桜が開花したという話題と共に、僕が美浦トレセンに戻る日程が決まった。
『だから僕は一足先にまた走れるようになりそうだよ』
「ふごぉご」
『うん、ブルボンも元気でな』
ブルボンと一緒に過ごして大体2ヶ月くらいだっただろうか。僕たちはすっかり話友達になっていた。
話してみれば中々に気持ちのいい奴だったが、そのブルボンとお別れ。史実的に、多分もう会うことはないんじゃないかな。
ブルボンの他にもそこそこお話しした他の馬たちやお世話してくれた人間たち、そしてお風呂に別れを告げ、美浦トレセンに戻ってきたのは4月の中旬。
つまり、春の天皇賞をやる直前のことだった。
この天皇賞はライスとマックイーンによる、ステイヤーの頂上決戦だ。
宮尾君によれば、有馬を制した後のライスは連戦連勝とのことで。
史実では確かマチタンに負けたレースが天皇賞前にあったと思うのだけど……勝ったのか。ここでも歴史が変わっている。
天皇賞を前にして、菊花賞から4連勝でかなり調子が良さそうだ。
対する僕は、あんまり調子が良くない。
以前のように走っているつもりでも、タイムは少し遅くなってるし、以前より早くバテるようになってしまった。
休養を挟んだことによる能力の低下……というだけではないらしい。
澤山さんは僕について、「なんとなくですが、レース後倒れたことで、走ることそのものがトラウマになってそうな感じがしますね」と羽田さんに伝えていた。
言われてみればそんな気がしてくる。
全力を出さない状態での走りなら別にどうということもない。だからリハビリ施設では気づくことができなかった。
問題は全力で走ろうとした場合。
走っているうちに、なんかうまく言えないんだけど、走るのがつらく感じる。段々重圧のようなものを感じて、息が上がってしまう。
特に最後の力を振り絞るスパートをかけようとすると、途端に足を止めたくなってしまう。
なるほど確かにトラウマになっているのかもしれない。
つまりブルボンが走る理由だと語った『走る楽しさ』は、僕にとっては『走る苦しみ』になっていたってことだ。はは、乾いた笑いが出ちゃうね。
もはや思うように走れないという、走る理由探しをする以前の問題にぶち当たってしまった。
しかし、トラウマが原因だとしたら、どうすれば治るんだろうか?
解決法は羽田さんたちも頭を悩ませているが、有効そうなものは特にない。
強いて言えば、滝澤さんが中途半端な仕上がりでもあえてレースに出すことでトラウマを克服出来るんじゃないかと言っているくらいだ。
で、今日は久々に僕の馬房の前で次走決定会議が開かれている。
出席者は羽田さんと滝澤さん、宮尾君。それと僕、キザノハヤテだ。
なお、宮尾君は僕にバナナを食べさせるために同席しているだけである。果物は梨が一番好きだけど、バナナも美味しいよね。
「さて今後の予定ですが」
「宝塚記念の前に一度レースで走らせよう。骨の状態としてはもう大丈夫なんだろう?」
「……一応、こちらに戻って来た時点で、骨折は完治していましたが」
「目標が宝塚というところは変えない。が、その前哨戦に、新潟大賞典辺りに出さないか」
「新潟大賞典ですか……」
滝澤さんが羽田さんに提案する。しかし羽田さんは渋い顔だ。
新潟大賞典……GⅢだっけ?
今の僕の微妙な調子だと、確かにいきなり宝塚に行くよりも、滝澤さんの言う通り一度グレードの低いレースで調子を見た方が良いのかもと思うのだけど。
「新潟大賞典はハンデ戦です。ハヤテの実績からすると、トップハンデを負う可能性が極めて高いです。休養明けでも、です。テンポイントのようなことにはしないでしょうが、それでも60か61くらいにはなるかと。正直なところ、今のハヤテがその状態で勝つのは相当に厳しいと思います。それならば、初めから宝塚記念に照準を置いた方が良いかと……」
ハンデ戦? なにそれ? GⅢレースじゃないの?
ええっと、新潟大賞典って確かヴィクトリアマイルをやる5月前半の中距離レースだよな。いにしえの時代に因子周回でマイル適性がない子を走らせてた覚えがある。
というかウマ娘でレースの区分にハンデ戦なんてなかったような……?
