルボン出るかどうかは判断できんか……
次走について各々の主張
・滝澤オーナー:セントライト記念
……菊花賞優先出走権が貰える競争のうち、距離が長い方。2000mより長い距離の経験を積ませたい。
・羽田調教師:神戸新聞杯
……菊花賞優先出走権が貰える競争のうち、距離が短い方。皐月後に怪我したので、あまり無理をさせたくない。
・澤山騎手:京都大賞典
……菊花賞前の重賞としては最長距離。強敵揃う古馬混合戦。京都競馬場を経験させておきたい。
京都新聞杯(ライスとブルボンが出走するレース)を誰も選ばなかった理由
……皐月後のことを思えばレース後の休養は必須。京都新聞杯は10/18、菊花賞は11/8になるので、中二週だと休養を挟む余裕があまりない。新聞杯に出すくらいなら大賞典(中三週)の方が良い。