キョウエイボーガンが先頭を駆けて行く。
それを風除けにして追走する僕、少し離れてブルボン、その後ろの方にはライスたちが続く。そんな形でレースは進んでいる。
向こう正面に差し掛かった。
ボーガンの騎手が澤山さんと同じ考えなら、この向こう正面で速度を少し緩めるはずだ。僕もここは素直に少し休む。
「よし、ハヤテ、ここで息を入れるんだ……」
僅かにボーガンが走る速度を緩めるのに併せて、僕も併せて速度を下げた。
するとブルボンがここぞとばかりに少しずつ僕に迫ってきている。ここで息を入れなくて大丈夫なんですかね?
直線を進み、前方には大きな坂が近づいてくる。
先頭の順位は未だ変わりなし。
ウマ娘だとこのあたりから一気に順位が変わるんだよな。現実的にはこんな坂でスパートかけるとか無理ゲーだ。増してやこの先は長い下り坂だから、ここは速度を抑えないと足の負担がヤバいことになる……って澤山さんたちが作戦会議で話していたのは覚えている。
でも、だからこそだれも予想できないハズ。
2度目の坂上り中に僕は少し外側へ進路を取る。
そして坂を上り終えたところで一気にボーガンを抜かしにかかる。
「ハヤテ!? まだスパートは早い!!」
いいや、このタイミングがベストだ! ミホノブルボンを置き去りにして、勢いよく坂を下りボーガンを抜かす。
これで僕が先頭!
下り坂の勢いそのままに先頭で駆け抜けてやる!
最終コーナーを回って、後ろにはいつの間にか上がってきたブルボンが2馬身差、さらにその後ろからは殺気にも似た闘争心が近づいてきているのを感じる。
少しでも油断すれば、食われる。全身がすくみ上るような感覚。
ハッハッハ、もう笑うしかない。
楽しいな、レースってよぉ!
「くぅ、ここまで来たら後は行くしかない! いくぞ!」
言われずとも!
澤山さんの手綱さばきに合わせ、足の回転を速くする。足から伝わる衝撃が全身の筋肉を震わせる。
しかし、流石に僕もスタミナの限界が見えてきた。かなりキツイ。スパートしているつもりなのだが、全く速度を上げられた気がしない。
内回りのコーナーと合流する。さぁここからは直線だけ。あともう少し、あともう少しで、僕が菊の勝者となる!
しかし、外側斜め後ろから威圧感と共に足音が近づいてくる。
馬の広い視界に映るのは、やはり黒い馬体。ライスだ。
みるみるうちに差が詰まる。
並ばれる。
全身に倦怠感が押し寄せてくる。
ライスが僕よりわずかに前に出た。
あぁ……
くぅ、やっぱり僕はだめ、なのか。
そう思ったとき、パシンッと鞭が入った。
「ハヤテ! 諦めるな! 意地を見せろ!」
……そうだ、これは、僕の! 意地だ!!
言わせない、言わせない! 絶対にライスをヒールだなんて言わせない!! 悪者扱いなんて、ぜぇっったいにさせない!
だからライス、君には! 君にだけは! 絶対にこの菊の冠は渡せない、渡さない!
ぐんと踏み込んで、ライスを差し返す。
なんだよ、やればできるじゃねぇか! 諦めたらそこで試合終了ってホントなんだな!
ただ、足が、背中が、首が、体中の骨と筋肉が軋む。
強く歯を食いしばった口の中には血の味が広がる。
視界にはぱちぱちと火花が飛んで目の前が白く染まっていく。
すぅっと周りの音が消える。
平衡感覚がわからなくなる。
ヤバイ気配がビンビンするが、でも、きっと僕はこの時のためにこれまで走って来たんだ。
たとえ明日がどうなろうとも構わない。この数秒間に、僕の全てをかけてみせる……っ!
何としてもライスより前へ! 前へ!
君にだけは、絶対負けない!