「いや。ぶっつけ本番で行くより、仕上げている途中でもレースに出して、それから軌道修正するんだ。今回は勝ってこいとは言わん。あくまで調子を見るためのレースだ」
「ううーん、いえ、わかりました。無理はさせませんので、その点はご了承ください」
羽田さんが何を懸念していたのかが今一つ分からなかったけど、次走は新潟大賞典に決まった。
ところでハンデ戦って何なんですかね?
そんなわけで新潟大賞典を目指してトレーニングを積んでいくことになった頃、天皇賞(春)では史実通りに事が進んでいた。
『三頭の争いだが僅かにライスシャワーか! ライスシャワーが抜け出したぞ! メジロマックイーン二番手か、パーマーも追い出したぞ!』
『先頭ライスシャワー、ライスシャワーゴールインッ! GⅠ3連勝ー!!』
ライスはメジロマックイーン相手に勝利をおさめ、これでGⅠで3勝を挙げたのだ。
流石にこの頃になると、ライスシャワーは本当に強い馬なんだという論説が主流になってきたように思う。
実は歴史改変がなされた有馬優勝時点の世間の反応は、菊花賞は繰り上がっただけ、有馬記念はフロック(まぐれ勝ち)なだけ、って見方が主流で、ライスはそこまで強くないと思われていた。
しかしメジロマックイーンとの対戦を経て、ライスシャワーこそが現役最強だと認める人が増えてきたようだ。
この記事も『関東の刺客ライスシャワー、関西馬を返り討ち』ってな見出しでライスの強さをたたえている。ええーと、本文は……
「うーん、やっぱりハヤテは字を読めてるっぽいっすね。ほら、目線が文字を追ってるような感じしないっすか?」
「いやいやいや、流石にあり得ないだろ……」
「でもライスの記事を開いた状態だと大人しく眺めてるし」
「挿絵で判別……あぁでもこの前挿絵ないのにも食いついてたんだっけか……」
宮尾君と厩舎所属の他の厩務員君が何やら会話しているが、読むのに集中できないのでちょっと静かにしてほしい。馬の目で細かい字を読むのは大変なんだぞ。
こんなふうに雑誌を見せてくれるようになったのはつい数か月前から。
リハビリ施設で暇にしている際、僕の世話をする人が僕の馬房から見える位置に競馬雑誌のページを開いた状態でたまたま置きっぱなしにしたことがあった。
僕がそれに興味を抱いているとわざわざ見やすいように馬房内に置き直してくれたので、僕は足だったり鼻息だったりで何とかページを捲ろうと挑戦してみた。
いやだってライスの特集記事とかあったら見たかったし。
ただ、そんなのが馬の体で上手くいくはずもなく、雑誌はすぐにしわくちゃのぐっちょりになって読めない状態になってしまったのだけど。
雑誌の持ち主であった世話をする人は「あぁボロボロにされてる……」と凄く悲しんでいた。正直すまんかった。
その話が見舞いに来た宮尾君にも伝わり、「ライスの記事を見せたらどうなるんだろう」との話になって以来時々こうして雑誌を見させてもらっている。
「もしかしたらライスとは宝塚で一緒に走れるかもしれないっすね、そこ目指して復帰戦頑張ろうなー」
「あれ、でもなんか放牧に出されるみたいな噂聞いたぞ」
「あらら」
宮尾君の言葉で『えっそこも歴史変わるの!?』と反応しかけた。
ただ流石のライスといえどあのマックイーン相手には大分無理をしてたらしい。休養に入るようだ。
良かった、ライスが宝塚に出走とか史実よりも早くその時が来てしまうのかと焦った……大丈夫だよね? 直前になってやっぱライスも出走するとかってことにならないよね? 史実がもう当てにならないから本当に怖いんだけど。
そんな不安を抱きつつも僕の復帰戦となる新潟大賞典の日がやってきた。
【悲報】ハヤテ君、ハンデキャップ競争がわからない
でもウマ娘だけやってると斤量とか知らないと思うんですよね。ウマ娘の中で触れられてなかったと思いますし。
そして何より筆者がよくわかってないっていう……こんなお話書いてるのに競馬にわかで申し訳ない。
今のハヤテ君の成績だと今回の新潟大賞典でどれくらいの斤量になるんでしょうかね? ハンデキャップだから滅茶苦茶重いってことにはならないと思うんですけど……
とりまハヤテ君に61kg、他の馬の斤量は史実から変更なしということにして次の話を書くつもり。
色々教えてくれると嬉しいけど、恐らく次話には反映しきれないと思うのでご了承をば。