あと、今話はウマ娘では絶対に触れられないであろう史実に少し触れています。
ご了承ください。
僕が関与しないところで、突然変わった歴史。
これがバタフライエフェクトというやつなんだろうか?
どうもこんにちは。なんだか今になってとんでもないことをしてしまったんじゃないかと恐ろしくなってきたキザノハヤテです。ただ今絶賛療養中です。
年が明けて僕が5歳(現4歳)になってから、僕は骨折を治すために美浦トレセンからなんか別の場所に連れていかれた。
これまで短期放牧でお世話になった牧場ではなく、トレセンのミニバージョンみたいな施設だった。宮尾君はジョウバンシショとか言ってたかな?
ここ、どうやら故障した馬たちが復帰を目指すための施設、ありていに言えばリハビリ施設みたいなところのようだ。
リハビリ施設なだけあって設備が凄い。僕が大好きなプールはもちろん、ここにはなんとお風呂もあるのだ。
まさか馬になってもお風呂に入ることが出来るとは……!
もうここでずっと暮らしたい。
「怪我の治りも順調だし、宝塚は余裕で間に合いそうっすね」
まぁそうは問屋が卸さないんですけどね。
今は宮尾君が僕の見舞いに来てくれている。
当然のことながら、宮尾君は美浦トレセンの羽田厩舎で働いているので、普段はここにはいない。以前は毎日のように顔を合わせていた羽田さんと澤山さんも、今では2週間くらい全く会わないとかザラだ。
会う回数が減っていないのは馬主の滝澤さんくらいではなかろうか。元々一カ月あたり1~2回くらいだったからな。……そんなに会いに来て、本業は大丈夫なのかな? いや滝澤さんがどこに住んでて、どんな仕事してるのかは知らないけど。
あ、ちなみにここでも僕の馬房にはライスの写真が貼られております。流石にここでは等身大ではなくB2サイズのポスターだけど。毎朝の日課はライスの写真に祈りをささげることです。
「……はぁ。でもハヤテたちにとっては、レースで走らされるってのは負担なんすよね」
ふと、僕を眺めていた宮尾君の表情が曇る。
年末年始から、というか有馬記念が終わってから、宮尾君はなんだか元気がない。僕のケガのせいで思いつめているのかと思ったが、どうやらそれだけではないらしい。
宮尾君が喋る言葉の断片から判断するに、ライスが勝った有馬記念のレース中にとある馬が骨折、そして競走中止してしまうことがあったようだ。
レース中に骨折と言うと、ライスやサイレンススズカの最期が思い起こされる。
するとその馬も安楽死処分になったのかと思いきや、治療を受け今も生きているという。詳しい状況はわからないが、生きているのなら何より……だと思うんだけど、話はそう単純ではないようで。
そもそもの骨折の原因がレースに使いすぎたことによる疲労の積み重ねであると見られたこと。そしてレースに出す出さないで馬主と騎手、それとなんかマスコミを巻き込んで色々あったとのことで、宮尾君としても何か思うところがあったのだろう。
その馬の名前が、なんかどっかで聞いた覚えがあるような名前なんだよな。どこで知ったんだっけ?
『思い出せなくてモヤモヤするんだけど、宮尾君知らない?』
「一歩間違えばハヤテも……ハヤテはなんで走るんすか? どうしてあんなに一生懸命走るんすか?」
『……』
「って、聞いても仕方ないか。ハヤテの滝澤オーナーはちゃんと馬を生き物として大切に取り扱ってくれる人だから良いっすけど……ウチだってあぁいうオーナーとの付き合いはあるからなぁ。だから……うん、俺たちがしっかりしなくちゃ、なんすよね……」
当然宮尾君が教えてくれるわけもなく。
むむむ、絶対に聞いたことあるんだけどなぁ。一緒にレースを走ったお馬さんだったか……?
僕の心のモヤモヤがとれないように、宮尾君もまた、晴れない表情のまま帰っていった。
さて僕の心のモヤモヤ……というか、ここ最近の悩み事はもう一つある。
それは宮尾君が先程僕に問うた「なんで走るのか」ということ。
というのも、ライスが有馬記念を制覇したことで、僕の目的は半ば達成したように思うのだ。
僕のこれまで走って来た目的と言えば『ライスシャワーを救うため』だった。これが大目標。
GⅠで勝利してもヒールだと罵られ、やっとその勝利が祝福された矢先のレースで骨折・安楽死となった悲劇の馬。そんなライスが可哀そうな馬と言われないように、強い馬だったんだと言われるように。そのために僕は走ってきた。
で、そのための中目標として「ライスをヒールにしない」、さらにそのための小目標として「ブルボンの無敗2冠を崩す」とか「菊花賞で僕が勝つ」とかがあったわけだ。
で、僕の小目標はことごとく不成功に終わった。
それなら僕の目的は達成しようがないハズなのだけど……
ライスが有馬記念を勝つとその前提がちょっと変わる。
そもそもライスが最期のレースに出走したのは種牡馬になるための実績作りだ。特に中距離(2000m~2400m)の。
有馬記念は2500mと中途半pじゃなくて、中距離に近い距離。しかもクラシック世代で古馬を破っての勝利とくれば実績という点ではかなりの成果。
仮に今年の天皇賞(春)を勝てばGⅠは3勝目。勝利数では史実に並ぶ上に、ある意味史実以上の実績を持つことになる。
これなら種牡馬にしても十分と判断されるのではなかろうか。
であればライスが最期のレースに出る必要はない。その前に無事引退して、種牡馬になる。
……おや、これは大目標を達成したと言ってよいのでは?
過程をすっ飛ばしていきなりの大目標達成である。
嬉しいは嬉しいけど、その、なんというか、達成感がない……
もちろん、マックイーンに勝てると決まっているわけでもないし、春天に勝っても早期引退せずに現役が続行される可能性もあるし、そもそも不測の事態が発生して突然安楽死されてしまうことだってあるかもしれない。
ただ、僕はこれらに対処する術がない。
春の天皇賞には怪我で出られないし、引退するしないはライス陣営が決めることだから口出しできないし、不測の事態をなかったことにできる特殊能力等は持ち合わせていない。有馬で競争中止したお馬さんのように生き延びる手段があるかもしれなくても、言葉の通じない人間は僕の主張を聞きやしない。
つまるところ僕がやれること、やるべきことがもうない。
強いて言えばライスから直々に再戦を望まれているのだから、その約束を果たしたいということくらいだけど……それだって僕がでしゃばるとライスの評価を下げることになりかねないのでは?
うむむ、僕はこれからいったいどうすればいいんだ?
暇なこともあってそんなどうしようもないことを延々と考えて、時折やってくる見舞客や僕の関係者に愛想を振りまき、温泉でまったりする日々を送る。
そうしてひと月ほどが経った頃。
馬房からボーっと外を眺めていたら、何やら手綱を引っ張られてこちらにやって来る栗毛のお馬さんを見つけた。
ハヤテ君が名前を思い出せない馬は……言うまでもありませんね。
ハヤテ君はジュニア期に一度だけ対戦して負けそうになってました。
わからない人は調べてみることをお勧めします(ウマ娘では触れられないであろう優しくない世界の話題なのでその点ご留意ください)。
物語を書くために同世代について調べてた時、この競走馬を知って、軽くでも物語中で触れておきたいと思ったので、そのとっかかりとしてジュニア期の出走レースを調整して対戦させたという経緯があったり。
こういう歴史もあるんだということを、少しでも多くの人に知っていてほしい。