遠くに栗毛の馬が手綱を引っ張られてこちらに向かってきているのが見える。
栗毛の馬はここにはいなかったから新顔だな。
馬は大抵鹿毛だから明るい色合いの栗毛はずいぶんと目立つ色だなー。あ、でも今は白化した葦毛の僕の方が目立つのか。
競走馬に怪我は付き物だからなぁ、僕がここに来てからの約一カ月の間にも入れ替わり立ち代わり、何度も出会いと別れがある。
僕の隣の馬房を使っていたお馬さんはつい一週間ほど前に無事退所していった。なのでちょうど僕の隣が今空き部屋。そこに新しいお馬さんを迎え入れる感じだろうか。
新顔さんに威圧感を与えないようにちょっと引っ込んでいようかな。
馬房のなるべく奥に移動して伏せる。
耳をそばだてると、馬をつれている人たちの会話が聞こえてきた。
「あのぉ、先輩、抜け毛を拾うのってOKですかね?」
「はぁ? お前何言ってるんだ」
「いやね、俺、コイツの大ファンなんですよ。まさか会えるなんて思ってなくて。それにここにいる間は俺たちが世話するんですよね? なら、記念に毛をとっておきたいなぁと。切ったり抜き取ったりするのはもちろんダメですけど、これから夏毛への換毛の時期ですし、自然に抜けて馬房の中に落ちたモノなら……」
「あー、そういうことか。うん、抜けた毛を拾う分にはいいんじゃないか?」
「やった!」
「……俺も拾っておこうかな」
おやおや、新しいお馬さんはたいそう人気馬のようですな。
あの人たち、ここで暮らしている怪我した馬をお世話する人たちなんだけど、大分浮かれた様子だ。僕に対してはそんな素振りなかったのに。
一応僕だって昨年は……4戦して全部2着だったのか僕(今更)。シルバーコレクターじゃん。それもGⅠに2回出てその戦績なわけだし、競走馬全体から見れば我ながらかなりすごい馬だと思う。
そんな僕を差し置いてファンと言われる馬……?
気になるぞ。誰なんだろう。
ひょっとしたらウマ娘に実装された競走馬だったりする?
「あと先輩、今更ですけどコイツの隣、あの馬ですよね? 大丈夫でしょうか」
「んん? キザノハヤテ号だろ? 案外大人しい馬だし、何が問題だって言うんだ?」
「いやでも、いわばライバルじゃないですか。ミホノブルボンとキザノハヤテって」
……え?
『ブルボンだって!?』
慌ただしく立ち上がり、馬房から首を突き出してこちらにやってきている馬を見る。
栗毛の馬は、もう5mほどにまで近づいてきていた。
確かに、言われてよく見りゃコイツ、ミホノブルボンじゃねーか!
「おぉっ? 呼ばれたと思ったのか。名前ちゃんとわかってるみたいだし賢い馬だよなぁ」
「これ大丈夫なんですか」
「んー、そんなに心配する事じゃないだろ。俺たちがライバル扱いしてても、所詮は俺たち人間が勝手に言ってるだけだ」
うわぁ、相変わらずムッキムキな身体してんなぁ……
僕がブルボンを見つめる中、しかしブルボンは全く僕を意に介することなく、大人しく馬房の中へ入れられていく。
「キザノハヤテ、ガン見しているんですけど……」
「耳は伏せてないし、威嚇してるわけじゃない。新しく来たやつが気になるんだろうな。まぁ様子を見て、駄目そうだったら馬房を移そうか。さて、まだまだやることはあるんだから、さっさと行くぞ」
「あ、はい!」
馬房の施錠を確認したのち、ブルボンを連れてきた二人は足早に厩舎を去っていく。
残されたのは僕たち馬のみ。
……そういえば僕ってブルボンと話したことないな。レース前はそんなお話しするような雰囲気でもないし。この機会に少し話してみるか。
『隣の馬房から失礼。僕はキザノハヤテ。こうして喋るのは初めましてだね、ミホノブルボン』
「……」
返事がない。ただの屍のようだ。
じゃなくて……えっ、まさかのシカト?
これマジ?
『あのー、ミホノブルボンさーん!?』
「……ふごぉ」
寝る、だそうです。
……え?
「……ふごぉおお、ふごぉおお」
あぁー、これ寝てるわ。寝息だ。
え、新しいところに移動してきた直後に寝てるの? 図太いにもほどがあるのでは?