無我夢中で走り、気付けばいつの間にかハミから減速の合図が伝わっていた。
走る速度を緩めていき、白く染まっていた視界が戻って来た時、僕の前にはだれもいなかった。
ゴールは……いつの間にか通り過ぎていた。
僕が先頭のまま。
つまり……勝った。
勝ったぞ!
コースを回りながら、鞍上を見る。
なぁ澤山君、やったな!
「……」
あれ?
澤山君?
喜んでない?
ガッツポーズを上げていない。苦虫を噛んだように、表情が悪い。
なんで?
あ、やべ、疲れが。
意識が、と ぶ
──・──・──
『向こう正面で先頭は息を入れたか、徐々に先頭と後続集団との差が詰まってきている』
『淀の坂へ差し掛かって先頭は未だキョウエイボー、おっとキザノハヤテ動いた、なんと一気にキョウエイボーガンを抜き去った! 淀の坂を勢いよく下っていく! 3コーナーに入って差が広がる! ミホノブルボンも下り坂に入ってキョウエイボーガンを躱した! 各馬次々に鞭が入っていく!』
『さぁ最初に最終コーナーを回ったのはキザノハヤテ! 2馬身差ミホノブルボン!』
『外からはライスシャワー上がってきた! あー! ブルボンが抜かされて3番手に後退ー!』
『キザノハヤテにもライスシャワー襲い掛かる、先頭僅かにキザノハヤテ! 必死に粘る!』
『だがライスシャワーだ! ライスシャワーだ!!』
『いや、キザノハヤテ! 息を吹き返した!! あっと、ちょっとヨレたか!? 前をふさがれたライスシャワーは失速!
斜行しながらキザノハヤテ抜き出る、抜き出て今ゴールイン!』
『キザノハヤテですが、これは……』
『あーこれは審議。審議のランプが点灯しました。どよめきの声が漏れます』
『入線順では1着キザノハヤテ、2着にライスシャワー、3着はミホノブルボンとマチカネタンホイザが際どいところだったか。これは写真判定になりそうであぁっと!? 会場悲鳴です。1位入線のキザノハヤテが倒れました。騎手の澤山投げ出されています。人馬共に大丈夫でしょうか』
『えー現在、審議のランプが点灯しております。順位が確定するまで、しばらくお待ちください──』
『──順位が確定しました』
『優勝はライスシャワー、ライスシャワーです。2着にキザノハヤテ、3着にミホノブルボン……第53回菊花賞を、お伝えしました』
1992年菊花賞の決着
1着 ライスシャワー R 3:04.8 1.1/2馬身
2着 キザノハヤテ 降着 3:04.5
3着 ミホノブルボン 3:05.1 1.1/2馬身
4着 マチカネタンホイザ 3:05.1 ハナ
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菊花賞がっかり 優勝は盗人ライスシャワー
ミホノブルボンの無敗三冠か、はたまたキザノハヤテがそれを阻止するのか。激戦を熱望された菊花賞の優勝は期待外の2位入線ライスシャワーになった。
ライスシャワーは道中6番手ほどで息を潜め、最終コーナーから進出を開始すると直線でミホノブルボンを抜き去って、2位で入線した。
1位入着となったキザノハヤテは最終直線走行中の斜行がライスシャワーの進路妨害をしたと判断されたために2位に降着となり、ライスシャワーが繰り上がって1着となった。
シンボリルドルフ以来となる無敗三冠を目指して厳しい調教を積んだミホノブルボンや、レース後貧血で倒れるほどの死力を尽くしたキザノハヤテだったが、栄冠はライスシャワーによって掠め取られた。
誰だよこんな救いのない展開にしたやつゥ!俺ぁシリアス展開嫌いなんだよォ!作者だれや!
……ワイやんけ。
この展開を思いついたのがこのお話を書き始めたきっかけなのです。本当に申し訳ない。
まだ毎日更新は続きます。