そんなこんなで、まさかのミホノブルボンとの共同生活がスタートしたわけなのだが、特にこれといったこともない平和な日々が過ぎていった。
ミホノブルボンは、何と言うか、非常にマイペースな馬(オブラートに包んだ言い方)だった。
パドック放牧(柵で区切られた少し広めの範囲内に放牧に出されること)に出された際、寝転がって寝てるのかなーと思いきや地面の草を食べていて、起き上がるのすら面倒なのかそのままズルズルと這って移動しているのを見た時には「あ、こういう性格なんだな」と理解せざるをえなかったよね。
ウマ娘の方のブルボンも少しとぼけたところがあったが、それはこの馬の性格を反映してのものだったのだろうか……?
でも話しかければだいたい返答してくれるし、親しみやすい馬ではあった。馬房が隣同士だったこともあって他愛もない世間話をいっぱいした。
ちなみに、僕のことを覚えているのかどうか聞いたところ、
「ふごお」
とのことであった。
ニンゲン語に訳すと、『何処かで見たような……?』くらいなニュアンスだと思われる。
うーん、この。
ブルボン相手に覇を競ってきたつもりの僕としては、こう、あの、もうちょっと記憶に残していただけなかったんでしょうかね……
どうやら僕の片思いだったようだ。べ、別に悔しくなんかないんだからねっ!
なお、ライスのことは覚えていた模様。
初めは僕の時と同じく『知らないけど』的な返答をしてきたのだが、僕の馬房の中に貼ってある写真を見てもらったら思い出したようだった。
ライスについては
「ふごぅ」
とのことであった。
こちらはニンゲン語に訳すと、『まぁまぁ強いヤツだ』くらいなニュアンスである。
わかってんねぇ!
でも『まぁまぁ』ってのは一言余計ですぜ!
その後しばらくライスの強さ、カッコよさを布教しておいた(オタクの鏡)。
話し終えるころにはブルボンもライスの素晴らしさを理解してくれたようで、『ライスシャワーとまた走りたいな』的なことを言っていた。
うん、残念ながらその思いが叶うことはないことを僕は知っているんだけど。
でも『それは無理だよ』なんて言うことは出来ないので、『それじゃあ怪我を直さないとな』と相槌を打っておいた。
その話ついでに、ブルボンが『もう一度走りたい相手がいる』と言っていたのは気になるところだった。
なんか僕に少し似てるんだけど、滅茶苦茶睨んでくるヤベーやつなんだとか。なんじゃそれ。うーん、同じ父親の馬とかそういうことだろうか?
あと、目下最大の悩み事である「なんで走るのか」も、ブルボンと何度も話す中で話題に出してみた。
皐月賞で僕を差し返したときに感じた闘志からして、ブルボンには特別な「走る理由」があるんじゃないかと思ったので。参考までにその理由を聞いておきたいなと思った。
で、その問いに対するブルボンの回答は
「ふごっ」
とのことであった。
えぇ……
いや『人が走れって言うから』って、んな身も蓋もない言葉を返されるとは。
「ふごー、ふごごっ」
と思ったらその後も言葉が続いた。
うーむ、なるほど。
『一緒に走るのは楽しい、ねぇ……』
「ふぅご?」
『いやまぁわからなくはないけど、去年はそんなこと考える余裕なかったし』
主にあなたの影響でね!
ぐぬぬ、こんなぽけーっとした馬にスプリングSと皐月賞で負けているとか今になってものすごく悔しくなってきたぞ。
ブルボンが言うには、特にずっと先頭で走ると人からいっぱい褒めてもらえて楽しいとかなんとか。
あー、それで先頭を譲るまいとかかったりしたのかな。これまでの経験則から褒めてもらえなくなると焦ったのかも。
てなわけでブルボンの走る理由は「人に言われた」「一緒に走るの楽しい」と凄くシンプルなものだった。
参考になるかと言われると……全く僕の参考にはならなかった!
走るのが楽しいって視点は久しく忘れていたけど、結局それでライスの最期のレースをどうこうできるわけじゃないしなー。
うーん、まぁ個人的な悩みなんだし、自分自身で納得の付く答えを用意しないとな。
※現在のキザノハヤテ君は換毛が進むと同時に毛色が一気に白くなっていってます。パッと見、別人ならぬ別馬に見えるかも。
あとハヤテ君はパドックだと対抗心をむき出しにして有力馬をガン見しています。
折角ブルボンと一緒になりましたが、次話でもうリハビリセンターからは卒業します。